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第3話:【核心・暁の肉体と、少女の魂の口づけ】


「……蓮くん。本当に、蓮くんに触れてるの……?」

暁の肉体から、信じられないほどに高くて、鈴が転がるような、あの懐かしいさくらちゃんの声が漏れ出た。

見た目は、世界一顔が良い傲岸不遜な天才陰陽師。白衣袴に身を包んだ、誰もが傅くような美貌の男。

なのに、その大柄な身体を内側から支配しているのは、間違いなく僕の初恋の少女だった。

内股気味に少しだけ縮こまり、大きな自分の両手を見つめて、信じられないというように何度も指を握ったり開いたりしている。そのあまりにも不釣り合いで、だけど健気な仕草に、僕の胸はぎゅうううっと張り裂けそうなほどに締め付けられた。

「さくらちゃん……」

「すごいね……すごく、温かいよ。蓮くんのお友達の身体、とっても優しくて、私の冷たかった心が、どんどん温かくなっていくみたい……」

さくらちゃんは、暁の切れ長の美しい琥珀色の瞳をボロボロと大粒の涙で濡らしながら、ゆっくりと僕のほうへ歩み寄ってきた。

その足取りは、いつもの暁の堂々としたものとは違い、まるでおぼつかない足取りで雪の上を歩く子供のようだった。

彼女が僕の目の前で足を止め、おずおずと大きな右手を伸ばしてくる。

その細くて長い男の指先が、僕の頬にそっと触れた。

(……あ、温かい……っ)

すり抜けない。冷たくない。

間違いなく、そこには確かな肉体の『温もり』が存在していた。

さくらちゃんの切ない未練と、暁の壮絶すぎる自己犠牲。

二つのあまりにも重く、純粋な愛の質量が、現世の僕の心を極限まで揺さぶり、僕の目からもボロボロと涙が溢れ落ちた。

「蓮くん、泣かないで……。私ね、最後に一度だけでいいから、蓮くんに私の『好き』を届けたかったの。怪異なんかじゃなくて、ちゃんと蓮くんの大切な女の子として、お別れを言いたかったの」

さくらちゃんは、暁の顔で、これ以上ないほど愛らしく、切なく微笑んだ。

その瞳の奥には、もう悪霊化の黒い霧など一ミリも残っていなかった。暁の聖なる霊力と、僕と触れ合えた喜びによって、彼女の魂は現世の陰気から完全に救い出されていた。

だけど、これが本当に最後の瞬間だということも、僕には分かっていた。

器を借りていられる時間は、ほんの僅か。この未練が満たされたとき、彼女の魂は現世の境界線から旅立つことになる。

「さくらちゃん……僕も、僕もさくらちゃんが好きだったよ。ずっと、君に何もしてあげられなくてごめんね……っ」

男の身体だろうが、見た目が暁だろうが、そんな現世の薄っぺらい属性なんて、どうでもよかった。

僕は涙を流しながら、さくらちゃんの魂が宿る暁の大きな身体を、自ら両腕で強く抱き締めた。

「うん……ありがとう、蓮くん。私、世界で一番幸せな女の子だよ」

耳元で響く、愛しい声。

暁の肉体を通じて伝わってくる、さくらちゃんの優しさと、暁自身の魂が持つ僕への深い執着が、心地よく混ざり合って僕を包み込む。

ゆっくりと、お互いの顔が近づいていく。

満月の光が静かに降り注ぐ、真夏の夜の境内。

僕たちは、静かに、そしてどこまでも優しく、魂を交わすような口づけを交わした。

男の身体と、男の身体。

けれど、その瞬間に僕たちの間を流れていたのは、何よりも純粋で、何よりも美しい、現世の初恋の結末だった。

唇が離れた瞬間。

暁の肉体から、サラサラと眩しい光の粒子が溢れ出し、夜空へと立ち上り始めた。

「さようなら、蓮くん。私を忘れないでね」

暁の顔をしたさくらちゃんは、最後にそう、本当に満足そうな笑顔を浮かべた。

その瞬間、彼女の魂は完全に満たされ、一寸の濁りもない綺麗な光となって、世界の境界線の向こう側へと昇っていった。

 ただ、その光は。

 今まで見てきた怪異の成仏の光とは、少しだけ違っていた。消えていくのではなく、どこか遠い場所へ向かっていくような、意志を持った光だった。

(……さくらちゃん)

静寂が、再び境内に戻ってくる。

光の余韻が消えゆく中、目の前の白衣袴の男が、ゆっくりと、その切れ長の瞳を瞬かせた。

中身が、いつもの『彼』に戻る――その、運命の瞬間だった。


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