096 :// 別れの時
「あっクロアさんだぁ! 昨日の大市のゴハン、すっごかったですぅ!」
「こんにちはクロアさん。この子ったら、アイシィフルーツを7個も食べたんですのよ」
「こんにちはーお二人さん。喜んでくれてうれしいですけど、その暴食レベルは危ないんじゃないかなー」
「オンラインショップも素晴らしかったですわ。生きているうちに、あんな光景を見られるなんて。
あれは全て、クロアさんが考えたのでしょうか?」
「そーですよ」
「その、なんていうか。想像を絶する能力で感動ですわ」
「ニャスタ、精霊がいてこその能力ですよー」
仕事に向かう途中のクロアは、空になった食器を載せたカートを運ぶ、ジーシャとマリネヴァと出会った。
まだ昨日の興奮が残っているようで、2人とも昨日の感想を熱く語ってくれた。
昨日のルミナディア大市は大成功だった。
商品の多さに目移りして購入に踏み切れなかった者もいたが、見るだけでも楽しめたようで大いに盛り上がった。
今朝の食堂も大市の話で持ち切りで、次回はいつなのか、こんな商品がもっと見たいなどの話が続々とクロアのもとに集まってきている。
南魔国で苦労した甲斐があるというものだ。
誰も見ていないので知られていないが、昨日は孤独にかなりの重労働をした。
早朝に南魔国に赴き、一応ベノアにオンラインショップの簡単な説明。
特に問題ないとすんなり許可が降りたあとは、城下市を大量のニャスタにスキャンしてもらう。
スキャン後の膨大なデータは商品カテゴリーに加えて男性向け、女性向け、装飾品、実用品、など多数のタグ付を行い、陳列順を決定。
ルミナディアの仮想マップで陳列のシミュレーションの実行。
オンラインショップの開催中に食事と休憩を済ませ、購入決定済み商品が出る度に、南魔国の護衛騎士を連れて城下を練り歩き、実際の商品を購入。
その後荷積みをして帰還、購入者へ商品を渡す。
ショップと出店のあと片付け、その他もろもろ。
脳から足まで、くまなく重度の疲労を感じる日となった。
「今日で南魔国に帰国だなんて」
「ジーシャも、もぉっとルミナディアのゴハン食べたかったなぁ」
今日はファグロの帰国日なので、当然2人も共に帰ることになる。
肩を落とす様子は、本当にルミナディアに名残惜しさを感じているようだ。
「お仕事も少なくて楽チンだったし」
「あなたねぇ……メイドの仕事を何だと思っているの」
「あ、そーだ。メイドといえば……まだ出発まで時間ありますよね?」
メイドの仕事と聞いて、ちょっとひらめいた。
「もしよかったら、最後にルミナディアの新施設のテスターやっていってくれませんか?」
■□
街の中央エリアに出来た新施設では、女たちが集まっていた。
メンバーは縫製の仕事を生業とする女性たちに、クロアの補佐であるシグだ。
「クロアさん、言われた通りに持ってきました」
そこに来たのが、大きなカゴを持ったマリネヴァとジーシャ。
どこか困ったような顔をしている。
「あの……本当にこんな時間から洗濯して、大丈夫でしょうか?」
「いつも早く終わらせなきゃってしてたから、変な感じ~」
「ダイジョーブ、ダイジョーブ。これで全員そろったし、やっていきましょー。ランドリーへようこそー」
不安と期待の入り混じるメンバーで、新施設に入った。
新施設、ランドリー。
散々苦労して洗剤から開発した、クロアプロデュース、ベルガミュアサポートの魔導洗濯施設だ。
中に入ると、ずらりとロッカーが並ぶ。
“職場によくあるロッカー”をイメージ元に作成した、縦長の金属ロッカー。
各扉には番号が振られ、IDによる支払い端末が設置されている。
「空いてるロッカーに、服を入れてね。中にハンガーが入ってるから、こうやって掛けるといいよー」
クロアが実際にハンガーを手に取り、持ってきた自分の服を掛ける。
ロッカーの中にはハンガーを引っ掛けるパイプがあったり、畳んだ服をそのまま入れられるスペース、細かなものを吊るすスペースなど、様々な機能を装備している。
「クロアさぁん~シーツはどうやって入れればいいですかぁ?」
「大きいものは大物用のロッカーがそっちにあるよー」
「おお~こうすればいいんだぁ」
ロッカーは大物用や大量のタオル用など、イレギュラータイプも少々作っておいた。
ジーシャが布まみれで駆けていって、楽しげにシーツを引っ掛けていく。
「まとめて洗っちゃった方が早くないかしら?」
「もちろんまとめて洗うよー。でもほら、知らない人の知らない汚れと一緒に洗うの嫌だからさー。
ロッカーにすることで見られなくないものとかアレコレをガードするの」
「クロアって繊細ね?」
「そーかなー?」
シルフェアナがきょとんとクロアを見つめる。
遊牧の民には伝わらない感覚なのかもしれないが、いずれ衛生面の意識が上がってくればわかってくれると信じている。
皆、個人で持ってきた洗濯物をロッカーに入れていくのを、うしろからクロアが見てフォローしていき、最後の一人が入れ終えた。
「んじゃ入れ終えたら、扉2つを閉めて、外の扉には鍵かけて、んでIDで支払いー。
スタートボタンを押して……これで完了!」
鍵は錠前である。
本当はIDを鍵として認証する魔導具にしたかったが、製作時間の問題でアナログの鍵を採用した。
いつかはワンタッチキーのロッカーを実現したいと思っている。
「このあとは何を?」
「洗濯仕上がるのを待ちます」
「……洗濯は本当にこれで終了ですか?」
「そーですよー。乾燥までやってくれます」
クロアがぐっと親指を立てると、シルフェアナとマリネヴァが食い気味に寄ってきた。
「クロア、これは何が起きてるのかしら?」
「どういう仕組なんでしょうか?」
「待ち時間があるから、その間にのんびり説明しましょー」
一応説明の必要もあるかと、事前に用意しておいた図を魔導ディスプレイに表示する。
「スイッチはbat式……一つ押せば連動して複数の魔導具が起動するようになってるんだけど、使用してる魔導具は3つ。
1つめは、水が出る魔導具。みんなも使ってる水道ね。
2つめ、排水と分解。洗濯に使った水を捨ててくれる魔導具。
3つめ、温風を出す魔導具。排水後に風を出して乾燥してくれるもの」
仕組みはこうだ。
ロッカーに洗濯ものを入れ、支払いと鍵をする。
すると魔術式が起動して、ロッカー上部に入っている魔導具から水が流れ、洗剤が混ざりロッカー内を満たす。
洗剤は苦労して作ったスライム溶液だ。
水の撹拌や振動の必要なく、皮脂や汚れを上手いこと取ってくれるので、3分ほど洗剤液につけたらそのまますぐに排水。
ロッカーの下にある指定時間で開く穴が開き、水が地下へ排出されるようになっている。
排水部は網を貼ってあるので、誤って洗濯物が落ちても問題なし。
その後ゆすぎのための水が入り、また排水する。
ここまでが洗い作業だ。
乾燥作業は温風を出す魔導具により、温度調整された温風がロッカー内を乾燥させる。
ただの温風ではすぐに乾かないのが物理法則なのだが、そこはさすがの魔術様々で、乾燥の魔術式を組み込むことによってかなり高速で乾いてくれる。
トータルで30分もあれば、綺麗になった衣服がゲットできるわけだ。
「30分で……!?」
「厚手の上着とかはもうちょっと時間かかるから、専用ロッカーに入れないといけないけどね」
「もう朝から冷たい水で洗わなくていいってこと?」
「イエース。雨の日も洗濯出来るぞー」
「スライムの洗剤って、大丈夫なのでしょうか?」
「テストはバッチリ。色落ちとか気になったんだけど、ここの染料ってガッチガチであんまり落ちないんだねー」
「色落ちしないように染めるのよ。軟弱な染め方は認めないわ」
「そうよそうよ!」
半獣族のお姉様方のもつ、長年継承される縫製の知恵はすごい。
そこから女性たちによる井戸端会議が始まった。
「お、終わったっぽい」
半獣族と魔族の生活の違いについて話が盛り上がっていた頃、カタカタと震えていたロッカーが静かになった。
今のところ速度重視の街作りのため今回は省いたが、次回作るときには出来上がりのアラート機能をつけたいと思いながら、クロアは自分の服を入れたロッカーを開けた。
中からはほんのり温かな空気が飛び出してくる。
「おおー」
ハンガーごと出して服に触れれば、しっかり乾いている。
「……私も!」
クロアが感嘆する姿を見て、皆一斉に各々のロッカーを開いて中を確認する。
「乾いてる!!」
「なんてことなの……!」
「もうずっと干さなくてもいいし、雨季にも洗濯が出来るのね」
メイド2人も縫製部も、これまでの洗濯における苦労を思い、各自でじんとして洗濯物に触れまくった。
「ちなみにすぐに取りに来れるとも限らないから、中身入れ替えが箱ごと出来るようになってるよ」
「箱ごと?」
クロアは一度中扉を閉めて、取っ手を引っ張る。
するとロッカーの中から、金属の箱が飛び出した。
「だから扉が2つあるのね!?」
「そーゆーこと」
中のロッカーは二重になっており、衣服を入れた箱ごと取り出すことが出来るようにしてある。
洗濯が完了したら、スタッフがサブの鍵でロッカーを開け、中の箱を取り置き場所に移動する。
個人のプライバシーが守られたまま、次の洗濯に入ることが可能なのである。
「クロア、ホント天才ね」
「もっと褒めてー」
「このこのー」
「痛い痛い痛い」
半獣族のドツキは結構痛い。
じんじんと痛む脇腹を押さえつつ、クロアは顔を切り替える。
「それで本題。テスターのみんなにもっとこうした方がいい、こうなるといいってのを聞かせて欲しいんだ」
「手ぬぐいを掛けるところがもっと欲しいわ」
「ハンガーもこういう形のを増やすといいかも」
「わー。ゴリゴリ出てくるー」
言われる前にシグが持ってきていた筆記用具を出して、次々にメモしていってくれている。
「シグくんの成長が目覚ましい」
「これくらい当たり前だよ。クロアはメモしないから」
「おっしゃるとーり」
仕事の出来る子で本当に誇らしい。
クロアはメモを気を取られず、ユーザーとの会話によって改善案をしっかり詰めることに専念できた。
「あの、クロアさん」
「はい?」
あらかた出てきた意見を聞きおえると、マリネヴァが戸惑い気味に声をかけてきた。
「そんな……普通の民の意見を取り入れるのですか?」
「そりゃね。使う人たちにとって一番使いやすいものにしたいし」
答えると、なんとも言えない不思議そうな顔をされる。
「どーしました?」
「あっ、いえ。失礼しました。その……普通、貴族の意見しか取り入れられないのが当たり前だったので」
「ああ」
納得である。
「誰もにとって、より便利に。より快適に。
それが何よりも優先するべき正義なんですよ、ルミナディアは」
マリネヴァの戸惑いの色が消え、驚いたかと思うとまた何かをぐっと堪えているようだった。
■□
「あ、もう皆さんおそろい……ではないようですね?」
その数時間後、ついに使者の御一行が帰国する時間だ。
ランドリーからシロネに戻り、別の仕事を行ってから魔扉を仮設置している中央広場へやってきた。
来た時同様、大きな荷物を積んで話をしていたのが、マリネヴァ、ジーシャ、ゾルカス。
そして見送りに来ているオルウェンとバリランだ。
「それがねェ、クロア。ファグロさんは先に帰っちゃったみたいなのよ」
「え? いつ?」
「午前中に、どうしてもって頼まれてな」
南魔国とルミナディアの双方が差しておかないと、魔扉は開かない。
開かないと言いつつバリランが鍵を使ってみたら開通し、あちらの話を聞いたところ大市の時には話をつけていたようだったとのこと。
迎賓館の事件以降、ファグロとは一度も会話をしていなかった。
最後に一言くらい社交辞令を交わしてお別れになると思っていたのだが。
(想像以上に嫌われた……?)
狙ってやったことだが、少し心に刺さる。
(まぁこれくらいは仕方ないか……)
結局バリランの作戦通りとなったわけだ。
こちらとしては何一つマイナスなく、体裁も完璧に使者の滞在を終えられるのだから、そんな小さな心のダメージは忘れた方がいいだろう。
してやったりとニヤニヤ笑うバリランがちょっと癪なだけだ。
「ん? バリラン、ピアス1個減った?」
「あん? いけねぇ、落としちまったかな。使者殿のことで忙しくしてたからな……」
バリランの角に2つ並んでいた同じ型のピアスはむなしく一つだけになって、プラプラと揺れている。
クロアが言うとバリランはきょろきょろと辺りを見回して、そそくさとどこかへ行ってしまった。
「ファグロさん、何か随分深刻な顔をしていたけれど、大丈夫かしら?」
「坊っちゃんがお手数をおかけして申し訳ございません」
「いえ、別に困ることはないのでお気になさらず」
色々と引け目を感じているのか、ゾルカスがやたらと頭を下げてくる。
しかし一言もないのにはちょっぴり傷ついたが、本当にファグロに対して何も感じていないので、精一杯フォローする。
「……クロアさん」
ゾルカスが謝罪を終えた頃、マリネヴァが思い詰めたような顔で歩み出た。
「こんなタイミングで申し訳ありませんが……その。お聞きしたいことが」
「何でしょ?」
いつもキリッとした表情のクールなマリネヴァが、何故か恥ずかしげにもじもじと躊躇う。
ややあって、意を決したように大きく息を呑んだ。
「……ルミナディアへの移民は、希望すれば可能でしょうか?」
思わぬ言葉にクロアも目を見開いた。
その驚きは、言葉の意味が頭に浸透するにつれ喜びへと変わっていく。
「……もちろんですよ! 南魔王サマ側の許可さえあれば、こちらは歓迎します!」
「え~っ、マリネヴァずるぅい! ジーシャも移民しよっかなぁ」
「これはこれは……」
誰にも話していなかったようで、ジーシャとゾルカスも驚きを隠せないでいるようだ。
クロアと目が合ったオルウェンも、嬉しそうにウィンクした。
「帰ったら相談してみますわ」
「こちらからも聞いてみますね。実現する日を楽しみにしてます」
マリネヴァと握手すると、彼らは大きな荷物を持ち上げた。
「それではルミナディアの皆様方。お世話になりました」
「こちらこそ。ファグロさんにもよろしくお伝え下さい」
「バイバイ、クロアさぁん」
手を振り、魔扉に消えていく使者御一行を見送った。
姿が見えなくなると、急に静かになったように感じられた。
「———ふう。やっとデカい仕事が終わったね」
「クロア、おつかれさま」
「今日は酒飲もー!」
南魔国使者について、長い時間が掛かってやっとのこと一件落着となった。




