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088 :// クロアの魔導具設計

「うーん」


 目を閉じてうなる。


「うーーーん」


 さらにうなる。


「うーーーーーん」


 カッと目を開く。


「出でよ故郷の知恵!!」


 なんとなく意味ありげな雰囲気を出してみたが、別に何か起こるわけではない。


「ぐえー……ダメだー全然ひらめきがない……。せめて私に科学力さえあれば……!」

「カガク……?」

「あーいや気にしないでください。故郷の話なので」


 シロネの執務室。

 今日も優雅に時間を無駄にしているファグロを前に、クロアは仕事を進めている。


「クロア、少し休んだら?」


 在庫確認を終えて執務室にやってきたシグが、心配そうにクロアを覗き込む。


「休んでなんとかなるなら休むんだけどねー。こればっかりは時間かけるしかないから」

「発注リスト、置いておくけど忙しくない時に見てね」

「うん、ありがとー」


 デスクに置かれた紙をちらりと見ると、線が細くて丁寧な文字が並んでいる。

 もうすぐ南魔国との定例交易日なので、建材など定期発注するものの在庫数確認と、発注数を出してもらった。

 今までの履歴を見せながら予測の立て方を説明して、発注リストを作成してもらうこと数回。

 短時間でしっかり身についたようだ。

 ちらっと見ただけだが、問題なさそうな数字の並びに見える。


 アルバイト程度の簡単な手伝いをさせるつもりだったのに、スポンジ並にあらゆることを吸収していくので、すっかり助手と言える仕事レベルになってしまった。


「……シグ、経理の仕事とか興味ある? お金の管理の仕事なんだけど」

「ある! 大事な仕事みたいだけど、いいの?」

「やるかやらないかは別にして、知識があればそのうち役に立つだろうからさー」


 両手をぐっと握って喜ぶシグ。

 よく伸びる草花には、ついどんどん水をあげてしまう。


「……ヨシ。そのために今のコレをなんとかしないとねー」

「今は何をしてるの?」

「魔導具の設計だよー」


 アイディアを書き殴った魔導ディスプレイを見て、クロアは深い溜息を吐いた。

 こうなった日のことをぼんやりと思い出す。



          ■□



「ねーベルガ。洗濯が楽になる魔導具作れない?」

「洗濯ですか」


 ルミナディア・パレスの地下、ベルガミュアの作業室。

 ファグロにやり取りを見られたくないので、深夜に時折ここで魔導具について打ち合わせをしている。


「色々整ってきたからさー。気になるんだよね」


 家族のいる者は問題ないが、気になるのは単身者である。

 特にものぐさなタイプは洗濯頻度が低い。

 そうするとどうなるかは、言わずもがな。


 ちなみにクロアもものぐさキャラだが、衛生感覚は故郷のままだし、家事はするタイプなので意外と身だしなみはきちんとしている。


「無理ですよ、洗濯魔導具は」

「そうそう、無理だからさ……えっ、無理なの!?」

「生活関係の魔導具で、一番難易度が高いのは洗濯魔導具ですよ。

毎回服をスキャンして汚れ分析と分解をさせるような技術、私には作れません」


 汚れの分析と、分解。

 クロアの中の洗濯と何かが違う気がする。


「……ベルガのとこの洗濯って、どんなの?」

「個人宅のメインルームの壁に魔導具を組み込むのが一般的ですね。

 壁に設置された扉を開いて服を入れると不在時に自動スキャンされて、新品時になかった物質を分解除去してくれます。その後除菌状態で保存されます」

「未来アイテムすぎる……」


 つまりクローゼットに入れたら綺麗になって出てくる、ということだろう。

 恐ろしい技術力。

 まさに夢そのものだ。

 事あるごとに何度も思ってきたが、ベルガの時代に召喚されなかったことが本当に悔やまれる。


「ポケットに入れたままのものや着けたままのアクセサリーを除外する設定も複雑ですし、初期スキャンデータのログを入れるデータボックスも必要ですし。

 私たちが生きてる時代には再現不可能だと思います」

「もうちょいこうさ……水で洗うとか、文明レベル落としたヤツ作れない?」

「水洗い……そんな原始的な」

「原始的で悪かったなー!」


 クロアの故郷が水洗いだと察したベルガが、不憫そうにクロアを見た。


「———それなら、クロアが設計してみてください」

「私が!?」


 突然矛がこちらに向いて、クロアは身構えた。


「洗濯道具、クロアならわかるんでしょう?

 私では今やってるような、水の中で服をもみもみすることしかわかりません」

「えー。正解っていうほどじゃないけど……」

「私よりマシかと。原案作ってもらえば、私も技術的なフォロー入れますから」

「えー。出来るかな……」

「クロアがやってくれれば、その間にマニピュレーターの解析も時間が取れますし」

「うううう」


 言い訳がもう出てこなくて、渋々頑張ることになった。



          ■□



「洗濯の魔導具ってすごいね。どんなのになるの?」

「んー。構成としてはこうかな」


 シグが興味津々なので、魔導ディスプレイに3つのステップを描いてみせる。


「1、密閉出来る箱に洗濯ものを入れる。そこに水と洗剤を入れる。

 2、その中をかき回して洗う。水を入れ替えてゆすぐ。最後に水を抜く。

 3、脱水して、乾燥させる」

「それを魔導具一個で全部やるんだ?」

「そー。ついでに個人のプライバシー……他の人に見られないようにしたり、シワでくしゃくしゃになったりしないように、とか……理想はいっぱいあってねー」


 さらに言えば、毎日のルーティーンにも組み込みやすくしたい。

 理想は仕事の前に洗濯場(仮)へ個人個人が持ち込み、仕事終わりに洗濯が終わっていて回収出来るようになっていたらいい。

 それくらいなら、ものぐさな人もやれるだろう。


「今はどんなので考えてるの?」

「2つ案あってね。1つはコレ」


 魔導ディスプレイにイメージ画を表示させる。

 雑に描いた全体図と部分図があり、クロアのメモがあちこちに走り書きしてある。


「個人でこのボックスに入れる感じ。鍵かけて、自分以外開かないような仕組み」


 最初に考えたのは、故郷のコインランドリー型魔導具だ。

 これなら水を入れたりなど簡単な魔術式で済むので、実現性が高い。

 デメリットとしては、服によってはシワシワになることと、幅を取ることだ。

 一人一つの魔導具箱を使用で住民数の対応と考えると、かなり土地をとりそうである。


「もう1つはコレ。これも同じようにボックスだけど、スリムでたくさんの人が使えるようにしてる」


 改良を加えたのが、ロッカー型魔導具。

 学校やオフィスにあるような、縦長のものだ。

 ハンガーにかけてこのロッカーに入れて洗濯すれば、シワについては解決するし、場所もとりづらい。


 だが問題としては、狭いため洗浄力が下がること。

 そしてクロアのイメージするハンガーでは、洗い作業に耐えられず落ちてしまうだろうことが予想出来るので、ハンガーの形状についても考えなければならない。


「ルミナディアの魔導具はこのように作られていくのですね」

「まだ原案の原案ですけどねー」


 いつの間にかファグロも魔導ディスプレイを見物して不思議そうな顔をしている。


「こんなに狭いところに入れて、洗えるの?」

「そこがねーイマイチだよねー。

 ロッカー同士の壁を網にして、一斉に洗うってのも考えたけど、隣のロッカーの染料とか流れてきたらやだし……。

 はぁ……なんか青くて丸いやつ出てきたりしないかなー」


 故郷の猫型ロボットを思う。

 あんな科学も魔術も飛び越えたミラクル解決策を出してくれるヤツがいればいいのに。


「青くて、丸い…………」


 シグが考え込んでしまった。


「や、ごめんシグ。故郷のこと思い出してただけで」

「……スライムで、なんとかならないかな……?」

「スライム?」


 ファンタジー的、常識的存在。

 この世界にもそこそこよくいる魔獣らしいが、マナの都合上、クロアはあまり見かけない。

 確かにあいつも青いゲル状のボディを持っていた。


 大体クロアのイメージするスライムと同じ存在で、生物以外はなんでも食べる。

 食べる以外に何もしないので、無害な魔獣だ。

 かつてごみ処理にスライムを使えないかという話題があったが、捕食が遅すぎるということで却下案になった。


「でもスライムじゃ服も食べちゃうよね?

 いや……食わせるんじゃなくて……アイツの消化液で……さっと洗えれば、洗濯機を回す必要がない……?」


 そうか。

 魔導具的なことではなく、洗剤そのものの能力を上げられたら前提が変わる。

 頭にぴしゃんと雷が落ちてきた気分だ。


「……シグ、それアリかも。ちょっと調べてみよー!」



          ■□



 その後、狩猟チームに連絡をとり、スライムの生体4匹と死体1匹を持って帰ってきてもらった。

 シロネの裏手のスペースにクロアの魔術で木の檻を作り、簡易飼育小屋を作った。


 スライムをじっくり眺めるのはこれが初めてになる。

 目や鼻がないので生物というよりは、単細胞生物感が強い。


「では第一回、スライム研究会を始めます」

「うん……」


 シグが神妙な面持ちで頷く。

 ファグロも一応ついてきたがスライムが嫌らしく、少し遠くから見守っている。


「まずは通常状態の観察から」


 青いプルプルしたボディは直径30センチほどで、中に核である赤い塊が見える。

 この核を叩くと死ぬらしい。

 透明なボディの中には、謎の細切れがいくつも見える。

 おそらくこれが捕食したものなのだろう。


「一匹ハラヘリがいるね。出してみよう」


 ボディの中に何も入っていないスライムを檻から出してやると、ナメクジのようにじりじりと歩いた。

 とても遅いので、放置しなければ逃げられる心配はなさそうだ。


「ではちょっと失礼」


 スライムにてのひらで触れる。

 ひんやりしていて、思っていたより柔らかい。

 砕けないゼリーみたいだ。

 指を突き立てると、ずぷりと中に入った。


「なんともない?」

「うん。生き物は食べないってホントなんだねー」


 入った指に違和感はなく、スライムの動きにも変化はない。


「安全性はバッチリ。じゃあ消化能力について見ていこう」


 用意してきたのはティルチの実。

 早速スライムの前に置いてやると、じりじりと覆いかぶさるようにして捕食した。

 ボディの中にティルチがすっぽりと飲み込まれる。


「なんでティルチなの?」

「消化の方法には2つパターンが考えれるかなって思って。

 ボディ自体が消化液になっているパターンと、核から消化するための何かが出ているパターン。

 ティルチは噛むと皮が割れて、中の果汁が出てくるでしょ?

 どう皮が割れるか見れば、どっちのパターンかわかるよ」

「なるほど!」


 シグの目がキラキラと輝いて、楽しげだ。

 クロアもクロアで理科の実験のような気分で少し楽しい。


 やがてティルチの実が弾けた。

 核側とその反対側の2個所が同時に破れて果汁が飛び出し、剥がれた皮は消えていく。


「……全体が消化液みたいだね。ではまた失礼」


 スライムのボディをちぎるように引っ張る。

 柔らかいのに意外と伸びず、ちぎれない。

 ナイフをねじ込み、やっとスライムの一部を切り取ることに成功した。


 一部を切り取ったが、やはり核に触れていないからかスライムは何も変わらない様子だ。


 切り取ったスライムパーツはさすがに動かない。

 地面に置いたそれに、ティルチの実をねじり込むようにして入れてみると、生きているスライムと同じように消化されていく。


「生きてないはずなのに食事してるよ……?」

「そもそも食事としての消化じゃなくて、邪魔なものを分解してるだけなのかもね。

 実は食べてるのは菌とかの微生物とか、栄養素そのものなのかも」


 これ以上の真相追求は出来ないが、面白い事実が判明した。

 つまりクロアの目的にとって、スライムの生死は関係ない。


「ヨシ。じゃあ実際に布で実験してこう」


 取り出したのは、オルウェンから貰ってきたボロボロの手ぬぐい。

 これを小さく切り分けて、1枚ごとにバウンドベアの脂肪、醤油(ヴォーユ)、土を塗りつけたもの。

 この3種類の汚れを上手に落とせれば成功、というわけだ。


「どうするの?」

「このまま布つっこんでも、布ごと消化されちゃうからね。

 お湯で煮て、スライム溶液が出来たらいいなー」

「溶けるかなぁ」

「どーだろ。溶けなかったら、溶かすための液体を作らないとねー」


 感触がゼリーっぽいので、加熱で溶けそうな気がしている。

 こればかりはやってみないとわからない。


 鍋でお湯を沸かし、沸騰したら実験タイムだ。

 持ってきたおたまに綺麗なスライムパーツを一欠のせて、おたまを静かに鍋に入れる。

 木の棒でお玉の中のスライムパーツをつつくと、ぽよぽよと避けられる。


「どう?」

「んー……さっと溶けはしないね。このままちょっと煮てみよう」


 おたまごと鍋に入れたまま5分後経過。

 再チャレンジだ。


「お」


 また木の棒でつつくと、今度は避けられずに刺さった。

 お玉の上で何度かつついてやると、どんどん分裂している。


「溶けてる!」

「いけそうだね!」


 なんだか味噌汁を作っている気分だ。


 どんどんつつくと姿が消え、見事に溶けたようだった。

 出来上がったスライム溶液を皿にとり、粗熱をとる。

 ぬるま湯程度になったところで、例のテスト用の布を入れてみる。


「わ!」


 瞬時に汚れが浮いてスライム溶液が濁ったので、慌てて布を取り出した。


「取れてるよ、クロア! やったね!」

「汚れ取れたけど……布も薄くなった気がする」


 乾燥の魔術で水分をとり、使ってない同じ布と比較する。

 やはり少し薄くなっている。


「ダメかぁ……残念……」

「いや、そんなことないよシグ。ここまで来たらもう成功みたいなものさ」


 肩を落としていたシグが驚いて目を見開く。


「スライム溶液の濃度を下げてやれば、たぶんダイジョーブ」

「ホント!?」

「けどここからが地獄だよ」

「なんで?」


 首をかしげるシグ。

 喜んでいるところに死刑宣告をするようで可哀想だが、心を鬼にする。


「最適な濃度を見つけるために、これからは毎回正確に水とスライムの重量を計って実験するよ。

 あと布の種類も、素材と色別で増やさないと。みんなの服の素材が同じとは限らないからね。

 それでベストな溶液が出来たら、布の劣化度合いがどれくらいになるか摩耗テスト……。

 たぶんトータルで500回は超える程度に同じことやるよ」


 クロア自身もぞっとしながら言うと、シグも同じように顔を青くした。


「……何日かかるかな……?」

「……1週間で済めばいいね……」


 その後さらに魔導具としての設計と建築指示があると思うと、クロアの心はずしりと重くなった。



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