072 :// 首都バイエルド -3-
「企画の段階で技術的な意見を聞きたいのだが、それは有料か?」
「んー。今のとこ無料でいいですよ。将来的には有料にしますけど」
「それは重畳だな」
とはいえ、有料にするのはかなり先になるだろう。
ベルガミュア風に言えば、“魔道具”が“魔導具”になった頃。
魔導具はルミナディア自治区の素晴らしいアドバンテージだが、取引先である南魔国自体も、ある程度生活・技術水準を上げててもらった方がいい。
スイッチを押せば火がつくライター程度は普通、くらいの感覚にもなれば、人の欲が利便性に向いてくる。
魔導具以外の技術も伸びやすいというものだ。
(そーだ)
ひらめいた。
「そーなると、今までより頻繁にこっちに来ることになると思うので、提案があるんですが……」
もともと今日この話をするつもりだったのだが、いいタイミングだ。
今話せば、南魔国のための提案のように聞こえる。
「ルミナディア自治区からここへ来るのに、ドラゴンに乗っても1日はかかります。
その移動時間が数秒になったら、いいと思いません?」
「…………まさか、魔導具でか?」
「その通りです。魔扉っていう魔導具がありまして」
「にゃす」
ニャスタが説明用映像を魔導ディスプレイに流してくれる。
「魔導具は2つで対になる扉です。
1つをルミナディア自治区、もう1つを南魔国に置きます。その扉を通れば、互いに行き来が出来るってものです。
ここに扉があるとすれば、扉を開ければその先がルミナディア自治区になるってわけです」
「そんな夢のようなことが、本当に可能なのか……?」
「一部ですが、ルミナディア内で既に使用してますよ」
信じれない、とソルマンが息を吞む。
「この魔導具導入で、我々の取引がかなり簡単になります。
それこそ魔導具開発に関する意見もお伝えしやすくなりますし、運搬の手間が減るので、うちからの仕入れもかなり増えると思います。
今では取引対象外の生鮮食品も取引出来るようになりますし、逆も可能になりますね」
本心ではこっちがとにかく時間節約と楽をしたいだけだが、魔国のためにもなるアピールは忘れない。
「ふむ…………」
「かなり高度な魔導具なので量産出来ない上に、マナ使用量は莫大ですが、マナはうちで賄います」
「やぶさかではないが……色々と五月蝿そうだな」
「そーですよねー。最大の問題点は、国防的な観点ですね」
魔扉の最大の難所がそこだった。
そればかりはいくら南魔王が許可したところで、他から懸念の声が上がるだろう。
「その扉は大きいのか?」
「扉のサイズはそこの扉と同じようなものです」
ソルマンが顎に手を当てて、ソファーに沈み込む。
視線が横を向いたままなので政治的なことでも思考しているのかもしれない。
「一応対策はアレコレ考えたんですけどねー。
一日あたりの連続使用時間を限定するとか。向かう先に鍵が刺さってないと使えないとか。
ただ、うちから提供するモノだから、“ルミナディア自治区が何か仕込んだのでは”って言われたらそれまでなんですよね。
いくら確認して貰ったとしても、中身が理解出来るのはこちらだけだから、結局信頼という不確かな話になるわけで……」
「………………ふむ。そのことに関しては解決策がある」
「えっ」
この返答は想像していなかった。
今度はクロアが驚く。
「我々魔国バルバジールは東西南北で実質独立した4つの国家の連合だ。
ゆえに我々四魔王間での取り決め時には裏切りが出ないよう、ある一族の血統術を使うこととしている。
契鎖という血統術だ」
「血統術……」
「術者が間に入り、この血統術のもとに契約を行う。
するとその契約が破られた瞬間に、破った側は死ぬ」
「こわッ!!」
死ぬってなんだ。
ぞっとしてクロアは身をよじった。
「死ぬってその……どう……?」
「見たことはないが、血を吐いて死ぬらしいな」
「死因は……?」
「血統術だろう?」
何を言っている、とでも言いたげな顔のソルマン。
聞いているのはそういうことではないのだが、文化の違いか。
心臓か脳が爆発でもするのか、毒でも生成されるのか。
死ぬと言っても、吐血に至るまでの体内で何が起きるのかがわからないのが一番怖い。
「つまり最初にウソをついて契約をしたら、その場ですぐ死ぬというわけだ」
「…………確かにそれなら、あらゆる条約に信頼が出来ますね……」
死因が気になって仕方ないけれども、納得だ。
そしてそれなら、周囲を納得させるだけの要因たりえる。
「政治的な部分は俺がなんとかしよう。その後、血統術で俺とお前で契約する。それならば問題はないな?」
「…………ソウデスネ」
本音を言えばその血統術、怖いので使われたくない。
だがさすがに言えないので渋々頷く。
「ハッ!!!!」
ソルマンが、急に目を見開く。
脈絡のない行動に、クロアもびくりと震えた。
「……なんです?」
「………………」
ソルマンはまた顎に手を当てて、膝の上で手を組み、うつむいた。
と思ったら、フフフフと嫌な笑い越えが漏れてきた。
「……気付いてしまったぞ、俺は……」
「なんですか……」
嫌な予感がした。
「その魔扉なるものが出来たら、俺もルミナディア自治区に行けるではないか!」
クロアの思考に、雷が落ちる。
(えええええやだぁ!!)
コンマ1秒で笑顔を貼り付けた。
危うく全力で顔が引き攣るところだった。
「…………可能は可能ですけど。まだ魔王サマほどのお方を迎え入れる環境が、まだ整ってないので」
「ハッハッハッ。こう見えて野営慣れしている。草むらでも眠れるし、食料があれば問題ないぞ」
(えっ泊まる気!? やだやだ絶対に嫌だ!!)
背中を冷や汗がダラダラと垂れる。
こんな歩くイタズラ爆弾みたいな男、泊まりで来たら何が起こるかわからない。
最悪、ルミナディア自治区が滅ぶかもしれない。
そして何より、個人的にそんなに長時間もこの男を相手にしたくない。
ただでさえ忙しいのに、ことさら意味不明な疲労を感じたくない。
「……呪われた地なので、かなり強力な魔獣が出ます。もちろんうちの猛者たちが退治していますが……。魔獣駆除と、南魔王サマを護ることとは少々勝手が違いますし」
「護衛騎士を連れて行けばいいだろう?」
「いや、その……ケガ一つで国交問題みたいになっちゃうんでー……」
ちらりと脇に立つベノアに助けを求める視線を送る。
ベノアは気付いてくれたが、疲れ切った顔で首を振る。
「……本当にまだ南魔王サマなんて受け入れる余裕がないんで……せめてもっと整った頃に……先延ばしにしません……?」
「しかし実際にルミナディア自治区を見ておいた方がいいだろう。
そちらの生活環境や状態のことを全く知らないからな。
知っていればこちらから提案も出来るようになる」
ソルマンが、いつにもまして妙に爽やかでいて胡散臭い笑みを浮かべる。
「それに友好を築いている以上、俺もそちらのことを知る権利がある。そうじゃないか?」
「あーっと……知っていただくのはもちろん歓迎なんですがー……えーと」
マズイと思えば思うほど、いい言い訳が出てこない。
「…………我が主。やはり御身に何かあると、臣下が黙っていません……。
そうなるとルミナディア側が大変なことになります。まずは使者を立てては?」
「使者か」
ついにベノアが助け船を絞り出してくれた。
降ってきたチャンスにぶんぶんとクロアも首を縦にふった。
「その方がいいですね! ベノアさんとかいいと思います!」
「ふむ……ならば折角だ。使者には数週間ほど滞在してもらおう」
「す、数週間!?」
長くないか。
今までのようにドラゴンで移動するのが大変ならばわからなくもないが、魔扉が出来たあとなら用がある度に都度くればいいので、長くて数日でいいと思うのだが。
「半獣族、人族も住まう場所など、誰も体験したことのない場だ。
時間をかけて、じっくり視察してもらう方がよいだろう。
ベノアは忙しいから、別に使者を選出しよう」
「別のというと……こちらとしてはちょっと……。差別とかあると……」
「別種族を蔑むような輩は送らん。安心するがいい。ちょうどいい人物に心当たりがある」
「えーと……」
先程のケモノ臭さが落ちるほど、冷や汗がダラダラと垂れた。
■□
「南魔王様って、クロアの言ってた通り……ホントにその……アレなんだね……」
「アレなんだよぉホント……はぁ……もう疲れたね……」
「うん……」
王城を出て、日暮れ近い空の元。
クロアとシグは2人して大きく息を吐いた。
結局、押し切られた。
友好を盾にされれば、断ることは不可能だ。
ソルマン本人の宿泊は避けられたことは不幸中の幸いだが、使者であっても問題が山積みだ。
仕方なく了承し、その他の細々した話をしてから撤収した。
もちろん王城のお風呂も借りた。
どこかの個室の、個人用浴室だった。
ドレスを用意するだの髪を整えるだの、使用人が群がってきたが全て丁重にお断りした。
風の魔術式【乾風】で、クロアとシグの髪から服まで全て乾かして、来た時の姿に戻ると逃げるようにして出てきた。
使用人たちの玩具を見つけたみたいな雰囲気が、とても怖かった。
さすがソルマンの城。
使用人も主にどこか似ている気がする。
「はぁ……精神過労で死ぬかもしれない……」
「クロアでも緊張したの?」
「そりゃするよー。商談なんてほとんど経験もないしさー」
「だけど、すごく上手に見えたよ?」
「そーかい? たぶん顔だけそれっぽくしてだけだよ」
クロアは故郷では企画部の一番下っ端。
サポートで商談に入ることはあったが、そんなのほぼ同席するだけみたいなもので、自分主体の商談は未経験。
正解が何かも分からないので、まずは何が起きても、さも『わかってる』『計画通り』『問題点なし』という顔をする。
悲しいことにそれしか出来る対策がなかったのだが、それを超えてビックリ箱なのがソルマンという男だ。
本来ならソルマンのソレを上回り、驚かすくらいのところを見せたいが、残念ながら無理だ。
学びたい子にカッコイイところを見せられなくて、むしろ申し訳ない。
「あとで色々、教えてくれる?」
「帰りのルジィの中で復習やろっかー」
予定ではこのあとルジィと合流したら夕飯を3人で食べて、取引商品を持って帰るつもりだったが、まだ日が暮れていない。
待ち合わせまでに、まだ余裕がありそうだ。
「ねぇクロア。時間、あるよね?」
「うん、まだ余裕あるよ」
「あのあたり、ちょっとだけ見に行ってもいい……?」
恥ずかしそうにシグの視線を追うと、商店が連なる通りが見えた。
王城から近く、様々な商店が軒並み並んでいるので、おそらくこの首都バイエルンのメイン商店街だろう。
「ちょうど情報収集もしよーと思ってたから、ちょっとと言わずガッツリ見にいこう」
「本当? 早く行こう!」
目をきらきらと輝かせたシグに引かれて、足早に商店街に向かった。
首都バイエルドのメイン商店街。
かなり広い道路は、もはや縦長の広場ほどの幅がある。
そこに何列も、簡易テントや敷物による小さな店がたくさん並んでいた。
パルマファムは店舗ばかりだったが、こちらは市場のような雰囲気で活気がある。
クロアはニャスタに情報収集をしてもらいつつ、シグと練り歩いた。
シグは柄にもなく興奮気味で、店の商品をざっと見てはすぐに次の店、とずんずん進む。
「何か探しモノでもあるの?」
「え?」
「いや、シグがすぐ次の店に行くからさ? 探してるモノあるなら、手伝うよ?」
ぴた、とシグが足を止めた。
と思うと、その顔、耳まで真っ赤になる。
「ごめん……」
「べつに責めてるわけじゃないよ? どーした?」
うつむくシグの頭をぽんぽんする。
もうすっかりクロアの背を超えて大きくなったが、まだまだ子供だ。
「……て、だったから……」
「ん?」
「その……こういうところ見るの、初めて、だったから……。全部、見たくて……」
意外な言葉に、びっくりする。
「初めて?」
「うん」
初めてなら、先程の興奮具合も納得だ。
クロアはシグの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「シロネの新入りに業務命令。店、商品、人、いっぱい見て、商売についての知見を広めること!」
「……クロア……」
「ヨシ、行くぞー! 続けー!」
ルジィとの待ち合わせ時間まで、この日はシグと店という店を見て回った。
余談だがその日にシグに買ってあげた帽子は片角を隠すのにちょうどよく、本人もいたく気に入った様子。
その後、宝物と言わんばかりに毎日のように被るようになった。




