097 :// 魔王国会議
南魔国、王城。
本城の奥深くには宝物から歴史的書物まで貴重なものばかりが納められた、限られた人間のみが入ることを許される秘殿と称されるエリアがある。
その秘殿のさらに深奥、そこにはある目的のためだけに作られた特別な部屋があった。
部屋は仰々しく装飾され、華美な円卓が置かれている。
その円卓に掛けているのは、4人。
「こうして面々が集まるのは、3年ぶりだな」
南魔王、ソルマン・サウスロワ。
「南魔国って、相変わらず面白いものもないわね。精々武器と防具くらいしか見るものがなくて、退屈だわ」
精緻な装飾をつけた長い爪を眺め、退屈そうにしている浅黒い肌の女。
東魔王、ハーシャ・イーストロワ。
「メシもあんまり美味しくないのう」
子供のような小さな身体で、山盛りに積まれた眼の前の菓子を頬張り続ける女。
西魔王、シュイリータ・ウエストロワ。
「………………」
仮面のように固まった無表情のまま、沈黙を貫く壮年の男。
北魔王、セプ・ノースロワ。
「そう言うな。俺とてここで貴殿たちと会議をするよりも、山積みの仕事を片付けたい」
誰かの心音すら聞こえそうな沈黙。
耳鳴りのするような緊張感。
獲物を前にしたヘビのように目を細めたハーシャによるものだ。
「妾たちとの会議が無益と言っておるのかえ? 若造」
各国ごとに後ろに控えた家臣たちが、重い空気に歪みそうになる顔を堪える。
「この菓子、もう5つほどおくれ」
「……承知致しました」
しかしその空気をものともせず、菓子を要求するシュイリータ。
ソルマンの後ろに控えた給仕係が、気まずそうに返答して部屋を出ていく。
「別に。ただ多忙だと言っているまでだ」
「フン。口には気をつけなさいねぇ。妾の手がうっかり……滑ってしまうかも、しれないでしょう?」
「そこの。やっぱりもっと腹に溜まるものも用意せよ」
「……承知しました」
(食えないババアどもめ)
すぐに難癖つけたがる東魔王も、会議とは関係のない要求ばかりの西魔王も鬱陶しい。
内心で悪態をつくが、ソルマンは顔ひとつ変えない。
この場で最も魔王として歴が浅いのはソルマンだが、地位は対等である。
甘く見られがちだからこそ、あらゆる意味で隙を見せてはならない。
素知らぬ顔でソルマンは書類を手に取った。
「早々に片付けるとしようじゃないか。
先触れの通り、今回の議題は東と西の貿易路の件、北に出現した異常大型魔獣の件、四国間魔道具取引の件。定例の税率調整の件。以上でよろしいか」
「ふうん。何も追加はないのかえ?」
ハーシャの言葉に、ふと一つの言葉がソルマンの頭を過ぎる。
———ルミナディアについて。
本来、魔国バルバジールとして報告すべき案件である。
しかし、ソルマンはそっと唇で笑う。
「追加はない」
ルミナディア自治区については秘匿する。
この魔国バルバジールにおける力関係の変革、南魔国がより強くなるため、ルミナディアは切り札にする。
ルミナディア自治区は今後、間違いなく世界を上り詰めていくだろう。
他魔国よりも機先を制して関係を築き、魔国の中で最もルミナディアと強固な関係となる。
これが未来、大きなアドバンテージとなるとソルマンは確信している。
「それでは一つ目の議題、東と西の貿易路の件から話そう」
■□
「ああ、全く無駄な疲労を感じるな」
会議終了後、ソルマンはベノアを連れて自分の執務室へ帰路についていた。
「魔国会議など無くなればいいのにな。なぁ、ベノア」
「お疲れ様でした、我が主」
「何故あいつらは要点をまとめて話さんのだ」
北は特殊な例外として、東も西も魔王の我が強いというか、いつの魔国会議でも収集がつかなくなることが多い。
せめて北が協力的であればよいのだが、ここ十年程で無気力になった北魔王は自国の関与しないところには雑談であろうと一切関わろうともしない。
結果、残ったソルマンが無駄に苦労する羽目になるのだ。
「北はあれで問題ないのだろうか? さっさと次に譲位すればよいものを」
「次期魔王候補も幼少期以来、顔すら見せていないという噂ですね。民たちもかなり不安がっているそうですよ」
「せめて隣接していれば貰い受けてやるのにな」
「我が主……」
あまり滅多なことを言わないでください、とベノアが視線で窘める。
これ以上言うと内容が内容だけに小言がキツくなりそうだ、とソルマンは別の話題を探した。
「しかし東が進んで仕事を引き受けたのは珍事だったな。過去最高に良好な会議結果だな」
「東魔王様は未だ現役の戦士ですから。南魔国としては助かりますね」
「うちは戦力の増強もなかなか進まないしな」
いつも文句ばかりの東魔国が、魔獣の調査について名乗りをあげたことで今回の会議はかなり時間が短縮されたと言える。
短縮された上で、この疲労。
さらに執務室へ戻れば仕事がそれこそ山のように積まれているので、本当に頭が痛い。
「———ですから! どうか———!」
「しかし——————のです!」
何やら騒ぐ声が聞こえる。
秘殿に入る通路の入口で必死に何かを訴え、衛兵に力付くで制止されているようだ。
「誰だ?」
「あれは……ドーラスト男爵ではありませんか?」
「そういえば今日帰国だったな」
ファグロ・ドーラスト男爵。
ソルマンの腹心であり、ルミナディアへ使者として送った者。
廊下を進んでいくとあちらも気付いて、必死に手を伸ばしてきた。
「南魔王様! お待ちしておりました!!」
「何事だ騒々しい。問題が起きたか?」
「問題は起きておりません。ですが、ルミナディアについ———」
大きく開いたファグロの口を、ソルマンは思い切り叩くようにして塞いだ。
自分でも柄にもないほど、一瞬ひやりとしてしまった。
驚き、訴えを止めるファグロ。
「———今日は魔国会議の日だぞ」
「!」
ファグロの耳元で囁くと、察したファグロが前のめりになっていた体を引く。
「大変失礼致しました」
「また御婦人の話だな? それなら私の執務室で聞こう」
「お時間を頂けること、女神と南魔王様の御慈悲に、感謝致します」
2人してさも日常的な歓談をしているような様をしつらえた。
ファグロを見れば妙に鼻息荒く、珍しく子供のように目に光がある。
いつもはもっと優雅に、余裕ある人格だったはずだが。
「……なんかお前、今日気持ち悪いな」
「ええ。今の私は永劫の夜という暗闇に囚われ、彷徨う幼子同然の———」
「ああ、わかったわかった」
執務室にたどり着く前に、ルミナディアについて熱く語りだしそうだ。
ルミナディア関係であれば報告は早急に、と命令したのが自分である手前、非常に疲れているが仕方ない。
適当にあしらいつつ、ソルマンは執務室へと向かっていった。
「南魔王があんなに焦るなんて、珍しいわねぇ……」
ソルマンは気付かなかった。
「ルミナディア———?」
執務室へ向かうソルマンの後ろにある、人影に。




