第3話:【急転・聖母の確信犯(バブみ)ディフェンス】
――ピキィィィン!
僕の魂の最深部、理性の最後の防衛線が大音響と共にブチ切れた。
脳の血管が何本か音を立てて沸騰する感覚。現世の僕(なよなよ美少年)の意識がスッと引き下がり、前世のゴリゴリ武闘派統治者――『千鶴姫』の条件反射システムが肉体を強制ジャックする。
「――おい待てコラ、聖母の皮被った手際がただの確信犯的ストリッパーじゃボケェ!!」
喉から爆裂する、地鳴りのようなドスの利いた関西弁。
それと同時に、僕の右手に霊力で編まれた黄金のハリセンが物質化し、彼女のおっとりした美顔面めがけて神速フルスイングで振り抜かれた。
――パコォォォォォンッッッッ!!!
雲海を引き裂く、完璧な打点の乾いた破裂音。
普通の怪異なら、この一撃で時速150キロの白球よろしく壁にめり込んでいるはずだった。
しかし。
「あらあら、お姉様。相変わらず素晴らしいスナップですねぇ」
ハリセンをモロに顔面に喰らったはずのその人は、首をわずかに傾けただけで、吹っ飛ぶどころか一歩も動いていなかった。それどころか、ハリセンの打撃面を「もちっ」と柔らかい頬で受け止めたまま、何事もなかったかのように微笑んでいる。
「効かない?どうして?」
僕は千鶴姫モードのまま、疑問の声を上げた。
「ふふ、忘れてしまわれましたか? 前世の私は、お姉様のツッコミを一番近くで、一番多く受けてきた筆頭家臣ですよ? どこに霊力を込め、どの角度で振り抜くか、すべて身体が覚えているのです」
彼女はおっとり微笑みながら、僕の持つ黄金のハリセンを細い指先でそっと包み込んだ。じんわりと伝わる聖母の霊力が、ハリセンの攻撃性をみるみるうちに中和し、光の粒子へと還していく。
(この天狗、僕のツッコミの『軌道』を完全に熟知してるのか)
これまでのタマさんや雨女は、ツッコミを喰らってからドM化して恍惚となっていた。
だが、この人は違う。最初からツッコミを喰らうことを前提として、その威力を「聖母の包容力」で100%無効化してくるのだ。論破も物理も効かない、最強にして最悪の支配型ボケ。
「それに……今のお姉様は、現世の男の子の身体がなよなよしているせいで、前世ほどのキレがありませんね。とっても押しに弱そうで、可愛らしいです……お姉様」
「……それは、困るな」
彼女の濡れた琥珀色の瞳が、うっとりとした熱を帯びる。
彼女は僕の手首を優しく、だけど絶対に逃げられない力で掴むと、そのまま僕をふかふかの雲の上へと押し倒した。
視界が反転し、目の前を彼女の圧倒的な美貌が塞ぐ。新緑の香りが鼻腔を満たし、僕は近すぎる距離に静かに身構えた。
(この人に委ねたら楽になれるんだろうな、というのは分かる。だけど、それとこれとは別だ)
「さあ、お姉様。もう意地を張らなくていいのですよ。私に、その可愛い身体の全てを委ねてくださいな……」
彼女がおっとりとした声で囁き、僕のシャツの最後のボタンに指をかけた。
僕の理性の防波堤が、今度こそ完全に消し飛ぼうとした――その時。
バリバリバリィィィッッッ!!!
天空の結界、その「時空の壁」が、ガラスが割れるような凄まじい音を立てて粉砕された。
「――お前ら、俺のいないところで俺の姫と妙な設定でイチャついてんじゃねえッッ!!」
空間の裂け目から燃え盛る青い炎と共に乱入してきたのは、般若の如き怒りの形相を浮かべた、あの世界一顔が良い天才陰陽師だった。




