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086 :// そのよく似た笑い方

「ベルガー。食べるか寝るかどっちかにしなよー」

「……起きて……ますよ……」

「てーか、もっとちゃんと食え! 魔導具作ってくれるのはありがたいけどさ———コ———聞い———?」


 遠ざかる声。

 溶ける意識。






「ねーベルガってばー!」

「…………カナリー……?」


 酷く、懐かしい顔。


「なんで……?」


 小麦色の肌に、鮮やかでまぶしい、宝石のようなイエローの瞳。

 長いペールピンクの髪は、部分的にブロンドのカラーが入って、光をキラキラと反射する。


 自分にとってそんなに時間は経っていないはずなのに、とても遠い月日の姿。

 きゅっと胸が締め付けられる。


「なんでって、なにさー!

 折角遊びに来たんだから構ってよー!」


 なんということのない、日常。

 いつもの言葉。

 よく聞いた言葉。


「……忙しいんです」

「あー! また新しいの出来たの!? 見せて見せてー!」

「貴方まだ仕事中でしょう……」

「いいじゃんいいじゃんー。本体(アバター)がどこ居てもちゃんと仕事してるしー」


 ミスリルや工具類、それに失敗作の魔導具が雑に転がるベルガミュアの部屋の片隅。

 魔導具工作エリアに勝手に進み、小さな工具机の上の新作魔導具を手に取るカナリー。


「勝手に触らないでください」

「このカタチはなんだろう……何かに引っかけるカタチ。

 ここを触ると魔術式が起動しそうだけど、なんだこのカタチ。うーん?」

「それは無許可で人の肩に触れた人の額に、制裁平手打ちを加える魔導具です」

「あ~コレ、人の肩に装着するんだ! で、こう! だはははは! おもしろーい! うっわクサ!」


 カナリーは自分の肩に魔導具を装着し、その部分を叩く。

 背中側からビヨンと勢いよく伸びてきて、本来肩を叩いた人を殴る作り物の手と、カナリーの手でハイタッチ。

 その瞬間に異臭がする液体がしゅっとカナリーへ放たれ、爆笑する。

 それを何度か繰り返した。


「いや~やっぱりベルガの作るヤツはすごいねー」

「何を言ってるんですか。魔導具製造の神のような存在のくせに。

 こんな低レベルなもの、学習期(アルファばん)の時だって作らなかったでしょう?」

「ふふふ、確かに僕は【人に与える者】。でもねー。前にも言ったけど、僕が作るのは『量産に都合がよく、万人受けする機能的なもの』。

 世の中、無駄をそぎ落としたデザインが主流だしさー、どれも似たようなものばっか。

 でもベルガのは、そうじゃないもん。だから好き」

「………………」


 屈託無く笑うカナリー。

 シンプルな好意が照れくさくて、なんて返せばいいのかもわからなくなって、ベルガミュアは聞こえなかったフリをした。

 ふふふ、と笑いながら、カナリーはまだ魔導具をいじくりまわし続ける。


「なんでこのカタチなのか。なんでコレを作るに至ったのか。

 ベルガの魔導具には、そういう数値化出来ないものが含まれてる。

 皆はソレを『無駄なもの』って言うけど、僕はそうは思わないよ。

 僕たちAIには創れないもの、僕たちAIから生まれないもの。つまりそれが『人の心のカタチ』なんだなーって思うんだよねー!」


 カナリーは超大型魔導AIの第二世代で、4体目(フォースライン)

 1、2体目とは異なり、開発当時最新の半物質を使用し、さらに複雑化した魔術式が組み込まれている。

 その言動は人間のそれと何も変わらない。

 それでも本人としては自分が人間ではないことを気にしているようで、時折こうして人間についての思考の一端を見せる。


 だが、ベルガミュアにとっては、どうでもいいことだった。

 人間であっても、AIであっても。

 男であっても、女であっても。


「……別にいいのに」


 目の前のカナリーが何であっても、今まで共に過ごした時間は変わらない。

 変に気を遣う必要もなく、特殊な存在である自分のことを理解してくれている。

 唯一の友達と言える存在。


 だから何であってもいいのに。


「え? なんて? なんかいじけてる?」

「なんでもありません」

「なんだーベルガのケチー。———あ」


 ベルガミュアの顔を覗き込みたいがために、手にしていた魔導具を置いた時。

 カナリーの視線はそのまま地面に釘づけになった。


「…………ベルガ、これなに?」


 なんだろう。


 カナリーの視線を追うと、失敗して放置した魔導具試作品のガラクタたち。

 その中から食事プレートがはみ出していた。


「……食事ですね」

「いつの?」

「…………いつのでしょうね」

「ベルガ……最後にごはん食べたのいつ?」

「…………いつ……でしょうね」


 ぐううううううるるる。


 動物が夜にうなりを上げる声に、よく似た音がした。


「もうっ! 魔導具作ってるとごはん食べない癖、ホントやめた方がいいよ!」

「……だって面倒なんですもん。栄養デザイン食、美味しくないですし」

「なっ、設計者に向かって失礼なこと言うなぁ。ちゃんと本物の味を再現出来てるって評価されてるんだぞ!」


 ぷんぷんと怒ってみせるカナリー。

 失礼なことを言っていることはわかっているが、ベルガミュアにとっても素直な感想なので仕方ない。


 栄養デザイン食。

 それはテスカナに住む人間の食事の99%に当たる、人工食のことだ。

 人工的に栄養素を詰め込み、味と食感を整えたもの。

 この栄養デザイン食は食糧プリンターを設計、製造した眼の前にいるカナリーによるもの。


 ほぼ全ての家庭に設置されており、多くの人間は個人端末で食べたいものを指定すれば、壁の設置口にあたたかい食事が届くシステムになっている。


「肉も魚も野菜も、かなりリアルな食感に作れてるのに」

「わかってますが、どれを食べてもプリンターの味がするんです。

 大体どれも奥がモサモサしてますし。なんとなく食欲がわかないんです」

「むううう! ……とりあえず、今なにか食べなよ! ここから選んで」


 カナリーの魔導ディスプレイが出てきて、ベルガミュアの前に陣取る。


「個人端末で入れますよ」

「だーめ! 信頼出来ないから僕のに直接入れて」


 視線の圧が強い。

 渋々、カナリーのディスプレイから適当にメニューを選ぶが、ピンと来るものが無く画面が流れていく。


「ベルガはどんなのなら食べたいの?」

「どんなの…………」


 逆に聞かれても、特にない。

 甘いもの、しょっぱいもの、辛いもの、割となんでも食べるしどれもほどほどに好きである。


「じゃあ今までの人生で、一番美味しいって思ったのは?」

「一番美味しかったもの……」


 あまりいい思い出のない幼少期まで記憶をたどり、ふと思い出す。


「……小さい頃に食べた、お菓子……」

「なんてやつ?」

「名前は知らないんですが……」


 とても古くて、曖昧な記憶。

 どこで食べたのだったかも朧気だ。

 別に自分のために用意されたものではなくて、誰かのつまらない食事会で、食べたような気がする。


「白くて……ふわふわで……舌の上でとけてなくなるような……」

「なんだろう……?」


 カナリーのライブラリにも該当するものがなかったらしい。






 2人して悩んで、いつの間にかそんな話題も忘れた。





 それからおそらく、半年ほど経った頃。






「ハッピバースデー! ベールガ!」

「…………誕生日? 私、今日誕生日じゃな……」


 たっぷり考えること10秒。


「誕生日だったかもしれませんが……」


 誕生日を祝われたのは、幼児と呼べる歳の頃まで。

 兄弟姉妹は大きくなっても祝われていたが、随分昔に自分のことは祝わなくていいと家族に告げて。

 それっきりだった。


「…………別に必要ありませんよ。加齢を喜ぶ歳でもないですし」

「えー。じゃあ1年頑張った祝賀会ってことにしよう!」

「別に何も頑張ってないですよ」

「そんなことないよー。僕のオペレーター適性テスト、首位とったし。

 エストロ魔導学院主催の魔導具玩具賞もとったし。面倒な実家の会合にも1回行ったし」

「そんなの祝うようなことじゃ」

「いいんだよー。常に前に歩き続ける僕たちと違って、人間は後退する生き物なんだからねー?

 一歩でも前に進んだら、それはいいことだー」


 そう言われると、何も返せなくなる。

 呆れているとカナリーが懐から小さな箱を取り出した。


 5センチ四方ほどの箱は、イエローのリボンが結ばれている。


「これプレゼント!」

「…………ありがとう…………ございます…………」


 ベルガミュアは自分の顔が熱くなっていることに気付き、焦った。

 久しぶりに祝われることが、妙に気恥ずかしい。

 カナリーに目を合わせることが出来なくなりつつも、そっと受け取った。


「開けてみてー」


 促されて、リボンを解く。

 小さな箱を開いて、出てきたのは。


「これは———」


 遠い記憶が蘇る。

 まだ自分が素直で、心思うままに生きていた幼い頃。


『これで機嫌を直しなさい———』


 何かの特別な祭典で退屈すぎてふて腐れていたときに、叔母がくれたもの。

 叔母のことは当時から嫌いだったが、このお菓子だけは本当に美味しくて、覚えている。


「マシュマロって言うんだって。すごーく昔のお菓子だから、探すの大変だったよー!」

「どこでこんなものを……?」

管理者(マスター)の倉庫で、ラズワルドが見つけて隠してたのをかっぱらった!」

「いいんですか、それは……」

「いーのいーの。ね、折角なんだから食べてみてよ~」

「……今ですか?」

「いーからいーから!」


 戸惑っていると、小箱からマシュマロを取り出したカナリーが、それをベルガミュアの口に突っ込んだ。


「!!」


 ふにふにとした食感。


「…………どう? どうかな?」


 優しい甘みが、舌に染み渡る。

 じわじわ、じゅわり、と溶けていく快感。


「すごく———」


 そしてその奥に、プリンター特有のモサモサ。


 すぐに理解出来た。

 これはただ、倉庫で見つけたものをプレゼントしてくれただけではない。


 見つけたものをスキャンして。

 本来なら複数人に食べさせて反応を味覚スキャンするものを、きっと数があるものではないだろうから、とても時間を掛けてスキャンしたのだろう。

 栄養素がデザインされていないものはプリンターに入れてはいけないのに、人の目から隠れてデータを作り。

 もしかしたら別の人に味のテストもしてもらっていたのかもしれない。


「———美味しいです」


 たった1人を喜ばせるために、何の生産性もない努力をして。


「やったー!」


 本人は持っていないと信じているが、充分に『人の心のカタチ』を作っている。


 別にそんなものあってもなくても、どちらでもよかったけれど。

 プリンターに入れたからには、これからもマシュマロを作ってくれる、共に過ごしてくれる未来があるということ。

 それが、何よりも嬉しかった。


「ありがとう、カナリー」

「へっへー! どーいたしまして!」






「食らえ!」


 柔らかい、柔らかすぎる2個目のマシュマロだ。

 甘みがすぐに溶けて消えていく。

 2個目はどこか肉のような雑味が混じっていて、何故味が変わったのだろうと疑問に思う。


「まだあったんですか?」

「えっ、コレ1個目なんだけどな?」


 ぼんやりする頭。

 よく見れば、目の前にいるのはカナリーではない。


「……クロアでしたか」

「夢でも見てたの?」

「ええ。昔の夢を、少し」


 ルミナディアの食堂には、もう人がいない。

 腕を枕に眠りこけていたようだ。

 脇に避けてある食べかけの食事のトレーは、おそらくクロアが気を遣ってくれて移動させたのだろう。


「ねー。そんなことより、味はどーよ?」

「…………!?」


 寝惚けていて、気が付かなかった。

 まだ口に残る柔らかな破片は、マシュマロだ。


「マシュマロ……!?」

「フッフッフ。やっと卵が手に入ったんでね、頑張ってみたよ。ちょっとユルいけどねー」


 誇らしげに笑うクロアが、後ろに隠していた皿をテーブルに置いた。

 不格好で、少し黄色みのあるマシュマロがいくつも乗っている。


「先生、ちょいと2人で焼きマシュパしちゃいませんかね?」

「……焼き方には厳しいですよ、私」

「串に刺す係やるんで、焼き場よろしくお願いしまーす」

「ていうか、焼きマシュパってなんですか」

「焼きマシュマロパーティーに決まってるじゃん!」


 また頭悪そうな言葉を考えつくものだ。

 呆れて笑うと、クロアも噴き出して笑い始めた。


(そうか、これに弱いのか)






 その日、ベルガミュアの中で一つ納得出来た。


 周りが思うより、自分は他人が嫌いだ。

 でもこのルミナディアでは、テスカナとは違って人と話せる。

 しっかりした理由が見つからず、疑問だったがやっとわかった。


 その笑顔が、よく、似ているからだ。

 姿形は全く違うが、その笑みの奥にある何かが。


 この時代に突然凍結保存が解凍された理由も、きっとこれだった。

 残っていたログには、カナリーからカーバンクルへの伝言があった。


『安全になって、ベルガの友達になってくれそうな人がいたら、解凍(おこ)して欲しい』。


 カーバンクルは、クロアを見てその時だと判断したのだろう。

 確かに今の自分は、クロアに随分絆されている。

 そしてクロアのもとに集まる人々には、ほんのわずかに心を許せている気がする。


 こんな未来へ勝手に突然運ばれて、目的も夢もないが。

 彼女が望み喜んでくれるから、まあ頑張ってあげてもいいと思っている。






「———柔らかすぎですね。改善を要求します」

「わかってるよー。次はいい感じにするってばー」



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