第3話:【真相・木の下に眠る孤独】
時計の針が深夜の零時を回った頃。
僕は昼間目をつけた旧校舎の裏庭に、再び足を踏み入れていた。
「……夜の学校は、何度来ても慣れないな」
懐中電灯の明かりだけを頼りに、静かに進む。タマさんは「お姉様をお一人で夜の密会に向かわせるなど!」と鼻血を流して同行を志願してきたけれど、絶対に話がややこしくなるので押し入れに閉じ込めて(お札でロックして)きた。
やがて、雑木林の奥に、昼間見たあの巨木が姿を現す。
闇の中に浮かび上がる満開の桜は、妖しいほどに美しく、そして昼間よりも明らかに禍々しい霊気を放っていた。
「うう……つらい……くるしい……。どうして、だれも……」
昼間よりも鮮明に聞こえる、女性の泣き声。
桜の木の根元を見ると、淡く発光する半透明の美しい女性――『桜の精』が、地面に膝を突き、顔を覆って泣き崩れていた。
その周囲には、触れた者の精神を削り、自殺衝動を引き起こすほどの濃密な「孤独の瘴気」が渦巻いている。
「ひっ……!」
一瞬、後ろに引きそうになる体を、僕は意志の力で押しとどめた。
だけど、彼女の放つ瘴気の奥にある、痛いほどの悲しみが僕の心に直接流れ込んできて、どうしても放っておけなかった。
「あの……大丈夫、ですか?」
僕は懐中電灯を消し、刺激しないように両手を挙げて、ゆっくりと彼女に近づいた。
「……ひと……? だめ、ちかづかないで……。あなたまで、わたしの暗闇に呑まれてしまうわ……」
桜の精は涙に濡れた顔を上げ、怯えたように僕を拒絶する。
だが、僕は一歩も引かなかった。調伏の一族としての力が、彼女の「記憶」を僕の脳裏に映し出していたからだ。
「……あなた、ずっと一人で耐えていたんですね」
僕は桜の木の幹に、そっと掌を当てた。
「この木の下……ずっと昔に、身寄りのない人が誰にも看取られずに亡くなった。その人の『寂しい、誰かに見つけてほしい』っていう強烈な絶望の念を、優しすぎるあなたが全部、代わりに吸い上げちゃったんだ……」
植物の怪異は、本来とても純粋で優しい。
彼女は、自分の根元で孤独死した人間の魂を哀れみ、その苦しみを和らげようと絶望の感情を自ら引き受けてしまったのだ。しかし、人間の負の感情はあまりにも重すぎた。何十年もそれを吸い上げ続けた結果、許容量を超えて暴走し、周囲の生徒にまで孤独を伝染させる怪異になってしまった――それが事件の真相だった。
「優しすぎるよ、君は。もう十分、その人の手を握ってあげたでしょ? だから、もう自分を責めなくていいんだよ」
僕は静かな笑みを浮かべ、そっと桜の精の肩に手を置こうとした。
千鶴姫のトゲトゲした霊力ではなく、現世の僕――姫宮蓮としての、ありのままの温かい霊力で、彼女の張り詰めた心を包み込むように。
「あ……」
僕の言葉と、じんわりと伝わる体温に、桜の精の瞳からみるみるうちに黒い瘴気が抜けていく。
人間の絶望に汚染されていた彼女の心が、僕の「対話」によって、今、完全に救われようとしていた。
「あったかい……。こんなに優しく触れられたの、わたし、はじめて……」
桜の精の表情が、悲哀から一転、うっとりとした 艶やかなものへと変化する。
その頬はぽっと薔薇色に染まり、湿り気を帯びた瞳が、僕の顔をじっと見つめた。
事件は解決した――はずだった。
だが、桜の精のその表情に、僕は内心で小さく身構えた。
(……これは、また面倒なことになりそうだ)




