090 :// 理想的な未来 -2-
「———やはり嗜好品であれば、流れの商人のように、めぼしいものを買い付ける方法が一番現実的ですね。
前例がないと消化率も予測できませんが、できるだけ人を選ばない装飾品や、ルミナディアは冒険者の方が多いようなので、機能性のあるベルトやバッグなどを選べばよろしいかと」
的確なマリネヴァの発言に、クロアは目を丸くする。
あまりメイドらしからぬ言葉だ。
「あ、いえ! 差し出がましい発言失礼しました」
「え? いや、商人みたいでビックリしただけです。ご実家が商家とか?」
「いえ、その。少々興味があるだけで……」
そっと頬を赤らめるマリネヴァ。
本が好きで頭も良さそうなので、密かに勉強でもしているのかもしれない。
「確かに、嗜好品はそーなりますよねー。消化率が怖いけど、やるしかないのかなー。
委託販売してくれるところがあればいいけど……」
「委託販売とは何でしょうか? 初めて聞く言葉です」
「やっぱり知られた方法じゃないですよねー。委託販売」
マリネヴァが食い気味に身を乗り出す。
商売事について、本当に興味津々らしい。
「んー。今の理想を例にすると。
南魔国の商人が商品の所有権を持ったまま、私は買い取らずに商品を借りてきて、ルミナディアで売る。
売れなかった分は返却、売れた分には手数料……つまりちょっと上乗せした金額で商人から買い取る。って感じです」
「そ、そんな方法が……!?」
「でもそれですと、商人に利益がほとんどないのではないですかな?」
「上乗せした金額だけだと少なく見えますが、実際には商人は普段行けないルミナディアという市場をリスクゼロで開拓してるわけです」
「勝手に客が増えているということですね?」
「そーです。客と言わず、店が勝手に増えている、の発想でいいと思いますよ」
「つまり、商人が店を出さない日にも、稼げるってことですよね?」
「そーです、そーです」
「マリネヴァすごぉい。ジーシャには難しいなぁ」
マリネヴァは随分、理解が早い。
この人はメイド長らしいが、もしかして商人の方が向いているのではないだろうか。
「画期的な手法ですね。商人の開拓と説明が大変そうですが」
「ですねー」
パルマファムで委託販売を成功させた実績があるが、あれは自分が委託側だったからであり、さらに商人たちを締めている人を上手く説得できたからだ。
南魔国の首都にもなれば、元締めを見つけることすら難しいだろう。
規模を考えれば派閥もあっておかしくないし、かなり面倒そうだ。
「……ふーむ。
とりあえず、バイエルドの地図で、どの辺りが庶民が使うお店があるか教えてもらえませんか?」
「首都の地図、誰か持っていたかしら?」
「ダイジョーブですよー」
声をかける前に、クロアの頭上でくつろいでいたニャスタがテーブルの上に魔導ディスプレイを出した。
突然生まれたバイエルドの地図に、ジーシャとマリネヴァがびくりと飛び上がる。
「私の魔法みたいなモノです。別に危なくないですよー」
「なんてこと……バイエルドの正確な地図だわ」
「これ透けてるよぉ」
「みなさんがよく行くエリアをマークするので、指で示してくださいなー」
■□
その後、よく行く店と同僚や友達の好きな人気店を聞いて、お礼を言ってからシロネへの帰路についた。
なんとなく色々なことの解決の糸口が見えてきた。
あとはどう具体的な形にするか、だ。
「よく見かけるものなら……んー……いいか……魔獣……いや、この際メシでもいいか?
その方が組み合わせになるしな……んー……マーク……わかりやすさは……」
ブツブツと思考の端を漏らしながら歩く。
「…………?」
ふいに視線を感じて横を見れば、隣で歩くファグロがじっとクロアの顔を見ていた。
「クロア嬢は、とてもお優しい方ですね」
「や、優しい……?」
思わぬ言葉に、噴き出しそうになる。
「今日のみならず、いつも民のために一生懸命仕事をされておられます。
私としてはもっと頼って、甘えて欲しいのですが……お力になれず己の無力さを嘆くばかりです」
「はぁ……?」
何が言いたいのかわからない話がまた始まった。
適当に流したくて曖昧な相槌を打つと、ファグロはクロアの前に出てくるりと身を翻した。
「よろしければ、どうぞ。お力になれないささやかなお詫びでございます」
「はぁ……どうもありがとうございます……?」
手渡された、一輪の白い花。
見たことのない花なので、おそらく魔国から持ち込んで迎賓館でわざわざ世話してきたのだろう。
キザな男だな、と思いながら花をくるくると回すと、ファグロは悩ましげな溜息を吐く。
「クロア嬢は折角の花の盛りの時期に、こんなに忙しく仕事をされてばかりで。
もっと年頃のレディーらしいことにご興味はないのですか?」
「年頃のレディーらしいこと?」
「ええ。例えば、愛らしいその華奢なお姿を綺羅びやかに着飾ったり。
絢爛な世界で社交を楽しむのもよろしいでしょう。
あとは……」
白い花をファグロがそっと奪い、それをクロアの耳元に添えた。
「将来を添い遂げる殿方と、燃えるような恋に溺れたりですとか」
そのままクロアの黒い髪を手にとり、唇を落とした。
(———Oh)
とんでもないことをされていることは理解出来たが。
思ったより何の琴線にも触れなかった。
「…………別に興味全くないってわけじゃないですけど」
耳元に差された白い花を取る。
「優先順位が低いのでしませんねー」
「優先順位、ですか」
「私は私の夢、私の描く未来を作ることに夢中なんです」
「にゃす?」
もう片方の手で頭上に乗るニャスタを捕まえる。
ニャスタを自分の前で浮かばせて、白い花の茎を丸めて首輪にしてやる。
「いいねー。可愛いぞニャスタ」
「にゃすん!」
首飾りをゲットしたニャスタは、ふよふよと浮かんで別のニャスタに自慢気に見せて回る。
「私の夢は、早期に現役を引退して、余生を仕事せずに楽しいことだけして過ごすことです」
「貴族のご婦人方は、みなさまそうされていますよ?」
「残念。ダラダラ過ごすためには、豊かで便利な文化圏がないと。南魔国程度のレベルでは足りません。
こう見えて、見た目以上に強欲でして」
驚いたファグロの顔。
珍妙な生き物を見つけたような視線が、少し面白い。
「だからルミナディアを作っているんです。私が仕事ばかりしているのは別に誰かのためじゃなくて、未来の私のためですよ」
「自分のために、仕事を……?」
「そーです。もしファグロさんの言う年頃のレディーらしいことが、私の描く未来より魅力的なら、結構簡単に靡くんじゃないですかねー」
「…………」
信じられないという顔。
たしかにクロアの言葉は、逆に言うとファグロの挙げたものは魅力的ではないと言う意味である。
貴族として生まれ、魔国という世界しか見たことのない彼には、言葉ではわからないだろう。
しかし、理解させてみせる自信がある。
クロアは不敵に笑ってみせた。
「今度見せてあげますよ。私が描く未来の一部を。
あなたの固定概念、価値観をブッ壊せる程度に魅力的ですから。どーぞ期待しててください」




