食べ比べしようぜ #2
野尾秀隆の生活は静かだ。
1Kの部屋に、必要最低限の収納。別にミニマリストというわけではない。ただ、これといった趣味がないだけだ。財布には優しい、ごくありふれた三十路独身一人暮らしのルーティン。変わらない毎日。
……のはずだった。
あの金髪男に住所がバレた。
あっという間だった。もちろん招いたわけではない。
だが、あれから電車に乗るたびに隣に座られ、意味の分からないことを一方的にべらべら喋られる。じわじわ削ってくるタイプの精神攻撃だった。
そして野尾は折れた。
受け入れたわけではない。折れたのだ。
そこから部屋に上がり込まれるまで、一か月もかからなかった。
ある日の帰り道。
野尾に話す隙を与えないまま家までついてきた三井は、部屋を見回してから、
「おー、まあ男の一人暮らしってこんなもんだよな」
と言って、当たり前みたいにベッドの縁に腰掛けた。
……何気に堂々と座ったな。
がさごそと、いつものコンビニ袋を漁る音がする。
「お、見て見て。俺のこのカップ麺、エビ味噌味と醤油味が揃ったことで、このシリーズほぼコンプリートじゃない? 食べ比べしようぜ」
「……」
野尾には、もう言い返す気力がなかった。
気力がないから、こうして自分の部屋で我が物顔に冷蔵庫まで漁られているのかもしれない。
いつもの自省だった。この男といると、自分の足りない部分ばかり見えてくる。もはや一周回って、自分を見つめ直すいい機会なのかもしれない。
……などと、くだらないことを考えているうちに、三井は四つのカップ麺に湯を注ぎ終えていた。
「……よし。じゃ、ちょっと出かけてくるわ」
軽い調子でそう言って、三井は部屋を出た。
カップ麺を残して。
そして。
……五分以上経った。
このままでは麺が伸びる。
仕方なく、野尾は並んだカップ麺の蓋を開け、それぞれを器に等分して移した。
……何やってるんだ、俺。
その瞬間だった。
「ごめんごめん。コンビニ、意外と並んでてさ。……お、分けてくれたの? サンキュ〜」
戻ってきた三井は、悪びれもせずそう言った。
野尾は取り分けた味違いのカップ麺を、ひとつずつ片付けた。
正直、もういらない。
それから三井の食べ方については、あえて言及しない。
つまり、まあ、そういうことだ。
「……ふー、食った食った。やっぱエビ味噌味だよな。野尾さんは? お気に入りどれだった?」
「……塩」
「あー、塩ね。俺もそれと迷ったわ〜」
そう言ってから、三井は思い出したように付け足した。
「じゃ、今度は焼きそば編な」
三井が帰ったあと、野尾は皿を洗った。
部屋にはまだカップ麺の匂いが残っている。特にエビ味噌の匂いが強い。
勝手に来て、勝手に食って、勝手に帰っていった。
冷蔵庫を開けると、いつの間にかペットボトルが増えていた。もう、どれが元からあったものなのか分からない。
そして野尾は思った。
……勝手に居座るなよ、と。




