082 :// 迎賓 -5-
「次はチグル豆の冷製ポタージュと、バリアの炙りステーキです。
ここから料理の味が濃いので、お酒は西魔国産のホワイトピアを用意しました」
ホワイトピアもまたビリヤノの仕入れてもらった酒だ。
癖が無く甘みのない辛口酒で、様々な料理に合う。
「どちらも知らぬ素材だな」
「やっぱり地産のモノを味わって頂くのがいいと思いまして。
チグル豆は非干渉地帯の南側にしか生えていない豆です。
バリアは人族の国からルミナディア付近まで獲れる魚で、さっぱりした脂と独特の風味が人気です」
手のひらサイズの魚のステーキを、各々がナイフで切り分け、口に運ぶ。
「これはすごい……肉のような脂だ……! だが口に残らないスッキリした味……ふむ!」
「……食べるたびに、食欲をそそるこの香りは……ソース、でしょうか?」
「燻したような香りは、バリア自身のもつものです。
それとは別の香ばしい香りは、特製のヴォジャノーイソースによるものですよ」
「ヴォジャノーイって食べられるのですね……」
彼らの身分が高いから知らないのではなく、一般的にヴォジャノーイは食用とされていないので当然の驚きである。
例のダム事件により、ヴォジャノーイはルミナディアで養殖が始まった。
どうしても醤油にしたかったクロアが何日も掛けて威嚇液を研究し、つい2日前に仕上がったのがこの『ヴォーユ』。
ヴォジャノーイから作った醤油である。
何か足りない威嚇液に、塩を足して一定時間加熱する。
これでかなりクロアの思う醤油の味になった。
今日はバリアの身に塩をふって臭みをとり、この醤油を上面に塗る。
あとは火で炙り、焦がしつけたのがこのステーキ。
炙り醤油味が香ばしく、バリア独特の桜チップのような香りを引き立ててくれるのだ。
「スープもまろやかで美味しいです」
白いスープを口に運んでほっこりしているのはベノアだ。
チグル豆は半獣族でないと壊せない硬い殻に包まれた豆で、コクのあるカシューナッツのような味だ。
これをポタージュとしてモコゴートのミルクと煮て、舌触りよくなるようによく混ぜた。
優しい甘みがありながらスッキリすた味わいに仕上がっている。
醤油とバリアの味が刺激的なので、舌休め目的で一緒に出している。
「ほう……想像よりいい品が出てくるな……」
「まだまだ序の口ですよ」
「メインディッシュです。サラマンダーとバウンドベアのミルフィーユカツです」
「サラマンダー……」
持ってきた皿を並べつつ言うと、露骨にがっかりされた。
(オルウェンまでガッカリするな!)
なんだサラマンダーかぁ、でもまぁ、仕方ないよね。
みたいなちょっと残念そうなオルウェンの顔が腹立つ。
クロアは内心で舌打ちした。
サラマンダー。
これは人族の国でも魔族の国でも出るトカゲ型の魔獣で、希少性はそこそこあるのに、肉がパサついているので食材としてはなかなか不人気である。
「サラマンダーはいい。下げてよいぞ」
「まぁまぁそう言わずに、とりあえず食べてみてくださいよー」
ソルマンが首を振る。
この反応は想像していたが、思った以上に嫌そうだ。
「……私の故郷で大人気の料理なんですよー。ここ以外じゃ食べられないですよ?」
「いらんいらん」
ぷい。
顔をそむけるソルマンは、まるでピーマンを嫌がる子供だ。
ふう、とクロアは溜息を吐いた。
「……ベノアさん、一口食べてみてくれませんか?」
「俺の分もベノアにやるぞ」
「流石にそれは多いのでいらないです」
前から感じていたがこの補佐官、割と発言が自由である。
ファグロもいつもの微笑みのままだが、嫌なのかベノアを見守っている。
全員が見守る中、ベノアがカツにナイフを入れる。
「!」
表面のさっくりした感触に驚いたのか、不思議そうな顔をするベノア。
一口大になったそれをフォークにさし、口に入れる。
「~~~~!!」
ベノアは口を押さえた。
「あ。熱いですよ」
今さら思い出して言うと、ベノアは酒を手にとり、ごくごくと飲み干してから大きく息を吐いた。
「これは本当にサラマンダーですか!?」
「サラマンダーですよ」
「そんな……」
それだけ言うと、ベノアはいそいそと次のカット作業に入っていた。
見ていたソルマン以外のメンバーも、ついにカツを切り始める。
———ザクッ!
オルウェンの口から響く音。
各々が口の中に運び、ベノア同様に口に手を当てて悶えた。
「どうです?」
「……おい……美味しいわァッ!!」
淑女はどうしたとツッコミたくなる勢いで、ガツガツとオルウェンが食べ始める。
「なぁに、これッ……ザックザックで肉汁がジュッワジュッワじゃないの~!」
「これがサラマンダーなのも俄には信じがたいですが、このサクサクした料理……実に美味です……!
ああ、にじみでる旨み……舌が喜びに踊っています……!!」
「フフフフ」
どうだ。
クロアも満面のドヤ顔になった。
見ているこちらが気持ちよくなるほど、皆幸せそうに食べ進めていく。
「我が主、いらないって言ってましたよね。頂きますね」
真っ先に皿を空にしたベノアが、静かに隣のソルマンの皿に手を伸ばす。
しかしその手はベチン、とソルマンに叩き落とされた。
「はて、記憶がないな」
しれっと何事もなかったかのように、ソルマンもカツを切り分けて口に入れた。
「…………ッ!!」
大きく見開いた目。
皆と同じように最初の熱をぐっと堪え、咀嚼し、ゴクリと大きく飲み込む。
その後も信じられないといった顔をしたままだ。
「何故だ?」
「ブッ」
神妙な顔で放った言葉に、ついクロアは噴き出した。
まるで大事件が発生したかのような面持ちでカツを見るアンバランスさが面白い。
「これはサラマンダーとバウンドベアのミルフィーユ、つまり重ねたものに、衣をつけて揚げたものです」
笑いを堪えて、解説する。
「サラマンダーはパサパサで有名ですが、一方バウンドベアは脂で味がキツイと有名な魔獣です。
どちらの肉も薄く切って、交互に重ねます。
それを加熱してざくざくにした米と米の粉をつけて、油で揚げました。
互いの肉が短所を補うだけでなく、美味しさが相乗効果になるんです」
「1枚の肉に見えて、重なっているのか」
「このザクザクしたもの、米なんですね」
「人族の国だとないけれど、お米ってすごいのねェ……」
「私たちでもこのような料理は初めてで驚きましたよ」
故郷にあったミルフィーユカツは、薄切り肉とチーズで層を成す料理だが、ルミナディアはやっと乳を手に入れたばかりでチーズ製作までに至れていない。
ドヤ顔で解説したものの、とにかく趣向を凝らした料理を作ろうとして、たまたま行き着いただけの奇跡の料理である。
「もう一皿もらおう」
「え」
おかわりは予想外過ぎた。
「追加も作れますが、次の料理が出来上がっているので……ご要望があればこのあとに出しますね」
その後。
締めの、パチパチシュリンプのポタイモグラタンを食べたあと、ソルマンがどうしてもと言うのでミルフィーユカツを出した。
何かあった時のための予備を作っておいて正解だった。
その後にデザートの、モコゴートミルクのアイスクリームとお茶を出し、食事会は終了である。
ミルフィーユカツをキッカケにオルウェンの緊張が解けたようで、米に関する話題から雑談に至れたようだ。
南魔国の彼らも今日の料理で人族、異文化に興味を持ち始めたらしい。
それを美味くオルウェンが拾ってくれて、なごやかな雰囲気になったようだ。
妙にバリランが静かだが、良い感じに終わってくれて本当によかった。
クロアは最後のお茶のみ同席し、なんとかなったことに心から安堵した。
「クロア嬢。今日の料理人を呼んでくれないか?」
「へ?」
雑談も終わろうかという頃、急にソルマンが真面目な顔で言うので気の抜けた反応をしてしまった。
「今日は驚きと喜びのある食事であった……。特にミルフィーユカツなるもの」
ソルマンは味でも思い出しているのか、そっと目を閉じる。
その顔はとても至福に満ちている。
日頃はイタズラ成功の嫌な引き笑いばかり見るので、そんな表情が新鮮でぼんやり見ていると、ソルマンは話を続けた。
「あれはおそらく———相容れない味を持つ2者。我々魔族と、そして人族。
そして無関係に見える半獣族が包み……3者によるマリアージュが為す料理。
ルミナディアはそういうところだと、伝えたかった料理なのだろう」
「え」
そんなことを考えたことはない。
「繊細にも大胆な味付け、そしてその心意気。さぞ素晴らしい料理人に違いない。
折角なのだ、直接称えたい。呼んでくれないだろうか?」
(やばい、落ち着け私。えっと私。どうしよう)
突然の解釈と勘違いに、背中を冷や汗がダラダラと出た。
『なんか勝手にいい解釈してくれちゃったよ……利用してやろうぜ!』
『ダメダメ! 誠意は大事だよ! きちんと説明しなきゃ』
クロアの中で天使と悪魔が言い合いを始める。
『いーんだよ、これは政治だぞ! 政治家・オトナ・トイレ、汚いもんビッグスリーだ!』
悪魔WIN。
「…………料理人は私ですよ。
料理に託した思いを感じ取って頂けたようで何よりです」
不思議な沈黙が続いた。
「———そんな馬鹿な!!??」
ソルマンの驚きすぎた叫びが、その夜ルミナディアに響きわたった。




