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第5章:実家帰省編(前編)・初恋の幽霊とすれ違う千年の愛 第1話:【日常・社会的死からの逃亡と、先回りスパダリの怪】



「……これは、まずいな。僕の高校生活、完全に終わった気がする」

ガタゴトと揺れるローカル線のボックス席。窓の外に広がるのどかな田園風景を死んだ魚の目で見つめながら、僕は小さくうめき声を上げた。

「姫宮、お前臨海学校から帰ってきて以来ずっとその調子だけど、そろそろ現実を受け入れろよ。クラスの女子グループのLINEで、お前と神代の写真が『真夏の神秘・深海の誓い(尊い)』ってタイトルで共有されてたぞ」

対面の席で、冷たい缶お茶を飲みながら淡々と残酷な現実を告げてくる男――陣内陸。

彼だけが、僕を「ヤバい宗教の教祖にロックオンされた哀れな男」として正しく哀れんでくれる、現世の唯一のオアシスだった。

「いいよ、どうせこんなのは慣れっこだから」

頭を押さえる僕を、陣内は「まあ、胃薬でも飲め」と、いつもの四角い小箱を差し出して慰めてくれた。

そう、僕は逃げてきたのだ。

あの臨海学校での『社会的死の更地化』から逃亡し、夏休みの残りを静かに過ごすため、現世のアンカーである陣内を巻き込んで、僕の地方にある実家の神社へと帰省する電車の旅。ここなら、タマさんやハヤテさんといったアパートの押し入れに居座るお姉様怪異たちの夜這い境界線からも外れているし、あのストーカー陰陽師・神代暁の重すぎる視線からだって逃れられるはずだった。

「でもさ、お前の実家って神社だったんだな。なんか意外だわ」

「……まあね。一応、歴史だけは無駄にある古い神社でさ。夏休みは結構お参りに来る人も多いから、僕もお手伝いしなきゃいけないんだよね」

「普通の男子高校生」としてのささやかな日常。実家の手伝いをして、夜は陣内とゲームでもして、たまにスイカを食べる。そんな、僕がずっと欲しかった平穏な青春のビジョンが脳裏に浮かび、乾ききった僕の心にじわじわと潤いが戻ってくるのを感じた。

「よしっ、実家に着いたらまずは冷たいそうめんでも食べて、全部忘れよう」

駅から徒歩二十分。緑豊かな鎮守の森に囲まれた、僕の実家――『姫宮神社』の鳥居が見えてきた頃には、僕の脳内男子高校生担当はすっかり元気を取り戻していた。

だが。

その淡い期待は、神社の境内へ一歩足を踏み入れた瞬間に、音を立てて粉砕されることになる。

「――おかえりなさい、千鶴。随分と遅かったじゃないか」

「……へ?」

境内の石畳。真夏の強い日差しを浴びて、サラサラと音を立てる木々の隙間。

そこに、非の打ち所がないほど真っ白な白衣と、鮮やかな緋色の袴を身に纏い、竹箒を持って凛々しく佇んでいる男がいた。

神代暁。

その無駄に整った顔面国宝級のビジュアルに神職の衣装が合わさりすぎていて、まるで本物の若き神霊が降臨したかのような、圧倒的な神々しさを放っている。

「なんで、お前がここにおるんじゃ!」

――パコォーン!!

右手の黄金ハリセンで容赦なくドツキ倒すと、暁は派手な音を立てて木の幹へと吹っ飛んでいった。

にもかかわらず、彼は国宝級の顔面に嬉々として鼻血を滴らせながら、恍惚とした表情で立ち上がる。

「ふふ、千鶴が実家へ帰省すると聞いてね。君の御両親に『宮司のご子息の、一番親しいご友人です』と挨拶に伺ったところ、大変気に入っていただけてね。夏休みの間、住み込みで神職の手伝い(バイト)をさせてほしいと頼んだら、二つ返事で快諾をいただいたよ。これで二十四時間、君の実家で既成事実を作り放題だ」

暁は、実用性を天秤にかける必要すら忘れた、この上なく幸福そうな100%の笑顔で言った。さらに、彼の背後からは「俺の千鶴の実家=つまり俺の持ち家」と言わんばかりの、インフラを更地にするレベルの激重な愛の霊圧がドバドバと溢れ出している。

(……逃げ場のない実家まで先回りして外堀を埋めに来るのか)

「おい姫宮……」

隣で、陣内が完全に死んだ魚の目を起動させ、そっと自分のポケットから胃薬を取り出していた。

「お前、実家ここが神社だからって、結界とかお札とかで神代をシャットアウトできると思ってたのか? あいつ、土地の守り神より神々しいオーラ放ってんだけど」

「僕だって知らなかったよ、こんな最高密度の不法侵入スパダリ」

僕のささやかな平穏の夏休みは、開始からわずか数分で、いつも通りの限界突破パニック地獄へと叩き落とされるのだった。


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