付き合ってよ、おっさん #1
野尾秀隆。三十歳、会社員、独身。
その日も、いつも通り会社を出た。
別に達成感があるわけではない。仕事をして、時間になったら打刻し、駅へ向かう。毎日がだいたいそういうふうに過ぎていく。
電車に揺られながら、野尾は扉近くの席で目を閉じた。
人は少しずつ減っていき、車内もだいぶまばらになっている。
……のだが。
目の前に、誰かが立っている。
しかも退く気配がない。
仕方なく席を移ろうと、野尾は静かに目を開けた。
金髪の男だった。若い。場違いなくらい明るい髪色。
妙に人懐こい顔をしているくせに、目だけは細く、こちらを観察するみたいに見下ろしていた。
……なんなんだ、この男。
「ねえ、おっさん」
男は少しだけ笑って言った。
「俺と付き合ってよ?」
……。
野尾は眉をひそめた。
疲れて目を閉じるのはよくない。こういうのに絡まれる。
「すみません。相手いるので」
そう言って脇を抜けようとすると、男はすぐ後ろから声を投げてきた。
「嘘だね?」
野尾は足を止めて振り返る。
「だってホーム画面、なんにもない初期設定だったじゃん」
一瞬、言葉を失った。
いつ見たのか分からない。分からないのに、妙に見ている。
気味が悪い。早く離れたほうがいい。
「……全員が全員、待ち受けにしてるとは限らないでしょう」
少しだけ低い声で言う。
「もういいですか」
「まあまあ、待ってよ」
金髪男は悪びれもせず、むしろ少しだけ真顔になった。
「……おっさん、今、危ない目してたっしょ」
「……は?」
問い返す野尾を見ながら、男はコンビニの袋をがさごそと漁り、中からカップ麺をひとつ取り出した。
「これ、あげる」
野尾は反射的に受け取ってしまった。
受け取ってから、自分でも意味が分からなくなる。
手の中にあるのはカップ麺だった。湯を注げば三分で食べられる、ごくありふれたもの。
「……なんなんですか」
「俺さ、人助けにハマってんだよね、最近」
軽いのか本気なのか分からない口調で、男は言った。
「だから連絡先教えてよ。相談窓口ってことで」
「……えぇ?」
困惑がそのまま声に出た。
「いいからいいから。ほら」
押し切られるようにスマートフォンを取り出し、半ば強引に連絡先を交換させられる。
画面には新しく、三井という名前が表示された。
「あ、そうそう」
男はにやっと笑った。
「俺、三井翔雅。しょうがでいいよ。しょうがないなあ〜、ってね」
……。
野尾は無言でその顔を見た。
知らない金髪男。うるさくて、馴れ馴れしくて、どう考えても面倒な種類の人間だった。
けれど、その日、自分がどんな目をしていたのかを言い当てたのは、たぶんこの男だけだった。




