078 :// 迎賓 -1-
予定していた時刻ちょうど。
ニャスタの通信が開いて、魔導ディスプレイに例の妙に楽しそうで腹立つ顔が現れた。
「お待ちかねの俺だ。元気かね、クロア嬢」
「お陰様で」
通信に映るソルマンの背後に、そわそわするベノアと数人の騎士が見える。
使者は見える位置にいないようだ。
とにかく楽しそうなソルマンばかりが見える。
結局魔扉を渡しに行った際に、あれやこれやと問答して、開通日だけソルマンも視察に来ることになった。
念願のルミナディアに来る日なので、それはもうクロアにとってしんどい意味で気合を入れているのだろう。
「それでは開通しますけどー……準備はいいですか?」
「もちろんだ。言われた通りに鍵も差したぞ」
「では私がそっち行きますね」
クロアが持っていた鍵を魔扉に差すと、コンクリートで埋められたかのような扉に魔術式が黄色く光り、回転する。
ちなみに全種族が使う可能性があるのと安全性の面から、使用しているルミナスは黄色、自然マナ限定にした。
魔術式が消えると、波打つ水銀のようなワープ面が現れる。
評議会メンバーも初めて見ることになるので、驚きや怖がる声が後ろから聞こえる。
ベルガミュアのお陰で安心出来たので、クロアは迷うことなくその中へと入った。
相変わらず、中は何とも表現しがたい灰色の世界だ。
何歩か行けば、すぐ出口。
「お!?」
「ぴゃあああ!?」
外に出た、と思ったら。
人間の顔のドアップ。
戦慄して思わず飛び退く。
(…………!)
灰色の世界で2秒ほど考えて、それがソルマンの顔だということを理解して、横にズレて進んだ。
とぷん、と水銀のような面を波打たせながらクロアは外に出た。
「……そーゆーの、ホントにやめてくれませんかね……!」
「ヒェアーー! これくらいの背丈かと思ったら、ドンピシャだったな」
高らかに、愉快そうに腹を抱えて笑うソルマン。
クロアの額で何かがブチ、とちぎれかけた。
「余裕そうなので、ご案内は不要ですね。
ルミナディアで待ってますんで、さっさと来てください」
苛立ちを隠さずに告げると、クロアは踵を返した。
灰色の世界を抜け、元の扉を出る。
「問題ありませんでした?」
「……うん。別の問題はあったけど、動作はダイジョブ」
クロアの言葉で役目を終えたベルガミュアが、うしろの評議会メンバーのさらに後ろへと下がっていった。
魔扉を前に、南魔国の一行が来るのを待つ。
3分後。
「うわあああ!」
顔を守るように両手をかざしたベノアが、転がるようにして飛び出てきた。
なんとなく、何があったか分かる気がする。
「ベノアさん……」
「あ、クロア様。……失礼」
クロアの声で我に返ったベノアが、何事もなかったかのようにスンと立ち上がって咳払いした。
たぶんあの雰囲気を見るにソルマンに投げられたとか、蹴られたとか、そんなところだろう。
お疲れ様ですと言おうとしたが、場を考えてやめておいた。
国として独立していないとはいえ、ほぼ他国みたいなもののコアメンバーに囲まれた今この状況で、言ってはいけない。
「ちょっと一瞬、戻ります」
「どうぞ」
ベノアが再び、魔扉の中へ消えていく。
そして今度はすぐに、ベノアを先頭にぞろぞろと人が出てきた。
「ほう! ここがルミナディアか!」
「我が主! 抑えてください! 案内されると思いますので、まだ待ってください!」
ベノア、ソルマン、大きな袋を抱えた騎士3人が来た。
テーマパークに初めて来た子供のようなソルマンの腰を、ベノアががっちりと抱えている。
安定の苦労人である。
そしてそのあとにモコゴート20頭を連れた騎士2人が来た。
「南魔王サマ、紹介します。こちらがルミナディア意思決定評議会のメンバーです」
「ふむ、出迎えご苦労。黎明の魔王、南魔王たる俺の尊顔、とくと目に焼き付けることを許可す。特別に絵画にしてもいいぞ」
「あ、別にそれは結構です」
先の件があるので、虫の居所が悪いクロアはスッと遮った。
「なに!? 俺は歴代の全魔王の中でも最高の頭脳を持つ上に、抱かれたい男順位殿堂入り、肖像画購入累計数歴代一位の美丈夫と言われているんだぞ!?」
絶対に当社比である。
「貧相なルミナディアの街に是非とも俺の絵画の一つや二つ、欲しいだろう!?」
「ウチには絵画より素晴らしい彫像みたいな人がいるんで大丈夫です。そんなことより」
「そんなものいるわけが———」
チラ、と動いたクロアの視線を追うソルマン。
その目が遥か先にいるベルガミュアを捉えると、ガクリと膝をついた。
「いた……」
遠いところにいるのに、ベルガミュアがむっとしているのがわかる。
(すまない、ベルガ……。ちょっとした復讐になったよ、ありがとう)
心の中で合掌した。
「な……なん……と……ッ!?」
不意に聞き覚えのない声がして、振り返る。
見たことがない男が、大きく目を見開いて肩を震わせている。
緑の髪をした20代後半ほどの男で、目元にふたつの泣きボクロがある。
(コイツが使者?)
と思った矢先、その男はビュンとロケットのような素早さでベルガミュアのもとへ。
立ち尽くすベルガミュアの足元で急ブレーキして、恭しく膝を折り、頭を下げた。
「嗚呼8つの崇高なる神々よ、貴方がたは何と恐るべき所業を為すのだろうか!」
バッと両腕を広げて、天を仰ぐ男。
呆気にとられて、全員がただそれを見つめた。
「これはそう、試練に違いない……神々よ、私は貴方がたを憎みます……!
だが! 私は! 乗り越えよう!
我が目を潰さんとする彼女の美貌に、この身を焦し、それでも捧げてみせる……!
どうか、美しい声で貴女の名を告げて頂けないでしょうか、マイレディー」
男がベルガミュアの手を取ろうとして、さっと避けられた。
ベルガミュアが害虫、あるいは親の仇を見る目をしている。
その何か出ているような視線で、虫くらいは簡単に殺せそうだ。
「私は女ではありません」
固まる男。
何故か真っ白に見える。
10秒以上経ってから、その男は無言で立ち上がり、無言でこちらへと戻ってきた。
「……なんだっけ。彼は歌劇俳優か何かで?」
「ファグロ・ドーラスト男爵だ。今回、使者としてそちらに託す男だ」
理解したくなくて、クロアはソルマンの言葉を頭の中で5回は反芻した。
(……えええええええ!! 使者コイツかよぉぉおお!!)
見なくてもわかる。
おそらくルミナディア評議会の全メンバーが、同じことを考えている。
何故南魔国には濃い奴しかいないのか。
「……南魔国って、キャラが濃くないと爵位貰えないルールでもあるんですか?」
「それはいいな! 次の会議の議題に入れておいてくれ、ベノア」
「我が主。せめてルミナディアのことに集中してください、今は」
ベノアがソルマンを抑えている間に、例の使者がクロアのもとへやってきた。
ベルガミュアにしたように、クロアにも恭しく膝をつく。
「失礼致しました。ファグロ・ドーラストと申します。貴女がクロア嬢ですね。
南魔国の使者として参りました。どうぞ気軽に、ファグロとお呼びください」
バチン、とウィンクされたと思うと。
さっと手を奪われて、手の甲にキスされた。
内心凍り付くクロア。
「……どーぞ、よろしく……」
頑張って挨拶の言葉を絞り出せた、自分を褒めたいと心から思う。
スタートから、かなり先行き不安だ。




