089 :// 理想的な未来 -1-
「——————じゃねーかよ!」
「———は言っても——————じゃないですか!」
「やめてやめて~」
たまたま通りがかったギルド前。
何やら揉めているような声がしたので、足早に向かった。
ギルドの前にいるのはヒィースとトゥルエル、そしてアストルだ。
トゥルエルが諍いの止めに入っているようで、争っているのは他2人のようだ。
「どーした、ケンカ?」
「クロア聞いてくれよ! こいつクッソ嘘つきやがったんだ!」
「だからちゃんと“思う”って言ったでしょう!」
「聞いてねーしそんなの!」
「ヒィースってば、落ち着いて落ち着いて~」
アストルに掴みかかろうとするヒィースの前に、慌ててトゥルエルが立ちふさがる。
「トゥルエルの言う通りだよー。まずは何があったのさ?」
「それが今朝———」
聞けばこういうことだった。
朝、寝坊したヒィースは遅めにギルドへ今日の仕事を請けに向かった。
その道中でアストルとすれ違ったので、昨日もあった東側魔獣討伐の仕事があるか聞いた。
アストルはあったと思う、と答えた。
ギルドについたヒィースはギルドに張り出された文字列を見て、東側魔獣討伐の仕事を受けた。
帰ってくると、報酬が昨日より低かった。
つまり、昨日と同じ仕事ではなかった。
アストルは嘘をついた、ということだった。
魔獣狩猟の仕事は、前日の狩猟結果次第で報酬を変更していることが多々ある。
魔獣退治が出来ていないエリアに優先して行ってほしいため、前日の狩猟数が少なかったり人が向かっていないエリアの金額を翌日あげて、充分に狩猟されたエリアの金額は翌日下げる。
そうすることで少ない人員を上手く誘導しているのだ。
「それは……そこまでアストル悪くないんじゃないかな。
仕事受けるとき、報酬額書いてあるんだから見てるはずでしょ?」
「オレは数字読めないんだよ! いつもアストルに読んでもらってんだから、報酬額も同じか聞いてるに決まってるだろ!」
「確かによく読んであげてますが、それならそう聞いてくれないとわかりませんよ」
「そりゃそーだわ。アストルもギルドの人間じゃないし。
記憶が曖昧だってきちんと伝えなかったアストルも悪いかもしれないけど、
そもそも講習もやってるのに文字を覚えようとしないヒィースも悪いよ」
「だってクッソめんどくせーもん」
「あのねー。ギルドの仕事を受理するってことは、この仕事とこの報酬でオッケーです、っていう約束をしたことになるの。
ギルドだけじゃなくて、今後大きな買い物をするときにも数字が読めないまま契約して、相手に嘘ついた! って言うつもり?」
むむむ、と口ごもるヒィース。
隣のトゥルエルがまあまあと宥めてくれる。
「文字の講習、やりなよー?
自分で読めた方が早いし、こういうことも起こらずに済むでしょー」
「……ちぇ。そんなオモロくなさそうなもん、やってられっかよ」
「ボクとやるやる~?」
「やんねーよ、バーカ」
ヒィースは舌打ちして背を向けると、荒々しい足取りでどこかへ向かっていった。
トゥルエルがクロアに何か言いたげな瞬きをして、ヒィースについていく。
あとのフォローはやっとく、的なことだろう。
気遣いが出来るトゥルエルに感謝だ。
「……アストルも災難だったね。
そんな悪いことした感じじゃないけど、お金に関することは揉め事になりやすいから気を付けて」
「はい……お手数をおかけしました」
しょんぼりと肩を落とすアストル。
まだぷんぷんと怒りが静まらないヒィースが、遠くで壁を蹴っていた。
「問題が山積みだなー……」
■□
「———ということがありましてねー」
「私が席を外していた際にそのようなことが」
株式会社シロネ商会の執務室にて、クロアは昨日あった出来事をファグロに話した。
「ルミナディアに娯楽と嗜好品が必要だと思うんですよー」
「金銭の使い先があれば識字率が上がる、ということですね?」
「ええ、ある程度は。数字と四則演算くらいは覚えてくれるんじゃないかなーと。
あとはストレス発散の方法は、いくつあってもいいですし」
ついでに遊びが増えれば、クロアの余生計画も豊かになる。
遊びはさらなる遊びを生み、進化する。
まさに一石三鳥以上である。
ファグロは相変わらず優雅にお茶を飲みながら、考えるように遠くを見る。
「そうですね……南魔国として出来ることと言えば、商人の招致でしょう。
南魔王様の許可が下り次第、王室御用達の商人を集めてある程度定期的に市を開催しましょうか?」
「定期的な市、いいですね。ただ……王室御用達というと、ちょっと」
「?」
少々言いづらいので濁したのだが、ファグロは意味を解さなかったらしい。
「……さすがに王室御用達の高級品を、ルミナディアの住民が嗜好品として買うのは難しいです」
「ああ、失礼。そうですね。しかし……王室御用達以外で、というと。招致に最低でも半年は要するかと」
「は、半年!? 城下の商人たちをこう、日程決めてルミナディアへ招待するだけでいいんですが」
「南魔国として、身元が定かではない者をルミナディアへ送る訳には参りません。
城下市をご覧になられたのですね? 彼らはほぼ流れ者ですので時間をかけて調査する必要があります」
「……ぐぬぬ……それもそうか……」
現状、魔扉の使用も許可された者のみとしているので、確かにそのあたりに時間が掛かる可能性は高い。
南魔国からすれば責任問題に繋がるだろうし、穿った見方をすれば犯罪につながる人間や品の流れるルートとなり犯罪の温床にもなりえる。
「でも半年はちょっと……」
あまりに遠すぎる。
「それでは娯楽などはいかがです?」
「娯楽……。そういえば、南魔国ではどんなものが娯楽ですか?」
「やはり定番は舞踏会にお茶会ですね。私も毎週馳せ参じて社交を楽しんでおります。
演奏会や歌劇舞台鑑賞なども人気ですよ。美しい音楽は心を震わせ不浄を流し、清廉にしてくれますから」
「……もうちょっと、その。庶民って何してますかねー?」
「庶民ですか?」
何か出そうと少し口が開いたファグロはそのまま停止し、その後随分時間が経った。
■□
「———ということがありましてねー」
今日2度目になる言葉を告げるのは迎賓館。
「それで私たちに話を聞きに来た、ということなのですね」
「そーなんですよ。皆さんがどんな風に休日を過ごしているか、参考にさせてくれませんか?」
「面目ありません。美しくないものに興味がなさすぎて……」
メインルームのソファーで、クロアとファグロが並んで座り、向かいのソファーにはメイドのジーシャとマリネヴァが座る。
そしてその後ろに執事のゾルカスが立つ。
座り方についてとても不思議な構図だが、話の都合上これが最も適しているということで揉めに揉めて落ち着いた。
主人を前に椅子に座ることが恐れ多いとジーシャとマリネヴァは、未だにそわそわして居心地が悪そうだ。
「私たちメイドの話なんかで……」
「ルミナディア民に聞いても全然希望出てこないんで困ってるんですよー。
そんなに気負わなくてダイジョーブなので、気楽にどーぞ」
ちなみにここに来るまで、一応住民にも聞いてみたのだが、全く希望が出てこなかった。
強いて言えば、武器と防具が見たいとの意見が一つ出ただけだった。
まず現状のルミナディアだと住民割合は半獣族が多い。
彼らはそもそも休日という概念すら持たなかったし、自分の好きな時に好きな物を購入する文化も持たない。
趣味イコール仕事であり、仕事イコール趣味なのだ。
これでは全くクロアの求めている答えは出てこない。
そして魔族と人族。
こちらはこちらで『拾ってもらった命』の感覚が強かったり、そもそも贅沢のぜの字すら知らない貧民出身が多い。
おそらく希望がある者はいるが、なかなか正直に口に出してくれないのが現状だ。
「じゃあまずジーシャ言います!」
そばかす娘のジーシャが背筋を伸ばした。
「ジーシャの休息日は、いつも縫物から始まります。お仕事中に引っ掛けた服はきちんと縫うように、お母さまに言われているからです。よく指に針を刺してしまうので、傷の手当も休息日の日課です」
———小学生の作文か?
言いたくなるツッコミは、とりあえず胸の奥にしまっておく。
「それから街へ出て、お買い物をします」
「それだよ、それそれ。何を見に?」
「えーとぉ。よくリボンとぉ、レースを買いに行くんですけど、いつもお隣の高い婦人服のお店のドレスを見るうちに、気付いたら時計塔の近くにいるので、出店でおいしいもの買いますぅ!」
「おいしいもの。例えば?」
「最近食べたのは、お肉のサンドですぅ! あとぉ、フルーツ飴もおいしいので毎回食べちゃいますねぇ!」
「食べ歩き……いいなぁ」
おそらく話の流れから見て、ジーシャは目に留まる気になるものをどんどん追いかけていくスタイルだ。
うろうろすれば色んなものがあって、見るだけでも楽しめる。
そして欲しいものがあれば買う。
理想的だ。
「購入するものは、リボンとレース以外には?」
「うんとぉ、やっぱり洋服とかおしゃれ小物とかですかね?
あ! あと時計塔近くだと、舞台に立てない劇団の見習いさんたちが短い劇やってたり、吟遊詩人が歌ってたりするんですよぉ。
実はジーシャ、感動してついつい結構チップあげちゃうんですよねぇ」
「だからいつも金欠なのね……」
マリネヴァが引きながらも何かに納得している。
「じゃあマリネヴァは何にお金使ってるんですかぁ?」
「私は……そうね。よく筆記道具や本を買っているわ」
「本というと……小説ですか?」
「小説も買うし、歴史や専門書も買いますわ。休息日に本をもって、近くの景色がいい場所でゆっくり読むのが好きで。おやつにフルーツを持っていって、休憩で食べると心が安らぎます」
「おお~趣味っぽい趣味。すごくいい。でも本かー……」
「たくさん仕入れるのは大変ですものね」
「どちらかと言えば、問題はウチの住民は本を読めない人が多くて」
「まあ。そうでしたね……それでは難しいですね」
これもどうにかしたい問題だ。
現在の識字率はおよそ10%ほど。
特に半獣族は今まで文字に無頓着だったので、学ぼうとする意志も薄く、何か文字に興味を持つ方法を考えなければ。
「ゾルカスさんはどーです?」
「私のような老骨の趣味などは、あまり参考にならないかと思いますが……」
「色んなお話を聞きたいんですよー。言ってみてください」
「……恥ずかしながら……私めは休息日には賭場でコインゲームを嗜んでおります」
「ゾルカスさんって賭場に行ってたんですかぁ!?」
「ジーシャ、知らなかったの。結構稼いでるって有名よ?」
「賭博かぁ……」
ザ・お金初心者ばかりのルミナディアに博打を持ち込むには、結構な危険がある。
金銭感覚を養うゲームとしてチップによる博打なら、とも考えるが、そうなると知らぬところで実際に現金を賭け始めるのは目に見えている。
「コインゲームってどんなものですか?」
「数枚のコインを投げて、木箱でキャッチします。見ている者は何枚が表かで賭けをするのが主ですな。
大口で賭けたい者は記念コインも混ぜて複雑にしたりしますぞ」
「なるほど」
故郷のコイントスと丁半を混ぜ合わせたようなゲームだ。
シンプルでわかりやすいので、ゲームとしてなら取り入れてもいいかもしれない。
「うーん……賭博はちょっと避けたいけど……。そっか、ゲームか」
ひらめいた。
「カードゲームとかで文字を覚えて貰うのはいいかも」
「カードゲーム?」
「南魔国にはないですかね? 決まった数字と絵が書かれたカードで遊ぶようなゲーム」
「見たことないです」
カードゲームがないなら、作るのはいいアイディアかもしれない。
少し故郷のものを変更して、こちらの文化に馴染みやすく、そしてできれば文字を覚えるキッカケになるようなものであればベスト。
他にもゲームを模したものなら、使えそうだ。
「んー。いいアイディアかも」
ゲームルールも含めて考えるとかなり大変そうなので、持ち帰ってじっくり練ることにする。




