079 :// 迎賓 -2-
そうこうしている間に、まだこちらに運べていなかった残りのモコゴートが来たので、シルフェアナに飼育場への案内を頼んだ。
モコゴート引率で来た騎士2人が手伝ってくれるとのことで、その3人が先に退場した。
また、ついでなので時間的に買取り所へ帰ってくる人が増えはじめる頃とあって、バーチェークも業務に戻らせた。
などと合流後のごたごたの中で、いつの間にかベルガミュアは勝手に消えていた。
たぶん、ファグロの行動がかなり不快だったのだろう。
(美人過ぎるってのも大変なんだなー)
きっと過去にも色々あったのだろうと、クロアも心中お察しした。
自分が生贄にしたことは都合よく忘れて。
既にこの後のことについては話してあるので、放っておいてもベルガミュアは問題ないだろう。
残ったのはバリランにオルウェン。
ソルマンとベノア、側近らしき騎士3人。
ファグロと、ファグロの侍従らしき男1人に女2人。
想定よりソルマンを護る騎士が少ないが、全員で歩くと結構な団体だ。
クロアはこの一行の先頭に立ち、予定通りルミナディアを案内することになった。
「まずは既に皆さん気になっていると思いますが、あの黒いルミナスがこの街の中央です。ルミナディア・パレスと呼んでいます」
「随分巨大な呪石……いや———あれがつまり、魔鉱石ということだったな」
「そうです。あの付近は立入り禁止にしてるので、近付かないでくださいね。
黒いものは未加工なので、決して触らないように……痛いんで」
全員が見上げるルミナスは、本当に城や塔だと言えるほど大きい。
ソルマンとベノアはルミナスの取引をしているだけあって大きさに目を見張っているだけだが、それ以外の来客たちは軽く青ざめているようにも見えた。
彼らからしたら、巨大な呪いの塊でしかないのだろう。
「精霊がこんなに街中に……」
「寝てる……かわいい……」
「そこらにいる白いのは触っても大丈夫ですよ。賢いので本人が嫌がることしなければ、ただのふわふわなので」
「にゃす?」
不吉なものを見たくない気持ちが強いのか、侍従の女性2人は早々に興味をニャスタに移していた。
クロアがどうぞとニャスタを差し出すと、ドキドキしながら触れてみて、大丈夫そうだと腹のもふもふを堪能した。
ニャスタも悪くないとでも言いたげな顔で触らせている。
「つまりアレが……宝の塊……あれだけあれば、魔導具が———」
「我が主。魔国のイメージが下がりますので、顔を整えてください」
一方でソルマンが悪い顔をしていた。
「……結構似た者同士なのね……商魂たくましいというのかしら……」
オルウェンがクロアにしか聞こえないような声で、小さく呟いた。
誰と誰が似ているとは言わないが、クロアもその意味を視線で察した。
聞こえてはまずいので、顔で一緒にするなと伝える。
「それでは案内しますので、ついて来てください」
クロアとソルマンを先頭に、皆が歩き出す。
その後にベノアと騎士、ファグロにオルウェンとバリラン、ファグロの侍従と続く。
ルミナディアは身分に違いのない場である。
何度もソルマンには伝えているものの、やはり自然と序列を考えた並びになる。
問題が起こらないものかとひやひやしながら、クロアは歩きながら背中にじわりと汗をかいた。
「思ったより人がいるな?」
「住人は70人ほどになりました」
「あの人だかりはなんだ?」
魔扉を仮設置した中央広場から出ると、すぐの近場で何人も住民が集まってわいわいと騒がしくしている。
「買取り所です。魔獣の素材や食材を買い取っています。
ルミナディアでは労働時間が長くなりすぎないように管理しているので、タイムスケジュールが重なりがちで。この時間は賑わいますよ」
「労働時間を管理? 何故だ?」
「理由は色々ありますけど……ここ、ルミナディアでの考え方は、こうです」
嫌味だと受け取られないよう、一応事前に釘を刺しておく。
「労働時間が決められていれば、限られた時間内で効率よく働くようになります。
適切な労働時間は心身の健康を維持しやすくなるので、すると仕事以外の時間……趣味でも自己研鑽でも家族との時間でも、なんでもいいですが、人生を楽しむ時間が生まれるでしょう?
身体的にも精神的にも、色んな意味で人が豊かになる、というものです。
人が豊かであれば、国もより豊かになるものだと思います」
クロアの話に、ソルマンがパチクリと何度も瞬きした。
「……クロア嬢……真面目な話も出来たのだな……」
「今まで散々してきましたよねぇ!?」
相変わらず失礼である。
クロアの怒声に、くつくつと笑うソルマン。
本当に、ソルマンが何日も滞在することにならなくてよかったと心から思う。
既に疲労がマックスだ。
「あ、あれは……ベヒーモスじゃないか!?」
「本当だ……! Bランク魔獣を日に4体も!?」
後ろで騎士たちが熱の籠もったやり取りをしている。
視線の先は買取り所のバーチィールたち4人の狩りチームだ。
1人1頭のベヒーモスを抱え、何故か頭上で回転させて楽しげにやっている。
「ベヒーモスは、この近辺によくいる魔獣です。
その辺にいたら奪い合いのように狩られてますね。
何か欲しい素材があれば、売りますよ」
クロアが振り返って言うと、騎士たちは恥ずかしげにそわそわとベヒーモスとクロアを交互に見た。
そしてヒソヒソとベノアに耳打ちする。
「……うちの騎士があとで時間あれば、見たいそうです」
「南魔王サマへの販売価格より安くしますよー」
「なにっ!?」
ソルマンがぎゃーぎゃーと文句を言っているがシカトして進んだ。
ちょっとした仕返しである。
「クロア嬢。取引の際には、私の南魔国の金銭をルミナディアの金銭に交換して頂くことは出来ますでしょうか?」
「ええ、もちろんです。
ファグロさんは暫く滞在されるので、一時入居用IDを貸し出します」
「あいでぃー?」
「ルミナディアでの住民票、兼財布です」
クロアが腕にしているIDを見せると、ソルマンが嬉々として寄ってきた。
「妙に野暮なデザインの腕輪をしているから、可哀想だと思っていたが」
「よく聞こえませんねー」
「本人が華やかではないから逆に似合うかと思って黙っていたのだ、許せ。して、まさかそれも魔導具なのか?」
「ちょっと前半は何言ってるのか聞こえなかったです。
これも魔導具ですよ。ルミナディアでの金銭は、仮想上の硬貨です」
「仮想上の硬貨?」
「ニャスタ、ID解説動画出してくれる?」
「にゃす~」
「わ!?」
「なんだ!?」
全員が見えるサイズの魔導ディスプレイを出すと、騎士全員が抜剣してしまった。
3人の騎士がソルマンを瞬時に囲み、ディスプレイへ剣を向ける。
「あ~彼らは初めてか」
「クロアの血統術のようなものです。ただの動く絵ですよ。危害を加えるものではありませんゆえ、ご安心を」
「よい」
バリランの解説とソルマンの一言で、騎士たちが剣を納める。
そういえば、魔導ディスプレイを見せると騎士たちが警戒してしまうことを失念していた。
これまでの商談でも度々妙な空気になってしまうので、ベノアがクロアとの商談における護衛騎士のメンバーを固定してくれていたのだが、今回は違う。
すっかり油断していた。
表情でバリランに感謝を伝えると、しっかりしろとでも言いたげに舌打ちされた。
「失礼しましたー。通貨の説明を、わかりやすくするものです」
動画を見せながらさっくりと解説すると、理解したようなしていないような顔だ。
ソルマンは訝しげにクロアの腕輪をじっくりと眺める。
「これが財布……? 触れぬ通貨……?」
「ええ、硬貨も紙幣も作るのにコストが掛かりますし。
私以外に理解出来ないくらい複雑な魔術式なので、ルミナディアでしか運用も使用もできませんが、今のとこ誰もが問題なく使えてますよ」
「お……俺も使ってみたいのだが?」
何故か頬を染めたソルマンがじっと見つめてくる。
「南魔王サマはお客様ですし、支払うところがないですね」
「それではそのIDなるものを買おう!」
「いや、そういうものじゃないんで……」
「クロア、クロア」
オルウェンがそっと寄ってきた。
「こんなこともあるかと思って、テスト用のもの持ってきてるわ」
「オルウェン……天才か……!」
オルウェンがクロアに手渡したのは、最初にテスト用として子供たちに使ってもらったものだ。
中には実際には金銭価値のない、テストマネーが入っている。
気遣いの鬼だ。
この時ばかりはオルウェンの大きなウィンクが輝いて見えた。
「これがこうで……こうです……」
「おお……!」
ソルマンの声とファグロの声を、2つのテスト用IDに認証設定して手渡す。
2人とも腕輪を360度から眺めて、やがてソルマンが腕にはめ、ファグロもそれに倣う。
「すごいぞベノア。ここ数字が浮いているが、これがお前には見えないのだろう?」
「見せません、我が主」
「俺にしか見えないのか……フフ。フフフフ。ファグロよ、金銭を渡すから受け取れ」
「南魔王様。しかと受け取りました」
「ンフフフフフ……金が減ったぞ」
なんだろう、この会話。
道端に立ち止まって、IDを楽しむソルマン。
完全に最新の玩具を手に入れた子供である。
暫くこのごっこ遊びは続き、もういいだろうと思ったところでクロアが腕輪を取り上げた。
このまま放っておくと、永遠に終わらなさそうだ。
「いいじゃないか、もう少しだけ!」
「予定もありますのでー。
ファグロさんには明日本物のIDを渡しますね」
「余所余所しい敬称など付けずに、どうぞファグロとお呼びください。
その深き夜を纏う貴女に、煌めく星のような声で私の名を呼んで頂きたいのです。
北の一つ星のような貴女に呼ばれる度に、この手を幾ら伸ばせど届かぬ、歯がゆい思いに打ちひしがれ、身もだえることが私の———」
長い上に意味がわからない。
「そうですねー。えっとー。次は私の会社———商会の建築製作部門に行きますね」
聞いたフリしてさり気なく流すと、ソルマンから笑いを堪えきれなかった音が漏れて聞こえた。
その瞬間に理解した。
ファグロが面倒だからこそ、使者に選んだということを。




