098 :// 激嵐の日 -1-
「これでどうだい?」
「おーいい出来! さっすがバーチャーム」
建築部門はその名の通り建築を手掛けるシロネの部署だが、家具や小物など、作るものはかなり幅広い。
手先が超絶器用なバーチャームに、クロアがあらゆる製作物を任せてしまうからである。
今日も建築の隙間時間を使って、クロアはバーチャームにとあるものの製作をしてもらっていた。
「言われた通りに作ったけど、これって何?」
「フフフフ。よくぞ聞いてくれました」
黒、青、赤の3色で塗装し、丸い円盤状に加工した木の板を手に、クロアは不敵に笑う。
「算数学習ゲーム、その名もダーツ!」
「だーつ?」
クロアの故郷にあるゲームである、ダーツそのものだ。
建材として仕入れた小さな釘と木を加工して作ったダーツに、固めの木で作ったダーツボード。
点数の配置に関してはうろ覚えだったので、大きい数字と小さい数字を適当に並べた。
そして点数計算用に作った、木製のチップ。
大きさと色でわけて、30点、10点、5点、1点に設定した。
獲得得点から、チップを計算して取り分けるシステムだ。
ダーツにはトリプル、ダブル、と倍数になるポイントエリアがあることと、このチップ計算により、ゲームで楽しみながら算数を勉強してもらおうという算段だ。
ルミナディア用のオリジナルトランプカードを考えるうちに、ダーツの方が簡単に作れると閃いて先に手をつけたのだった。
「なるほどね。ゲームならみんな興味出てくるかも」
「試しにやってみよーよ。投げるのは、この辺の……ココね!」
ということで、雑に足で地面に線引きし、説明を聞いたバーチャームとダーツ戦が始まった。
お試しなので一人1本ずつ投げることとする。
クロア、1投目。
「あ」
ひゅーーん。
故郷のダーツのイメージで投げすぎて、あらぬ方向へと飛んで行ってしまう。
釘と木で出来ているので重さも重心も全然違う。
「ぐぬぬ……はい、バーチャームの番」
「ふむ。———それ」
ひゅーープス。
「おお、うまい! 12点だね」
「チップは~……こうかい?」
「正解ー」
バーチャームも街に出ないタイプの半獣族なので数字に強くなく、最近シロネで納期やら予算やらで必要にかられてから勉強し始めたばかりだ。
書かれた数字を読み、指をうろうろさせてチップを取った。
「んじゃ今度こそ……とうっ!」
ぴゅーん。
「ぐえー」
また違う方向へと飛んでいってしまい、悲しみながらクロアはダーツを取りに行く。
取りに行ってる間にバーチャームが投げて、見事4点をゲットし、得点は16点になっていた。
「クロア、考案しておいて実は下手?」
「違うやい! 故郷のやつとちょっと違うの! ダイジョブ、わかってきたから次は当てる」
よく狙い、3投目。
ぴゅーープス……ぽろ。
「あ!!」
刺さったが、想像以上に木が固くて刺さりが甘く、落ちてしまった。
「この辺だったような……穴発見! 20のダブルゲット!」
「ダブルって……」
「2倍。私40点ねー」
「なんだって!?」
「一気に逆転出来る、これがダーツさ。フフフフ」
「くそ……」
軽い気持ちで始めたお試しゲームだが、悔しそうなバーチャーム。
早々に盛り上がってきた。
「あの隙間がダブルってやつだね? 僕だって……」
じっくり狙うバーチャーム。
「……ふん!」
———バキッ!
「「あ」」
ものすごい速度で放たれたダーツはボードをぶち抜き、綺麗に2つの板にしてしまった。
「ごめん」
「いや、改善点が見えてよかったよ」
半獣族の力を舐めてはいけないことを、改めて思い知った。
■□
スライムは溶かしてしまうのでダメ。
ある程度固さのあるゲル状の何か、故郷の耐震対策ゲルのようなものがあるといい。
コラーゲンでは柔らかすぎるし、どこかにいいものがないだろうか。
「———クロア嬢? 見えてますか?」
「はっ」
ベノアがクロアの顔の前で手を振って、意識が戻った。
「失礼しました」
今日は隔週に一度行っている、南魔国との定期商談日。
ベノアが通商代表としてルミディアに来てくれて、迎賓館で商談をするのが通例となっている。
ルミナディアから依頼した商品の納品の他、提案商品としてもって来てくれた様々な品を見て、ついダーツボードの素材について考え込んでしまった。
提案商品はルミナディアでは加工できない出来合いの品が多く、おそらくファグロの口添えがあって使用用途がよくわからない素材なども多く並んでいる。
「つかぬことをお聞きしますが、クッション性のある素材とかあったりしますかね?」
「クッション性?」
「こう……釘を何度も刺したり抜いたりしたいんですよ。
でも木だと割れてしまうので、衝撃を吸収したり、刺してもまたくっついたりするような……都合のいいものありませんかねー?」
「ふむ……」
説明の前半で、こいつは何をするつもりなのかという怪訝な顔をされたが、ベノアは顎に手を当てて考えてくれる。
基本的にいい人で本当に助かる。
「何に使うかわかりませんが、花蜜は試しましたか?」
「花蜜? って火を灯す?」
「そうです」
花蜜は魔国のみならず、人国やルミナディアでもランプに使用している一般的な油だ。
「花蜜を加熱してから獣脂を混ぜて冷やすと、ねっとりしたものになりますよ。
限界はあるでしょうが、釘を何度か抜き差し出来るかもしれません」
「へー知らなかったです。試してみます!」
「昔、防具の内側に塗ると耐衝撃性が上がると話題になったのですが、可燃性が問題になって禁止されました。引火には気をつけてくださいね」
「花蜜ですもんね……」
使用中の1つや2つのダーツボードくらいならまだいいが、ストックが引火したら倉庫が大変なことになりそうだ。
無酸素状態に出来る魔導具の箱でも作って、中に保存するなどの対策が出来れば問題ないので、後で検討しようと心にメモしておく。
商品の授受、次回分の発注などの商談を無事に終えて、南魔国の護衛兼荷物持ちの騎士たちも含めた一行は、中央広場の魔扉へと向かっていた。
ベノアとクロアで雑談しながら歩いていると、ふとベノアが思い出したように声を漏らした。
「そういえばクロア嬢。移民の件について、南魔王様が許可されましたよ。2名が現在移民予定です」
「わぁホントですか! 二人ってことは……」
「あのメイド2名です」
「おー、嬉しいです! 受け入れの準備しておきます」
帰国したマリネヴァは、すぐさまベノアへ移民について相談したらしい。
今まで酒職人のゼーグリオは勝手に連れてきてしまったが、一定のルールや認識統一の必要性を感じてベノアが色々と動いてくれたようだ。
詳しく聞けば、南魔国からルミナディアへの移民は許可制となり、マリネヴァとジーシャは現在審査中とのこと。
まもなくこちらに来てくれるだろう。
こちらから誘ったわけでなく自発的な移民希望者が出たというのは、これまでの努力と功績が認められた気がして、とても嬉しい。
魔扉に到着したので、ニャスタに南魔国の解錠を依頼する。
両方に鍵を差していないと開かないので、いつもこうして南魔国に常駐させているニャスタを通じてタイミングの連絡をしている。
「それではまた次回、よろしくお願いします」
「こちらこそ。またよろしくお願いします」
クロアが魔扉に鍵を差し、水銀のようなワープ面が出現する。
なごやかな空気で挨拶を終え、ベノアが魔扉に入ろうとした時。
———トプン
あちらから、誰かが出てきた。
「?」
そんな予定は聞いておらず、クロアはベノアを見た。
顔を見ればベノアにも予想外のことであることがすぐに見て取れたので、念の為認識魔術を起動させてその人物を制止した。
「失礼ですが、南魔王様からの許可は得てますか?」
背の高い、肌の浅黒い女性がじろりとクロアを見る。
タイトだが装飾の多いドレスに、大粒の宝石のついたアクセサリー。
縁の大きな帽子が優雅な姿を見れば、貴族であることは一目瞭然だ。
「許可が必要とは知らなかったわ。ふうん、ここがルミナディアっていうところ?」
「あの、も「ベノア侯爵。貴方まさか、このわら……わたくしに、意見を言うつもりかえ?」
慌てるベノアを遮って、睨みつける女。
血の気が引いて、ベノアが青くなっていく。
(もしやベノアさんより身分が高い?)
何も言えなくなってしまったベノアに代わって、クロアが口を開く。
「私はルミナディア自治区の意思決定評議会議長、つまり代表のクロア・ルミナディアです。あなたは?」
「あなたが代表? ふうん?」
女は上から下まで、舐め回すようにクロアを眺める。
「わたくしは、そうね。ヴラウ公爵と呼んでちょうだい」
なるほど、と納得した。
公爵とは貴族の中で最も階級が高く、ベノアの頭が上がらなくても仕方ない。
今日貴族が来る予定はないし、ベノアの様子からしても、おそらく勝手に魔扉に飛び込んできてしまったのだろう。
「それではヴラウ公爵。申し訳ありませんが、
ルミナディアは即座に身分の高い貴族の方を迎えられるほど裕福な街ではありませんので、手順を踏んで頂かないと対応出来かねます。
今日のところはお引き取り頂けないでしょうか?」
営業スマイルで言うと、ヴラウはふんと鼻で笑い。
「———!!」
魔扉の鍵を引き抜いてしまった。
(しまった……!)
ワープ面が消えて、何もない扉と化してしまった。
魔扉は開通後に閉じたら、次の解錠までに1時間のインターバルが発生する。
安全対策としての機能が仇となって、このヴラウを1時間は帰すことが出来なくなってしまった。
「いいじゃない。もう来ちゃったんだから。貧乏人の街なんて、わかってるわよ。期待していないから、問題ないわ。ねえ? ベノア侯爵」
「…………っ」
ねっとりとした微笑みを向けられたベノアは、ごくりと大きく息を呑んだ。
「……あまり勝手なことをなされると困ります。ルミナディアの住民は貴族の方に慣れておりません」
「好きに見てまわったら帰るわ。狭そうだし。別にわたくしのことは、気にかけなくて結構よ?」
鍵をクロアに手渡し、笑って見せるヴラウ。
気にかけなくていいと言われても、気にかけざるを得ないに決まっている。
クロアの営業スマイルが崩れて、ついに口元がひくりと引きつった。
「さて、どこから見てみようかしら」
品定めするような顔で周囲を見渡し、ヴラウは傘を開いて差した。
「ベノアさん。あとで話を聞かせてもらいま……いや、大丈夫ですか?」
「ええ……」
ベノアは額にふつふつと汗をかき、こちらが驚いてしまうほど顔色が悪い。
「とにかく、私はあのヴラウ公爵を追いかけます。1時間後に魔扉が開き次第帰ってもらいますんで!
ベノアさんたちは迎賓館で休んでてくださいね!」
必要最低限を告げ、クロアは日傘を差して貴族の散歩を楽しむヴラウを追いかけた。




