084 :// 公衆浴場 -2-
「フロが出来たぞー!!」
「フロってなんだー!!」
日暮れ頃、大衆浴場には多くの住民が集まった。
まずはテスト運営なので告知していなかったのに、どこから聞きつけたのか8割ほどの住民が集まっている。
「まぁいーけどね。ニャスタ、いつも通りにムービーお願い」
「にゃっす!」
ニャスタが大衆浴場に集まった皆に見えるように、魔導ディスプレイを出す。
クロアが前に立ち、ニャスタをマイク代わりに喋る。
「お風呂に入りたいヤツは入り方をきちんと守るように!
一、湯舟の前にお湯で汚れを落とせ! 土とか湯舟に入れるな!
二、洗い場の石鹸で体を洗え! 髪は石鹸で洗うとキシキシになるから、最後にコンディショナーって書いてるやつを塗って流せ!
三、湯につかれ! 入りすぎるとのぼせるから気をつけろ!
四、サウナは好みだ、入らなくてもいーぞ! 入ったら静かに、騒ぐな! じっと最大3分ほど耐えろ! その後は外に出て足からそっと水で冷やせ! 急に水に入ると死ぬぞ!
五、湯上りはきちんと体を拭け! 髪もしっかり水分とれ! 服を着てから外に出ろ! 売店で売ってるドリンクが湯上りに最高だ!
入り方でわからないこと、困ったことは、ニャスタに聞けば教えてくれるぞ! 以上!!」
ひゅ~!
謎の盛り上がりを見せる公衆浴場前。
ちなみに入り方については、ルミナディア住民が汚れすぎであることが前提でルール設定した。
「あと言い忘れた! 女は男湯に入るな! 男は女湯に入るな! 覗き見るのも禁止! 違反者は大変なことになるからな!!」
「大変なことって何!?」
質問には答えないでおく。
そこまで細かなところまで法律制定していないので、曖昧に脅しておく程度がちょうどいいのだ。
「あの、クロア嬢? 私はどうすれば?」
困惑するファグロが寄ってきたので、事前に呼び寄せておいた男をずいっとファグロに差し出す。
いくらなんでも、男湯の中までは案内出来ない。
「こちらのニャスタが案内します。浴場は自由に入って頂いて大丈夫なので、何か困ったら何でもこの子に言ってください」
「はぁ……」
「にゃす~」
「任せたからね、ニャスタ」
ファグロは本当にこの精霊に? という疑うような顔をしているが、ニャスタは任せろと胸を張る。
この浴場で何も問題が起こらなければ、身分や種族によるいざこざは今後起こらないと見ている。
もちろん何かあっては困るので、ニャスタには入念に見張ることと、何かあればすぐにクロアを呼ぶように言ってある。
「んじゃーエロジジイの教育は任せたよ、ラーシス」
「おう、任せろ! 今日は攻守逆転だな! ざまーみろジジイ!」
「離さんかクソガキ! 俺ァこっち……女のパラダイスに入るんイデデデデデデんがぁああああ!!」
「ヨシ、問題ナシ。バーチィール、リーシアをお願いねー」
「任せな。クロアは?」
「私は食堂で夜の食事準備の時間だからさーあとで入るよー。ごゆっくりー」
一番風呂に入りたかったが、こればかりは当番制なので仕方ない。
クロアは皆を見送り、ひとり食堂へと向かった。
■□
この世界で温浴の習慣があるのは、人族と魔族の貴族のみである。
そもそも火山が存在しないため、天然の温泉も存在しない。
つまり庶民と半獣族に至っては、お湯とは食事をつくる鍋の中にしか存在しないもの。
多くの者がお湯に入ると聞いて実は少なからず内心恐れや緊張を抱いていたが、
ニャスタたちが一足先に、ぷかぷかと気持ちよさそうに浮かぶ姿を見たひとりの勇気ある者が先陣を切り、問題ないことを確認すると皆が湯船へと入っていった。
「湯って……いいもんだな……」
「いいねいいね~……」
「体デケェやつ、こっち来てみろ」
「深くなってる……ちょうどいい……」
「クロアがみんなの体格差も計算してくれてたよ」
「マジかよ……」
「ふぁ……」
足を湯船に突っ込んだ際に尻尾を膨らませた半獣族たちも、すぐに心地良い温度のお湯の中で、ふやけていった。
「あっちの湯はニャスタ以外にも何か浮かんでるぞ……?」
湯船は2つ用意されており、1つはただのお湯を張っただけのもの。
こちらで安全と癒やしを確認できた者たちは、次の湯船へと興味を移した。
「ふんふん……いいニオイ?」
「果物と香草かな?」
「なんだかいい気分~」
本当は温泉にしたかったが、如何せん温泉の成分が何か知らなかったクロア。
そこで苦肉の策で作ったのがフルーツ湯である。
布袋にフルーツと香草を入れて、いくつも浮かばるというシンプルな方法だ。
「にゃすにゃす」
「ここに入れと……?」
身分を忘れて様々な融通を利かせるよう南魔王からしつこく言われているので、内心嫌々ながら大衆浴場に入ることになったファグロ。
貴族であるファグロにとって温浴は日常のありふれた一端に他ならないものを、わざわざ庶民とともにする必要性を感じないが、ここは任務のため、と仕方なく入浴することにした。
ニャスタに促されて入った湯船は、フルーツ湯。
「こちらの湯は……肌がつるつるするような……」
しかしこの湯、普通の湯ではない。
「まさかこのフルーツのおかげ……?」
「にゃっす~」
南魔国にあるファグロの邸宅でも湯に花を浮かべ、優雅なひとときを楽しむ。
だがおかしなことに、この湯船では目を楽しませるはずのものを布袋で包んでいる。
わざわざそんなことをした上で、明らかに肌の質感が異なるとすれば、この布袋が原因なのだろう。
勘ぐりながら、ファグロは布袋をそっとつつく。
「ただのフルーツが、何故……?」
「オフロは全面クロア監修の設計だそうです。
クロアは意味のないことはしませんから、お肌にいい仕掛けがあるのだと思いますわ。
はぁ~……アタシこっちのお湯、毎日入らなきゃ……」
オルウェンの見立ては正しい。
もちろん、クロアはただいい香りのものを浮かばせただけではない。
折角なのでとニャスタに調べてもらい、酵素とビタミンが多く、かつ運営コストを鑑みて単価が安いフルーツをチョイスしている。
さらに布袋のみならず、この湯船には川辺で拾える軽石を砕き、粉にしたものも混ぜ入れている。
この石は炭酸カルシウムを多く含み、古い角質や皮脂、汚れを吸着する効果がある。
入るだけで肌の質感が変わる、この世界と時代において画期的な湯船なのである。
「くっ……!」
人よりことさら美に厳しいファグロの心が、ぐっと掴まれる。
「…………私の迎賓館にもいくつかこの袋を持っていってもいいでしょうか」
「迎賓館の分も用意するよう、クロアに頼んでおきますわ」
高鳴る鼓動は、湯浴みによるものか、興奮によるものなのか。
不思議な高揚感を抱きながら、ファグロはまだ見ぬ世界があるのでは、と湯船から出た。
「サウナってやつ入ったか? 疲れるだけかと思ったら、なんかスッキリするぜ……」
「なにそれ~やるやる~!」
周りの流れにつられ、ファグロも自然とサウナ室へ入った。
発熱する魔導具によって製作したサウナ。
サウナ担当ニャスタが時折部屋の扉を開けたり、風を送ったりして、温度調整をしている。
このサウナという存在により、クロアの休日は竹炭の代替品になり得るいい木材の捜索でさらに時間を逼迫することになった。
「3分とは———果たしてこんなに長き時だっただろうか……」
通常時の3分よりも、遙かに長い時間に感じられる。
サウナに入った者たちは、皆が毛穴から玉のように噴き出す自分の汗に集中し、サウナ担当のニャスタに声を掛けられるのを今か今かと待ちわびる。
ニャスタから声をかけられた者はサウナ室を出て、すぐ近くの休憩室へ移動する。
休憩室では壁にこれでもかと言うほど大きく、足下から水を掛け、徐々に体を冷まして休ませる手順が書かれている。
皆それに倣い、水をかけ、痺れるような水風呂に入ったり、寝そべったり。
休憩が終わればまたサウナ室へ、と繰り返すこと数回。
「なんだこの感覚は……」
熱い血潮が指先の先端まで脈打ち、そしてそれが弾けて、自分の何もかもを消し飛ばしていくような。
感じたことのない、すがすがしい感覚。
ファグロはあまりに一瞬で思考がクリアになった様に、神の啓示でも受けたかのと錯覚していた。
「信じられない……神はここにおられたのか———」
サウナは一部のメンバーに大受けし、水風呂と往復する人の姿がちらほら見られた。
「気持ちよかったな~フロってやつ」
「明日も入る入る~」
浴槽付近で走り出す者や体を拭かない者など、問題行動をしてニャスタに殴られた者が数名出たが、概ね問題なくゆったりとした時が流れていった。
「にゃす~!」
「なんです?精霊様」
湯浴みを終えて服を着終えると、ニャスタがファグロを引っ張る。
誘われていると察知したファグロがついていくと、たどり着いたのは売店だった。
すでに何人かが囲んで売店を観察している。
「アレインジュースのジュースなんだってよ?」
「オフロあがりに———ですって」
「喉渇いたし飲んでみっか。使者さまもどうです?」
「———ゴホン。念のため、試してみましょう」
一体何が念のためなのか不明だが、誰もつっこまない。
ごくり。
まずは一口、と飲み込んだはずだったが。
ごくごくごくごく。
喉を止めることが出来ず、皆が一気に飲み干した。
「染みるぅ~!」
「乾いた体に最高だな!」
「これは……女神の涙か……!?」
細胞まで染み渡るような感覚に、全員が身もだえた。
湯上がりエリアで、オープン三日間のみ無料配布のアレインジュース。
水に砂糖とちょっぴりの塩、そしてアレインの絞り汁と香辛料少々。
つまり経口補水液を味付けして美味しくしたものだ。
湯浴みの経験が浅い人々がのぼせないように、そして何よりもクロアが風呂上がりにフルーツ牛乳を飲みたくて作ったものである。
住民たちがほくほくした顔で談笑する。
アレインジュースを片手に、ファグロはとんでもないことに気付いた。
「……これが、一般庶民……誰でも使える施設……!?」
貴族である自分すら、そしておそらく魔王すら味わったことのない、謎の快感施設。
それが、この優雅さもなければ美麗でもない呪われた地の小さな街に。
ファグロは愕然として膝を折った。
確かに、間違いなくこれは『新しい世界』である。
「フ……フフフ。攻略したことのないモノ……血が騒ぐというものですね……」
日暮れの中、ファグロの不気味な笑い声が静かに響いた。
その後、南魔国の使者はキャラが強いと即有名になり、温浴習慣もまた驚くほどあっという間にルミナディアに馴染んだ。




