091 :// クロア保護隊
雨の日の、薄暗い住宅。
そこには未だかつてない深刻な表情で集まる3人がいた。
「作戦会議を開始する!」
ラーシスの声に頷くのは、リーシアとシグだ。
ライトの魔導具があるのにあえて点けず、怪しげな花蜜の明かりに3人の影が揺れる。
「司令官はオレ。シグが参謀な。リーシアは諜報だ」
また深刻な顔でこくり、と頷く2人。
「それじゃ状況を報告してくれ、シグ」
「ちょっとお兄ちゃん! 諜報は私でしょ!」
「誰がお兄ちゃんだ、司令官と呼びたまえ! じゃあリーシア諜報官はシグのあとな」
「僕はどっちでもいいけどね……」
一応納得したらしいリーシアとラーシスがじっと見つめるので、シグは口を開いた。
「この前シロネの執務室に向かった時のことなんだけど———。
クロアはいつも通りに座って仕事してるのに、アイツがさ……こんな風にクロアの後ろに立って」
シグはおもむろにリーシアのうしろにまわりこみ、肩に顔を近づけた。
「『私は貴女のことを、もっとよく知りたいのです』って」
そしてリーシアの頬に触れる。
「……きゃあああああ!!」
「リーシアに何すんだコラ!!」
「僕じゃないよ、アイツだよ!!」
真っ赤になって、顔を両手で覆うリーシア。
耳まで真っ赤にしてぷるぷると震える。
「そのあと、どーなったんだ?」
「バーチィールから緊急通信が来て、慌てて飛び出してった」
「セーフってことだな?」
「ダメだよ、お兄ちゃん……。こんなのされたら、結婚するしかないよ……」
「まだその……ち、チューはしてないから……! 問題ないはずだぞ!」
ラーシスも決定的な単語を口にした途端、耳まで真っ赤になる。
「こ、今度は私の報告だよ!」
恥ずかしさを振り払うように、リーシアが意気込んで立ち上がる。
「この前、食堂に向かって歩いてたら———こんな風にね?
白いお花をクロアの耳に飾ってあげて、それで、その……『私と恋に溺れませんか』って!! 言ってた!!」
「それは決定的証拠だな!!」
「その時は……き……キスは……してたの?」
「き、ききききききキスなんてしちゃったら、クロアに赤ちゃん出来ちゃうでしょ!!」
「……リーシア……キスじゃ赤ちゃんは出来ないよ……」
「そうなの!?」
話が脱線してきて、シグが恥ずかしさを誤魔化そうと咳払いした。
「とにかく。アイツはクロアを狙ってる。これは間違いないよね?」
「だな」
「うん」
色々あったがやっと冷静を取り戻した3人。
戦時中の軍人さながら、深刻な顔で額を突き合わせる。
「一応確認するが、諸君。アイツをクロアの伴侶に認めるか?」
「絶対ダメ」
「嫌だね」
即答するリーシアとシグ。
「では諜報官、なぜダメだと思うのかね?」
「アイツ、顔はその……まぁまぁだけど、男爵でしょ? 男爵って貴族様の中で一番下って言うじゃない。
そんな下っ端が、クロアに似合うはずないでしょ!」
「同意だね。男爵なんかじゃ、クロアの夢は叶えられないね」
「その通りだ、諸君。それに有力筋からの情報だが……。
アイツ、こっちに来た時、まっさきにベルガのことを口説いたらしい」
「二股ってことぉ!? 信じられない!!」
「そんな尻軽男、クロアには似合わないよ」
ラーシスは厳かな雰囲気で大きく頷く。
「いいだろう。それではここに———クロア保護隊を結成する!
オレたちのクロアは、オレたちで守るぞ!」
こうして、3人は無駄に長い時間作戦会議に及んだのだった。
■□
「よォ、アストル」
「…………君が話しかけてくるなんて、珍しいですね」
食堂で朝食をとるアストルに話しかけたラーシス。
おそらくラーシスから挨拶を交わすのは初めてのことで、アストルも露骨に警戒した。
「何か用事ですか?」
「まーな。ついにオマエもご愁傷さまだと思って、慰めに来てやったワケよ」
「…………どういう意味でしょうか」
食事の手をとめたアストルの耳元に、ラーシスが口を寄せた。
「あの使者、随分クロアにくっついてると思わねぇ?」
「……それが仕事でしょう?」
「それがよー。アイツ、クロアに惚れたから、護衛騎士やるらしいぜ」
「護衛騎士を!?」
がたん、と派手に音を立てて立ち上がるアストル。
周囲の注目を集めているが、それが気にならない程度にアストルの目には護衛騎士の文字しか見えていないようだ。
「折角の席が埋まっちまって、残念だったな~。ドンマイ」
ラーシスは意地悪く笑う。
「今ならまだ、決闘で勝てば変更もあるかもな~!」
じゃあな、と手を上げて足早に去る。
食堂を出て裏手に回ると、リーシアとシグが待っている。
「どうだった、お兄ちゃん」
「司令官だって言ってんだろ。まぁいい感じにショック受けてたぜ。ざまーみろ」
「ラーシス。別にアストルに嫌がらせするための作戦じゃないからね?」
「わかってるっての」
作戦の一。
護衛騎士の座を奪われたアストルに、嫌がらせをさせる。
クロアを巡って戦ってもらい、うまく行けば勢いでクロアが使者をフッたりしてくれるかもしれない。
「今日は交代で街にいるアイツの様子見るぞ」
■□
翌日の夜。
「何だよ、あのヤロー! 全然何もしねーじゃん!」
「ただションボリしてるだけだね」
「情けない男ね」
仕掛けた昨日からずっと見張っているが、アストルはクロアに掛け合うこともなければ、ファグロに何かする気配もない。
それどころか、何か考え事をしては上の空。
誰かに度々怒られているのを見かけるばかりだった。
その夜、アストルは本人のいない陰で3人に散々詰られた。
作戦の一、失敗である。
■□
「大丈夫かなぁ。バーチェーク、あんまりわかってなかったみたいだけど」
「ちゃんと具体的にやること言ったから、きっとやってくれるよ!」
「諸君、静かに!」
クロアの執務室の裏手、窓の下で3人は隠れつつ、シグが代表で部屋をこっそり覗き込む。
いつも通りクロアはデスクで仕事をしていて、その奥のソファーでファグロが優雅にお茶を飲んでいる。
最近のよくある風景だ。
「状況は?」
「バッチリ」
あとは頼みの人物が現れるのを、待つのみ。
「クロア~」
3人が潜んでから20分ほど。
やっと呑気な声が聞こえてきた。
シグが代表でまた執務室を覗き込む。
「バーチェーク。どーしたの?」
「それがよ~……」
作戦の二。
使者より先に、バーチェークに惚れてしまえ。
ちなみに貧乏がマイナス点として全員が挙げたが、バーチェークが相手ならクロアの結婚相手に許すというのも満場一致した。
バーチェークはもじもじしながら、リーシアが作った花束をクロアに差し出す。
「これやるよ」
「なに?なんか薬になる花とか?」
「いや、別にそういうのじゃねーんだけど……」
言葉を濁すバーチェーク。
「いいね、なんかいい感じに恥ずかしがってるみたいに見えるよ」
「やるな、諜報官」
「えへん」
バーチェークには、こう伝えてある。
実は昨日がクロアの誕生日だった、と。
みんな祝ってくれたのに、バーチェークにだけ祝われていないとクロアが悲しんでいた、とも。
クロアも要求したみたいで恥ずかしいだろうから、誕生日のことは言わずにお詫びにこれを渡しておいで、と花束を渡したのだった。
「えっと、それと……最近疲れてるって聞いたけど、大丈夫か?」
「疲れてるけど、大丈夫だよ。休みゼロじゃないし」
「ちょっと……熱はからせてもらうぜ」
デスクに歩みよったバーチェークが、クロアの額に自分の額を軽くぶつける。
「きゃああ」
「リーシア、静かに!」
いつの間にか3人全員が身を乗り出して見ている。
まるでバーチェークがクロアにキスしているかのような距離感に、リーシアの悲鳴がとまらないのでラーシスが口を塞いだ。
「……熱はないんじゃない?」
「……おう」
もちろんこの行動もリーシアの入れ知恵である。
クロアが心配だから、と言えば素直にやってくれるという見込みは間違いなかった。
カチャリ、と茶器を机に置く音がした。
「来るか!?」
3人が注目するのは、使者。
「兄妹のように仲がいいのですね」
「ま、まーな! こうやって誕生日祝うのは初めてだけど、クロアもうちの家族みたいなもんだからな」
バーチェークの言葉に3人はマズイと口を開けた。
「私べつに誕生日じゃないけど?」
作戦の二、失敗。
なおその後、バーチェークにはしっかり怒られた。
■□
「こうなったら、物理作戦で行くしかねーな」
「酸っぱいねコレ」
「コレやるの久しぶりだね、お兄ちゃん」
3人は迎賓館の入口付近に、あるものを撒いた。
酸味のある果物の果汁で、食堂の冷凍室からくすねてきたものだ。
この果汁、結構刺激的な残り香があるのでしばらく鼻が効かなくなる。
「やべ、ヤツだ」
「隠れて」
迎賓館のドアが開く気配に、3人は慌てて隠れる。
こっそり様子をうかがうが、使者はこちらに気付いていないようだ。
ホッと胸を撫で下ろす。
(食らえ!)
使者がこちらに背を向けたのを確認して、ラーシスがあるものを投げる。
トゲトゲがついた指先ほどの小さな実、その名も通称『クサクサボール』。
そっと触れば問題ないが、うっかり力を入れて摘むと実が弾けてとんでもない異臭が漂う。
トゲトゲは人の衣服にくっつきやすく、服についたまま気づかずに何かにもたれかかったりすると、異臭騒ぎになるシロモノだ。
投げ飛ばしたのでその時点で弾ける可能性を考慮し、事前に鼻を効きづらくしておくのも、ラーシスたちの生まれた村で子供がよくやるイタズラの流れである。
ラーシスの投げたクサクサボールは、見事にファグロの背中にくっついたのだった。
「やったぜ!」
「これで今日はクロアから嫌われちゃうね」
「もうヤケクソだよ……」
作戦の三。
異臭騒ぎでクロアに嫌われてしまえ。
効果は短いが、うっかりでビンタでもされてしまえば、こちらのものだ。
「意味あるかな? この作戦」
「何言ってんだ参謀。若いやつは一回でも気まずくなれば、もう終わりだって言ってた」
「誰が?」
「とーちゃん」
さすがのシグもツッコミづらくてうろたえた。
「いいから、シロネに行くぞ!」
■□
「来たか?」
「まだ……いや、来たよ」
例のごとく代表者シグが執務室を覗き込む。
「おはようございます、クロア嬢」
「おはよーござ…………ます」
シグにはクロアの背しか見えないが、確かに今、硬直した。
「効いてる?」
「そうかも」
クロアは魔導ディスプレイをいじる手をとめて、きょろきょろと周囲を見回している。
「効いてるよ、たぶん。動きが変」
ラーシスとリーシアが、ヨシ、と勝利のポーズを決める。
「2人とも、もうバリランのとこ行かないと怒られちゃうよ」
「もうちょっと様子見ていこーぜ」
「気になるけど行こう。やることはやったし」
「待てって、シグ。もうちょっとだけ見……あ」
「「あ」」
シグが促すためにラーシスの服を引っ張り、窓を覗き込むラーシスがバランスを崩して尻もちをついた。
しまったと思っても後の祭り。
「クッサ!!」
立ち込める異臭。
「ちょっとお兄ちゃん!!」
「やべえポケットのボール潰れた!!」
「ゲホッゲホッ!!」
慌てすぎて咳き込んだり、滑ったり。
もはや阿鼻叫喚である。
「まずい、とりあえず川に」
ガタン、という窓を開く音。
3人の体が一斉に固まった。
「…………何してるのかなー。
ちょっとクロアさん、疲れ気味でさー。わかるよーに、じーっくり、説明してくれるよねー……?」
3人は、初めてクロアの声に恐怖を感じた。
■□
「オトナの事情に首を突っ込むんじゃありません!!」
「いでっ!!」
「たっ!!」
「うっ!!」
ゴチンゴチンゴチン。
人生初めてのゲンコツは、自分の手も痛かった。
「しかも作戦がお粗末すぎる!
シグ、シロネで成功率の低いことはやらない方がいいって教えたでしょ!」
「ごめんなさい」
その日の夜。
昼は仕事が立て込んでいたので、説教タイムは夜となった。
あの時点で大体何があったのか察したので、酷い異臭を出すラーシスとファグロは各々着替えに戻った。
もちろんファグロにはクロアが丁重にお詫びした。
ファグロは相変わらず優雅さを失わず、子供がしたことだからと爽やかな笑顔で許してくれた。
無駄に優雅なことに、ここまで感謝したのは初めてだ。
「あと迷惑掛けたのはアストルとバーチェークだけ?」
「そうです」
「別にアストルなんかはいーだろ」
「ゲンコツがまだ足りないって?」
「すみませんでした」
「ごめんなさい」
「明日2人にもきちんと謝ること」
「はい」
並んで正座する3人が、うなだれる。
「オルウェン、知ってたんなら止めてよ」
「だってェ。恋には障害があった方が燃えるしィ」
「恋の障害が強すぎて国を追放されたヤツのセリフか」
「ヤダァ!一本取られたわね!」
てへ、と片目をつぶる姿にイラッとしたので、オルウェンにはニャスタツイストをお見舞いしておいた。
珍しく早い時間に家にいるベルガミュアを見ると、視線に気付いたのか魔導ディスプレイから顔をあげる。
「……私はそういうこと、興味ありませんので」
「デスヨネー」
ベルガミュアはぷいと魔導ディスプレイに視線を戻し、我関せずモードに入った。
オルウェンといい、ベルガミュアといい、知っていたのに放置していたようだ。
この家のオトナ組は、この手のことに関してだけ全く頼りにならない。
「あっ」
クロアが大きな溜息を吐くと、オルウェンが声をあげる。
「なに?」
無言でオルウェンがクロアのうしろを指差す。
その指の先を辿ると。
「……!!」
正座するリーシアが、涙をポロポロとこぼしていた。
「え……あ、ちょっ……!!」
泣かせたのは、間違いなく自分である。
イタズラした子供を叱って泣かれた場合、どうすればいいのか。
慰めていいのか、放っておいた方がいいのか、さらに諭せばいいのか。
妹も弟もいないので、どうすればいいのか分からず、焦りで冷や汗がクロアの全身をダラダラと垂れていった。
「……ゴホン。えっと、ね。リーシア。きちんと反省してるならいいんだからね?
怒ってるけど、怒ってないっていうか、その、あれ。悪いことしたから怒ってるんだからね? べつにリ」
「違うもん……」
ドギマギした言い訳を連ねているうちに、リーシアがクロアの言葉を遮った。
「クロア、どこにも行っちゃわない……? 私たちを置いて、南魔国にお嫁に行っちゃわない……?」
「リーシア……」
そんなことを言われたら、もう何も怒れない。
クロアはリーシアの前にしゃがみ込んだ。
「行かないよ。全く、バカだねー。私があんなのに惚れると思う?」
「だってアイツ、見たことないくらい、顔カッコイイんだもん……」
「カッコイイ顔の男なんて、故郷で見飽きてんの。今は色恋なんて興味ないし、心配しなさんな」
身近に格好いい男がわんさかいたわけではないが、テレビやネットで散々イケメンも美女も見ている。
別に見飽きているのは、ある意味事実である。
「本当……?」
「ホントー」
ハンカチでリーシアの涙を拭いて、頭をわしゃわしゃと撫でた。
「さて、もう反省しただろーね。3人とも正座はもういいから、身支度してもう寝なー」
言うとラーシスとシグもモゴモゴと気まずそうに動き出した。
シグがリーシアを慰めて、洗面エリアへ連れて行く。
その後をラーシスが不機嫌そうについていった。
「……でも、クロア。アッチは本気なんじゃないの? どうするのォ?」
子供たちが去ったあと、そっと耳に口を寄せてくるオルウェン。
アッチと言うのは十中八九、ファグロのことだろう。
確かにこれまでの流れを考えて、間違いなくその通りだろう。
煩わしいことこの上ないが、仕方がない。
「んーまぁ。一応、手は打ってあるから」
「面白いコトになる時は、呼んでちょうだいね」
目をキラキラ、というよりは飢えた獣のようにギラギラと輝かせるので、オルウェンには本日2度目のニャスタツイストをお見舞いしておいた。




