第4話:【急転・海を割るスパダリと、人格防衛システム再起動】
轟ッ!! と、深海の底にあるまじき暴虐な熱風が吹き荒れた。
「――我が千鶴から手を離せ、この薄汚い刺身の生霊がッッ!!」
暗黒の海底を真っ二つに引き裂き、燃え盛る青い炎の壁を従えて降臨したのは、般若の如き狂気を宿らせた神代暁だった。
海を割る――まさにモーセの奇跡を戦闘規模で再現したスパダリは、制服のシャツをはだけさせ、手にした数十枚の呪符から深海の結界を根こそぎ焼き尽くすほどの霊圧を放っている。
「あ、暁……っ!」
空気の天蓋が破れ、檻から解放された僕の身体が砂の上に崩れ落ちる。
いつもなら「海水浴場で何世界滅ぼしかけてんねん!」と怒鳴るところだった。けれど、彼の壮絶な千年の孤独を見てしまった僕の胸は、愛おしさと申し訳なさで完全に決壊していた。
暁は猛スピードで僕の元へ駆け寄ると、泥と海水に塗れた僕の身体を、狂おしいほどの力で抱き締めた。
「無事か、千鶴……っ! 悪かった、俺が目を離したばかりに、またお前を失うところだった……! もう二度と、俺の視界から消えないでくれ……っ!」
耳元で、世界一顔が良い男が、子供のように声を震わせて僕の名前を呼ぶ。
彼の背中から伝わる、千年間ずっと一人で耐えてきた絶望の冷たさと、僕を絶対に離さないという執着の熱さ。
現世の僕は男だ。女子高生と付き合いたいピュアな男子だ。
だけど、そんな現世の属性という名の防波堤は、彼の涙のような霊気に触れた瞬間、跡形もなく消し飛んだ。僕は赤くなった顔を彼の胸に埋め、男の身体のまま、自ら彼の背中に腕を回して強く抱き返した。
「……うん。ごめんね、暁。もうどこにも行かないよ。もう、君を一人にしないから……っ」
男同士の、海底での本気の抱擁。
千年の時を超えて、二人の魂が本当の意味で重なり合った、完璧に美しく感動的なロマンスの核心――。
暁は激しく息を呑み、僕を抱き締める腕にさらに強烈な力を込めた。
「ああ……千鶴……っ。愛している、今度こそ、今度こそお前と一つに――」
ブワァァァッッッ!!!
その瞬間、暁の身体から、僕への愛と情熱が限界突破した結果としての「最高密度の純愛霊気」が津波のように噴出した。そのあまりの熱量と物理的な密着感に、僕の肌が一瞬にしてジリジリと焼け焦げそうな感覚に襲われる。いや、焦げるどころか、彼と密着している僕の水着の繊維が、愛の霊圧で分子レベルでドロドロに溶け始めている。
(待って、感動のハグの最中に僕の衣服を物理的に消滅させにかかってこないでほしいんだけど。愛の熱量、物理法則を無視しすぎじゃないだろうか)
現世の僕(男子高校生)の理性が、社会的かつ肉体的な死の恐怖で大パニックを起こした、まさにその刹那。
――ピキィィィン。
涙に濡れていた僕の魂の最深部で、前世の『ツッコミ姫・千鶴』の貞操防衛システムが、凄まじい警戒アラートと共に強制起動した。
「――おい待てコラ、ええ話の最中にドサクサに紛れて主君の衣服を消滅処分すなァァァ!!」
海底の地盤を揺るがすような、ドスの利いた関西弁の爆裂。
瞬時に物質化した『黄金のハリセン』が、僕の右腕の筋肉をプロレスラー並みに駆動させ、暁の無駄に整った顔面へと一直線に振り抜かれた。
――パコォォォォォンッッッッ!!!
深海の海水を衝撃波に変える、完璧な打点の乾いた大爆音。
「ぐふっ!?」
顔面をクリーンヒットされた暁は、嬉しそうに血を吐きながら、時速300キロの超特急のごとき速度で垂直上空――海面へと向かって弾け飛んでいった。
僕はそのままハリセンを肩に担ぎ、唖然として呆然と立ち尽くしている人魚のお姉様へと身体を反転させる。
「あとお前もや人魚ォ! 人の男の千年の黒歴史を特等席で観劇した挙句に、それを燃料にして心中コレクション増やそうとすな!! 深海の底で永遠の眠りにつく前に、お前のその歪んだロマンチシズムを根底からクローズアップ現代したるわボケェ!!」
――パコォォォォォンッッッッ!!!
「ふぇっ!?」
二閃。完璧なスナップを利かせたハリセンが人魚の横っ面を捉え、彼女もまた、暁の後を追うようにして海面へと激しくスピンしながら打ち上げられていった。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ! 泣きながらハグした直後に、打撃の素振りさせんなボケ共ォォォ!!」
黄金のハリセンを消滅させ、僕は海底で頭を抱えて叫んだ。
暁の千年の孤独に本気で救われ、魂で恋に落ちたはずなのに、一線を超えそうになると右腕が自動で爆破打撃を繰り出してしまうこの身体。
僕の現世の平穏と純潔の防衛線は、感動的な純愛の裏で、本日もゴリゴリの力業(暴力)によって守られるのだった。




