099 :// 激嵐の日 -2-
「あれはなに? 黒いけれど……まさか呪石じゃあないわよね?」
「……呪石です。ここは非干渉地帯なので呪石が大量にあります」
「ふうん」
広場からルミナディア・パレスををぐるりと眺め、興味なさそうに踵を返す。
「これはなに? 小さい建物なのに随分人が入っていくわね」
「……食堂です。多くの住民がここで食事を取ります」
「ふうん」
窓から食堂の中をぐるりと眺め、興味なさそうに踵を返す。
「これはなに? 女ばっかりね」
「……縫製を仕事にする者の職場です。特に半獣族の女性は刺繍布が得意ですから」
「ふうん」
窓から縫製部の中をぐるりと眺め、興味なさそうに踵を返す。
(———そんなに興味ないなら来んなよ!!)
クロアは心の中で中指を突き立てた。
このヴラウ公爵、ルミナディアをあれこれと見ていくが、まるで何にも興味を持たない。
つまらなそうに傘をくるくると回し、歩くばかりだ。
こんなことなら、何のために勝手をしてルミナディアへ来たのか理解に苦しむ。
(もしかして、何も知らずに来たのか?)
ルミナディアについて知っていて来たなら、話題の料理を食べたいとか、魔導具が見たいとか、何かあるだろう。
それらの要望が一切なく、ヴラウ公爵は街を練り歩くのみだ。
もしかしたら、誰かがルミナディアについて話してるのを聞いて勢いで飛び込んで来ただけかもしれない。
だとしたら、ソルマンに管理体制が杜撰過ぎるとクレームをつけなければ。
心の中でギリギリと拳を握りしめた。
「ねえ。あれはなに?」
また興味なさそうに話かけられ、クロアはヴラウ公爵の視線の先を見る。
「……公衆浴場です」
「湯浴み場? 妙に広いわね」
「多数の住民が同時に入れるようになってますから。サウナもありますし」
「サウナ?」
ヴラウ公爵が足を止めた。
「サウナってなに?」
「温浴方法のひとつです。高温の室内で汗をかくことで、リフレッシュしたり血行が良くなったりします」
「……ふうん。おもしろそうね?」
今までと違う言葉に、クロアの頬が引きつった。
「住民の生活機能なので、貸し切りなど出来ませんよ」
「仕方ないわね。ま、民の入ったかもしれない湯には浸かりたくないし、サウナってものだけやってみたいわ」
クロアが声を出さずに『えー』の口でいるのには気付かず、ヴラウは足早に浴場へと入っていく。
貴族の風呂の世話など断固拒否したいが、これ以上止めるための口上が思いつかなかった。
「ぐえー。マジかよ」
何が起こるかわからないので、中にいるスタッフに案内をさせるわけにはいかない。
渋々クロアは後を追った。
「靴は脱いでそちらに。傘は……あれ?」
浴場の入口にいるヴラウはクロアに言われて嫌そうに靴を脱ぐが、傘が見当たらない。
どこかに立てかけておいたのかと見るがきょろきょろと見回す。
「何をしているの。早く案内しなさい」
「あーちょっと。そっちじゃなくてこっちです」
男性エリアに入っていこうとするヴラウを慌てて引き止め、女性エリアへ案内する。
脱衣場まで案内し、仕方なしに自分も服を脱ぎ始めるが、すぐにヴラウが背中の服の編み上げをほどけだの、脱げないだのと騒ぐのでかなりの時間が掛かった。
「ふうん。どれがサウナなの?」
「そっちの右手の扉を開けてください」
やっとのことでサウナへと入る2人。
幸いにも誰もいなかったのでクロアが布を敷いてあげて、座るように促す。
「本当に熱いわね。ここで座っていればいいの?」
「そうです。3分経ったら水風呂に行って、またサウナに入ってと何回か繰り返します」
「ふうん」
「我慢しすぎもよくないので、つらくなったら出てくださいね」
「暑いだけでしょう? わたくしはそんなに軟弱じゃないわ」
そこから沈黙が始まった。
いつもならサウナ室のニャスタが隣に座ってきたり、踊ったり寝たり、何かしらしているものだが、事情を理解しているので部屋の隅で3体寄り添って静かにこちらを見ているだけだ。
そもそも初対面の人間とサウナというだけでも気まずいのに、相手は貴族で高飛車そうな性格。
もやもやとしながらクロアは暑さを耐えた。
ヴラウは初めてのはずなのに、サウナ常連かのごとく目を閉じてどっしりと構えている。
(でも浴場にいれば1時間は潰しやすいかもしれない)
まだ昼なので、浴場にはクロアとヴラウ、そしてスタッフ以外に人はいない。
ある意味、厄介な爆弾の世話に適していると言えよう。
(思えばファグロさんって寛容だったんだな)
多少の無礼は優雅に微笑んで許してくれた。
散々苦労させられたが、今になると使者としてマシな方だったかもしれないと思った。
「……3分です。出ますよ」
「ふうん。この程度なの」
ヴラウを連れて水風呂へ。
思い切り入りそうになるヴラウをとめて、足元から冷やしてゆっくり入らせる。
ヴラウは急激な冷たさに震える体を無理やり抑え、何事もないかのように澄ました顔で水風呂に入っていった。
「———あなた、早く入りなさいよ」
「え? いえ、私あんまり水風呂好きじゃないので腰まででいいです」
「わたくしには入らせておいて何よ!?」
「大事なのは休むことですから。どこまで入るかは体質と好みです」
「なんてつまらない娘なの」
勝手にやってきた人間に、つまらないか面白いかを評されたくない。
不満に思うが、事を荒立てたいわけではないので何も言わないでおいた。
(てゆーか、娘って)
この女は一体何歳なんだろうと思う。
確かに年上という感じだが、肌や髪は綺麗だし、体も引き締まっている。
雰囲気では30歳後半くらいだろうか。
「そろそろ戻る頃ではないの?」
「行きましょうか」
そんなことを考えている間に休めたようで、クロアたちはサウナへと戻っていった。
サウナに戻ること、3回目の時。
「このサウナ、悪くないけれど退屈だわ」
「そういうものですから」
確かに故郷のサウナにはテレビが備え付けられていたりするが、ルミナディアのサウナにはもちろんそんなものはない。
「ねえ? 我慢比べしましょう。その方が楽しめそうだわ」
「……入りすぎると脱水症状になって、具合悪くなりますよ。薬も過剰な服用は毒になるのと一緒です」
「あなたさっきから否定ばかりで、つまらないわ!」
ヴラウの眉間にぐっとシワが寄る。
先程よりも少々怒気が強い。
「…………では我慢比べしたら、これで終わりにしますからね。死にます」
「いいわよ」
少しだけ機嫌を直したヴラウと、無言の耐久レースが始まった。
その後、何分経ったのか。
煮えるような何かを腹に抱えながら、クロアはじっと耐えていた。
(くそー……早くギブしろっての……)
実はとっくにクロアは降参してサウナを出ようとした。
だが、ヴラウがそれを許さなかった。
クロアが適当なところで見切りをつけて、面倒な戦いから脱出しようとしていたことがバレていたらしい。
もっと行けるだろうと無理やりまた座らされ、現在に至る。
結局、我慢比べと言いながら、自分の都合いいように事が運ばなければ満足しないのだ。
肌が熱でチリチリする。
ヴラウも顔を真っ赤にしながら、時折大きく息を吐く。
「……やっぱりまだ行けるんじゃない、あなた……」
「……いえ……ホントにもうきっついんですけど……」
「……顔がまだ余裕そうよ……」
「……私の顔はどんな時もいつもこんな顔です……」
「……変な言い訳してないで、最後まできちんと戦いなさいよ……」
強制される戦いに、そろそろ本当の限界を感じたその時。
ピリリリ~
「通信?」
ニャスタによる通信を受信したので、音声のみで繋げる。
『バーチェークだ。ちょっと問題が起こりそうでな……来てくれねーか?』
「緊急ってことだよね? 今お風呂入ってるんだけど、急いだ方がいい?」
『緊急だがそこまで急ぎじゃない。身支度してからでいいぜ。シロネの前で待ってる』
「はいよー」
音声通信を切り、クロアは立ち上がった。
「ヴラウ公爵。残念ながら我慢比べは終わりです」
「やめるっていうの?」
「ええ、緊急事態みたいですから」
戦いに邪魔が入ったことが気に入らないらしいヴラウが、ブツブツと文句を言う。
しかし優先順位は変わらないので、雑にヴラウを宥めながらサウナを出た。




