077 :// 沼男
迎賓館は内装混みで完璧に仕上がった。
出迎え日の食事メニューも決めた。
住民への様々な通達も、複数回に渡って終えた。
クロア自身の詰め詰めになっていたスケジュールもあけた。
周りの連中のいびき、特にオルウェンのものがうるさい中、クロアは考える。
(大丈夫……だよね……もうやり残しはない……ハズ…………)
来たる日を前に、思考がぐるぐるする。
大学入試の前日もこんな風になったな、なんて思考の端で思い出した。
(あとは魔扉か……)
魔扉はすでに1つを南魔国に渡していて、設置完了している。
あとは明日こちらのものとリンクさせるだけだ。
(上手く行ってくれればいいけど……。いや、ベルガだから大丈夫でしょ……)
微妙な不安が押し寄せてきて、クロアは首を振る。
(いや、ダイジョーブ! むしろどこでも行けるドアで、ソルマンをビビらせてやりたい……あ)
どこでも行けるドア。
故郷で誰でも知っている、ピンク色のどこでも行けるドア。
それにまつわる、とある話を思い出した。
途端に、別の不安が押し寄せてくる。
(いやいやいや、ダイジョーブ! 早く寝よ! 変なこと考えてる場合じゃない!)
■□
「———なんですか? その顔」
「へ?」
南魔国の使者を迎えるのは、ルミナディアの中央広場。
ルミナディア中央から離したエリアに“魔扉駅”という施設を作る予定だが、今はまだ建築中であることと、使者を迎える上で中央エリアに近い方がいいということで、今日のみ中央広場に設置した。
そろそろ待機時間になるため中央広場へ向かったクロアは、魔扉の最終確認をしていたベルガミュアと顔を合わせた瞬間に、ドン引きされたのだった。
「顔ってなに?」
「……徹夜でもしましたか? 目が犯罪者並みにギラギラしてますけど」
「うっ……」
バレた。
余計なことばかり考えて、実は全く眠れなかった上に謎の疲れを感じていることに。
「これから使者を迎えるのにそんな状態で、大丈夫ですか?」
「ダイジョーブ、ダイジョーブ……なんだけど……その……。
うーん……どうしよ……」
「?」
考えまくってしまう“余計なこと”。
ベルガミュアに聞けば答えがわかる気がする。
しかし真実は知らない方がいいかもしれない。
でも気になる。
ぐるぐると回る思考に、クロアの目もぐるぐるしてきた。
「聞きたいことが……あるよーな…………でもやっぱ聞きたくないよーな」
「面倒なので早く言ってくれませんか」
ベルガミュアの冷たいまなざしがグサリと刺さる。
あまりのドストレートアタックに心が砕け、渋々クロアは話すことにした。
「あのさー……魔扉のことなんだけど。
もしかして———毎回通るたびに、死んでたりしない?」
「…………はぁ?」
冷徹ドストレートアタック2回目。
クロアは口から何か出そうになりながら、慌てて説明する。
「私の世界で、瞬間移動にまつわるスワンプマンって話があってさ。
例えばこの魔扉でルミナディアから南魔国へ行くためにスワンプマンって人が通る。
すると何が起きるかって、魔扉を通った瞬間にスワンプマンが原子レベルに分解されて死ぬ。
そして代わりに南魔国の魔扉の前に、スワンプマンと原子レベルで100%同じに再構成された第二のスワンプマンが生まれる。
もちろん記憶や意識すら引き継いでね?
そのとき、旧・スワンプマンと新・スワンプマンは同一人物と言えるのか? って話なんだけど」
クロアの説明に、ベルガミュアは目をしばたたかせる。
「…………クロアの世界は、突拍子もないことを考えますね……」
「魔法がないと、そーなるんだよ!」
「哲学ですね……」
うーむと考えるベルガミュアに首を振る。
大事なのはそこではないのだ。
「スワンプマンの話はそこまでだけどさ、大事なのはここからだよ。
原子レベルに分解されるスワンプマン、痛くない?
死ぬんだから、意味わからないレベルの超絶な痛みとか感じてない?
もしかして……旧・スワンプマンは、扉の向こうで新しい自分が生まれるのを見ながら、置いて行かれるような気持ちで自分は分解される痛みに悶絶して消滅してるんじゃ……?」
想像するだけで怖い。
言っている間に血の気が引いて、クロアはぶるりと身を震わせた。
「なるほど。それで魔扉が怖くて眠れなかったんですね」
「そーだよぉ! もしかしてこれからソレ通る私、すんごい痛い思いするのかもしれないじゃん!?
どう足掻いても私、新・クロアさん側じゃないじゃん!?」
クロアが涙をにじませて訴えるが、ベルガミュアは相変わらずの無表情のままだった。
「結論から言えば、その心配は必要ありません。魔扉によるワープはそういった仕組みじゃないので」
「……ホント? ホントにホントのホント?」
「……面倒なので簡単に説明しておきます」
ベルガミュアが小さく溜息を吐いた。
おそらく説明するよりも、クロアの方が面倒だと思われている。
「この世界の仕組みについて以前説明したこと、覚えていますか?」
「世界の仕組み?」
確か最初に魔術講座をしてもらった時に、聞いた気がする。
『魔術の話の前に、簡略化した前提の話をしますね。
この世界は、物質次元と精神次元の2層構造によって成り立っています。
私たちがいて、今見えるこの世界が、物質次元です。
精神次元はこの物質次元に重なって存在しますが、通常の状態では触れたりはおろか、見ることも出来ない世界です』
『そこにあるけど見えない世界』
『精神次元は“存在”の世界で、あらゆるものにまつわる、あらゆる情報がある、と思って貰えれば大丈夫です』
「物質次元と精神次元のこと?」
「そうです。
私たちは物質次元に生きる物質生命なので、精神次元には入れません。
ですが物質次元と精神次元の間には、膜状の狭間があるんです。
そこになら、物質状態を保ったまま入ることが出来ます。
これを利用したのが魔扉による瞬間移動です」
「……ってことは、分解されてない?」
「そうです」
「よかったぁ……」
心底安心して、何か溜まっていたものを大きく吐いた。
杞憂で本当に良かった。
もしこれで肯定されていたら、二度と魔扉が使えなくなるところだった。
「……待てよ? それってもしかして、時間移動も出来ちゃうってこと?」
「いいえ。確かに精神次元には時間概念がないので、理論上は出来るはずですが……成功例はまだありませんでした。
一人の学者が過去に行く実験を非公式にやりましたが、帰ってこなかったらしいですよ。
目的地にたどりつけず、精神次元に閉じ込められたか、消滅しただろうと言われてました」
「こっわ! そんな危険な実験しちゃうの!?」
「もちろん危険性の高い実験は、法律で禁止されてますよ。
ですが魔術の研鑽は、法律を無視した学者たちによって築き上げられたものですからね……。
法律では彼らの熱意まで止めることは出来ないんでしょう」
「Oh、マッドサイエンティスト」
自分に降りかからない話なので、ちょっとしたドキドキの都市伝説でも聞いた気分だ。
知的好奇心をくすぐる不思議な話には、ロマンがある。
「2人とも早いわね」
「さっすが、準備万端なのね~!」
シルフェアナとオルウェンが連れ立ってやってきた。
気付けばうしろにバリランとバーチェークもいて、各々で時間をつぶしている。
「おっと、そろそろ時間かー」
歴史的な時間がまもなくやってくる。
クロアはごくりと息を呑んだ。




