081 :// 迎賓 -4-
もう寝たい。死ぬほど疲れた。
脳みそが溶けている気がする。
ファグロ劇場は何分も続き、しかも入り込む隙がない。
大仰な身振り手振りで感動をあれやこれやと様々な方向から伝えてきて、大変だった。
貴族っぽい難癖をつけられなくてよかったが、これもまた思わぬ方向からの苦難である。
使者であるために雑に扱うことも出来ないのも歯痒い。
「はァ……」
「大丈夫、クロア? 出来ることがあれば手伝うわよ?」
「うん……ダイジョブ……頑張る……」
隣でネェガが心配してそわそわするので、クロアは自分の両頬を叩いた。
「ヨシ、やるぞ!」
あとは大詰め。
料理による歓待さえ終われば、少なくとも南魔王は帰国するためこのストレスが若干減るはず。
気合いを入れてクロアは準備を始めた。
■□
迎賓館の1階。
テーブルはオルウェンがディナーのためのクロスを敷き、カトラリーも並べ終えている。
ファグロの熱い要望により、紫のライトが妖しく照らす異様な空間。
(なんか……変な空気よね……)
オルウェンは身が縮こまる気持ちで、席にただ座ることしか出来なかった。
席に掛けるのはソルマン、ベノア、ファグロ、そしてバリランとオルウェン。
騎士3人がソルマンの背後に立つ。
シルフェアナに付き添ってモコゴートを送った騎士2人も戻ってきて、迎賓館の入り口で門番をしている。
ファグロの侍従は初老の男1人がファグロ後ろについている。
残りの2人は、しばらくこのルミナディアで過ごすための細かい説明を受けるため、シルフェアナと共に食堂へ行っている。
そしてクロアは、食堂のキッチンでご馳走を用意している最中。
「ざっとでしたが、いかがでしたかな? ルミナディアは」
「想像より栄えているな。早々に魔導具を普及して欲しいものだ。
でなくてはこちらに良い魔導具が流れてこないからな」
「なかなか人手が足りませんでなぁ」
ソルマンとそつなく会話するバリラン。
申し訳ないが、オルウェンは流れを全てバリランに託した。
歳の功か性格か、南魔王にも物怖じしないので本当に助かる。
評議会のメンバーとしてここに来る羽目になってしまったが、貴族どころか魔王を相手にするなんて、無理難題も甚だしい。
ただでさえ、自分は貴族の権威の前になす術もなく追放された人間だというのに。
「しかし存外、いるではないか。貴殿のような、経験豊富そうな人材が。
人を率いることも得意そうだな」
「何をおっしゃる。しょうもない罪で追放された老骨です」
バリランが笑う。
(何あの顔)
だが、笑い方がいつもと違う。
どこか底冷えするような、よからぬものを孕んだような笑みに、オルウェンは震えた。
「いかな便利な魔導具があるとはいえ、郷愁に駆られることはないのかね?」
「残念ながら、ないですなぁ」
「本当かね? そんな顔はしていないようだが」
「はて。私はこのルミナディアを気に入っておりますよ」
「ほう、魔国に勝るルミナディアの利点、是非聞かせてくれないかね?」
「南魔王様の前で言うのは憚られますなぁ。ルミナディアが勝ることとはつまり、魔国の劣る点ということでしょう。
私は南の出身ではありませんが、同じバルバジールですからな」
「クロア嬢を見ただろう? 気兼ねなく接してくれて構わんぞ。
これでも先進的な魔王として衆望を集めているのだ。結構思い切ったことを言ってもいい……そう、例えば」
「権威のカサが嫌いだ、とかな」
「………………」
誰のことを言っているのだろう。
(権威のカサ……?)
ルミナディアは権威など関係のない土地だ。
クロアも別に権威を振りかざした行為など一切していない。
「なに、俺も嫌いなのだよ。貴殿とは結構気が合うと思うのだが」
何も答えないバリラン。
「ちょっと、バリラン……?」
オルウェンがそっと指でつつくと、バリランは肩を震わせ始めた。
「っ……ぐっ……ハッハッハッハ!!」
今までバリランがこんなに笑ったことがあっただろうか。
なんだか不穏な雰囲気のような気がする。
(もうッ何なのよ……! 話はわからないし、アタシにどーしろってのよォ!!)
理由の分からない焦燥感。
南魔国の人間がいなければ、叫び出したかった。
もういっそ、何の話か聞いてしまえば楽になれるかもしれない。
どうしよう。
もう、それしかないかもしれない。
質問くらい、許してくれると信じたい。
「あのォ」
オルウェンが投げやりになりかけた時、メインルームの扉が開いた。
「げぇ……ライト変えましょうよ。さすがに紫は食事が映えないというか」
張り詰めた糸がぷつんと切れるような、気の抜けた声。
「……クロア~~~ッ!!」
「えっ、なに?」
オルウェンの心の号泣を察したクロアが嫌な顔をして、入ってきた。
助かった。
オルウェンはその後も心の中で号泣し、ハンカチを噛みしめた。
いつも損な役回りばかりで、自分が可哀想だ。
■□
「大変お待たせしました。食事の用意が出来ましたので順次運びます。あ、毒味とかします?」
「よい。お前なら毒を盛るより魔法の方が早かろう」
「そーですね。面倒なのもキライですし」
迎賓館のメインルーム脇にある隣室をサーブ専用部屋にして、色々用意しておいた。
クロアは隣室に用意していたグラスをテーブルまで持ってきて並べる。
「……クロア嬢? 一体何をなされているのでしょうか……?」
「……酒を用意してます?」
疑問顔のファグロに、酒を用意しながら答える。
「なぜクロア嬢が……? 給仕など下の者にやらせれば……」
「それが一番効率がいいからです」
よく見れば、ソルマンもきょとんとしているし、ベノアは冷や汗をかいている。
少し驚かれることは覚悟をしていたが、思った以上かもしれない。
「給仕なんて下の者が行う仕事ですよ……!?」
「ルミナディアでは職業に上も下もないですよ。
給仕のやり方、料理や酒の説明、運び方———
それら全部を誰かに学ばせる時間があったら、別の仕事が1つや2つ片付くじゃないですか」
ファグロは聞きながら、戸惑いを隠せない様子だ。
根っからの貴族であれば、給仕は下々の仕事なので理解出来ないのは当然とも言える。
「それに」
布巾を片手に、ビンを傾けてグラスに注ぐ。
果実酒を注ぎ、手首をひねることで一滴もテーブルに垂らすことなく手元に戻す。
「ホラ。準備時間ゼロで、ルミナディアで私が一番上手だと思いますよー」
スマートな動きに、おお、と全員が感心する。
初めて見せたからか、バリランとオルウェンまで感心している。
(まさかバイト経験が役に立つ日が来るなんてねー)
実はクロア、学生時代にちょっといいレストランでアルバイトをしていた。
専門職ではないが、ワインの注ぎ方はもちろんのこと、スマートな給仕は実はお手の物。
「確かに手慣れているな」
「ああ、これは……地位の高い方があえて給仕をしてくださる……なんという背徳感……」
「ドーラスト男爵。違和感や新鮮さと言ってください。変な雰囲気になりますので」
「俺はなかなか面白いぞ?」
このメンバーでも、一番の苦労人はベノアらしい。
会話を尻目に、クロアは隣室から皿を運ぶ。
「これは……」
「美しい……」
「前菜は野菜のテリーヌ。添えてあるのはスパイスピクルス2種です」
「テリーヌ?不思議な形をしていますね……」
注目を浴びているのはテリーヌである。
テリーヌとは一般的に、野菜や肉、魚などを刻んで型に入れて固めたもの。
フランス料理なのだが、テリーヌという言葉がただの型を指す言葉なので、実は結構幅が広い料理である。
クロアが作ったものは、濃青、白、オレンジ、ブラウンの4色が鮮やかな野菜のテリーヌだ。
「皿のまわりにあるソースをつけると味が変わるのでお試しください」
秘技、オシャレなお店のお飾りソース。
クロアの勝手なイメージによる命名である。
料理に対して大きめの皿に、食材に直接かけず飾るようにソースを垂らす。
理由は知らないがオシャレだし、味変にもいいので採用した。
「お酒はチェルリワインの10年ものです。
前菜がさっぱりしているので、辛口の銘柄を選んでいます」
酒はビリヤノ親方に頼んで、ツテでいい酒を仕入れて貰った。
チェルリワインは初めて見るものだが、魔国の貴族階級では一般的な酒らしく、それなりにいいお値段だ。
渋みと酸味があるワインのような果実酒だが、相変わらずアルコール度数5%ほどの弱い酒である。
ソルマンが酒を一口煽り、小さく切り分けたテリーヌを口に運ぶ。
「…………!!」
その輝く目をみれば、感想がわかる。
(フフフフフ)
クロアは内心ほくそ笑んだ。
最早趣味と化した料理研究で、苦労した甲斐があったというもの。
「この……プルプルしたものは一体……?」
「初めて食べる味です……!」
ベノア、ファグロも驚きに目を見張り、次々にテリーヌを切り分けては口に運ぶ。
「プルプルしたものは、バジリスクの骨と皮の煮汁です」
「煮汁? 固まっているのに?」
「獣の骨や皮にはコラーゲンっていう……なんか……そういう成分がありまして。冷えると固まります」
コラーゲンからゼラチン質が出来ることは知っているが、改めて何と言われるとよく知らなかったので雑に口を濁しておく。
「骨と皮……捨てる部分でこんなものが……」
「コラーゲンは美髪や美肌にいいとかって、私の故郷では人気ですよ」
「まさか食事ひとつでそんな効果あるわけが」
「それはそれは。本当かどうか確かめてみませんと」
冷静な顔のままに見えて、ソルマンとファグロの手のスピードが上がる。
早く食べれば速く効く訳ではないのだが。
「クロアったら、そんなものがあるならもっと早く食事に出してよねッ!」
コラーゲン競争にさりげなく参加していくオルウェン。
オルウェンに関しては男性ホルモンと骨格の問題があるので、コラーゲンでどうにか出来る次元ではないのだが。
「色んな食感が楽しい料理ですね」
「ベノアさんだけか……まともな感じなの……」
ベノアの細い目がいつにも増して孤を描き、美味しそうに頬張ってくれている。
四色のテリーヌ。
濃青は南魔国から仕入れたキュウリのような見た目の野菜、トマウ。
白はルミナディア付近で取れる、シャクイ。
オレンジは細長い木の実であるティルチ。
ブラウンはアレインを油でじっくり焼き、こんがりとペースト状になるまで焼き上げたもの。
型に色合いと食感が異なるものを層になるよう綺麗に並べ、バジリスクの皮と骨を煮込んで作ったゼラチン質入れ、香辛料を加えて固めた。
食べる度に違う味と食感を楽しめるように、層が斜めになるようにカットした贅沢な仕上げ。
実際はどちらかと言えば煮こごりなのだが、オシャレな方がいいので名称はテリーヌということにした。
料理の減りが想像より早いので、クロアは次の料理をつくるため、食堂へと戻った。




