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080 :// 迎賓 -3-

「ここは?」

「うちの建築部門です。工房の他、倉庫も兼ねてます」


 建築部門は作業所として以外にも資材の保管倉庫も兼ねるために広い場所が必要だったので、ルミナディア中央から少々離れた別のエリアにある。

 飾り気のない巨大な木造倉庫だが、建築のみならず内装や魔導具関連の様々なものを精密に作れるように、地面は漆喰で綺麗な水平に整えてある。


 木材の加工をしていたバーチャームとその他メンバーがクロアたち一行に気付いて、脇に避ける。


 その向こうに、目当てのものと人影を見つけた。


「ベルガ」


 声を掛けると、いつにもまして不機嫌そうな無表情が振り返る。


「…………『予定数は順調です』」

「ありがとー。ここでは魔導具製作も行ってます」

「ほう、ここでか」


 ソルマンたちが不思議そうに周囲を見回す。

 壁沿いに、一見木箱にしか見えないものが大量に並んでいる。

 座り込むベルガミュアのまわりに、雑に転がった黄色のルミナスや、ミスリル片。

 驚くほど地下にあるベルガミュアの工房そのままだ。


 ここが魔導具製作の場であるというのは半分が本当で、半分がウソである。


 魔導具のミスリルやルミナスの加工は、いつもベルガミュアが地下都市で1人行っている。

 さすがに地下都市は秘匿したいので、一時的にここを魔導具工房とした。


 魔導トイレの外箱のような、建築部門に依頼しているものはここで製作しているので、完全なウソでもない。


「『ちょうどいいので、チェックして貰えますか?』

「『貸してみてくれる?』」


 クロアが言うと、ベルガミュアが自分の近くにあったものを渡してくれる。


「最新の魔導具です。折角なので少しお見せしますね」


 近くの桶を持ってきて、クロアはその上に魔導具をもつ。

 約2センチ四方の直方体で、横にレバーがついている。


「それは何の魔導具だ?」

「水道です」


 レバーをひねる。

 直方体の先の中空から、どこからともなく水が生まれて流れ続ける。


「飲用可能な水です。これが普及すれば水汲みが不要になります」

「なんと……。水が出る魔道具は見たことがあるが、どうやって一定した水を出している?」

「魔国では魔法図、と言ってるんでしたっけ。

 私たちは魔術式と呼びますが、この中で魔術式によって出る水の量を指定しているんですよ」


 レバーを戻すと、水が止まる。

 このレバーの方にルミナスが内蔵されていて、ひねると魔術式に接続して水が出る仕組みだ。

 中の魔術式も1秒間に出る水量を指定しただけの、シンプルなもの。


(水が出るだけでも、すごいんだけどね……)


 故郷のあらゆる悩みが簡単に解決出来てしまう、恐ろしい技術である。


「『ベルガ。少し水量を増やした方がいいね。あとで設計図の数値、書き直しておくね』」

「『よろしくお願いします』」

「まだあまりお見せできる魔導具がありませんので、今日はここまでにしましょう。

 ファグロさんの宿泊場所も案内しなきゃいけませんし」

「もっと仕組みについて聞きたいのだが……」

「授業料は高いですよ? というか、かなりややこしい話になるので、こちらの授業体勢が整ってからがいいです」

「ううむ……」


 ソルマンたちをささっと外へ促し、ちらりと振り返る。

 不機嫌そうなベルガミュアの視線でなんとなく言いたいことを感じ取って、頷いてみせておいた。






 ベルガミュアとのやり取りは、事前に用意しておいた台詞である。

 あの会話を聞いただけなら、ベルガミュアはクロアの指示で動いているだけの人間に見える。


『でも、ベルガの魔導具作りは継続するんでしょう?』

『うん。魔導具を実際に作るところは見せられないから、やっぱり地下で作ってもらうことになるね』

『地下で作って上に持ってってるなんて、すぐバレちゃうわよ?』

『いーんだよ、バレて。それで地下まで見にくるかどうかで、あっちの目的がわかるからさ』


 評議会でも指摘があったが、こんな茶番はすぐに露呈することが前提である。

 使者が今後、ベルガミュアを追跡して地下に侵入するかが見極めどころだ。

 侵入したなら、魔導具関係を秘密裏に調査しにきたスパイと判断できるし、対応も出来る。

 立入り禁止と告げた場所に入ったなら、技術泥棒として南魔国に突き返すことも可能だろう。


 技術を盗まれるかどうかより、クロアが気にしているのは南魔国が信頼できるかどうかだ。

 ルミナディアの魔導具技術について秘密裏に調査しに来たならば、その先にあるのは侵略で奪うか否かになる。

 魔導具の技術について、教えないとは言っていないのだから。


 もし何事もなければ、こちらをきちんと商売相手として見てくれていると考えていいだろう。

 こんな用意も、杞憂で終わればそれほど良いことはない。






「ここがファグロさんに泊まっていただく家です。どーぞ」


 その後、縫製部や食堂などもさっくり案内してから迎賓館へたどり着いた。

 ドアを開ければ、ソルマンを先頭に皆が入っていく。

 迎賓館とはいえ仮のものだし、ソルマンは宿泊しないのでここを案内する必要はなかったのだが、『南魔国のためにこれだけ頑張りましたよ』を見せるためだけに連れてきた。


「これは……不思議な……!」

「私の故郷のデザインを導入しました」


 ロフト式の二層構造のメインルームは、天井が高く開放的な空間になっている。

 贅沢にロフトの一面をガラス張りにしたので、夕焼けの赤色が部屋に大きく入り込んでいる。

 1階はローテーブルやソファを置いて団欒出来る間に。

 2階にあたるロフトは寝室になっており、南魔国で仕入れた寝具をしつらえてある。

 クロアの悪ノリの結果、ベッドには縫製部提供の天蓋もある。


「おお……2階に果物だと!?」


 ロフトからはバルコニーに出られるようになっており、アレインの木が景色のアクセントになる。


「なんだこの……楽しい邸宅は……!」


 泊まらないソルマンが一番興奮している。

 その興奮具合にはまんざらでもない気分だ。

 ロフト最高。


「ちなみに照明も私の故郷の意匠です」


 壁のスイッチをポチり。

 床間際の壁が、一斉にぼんやりとしたオレンジの明かりを灯す。


 魔国にないデザインにするためだけに、間接照明にした。

 直接見えないように設置した魔導具の明かりが、木壁を優しく照らし、部屋全体を明るくする。

 木のぬくもりが感じられる間接照明は、さぞ斬新に映ることだろう。

 実際、事前に見に来たバリランはかなり驚いていた。


 侍従や騎士たちが、ほうと感心して周囲を見回した。


「ちなみに色も変わります」


 ポチ、ポチ、ポチ、ポチ。


 ゆっくりクロアがスイッチを押していくと、次々に照明の色が変わる。


「色が」


 鮮やかなブルー、グリーン、ピンク、パープル。

 自然界に存在しないカラー照明に、全員が目を見開いた。


「嗚呼、なんということか……!!」


 今まで黙ったままだったファグロが、片手で顔を覆って震えだした。


(えっ、なに)


 正直言って、怖い。

 何と言葉をかければいいのか、悩んでいると。

 瞬間移動でもしたかのような速度でファグロがクロアの前にひざまずき、両手を奪われて握られた。


「嗚呼、なんと妖艶な部屋なのでしょうか……!

 私如きのために、こんな艶美なる邸宅をご用意頂けましたこと、このファグロ……天にも昇る恐悦でございます……!」

「……き、気に入って頂けて何より……です」


 本当に涙が滲み出ていて、引いた。

 確かに頑張ったけれども、そこまでではないと思う。

 じりじりと両手を引くがしっかりと包まれてしまって抜けない。


「この一見微小で粗末に見えるようでいて、甘美な夢を詰め込んだ秘境のような邸宅!

 そう、逆に壮大な邸宅であってはならないのです!」

 広いだけの陳腐な邸宅など見飽きた私の心を見透かして、あえて新鮮に見えるよう矮小にと手配された、クロア嬢の美しい心遣いが形となっている様よ!」


 クロアの手を放して、両手で天を仰ぐファグロ。


「ねー……コレ馬鹿にされてるの……?」

「たぶん褒めてるんじゃねーのか」


 こっそりバリランに聞くが、バリランもドン引きして苦い顔を隠さなかった。


「しかと握るように、だがそっと優しく抱きしめられた夢幻、濃厚な世界……!」


 何を言ってるのかわからない世界がまだ続く。怖い。


「皆さんご覧になりましたか!? この私の内に秘めたエロシティズムを誘うような妖艶な明かり!

 ああ、心の内まで覗かれているようで羞恥すら感じるのに、もっと見て欲しい、見たくなる紫の色……」






 謎のファグロ劇場はその後5分は続いた。

 そういうタイプの嫌がらせとしてソルマンが人選したのかと思いきや、口を挟むタイミングを逃したソルマン自身も時間を持て余したようで、ソファーに腰掛けて腰の短剣の手入れを始めた。


 まだどんな人間であるか分からないので、あまり露骨に邪険にすることも出来ず、クロアは虚無となって聞いているフリをした。

 まさか異世界に来てまで、学生時代の校長先生を思い起こす羽目になるとは思わなかった。



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