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第3話:【真相・少女の孤独と、悪霊化の兆候】


「さくら、ちゃん……本当に、さくらちゃんなの……?」

かすむ月光の下、僕は拝殿の階段から立ち上がり、おぼつかない足取りで彼女へと近づいた。

透き通るような白いワンピース。最後に病院のベッドで見送ったときよりも、少しだけ大人びた姿。だけど、その優しく垂れた目元と、僕を呼ぶ少し掠れた愛らしい声は、間違いなく僕の淡い初恋の記憶そのものだった。

「うん、そうだよ蓮くん。驚かせてごめんなさい。でも……どうしても、もう一度だけ蓮くんに会いたくて、ずっとここで待ってたの」

さくらちゃんは、古い桜の幹に背を預けたまま、愛おしそうに僕を見つめた。

彼女の言葉を聞きながら、僕の脳裏には、前世の『千鶴姫』の記憶ではない、現世の『姫宮蓮』としての温かい思い出が溢れ出していた。

生まれつき身体が弱く、いつも神社の境内のベンチで寂しそうに本を読んでいたさくらちゃん。クラスの男子たちからは「病気がうつる」なんて酷いからかいを受け、泣いていた彼女の隣に座り、僕は毎日、拙いお喋りで彼女を笑わせようとしていたのだ。

『蓮くん、私ね、蓮くんのお話を聞いているときだけ、病気のこと忘れられるの』

嬉しそうにそう言って笑ってくれた、僕の人生で最初の、大切な女の子。

「僕、さくらちゃんが遠くの病院に転院しちゃってから、何もできなくて……。そのまま、亡くなったって聞いて、ずっと……」

「ううん、蓮くんは悪くないよ。私ね、病院で息を引き取る瞬間まで、ずっと蓮くんの言葉を思い出してたの。だから、寂しくなかった。……でもね、やっぱり、もう一度だけでいいから、蓮くんの目を見て『好きだよ』って伝えたくて、魂だけここに戻ってきちゃったの」

はにかむように微笑むさくらちゃん。

その健気でピュアな告白に、僕の脳内男子高校生担当は、不覚にもギュッと胸を締め付けられた。いつも僕の貞操を脅かしてくる、あの妖艶な狐や強襲してくる聖母天狗とは違う、本物の、初恋の切なさがそこにはあった。

だけど。

感動に胸を打たれたのも束の間、僕の『調伏の一族』としての霊的な感覚が、彼女の身体の「異変」を敏感に察知した。

(……待って。何、これ)

よく見ると、彼女の透き通った身体の輪郭から、時折ドロリとした不穏な『黒い霧』が、煙のように立ち上っている。

優しかったはずのひんやりとした霊気が、じわじわと、肌を刺すような禍々しい怨念のトーンへと変質し始めていた。

現世に留まりすぎた、幽霊の末路。

未練が強すぎるがゆえに、魂がこの世の陰気に当てられ、化け物へと変生していく現象――**【悪霊化ロスト】**の明確な兆候だった。

「さくらちゃん、その身体の黒い靄は……」

僕の指摘に、さくらちゃんは悲しそうに自分の手元を見つめ、静かに首を振った。

「誰もいない夜の境内で、ただ蓮くんの足音だけを待つ毎日は、世界に私一人しかいないみたいで、すごく寒かったの。……幽霊になって何年もここにいるうちに、だんだん心が冷たくなって、蓮くん以外の記憶が、全部真っ黒に塗り潰されていくみたいで、すごく、怖かった……」


彼女がぽつりと漏らした、数年間の孤独。

それは、ギャグで笑い飛ばすことなんて到底できない、本物の、擦り切れるような絶望の深淵だった。

彼女はただ、僕に想いを伝えたいという一念だけで、自らの魂が腐り落ちていく恐怖と戦いながら、この場所で孤独に耐え続けていたのだ。

「そんなの……そんなの悲しすぎるよ……っ」

僕は思わず、彼女の細い手を握りしめようと手を伸ばした。

けれど、僕の指先は、冷たい空気を切るだけで、彼女の身体をすり抜けてしまう。実体のない幽霊である彼女には、触れることすら叶わない。

「あ、あはは……。やっぱり、もう触れないんだね。……蓮くん、お願い。私の心が、完全に真っ黒になって、蓮くんのことまで忘れちゃう前に……私を――」

さくらちゃんが涙を流して訴えかけようとした、その瞬間。

足元から、地響きのような凄まじい黒い衝撃波が炸裂し、彼女の瞳が、一瞬にして感情の消えた『漆黒の闇』へと染まり変わった。悪霊化の侵食が、ついに彼女の自我の防衛ラインを突破し始めたのだ。

不穏な嵐が境内に吹き荒れる中、物語は一気に、取り返しのつかない緊迫の局面へと加速していく。


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