085 :// コカトリス
クロアは今日も忙しい。
「ニャスターこのデータ、グラフにしてくれる?」
「にゃす~」
「うーん。ついでにこっちのヤツはヒートマップにしてー」
「にゃす~」
今日はシロネのデスクで、事務作業をしている。
主に取扱い品目の在庫数値を見て発注予定を立てたり、魔獣出没と討伐数の統計や、皆の収入値などをデータにして問題がないかチェックする作業である。
基本的にニャスタが数値をとってくれるが、何故か悲しいことに数値を加工してリザルトまで見せてはくれない。
なのでクロアが故郷の仕事の如くニャスタに指示を出し、結果を見てアレコレしている。
ここのところは迎賓関係で建築関係のスケジュール管理も出来ていないので、なんだかんだで忙しい。
ひたすらデスクでいくつもの魔導ディスプレイに囲まれ仕事をしているのだが、今日も今日とてファグロが部屋に居座っている。
最初の頃はディスプレイとクロアの動きを物珍しげに眺めていたが、結局飽きたのか、今ではクロアのデスクの前にあるソファに腰掛け、優雅にお茶を飲み、時間を持て余しているようだ。
(ヒマなら何か生産性のあることして欲しいんだけどなー)
自分が多忙の時に見る暇人ほど、疎ましいものはない。
しかしこのお客様は、そこにいること自体が仕事であり、お客様なのでこちらから何か指示を出すことも出来ない。
やがてファグロはクロアの中で、空を飛ぶ鳥や野に咲く花と同じ扱いになってくる。
ピリリリ~
ニャスタ間通信の受信音だ。
魔導ディスプレイが開き、誰かの鼻が大きく映る。
「クロアさん、クロアさん。これで聞こえてますか?」
「アストルかー。聞こえてるけどちょっと近いかなー。もうちょいニャスタから離れていいよ?」
おそらくニャスタを両手で抱えているのだろうアストルが、ずいっと後ろに下がり、やっと顔が見えた。
「うん、それくらい。どーした?」
「北部で狩猟中に魔獣に襲われている魔族2人を保護しました。ルミナディアに連れて行ってもいいでしょうか?」
「いいよー。その2人の状態は?」
「1人は重傷です。一番大きなケガはポーションを使いましたが、ケガが多く、意識も戻りません。
もう1人もケガはしていますが、歩ける程度です。怯えていますが、会話も問題なさそうです」
「了解。オルウェンに迎えるように言っておくよ。気をつけて帰ってくるようにー」
「承知しました!」
消えるディスプレイ。
「ニャスタ。オルウェンに通知しておいてー」
「にゃす~」
もう何度も行ったことのあるやり取りなので、それ以上の指示は必要ない。
今まで通りオルウェンの近くにいるニャスタが先の内容を伝えてくれて、ポーションや治療用の道具を用意したオルウェンが角に擬態したニャスタを頭に装着し、そわそわしながら出迎えてくれるだろう。
オルウェンには新規入居者向けの手続きや説明を担当して貰っている。
ケガの手当も上手なので、いつも治療と看病をしてもらい、そして目が覚めたら今後についての説明をしてもらう流れになっている。
見知らぬ魔族は怖いと毎回ヒーヒー言うが、なんだかんだ世話焼きな上に、なんだかんだ数日後に誰よりも仲良くなるので天職だと思う。
こんなことがよくあるので、住民の安全とデータ収集も兼ねて、狩猟チームには必ずニャスタを連れて行って貰っている。
困ったことがあればニャスタを通じて連絡出来る仕組みだ。
そしてついでに外部の植生や魔獣の情報もニャスタが捕捉してくれるので、一石三鳥である。
アストルからの連絡の件も、特に問題ないだろう。
さてと、と元の魔導ディスプレイを引っ張ってきて、データのチェックに戻る。
「……毎日この調子なのでしょうか?」
「そーですねー。大体こんな感じですねー」
「もうずっとそのように仕事をされていますが……お疲れではありませんか?」
「大体いつも疲れてますねー」
データを目で追うまま雑に返答していたが、ふと違和感を覚える。
(ん? なぜうしろに———?)
後ろからするファグロの声。
シロネにあるクロアのデスクは、一般的な社長室タイプ。
わざわざ移動しなければ、後ろに人は通らない。
「嗚呼、本当ですね。目の下に疲れが見えています。
黒いのは、貴女の吸い込まれるような瞳だけでいいのに……きっと昼の女神が過労でその身を伏した時、このようなお顔をされていたのでしょう」
振り返ろうとして、反射的に息が止まった。
クロアの顔のすぐ真横、鮮やかなオレンジ色の瞳があった。
近すぎて、一瞬頭が真っ白になった。
「それが例え神であろうとも、心に花は必要なのです」
「えっと……何の話……?」
吐息すら頬に触れるような距離で、クロアは動けずにいた。
「私とお茶でもいかがです?」
頬に指が触れ、そっと撫でられる。
「私はルミナディアの女神、貴女のことを、もっとよく知りたいのです」
囁くような、低い声だった。
ピー! ピー!
緊急用に設定した音だ。
クロアはさっとファグロから顔を離して、緊急通信を開いた。
「え。救助要請……バーチィールから!?」
■□
(女神ってなんだ? 心に花? 花ってなんだ? 花って…………花だな)
救助要請のあった場所へ、急ぎ向かう最中。
クロアは考える。
先程のファグロの行いについて、イチから思い返していた。
話のおおかたが暗号のようで、意味がわからなかった。
あとわかったことが何かと言えば。
ファグロの睫はとても長いということだった。
(いや……アレって……)
緊急事態だったので、やっと冷静に考えられるようになった今思うと。
(少女漫画的なアレだった……!?)
恥ずかしいような。
いや、どちらかと言えば恐怖で戦慄するような気持ちなのか。
自分でも今の自分の気持ちがわからないが、少女漫画的なアレで恥じらう程度のささやかな女心は持ち合わせている。
複雑な気持ちに、居ても立ってもいられず身もだえた。
(いや、たぶん気のせい……うん……ないよね……忘れよ)
タイミングよく緊急通信が来て、心から良かったと思った。
『クロアどしたの~? なんかもぞもぞしてる?』
「なんでもなーい!」
『もう着くよー』
ルジィの声で視界が降下したので、クロアは命綱を握った。
緊急回線のあと救助に向かおうとしたらたまたまルジィを発見したので、連れてきて貰った。
すぐ近くなので低空飛行だが、さすがはルジィ。
あっという間に到着だ。
過去の経験から、ドラゴンの足に括り付けて使う命綱を作っておいて正解だった。
森の木々が邪魔で降りられないので、降りられる高さまで来たルジィが空中で羽ばたく。
『飛び降りるよーん』
ルジィが獣化術を解き、クロアの乗っていた足場、ドラゴンの足が消える。
ふわりと浮遊感が来る前に、人型になったルジィに腹をがっしりと掴まれて、どすんと地面に着地した。
「着地するぞするぞ~」
同じようにどすん、と音がしてもう1人が降り立った。
ルジィの腹の中にいた半獣族のトゥルエルとファグロである。
危ないから来るなと言ったが、どうしてもついていくとファグロが言うのでルジィの腹袋に入って貰い、着地役を通りかかったトゥルエルに任せたのだった。
トゥルエルに抱えられたファグロはこの世の終わりとでも言いたげな顔で、真っ青である。
過去のルジィジェットコースターの自分と重なって見えて、ほんのり同情しつつ、思い知ったかとも思う。
「にゃす~!」
ニャスタの案内に従い、ついて歩くとすぐに見えてきた。
異様な光景だ。
倒れた3人は、手を伸ばしたり足を曲げた状態で、固まっている。
まるで動いている途中で石像にされてしまったような状態で、身動きひとつしない。
先頭にはバーチィールがいる。
「あっははは! ボロボロ~!」
「笑い事なの? みんな大丈夫なの?」
「ダイジョブダイジョブ~! 犯人はコカトリスだよ~」
トゥルエルは笑いながらバーチィールを抱き起こして、懐からポーションを出す。
ポーションを人差し指に乗せるようにして出し、倒れたバーチィールの開いたままの目に流し込んだ。
両目にポーションが注がれると、ばちんばちんと瞬きするバーチィール。
「コカトリスって鳥、知ってる知ってる?」
「聞いたことあるよーな」
アストル先生ではなく、故郷の方で聞いたことがあるような。
「すっごく臆病な魔獣。弱いけど、威嚇の時に目が合うと全身麻痺にされちゃうんだ~」
「なるほどねー」
石像の如くぴくりともしない彼らは、全身麻痺状態ということか。
言われて思い出したが、古いファンタジーゲームにそんなヤツがいた。
パーティー全員が石化すると詰む、悲しい思い出のあるモンスターだ。
「呼吸くらいは出来るけど、目が閉じられなくてガビガビになっちゃうよ~。クロアもやったげて~」
「この状態で強い魔獣に出会ったら最悪だね」
「そーそー」
トゥルエルに倣って、転がるメンバーにポーション目薬を差してやる。
全員に点眼後、ポーションを飲ませるとぎこちなく全員動き始めた。
「いってて……クッソバキバキだわ」
「悪いね、クロア。油断しちまったよ」
「サイレントボアを追ってたんだが、まさかコカトリスの群巣に入っちまってたとはな」
「あー、わかった。敗因は全員が前衛バーサーカーだったから。コレだね」
「うっ」
ばつが悪そうにしょげるバーチィールたち。
この狩猟3人メンバー、全員がパワースタイルの前衛だ。
獲物を追ううちに向かいからコカトリスがやってきて、ほぼ全員同時に威嚇を受けてしまったことが目に見えてわかる。
「帰ったら反省会しよーね」
「ハイ……」
「さてと。サイレントボアはどっか行ったみたいだけど、コカトリスは?」
「たぶん、あのあたりにまだいるだろうねェ」
バーチィールが指差す方を見れば、木の高いところに謎の丸い塊がいくつもある。
あれがコカトリスの巣のようだ。
クロアが見ているとあちらも視線に気付いたようで、巣の中から黄色い鳥が大量に出てきてこちらを睨み付け始める。
ギィギィとけたたましい声は、おそらく威嚇のようだ。
目を合わせないように、全員目をそらす。
「全員私の後ろに。目も閉じてていーよ」
認識魔術を起動、即座に【戦闘魔術環境】を有効化にする。
空間認識の魔術が視界に展開する。
立体座標でコカトリスの総数、位置を確認する。
「【魔獣捕捉】実行、【固定】」
ライブラリから対魔獣用の魔術式を起動する。
ギィギィという声が近付く。
魔術陣が、回転する。
「【雷線砲】」
クロアの声とほぼ同時に、ドォンと耳を引き裂くような音が轟く。
一瞬の閃光ののち、ぼとぼとと鳥が落ちてきた。
「かぁーっくいい~クロア! ねぇもっかいやって!」
「ルジィ、この前も見たでしょー。ハイ、みんなコカトリス回収~」
「クロアクロア~。一番高く売れる羽根が焦げちゃってるよ~。どーするどーする~?」
「Oh……」
電撃だったので、黄色い羽根は真っ黒に焦げてしまっている。
そこまで考えてなかったので、クロアはショックに沈黙した。
「確かクチバシも高く売れたんじゃなかったっけねェ」
「コカトリスってレアだしな」
「……やっぱり一応回収ー!」
再びぞろぞろと死骸集めに向かう。
「いやはや———クロア嬢! 噂には聞いておりましたが、素晴らしい魔法ですね!」
皆が離れたからか、ファグロが大きく手を広げて空を仰いだ。
相変わらず動きが鬱陶しいほど派手である。
「魔法っていうか魔術なんですけどねー」
「ああ、まるで神の鉄槌……かの月神の激昂のようでした!
あのこの世のものとは思えぬ刹那の瞬き……私の心も貫いてしまったようです。
魔術と言うものなですね、あれが。
この不肖ファグロ、すっかり心に穿たれたこの穴を———」
途中から聞き流し、クロアは木の上を見上げた。
木の上にある木の枝を集めた塊が巣、ということだったが。
もしかして巣があるということは、アレもあるのではないだろうか。
「ねーねー。ちょっと巣まで行って卵あるか、見てきてくれない?」
「たまごぉ?」
うしろでファグロの演説がまだ続いているが、シカトした。
まだ熱っぽく語り続けて自分の世界に入っているので、無視されていることも気付いて無さそうだ。
話かけられたバーチィールは目をパチパチとしばたたかせる。
「あんだけ気ィ立ってたからねェ。あるかもしれないけど……」
「持ってきて! あるだけ全部! お願い!」
「わ、わかったよ」
卵があれば、世界が変わる。食の。
うしろのファグロ並の熱い視線でのお願いに、ちょっと引いた様子のバーチィールが木を登り始める。
「いいサイズ~。美味しーかなー? 美味しかったらいいなー」
自然と笑みがこぼれてしまうクロア。
コカトリスの卵、数は12個。
鶏卵より一回りほど大きく、殻はやや黄味を帯びている。
ニャスタにスキャンして貰ったところ、毒になるような成分も含まれていないので安全だ。
さすがに生は怖いので、帰ったら加熱して味見タイムだ。
「半熟オムレツ……卵黄の醤油漬け……卵かけごはん……何にしよー……」
考えるだけでヨダレが止まらない。
異世界に来て随分経つが、ずっと卵と出会えなかった。
故郷では1日1個は食べていたはずの、相棒あるいは恋人のようなもの。
久しぶりの再会に、胸が高鳴った。
「クロアって、卵なんか食べるの~?」
「え? 卵食べないの?」
「卵は食べない食べない~」
トゥルエルを筆頭に、半獣族たちが不思議そうに頷く。
本当に皆、卵を食べないらしい。
「魔族も卵は食べませんよ。生命の始まりに手を付けるべからず、と昔から言いますので」
「え? 魔族も?」
いつの間にかこちらの世界に帰ってきたファグロも、トゥルエルに頷いてみせる。
「…………もしかして、人族も食べないの……?」
「食べないんじゃないかい? 卵食うなんて野蛮って言われるだろうよ」
異世界に来て、最大の衝撃が今ここに。
■□
クロアの華麗なスマートクッキングタイム。
ルミナディアに戻ると、クロアは食堂へ突入した。
通りかかったアストルにも例の質問をしたが、人族も卵を食べないことが判明した。
挙げ句の果てに、クロアは徐々に野蛮人扱いされ始めている。
実に、誠に、大変、不服である。
「宗教的に食べちゃダメとかじゃないんでしょ?」
「別に神が禁じたわけじゃねーけど」
「たまごかぁ~」
「まずは黙って食ってみろ、話はそれからだ!」
試食者は、クロアについてきた人とその辺にいた人。
魔族代表ファグロ、人族代表ラーシス、半獣族代表バーチェーク。
「温存していたメタルリザード肉で作った親子丼風!」
どん、とクロアは3人の前に小さな器を差し出す。
コカトリスの肉が美味しくなかったので、冷凍室で眠らせていたメタルリザード肉を持ってきた。
ホワイトピア酒とヴォジャノーイ醤油、出汁代わりにバリアの煮汁を少々。
ぷりぷりの肉と、半熟卵。
パーフェクトな仕上がりである。
「諸君、いいか? 米、卵、肉、全部を同時に口に入れるのだ。全部だぞ」
「わかったって」
3人がスプーンを親子丼へ入れ、すくいあげる。
おもむろに口へ運び、咀嚼。
「「「!!」」」
勝ったな。
3人の感想は聞かずとも、わかった。
クロアは満足して自分の分に作っておいた親子丼風を口に運ぶ。
「———卵だぁ……」
クロアの目から静かに、ほろりと涙がこぼれた。
■□
その翌日、ギルドに最優先ミッションが張り出された。
もちろん内容はコカトリス捕獲である。
クロアのポケットマネーから高額報酬が出ると聞いた者たちと、実際に卵を食べてみた者たちが、血眼になって探し回った。
掲示からわずか2日後、番いを含む9羽のコカトリスが捕獲され、ルミナディアで飼育されることとなった。




