076 :// 治水と思わぬ収穫 -2-
ダム工事が終わり、南魔国の使者対応に奔走しているうちに一か月が過ぎた。
そろそろ巨大なコンクリートが全て乾燥したと思われる頃合い。
つまり作業のために移動させていた川を元に戻せば、真の完成だ。
「別に今日はみんな来なくてもよかったのに」
「オレ今日は休暇にしたから、ただの散歩だもんね」
「ボクもボクも~」
「いいじゃあないか、クロア。みんな自分たちで作ったもんが気になるってもんさ」
今日に関しては報酬もないというのに、全く。
と呆れてみせたが、実は内心気持ちが分かるクロアなのだった。
こんな巨大なものを作ったことは人生初めての経験で、きちんと機能するか不安と期待の入り混じった変な気分。
なんなら試しに大雨が降ってほしいと不謹慎なことすら思ってしまう。
大した作業はないので、仕事として呼んだのはバーチィールだけだったのだが、何故かあの時の8人全員が揃ってダムを見上げていた。
「それじゃ、まずあの土壁を壊」
「オレやるー!」
「あ」
川の流れを変えるために作っていた、元の川をせき止めた土壁。
クロアが言い終わる前に本日無給のヒィースがピョンと飛び出し、その勢いのままに蹴りで粉砕した。
開いた穴から水が放出されて、皆の足下を濡らした。
「冷たッ! 真ん中だけじゃなくて、ちゃんと端っこも壊してよー!」
「なんか思ったより硬かった」
「そりゃー水圧あるからね……よっと」
水が来るので岸によじ登って待避する。
「バーチィール先生、お願いしまーす」
「あいよ、【空気銃】!」
大きく胸を膨らませたバーチィールが放つ巨大な空気砲2連発。
鈍い音を響かせて、土壁が決壊した。
水が溢れ、元の川の流れにそって流れ出し、ヒィースとトゥルエルの2人が水と疑似追いかけっこを始めた。
完全に楽しんでいる。
「土壁破壊、ヨシ。じゃあ今度はこっちを私が———【認識魔術】起動」
二股になった川の分岐路に立ち、認識魔術を起動するとクロアの瞳は淡く青色に発光した。
意識を魔術ライブラリにスイッチする。
「【建設魔術環境】有効化———座標指定OK、形状指定OK、硬度設定OK……」
3D座標で次々に必要項目を指定する。
「【固定】。【土壁】」
仮の川の入り口に、まるで機械で切り出したかのような綺麗な表面の土壁がせり上がる。
二股になっていた川の水は流れを妨げられ、綺麗に元の川へと形を戻していった。
「チャームが作った壁みたいに、キレーなもんだねェ」
「すごいよねー。故郷で欲しかったよこの技術。……じゃ、ダムの具合を見に行こっかー」
流れ出した水とともに歩き、すぐ近くに建設したダムへ足を運ぶ。
水と追いかけっこしていた2人がダムを見てわーきゃーとはしゃいでいる。
「見ろよクロア! ちゃんと流れてるぞ」
「いいねいいね~」
2人に呼ばれてダムの前、ダムのうしろ、とぐるぐる見てまわる。
出来上がったダムは川をせき止めるような形をしているが、水中にある穴が水流を妨げることなく水を受け流している。
「おお~すごいもんだねー」
「クロアが作ったのに、人ごとだなぁ」
故郷のクオリティ感覚だと細部がまだまだだが、知識も技術もない素人が作ったにしては充分だろう。
「強度テストやるよー! みんな離れてー!」
クロアが声をかけると、皆が蜘蛛の子を散らすようにダムから離れた。
少し離れた高いところで各自待機する。
そしてクロア自身もダムから離れ、川上に距離をとる。
「それじゃ行くぞー! 『流せ【水流】』」
ドオオオオオオ!!
伸ばした手から、洪水のような水が溢れる。
「やば、出過ぎた!」
思わぬ洪水に、慌てて手をしまう。
もう魔法は出きってしまっているのでその行為に意味は無いが、背中から冷や汗がぶわりと出る。
原魔法は調整が難しい。
初級魔法なのに数人は軽く飲み込みそうな水流が川に合流して、ダムへと向かって行く。
全員が固唾をのんで見守った。
ザッパァアアアアン!!
ダムのコンクリート壁に思い切り水がぶつかり、飛沫が散る。
行き場をなくした水が跳ね返り、うねる。
やがて水面は静かになった。
「……耐えてる!」
「ふいー焦ったー……! ニャスタ、どう?」
ダム入口側の水位がかなり上がったが、ヒビが入ったり崩れる様子はない。
ニャスタのスキャンでも問題なかったようで、〇のマークを出してくれた。
「ヨシ! ダム完成ー! みんなありがとねー!」
「やったやった~!」
「オレらのダムだー!」
「みんなお疲れさん」
集まった8名に、謎の感動タイムが走る。
ハイタッチしたり、互いにねぎらい合う。
「さーてミッションクリアだねー。あとは魔獣でも狩りながら帰ろー」
ふう、と大きな安堵の溜息を吐くと、ニャスタがつんつんとクロアの肩をつついた。
「なーにニャスタ。どこか不備でも……ん……?」
ニャスタが示す方は、川上。
なだらかな川の斜面の先に、違和感がある。
本来の水面ではなく、なにかもこもこと多数の膨らみがあり、妙に青いような。
「……泡?」
「なになに~?」
クロアに気付いた半獣族も、一緒になって川上を見る。
楽しげだったのもつかの間、愉快な雰囲気だった半獣族が真顔になる。
「……ヴォジャノーイの大群だー! 逃げろ-!」
「えっ!?」
高らかな声に、皆が川下へと走り出す。
皆が駆け出すので、クロアも釣られてわからぬままに走り出した。
「なに!? 魔獣!? 強いの!?」
「いや、クッソ弱い!」
ヒィースが答えてくれるが、なぜか妙に顔が深刻である。
「じゃあなんで逃げるのさー!?」
「アイツら威嚇液がクセーんだよ! 洗っても取れねー!
女衆にクッソ怒られるんだぞ! しかも食えねー!」
本当に妙に深刻な顔。
たぶん何度もめちゃくちゃ怒られたことがあるヤツの顔だ。
「まぁ確かにもう帰るだけか……って待て!!」
ダムも完成して余韻に浸っていただけなので、もうこのままルミナディアへ撤退しても問題無い。
そう思ったが、様子を窺おうと振り返ったところ。
「アイツら私のダムに何してくれてんのじゃー!!」
出来たてのグレーのダムが、焦げ茶色になっている。
見ればヴォジャノーイたちが吐くものがダムを汚している。
「ほっとけよ! 威嚇液は毒とかないぞ!」
「嫌だー! 出来たてほやほやなのに、許すまじ!!」
クロアはキキーっと急ブレーキをかける。
そして来た道をダッシュで戻る。
「【戦闘魔術環境】有効化! んーーーーー」
よく使用する雷線砲を使用しようと思ったが、ここは水場。
水を伝って自分も被弾する可能性が高く、何の魔術を使うか逡巡する。
この迷いがいけなかった。
「プー!」
ヴォジャノーイの鳴き声。
音の鳴るクッションのような可愛い音だが、その声と共に一斉に放たれる威嚇液。
シャボン玉のような小さな丸いものがクロアに集中砲火。
「わーーー!!」
気持ち回避の動きをしたものの、おそらく7割以上が当たった。
全身茶色い液体まみれになって尻もちをついた。
「何やってんだい!」
戻ってきてくれたバーチィールがクロアの前に立ち、槍斧でヴォジャノーイを薙ぎ払う。
だがヴォジャノーイたちはふわりと大斧をかわしてしまう。
まるで水風船のように、ケガすることなく大斧の風圧でポヨンと飛ばされる。
「コレだからヴォジャノーイは面倒なんだよ……オマエら、全員戻ってきな! こうなったら退治して帰るよ!!」
バーチィールのイラついた太い声が響き、耳を貫通した。
近くの木が揺れた気がしたが、たぶん気のせいだ。
「姉さんの命令だ、仕方ねえ! やんぞー!」
「クッソ面倒だが、しゃあねー!」
「やれやれ~!」
さすが半獣族。
皆かなり先まで行っていたのに、あっという間に戻ってきた。
各々の武器を手に、大量のヴォジャノーイに向かっていく。
(…………あれ?)
尻もちついていたクロアは身を起こし、立ち上がる。
顔にも付いた茶色い液体を服の袖で拭い、確かに臭いと認識した時。
ふと何かを思い出しそうになる。
(なんだっけ…………なにか…………思い出しそうな…………)
最近ではない。
昔、このニオイをよく知っていた気がする。
何だっけ。
何かが違うが、かなり近いものを知っている。絶対。
唸り、考え、ひらめいた。
「……そーだ!!」
びちょびちょの服を絞り、茶色い液体を手にのせる。
そこに指先を入れて、ぺろり。
そのよく知った味に、クロアの頭へ雷が落ちた。
「———ストーップ!!」
バーチィールには及ばないが、全員の耳に届くだけの声に、皆が数歩退避する。
「なんだいクロア!?」
「ヴォジャノーイは駆除ダメ、絶対!」
「じゃあどーすんだ!?」
「生きた状態で捕まえる! コイツらみんな、ダムに集めるように動いて!」
「言うからにはなんかあんだな? 了解!」
「はいはい~!」
言うや否や、皆がダムを背にする。
攻撃はするものの、当たらないようにしつつダムへ引き寄せていく。
一方クロアは移動して、ダムとヴォジャノーイの全貌が見える位置を陣取る。
「うん———いい位置感。みんなカウントで一斉にダムから退避して!」
皆の了承の声を聞き届け、クロアは魔術式に空間座標をセットする。
「行くよ……3、2、1、退避! 【樹檻】!」
メンバー全員がダムから飛び退くのと同時に、大地から細い木の幹が一斉に生え、檻を組む。
ダムまるごと木の檻で囲むことで、ヴォジャノーイは全て捕縛された。
「キレーに捕まえたが、どーすんだい。コレ」
「ちょっと試したいことがあってさー。誰か1匹引っ張り出してくれる?」
クロアは懐から革袋を取り出して、入れていた飲料水を捨てて口を広げた。
バーチィールが抱えた直径30センチほどの丸くて青い玉のような魔獣、ヴォジャノーイ。
その顔に革袋の入り口を宛がう。
「……威嚇液、出ないかな?」
「押せば出るんじゃねーか?」
誰かの言葉で、バーチィールがヴォジャノーイの頬らしき部分の左右をぐいっと押し込む。
ヴォジャノーイがぶにゅっと潰れ、飛び出した威嚇液が革袋に入った。
「いいね! そいつは檻に戻いといてー」
「いいけど……何をするんだい?」
「まぁまぁ。見てて。誰か適当に魚捕まえてきてくれる?」
「やるやる~!」
一人が魚を捕まえに川へ飛び込んでいく。
その間にクロアは川岸で革袋に指を突っ込み、威嚇液の味を再確認する。
(なにか足りない…………のは、まず塩味だな)
クロアは腰につけたサバイバルベルトをまさぐる。
サバイバルベルトは縫製部門に頼んで有償で作ってもらったバッグで、サバイバルに必要なナイフや調味料などを収納している。
なおこれは今後機能性を改良してルミナディアで販売予定である。
そのサバイバルベルトから出したのは、塩。
軽く一つかみして、革袋に入れて。振る。
そして味見。
それを3度繰り返した。
「まだ別の何かが足りない気がするけど、とりあえずいっかー」
「そりゃあ何してんだい?」
「調味だよ、調味。あ」
「クロア~。とれたとれた~」
ちょうどタイミングよく魚を獲りにいってくれた半獣族が戻ってきた。
びちびちと跳ねる魚には見覚えがある。
「バリアだ!」
この世界に来てから割と早めに食べた魚。
桜のスモークチップみたいな味がして、日本酒を飲みたくなるような味だった覚えがある。
随分久しぶりだ。
感謝して受け取り、ナイフで内臓を出して川で洗ったら、3枚おろしにする。
皮が上手に剥げなかったが、調理用包丁ではなくナイフなので仕方ない。
ボサボサになった身を整え、何枚か刺身状に切り分ける。
近くにあったつるつるした葉っぱを洗い、その上に刺身を乗せる。
その身にさらに、調味したヴォジャノーイの威嚇汁を垂らす。
「出来たー!」
日帰り予定だったのでさすがにカトラリーは持ってきていないので、指でつまんで食べる。
「~~~~~~!!」
コレだ。
「刺身だァァァァ!!」
故郷のそれのような味で、目の端に涙が溜まった。
ヴォジャノーイの威嚇液。
それはクロアの故郷で欠かせない調味料、醤油に近いものだった。
全く同じではないが、減塩というか無塩醤油で、さらに何かを抜いたような味。
塩を足すだけでかなり醤油に近い味になった。
持ち帰って研究すれば、故郷の醤油にさらに近づけるかもしれない。
久しぶりの醤油味。
有無を言わさず、突然別れてしまった懐かしい味。
もう二度と会えないと思ったいたのに、思わぬ再会。
なんだかんだで、結局泣いた。
「クロア大丈夫? 痛い? 痛い?」
「生で食ったから当たったんじゃないか?」
「当たるには早すぎないかい?」
半獣族たちがクロアを見てそわそわする。
クロアは刺身を指差して、食ってみろと無言のままボディーランゲージした。
「生はちょっと……」
いいから食ってみろ。
泣きながら、クロアももう一口食べた。
美味い。
故郷にない魚の味。
とろりと濃厚な甘みが舌に溶けるのに、さっぱりとした魚のアブラ。
ほんのり鼻につく桜チップのような香り。
身はこりこりとして歯ごたえがあり、そこにすっと馴染む醤油。
「んはぁ……」
目を閉じて至福に浸るクロアを見て、半獣族たちもそっと刺身を一切れずつ手に取って。
ついに口に放り込んだ。
「——————!!」
皆が目を大きく見開いた。
彼らもまた頭に雷が落ちたようで、一瞬動きを止めてから思い出したように勢いよく咀嚼した。
大きくごくりと喉を鳴らして飲み込む。
「———みんな、もっと魚を獲りにいくよ! クロアには魚切るの任せるからね、待ってな!」
「うん~」
どうやら皆気に入ったようだ。
ギラギラと鈍く光る眼で皆が魚を獲りに川へと飛び込んでいった。
一人残されたクロアは、まだ残るバリアの刺身をニャスタともきゅもきゅ食べた。
その後全員が満足するまで刺身を食べまくった。
色んな魚の刺身を味わえて、大変に満足した。
ヴォジャノーイはルミナディアで養殖(?)したいことを告げると、そこにいた全員が賛成した。
その後ルミナディアの川に養殖場を作ることとなる。
「醤油ゲットだぜー!!」
クロアが文字通り跳んで喜んだのは言うまでもない。




