071 :// 首都バイエルド -2-
ついにやってきた南魔王城は、近くで見ると大きすぎて全貌が見えない。
本城の脇にも塔やら何やらあって、観光だけで数日掛かりそうだ。
馬車を降りてからも、結構歩く。
庭園を歩いたが、これまたすごい。
洋風の庭園なんて初めて、ではないが、パルマファムの伯爵邸では観てまわるどころではなかった。
田舎者丸出しでキョロキョロしながら歩いた。
ルジィは道行く人何人かと挨拶を交わしていて、本当に常連だ。
と思っていたら、そのうちの1人の貴族であろうご婦人に誘われて、お茶会へ行ってしまった。
商談にいて貰ってもつまらないだろうから、と待ち合わせを決めて見送った。
「こちらが本城です。これから魔王執務室へご案内致します」
「広いと目的地まで大変ですねー」
「これでも狭い方ですよ。特に北魔国と西魔国はこの本城の倍以上はありますよ」
「この倍以上」
移動だけで無駄な時間が掛かって嫌だなと思った。
ルミナディアはもっと要らない部分は省いて効率化を目指していこうと心に誓った。
「シグ、もうすぐ南魔王サマと会うけど、心の準備はいい? 私の教え、覚えてる?」
「うん。笑い声にビビらない、嫌がらせにビビらない。良いところは顔だけ。大丈夫」
「ヨシ」
「正解ですけど、一応補佐官の私に聞こえないように言ってくださいね」
案内された大仰な扉の前で止まる。
「こちらが執務室です。……あ、こちら側へどうぞ」
先に部屋へ入れる位置へ促され、移動するとベノアがノックする。
そして分厚い扉が開き。
「……失礼しますッ!!」
カンカン、と木を木で叩いたような音が後ろでしたと思ったら。
ふぁさ、と頭に何かを振り掛けられた。
「粉?」
頭に触れて、それが何か確認しきる間もなく。
メェエエエエエエエエエエエエエ!!
ドドドドドドドドドドド!!
色んな音がして、もこもこの何かが押し寄せてきた。
状況を把握する前に、もこもこに包まれて身動きが取れなくなる。
「なになになになになに!? うわあ!?」
べろんべろんべろん。
ぬるぬるした舌が頬に、鼻に、頭に。
「うえええ……なにコレ……羊!? くっさ!!」
「クヒァーーー!! 華麗に当たったな! ベノアよくやった!」
聞き覚えのある、不愉快な笑い声。
未だ混乱する思考で、大体何が起きたかを理解した。
「我が主……さすがにどうかと思います。クロア様……あの、今回も誠に申し訳なく……」
「見ろあの顔!! 酸っぱいもの食べたみたいな顔!!」
「こ、の、クソや……!! どーゆーことだコレはぁ!! う、うわぁあああ」
謎の白いもこもこを押しのけ、しかしやはり再度飲み込まれ、ついに敬語を忘れて叫んだ。
なおも舐められ続けるが、もこもこの合間から見えたドヤ顔の魔王は、それはそれは愉快そうだ。
「ルミナディア自治区には家畜がいないということだったな?
このモコゴート30頭、俺からの贈答品だ。ありがたく受け取るがいい」
「あ゛あ゛あ゛あ゛り゛が゛……あ゛あ゛あ゛死゛ね゛え゛え゛え゛」
「ヒィアーーーーッヘェ!! あいつ!! ついに本音を言ったぞベノア!!」
「我が主、さすがにレディーにすることではありません……お詫びした方が」
それはそれはもう、カオスだった。
「それで。あのもこもこたちは貰っていって良いわけなんだな?」
「ああ。一度で連れていけないなら、複数回に分けて連れて行くがよい」
「あと風呂とか、このあと使わせてくれるんだろうな?」
「仕方ないな、よかろう」
「仕方なくねーんだよ!! オマエのせいで異臭騒ぎだよ!!」
バンとクロアが机を叩くと、相変わらず楽しげにソルマンは腹を抱えた。
一度あのモコゴートという白い野獣はご退室頂いた。
その後詫びまくるベノアに濡れタオルを貰い、舐められてべちょべちょの顔と体を拭いた。
舐め地獄に至ったのは、頭に振りかけられた粉、あれがモコゴートに興奮作用のある大好物らしい。
マタタビを振りかけられてネコの群れに投げ込まれたようなものだ。
だいぶ経って気付いたが、シグも例の謎の粉を振りかけられてべちょべちょにされていた。
声ひとつあげず、真っ白になって硬直していたらしい。
まだ心が戻ってこないようだったので、さっとシグも拭いておいた。
なお、拭く程度では抑えきれず、まだケモノ独特の生臭さが漂っている。
今すぐにでもシャワーを浴びたいが、ソルマンのスケジュールの問題で後回しにされた。
モコゴートという羊とヤギとアルパカを足して3で割ったような野獣は、見返り無しのプレゼントだということだった。
しいて言えば、この嫌がらせを楽しむことこそがソルマンにとって見返りになるそうだった。
本当に腹が立つが、素直に貰うことにした。
モコゴートは乳も飲めるし、肉もそこそこ美味しい、毛も使えて、性格も穏やかなので魔国では人気の家畜野獣だそうだ。
確かにルミナディアに必要なもので、なんだか悔しい。
まだ臭うが、魔王執務用の机の前にある、接客用らしきテーブルとソファーのセットに案内された。
クロアはふて腐れながら座り、事前に言っておいた通りシグはその後ろに半ば放心状態で立った。
(油断した……)
ヤツとしてはささやかなイタズラなのだろうが、された側としてはトラウマレベルだ。
分厚い舌に舐められすぎて、溶けて無くなるかと思った。
あとまだくさい。
威嚇顔のクロアに、ベノアがすっと書類を差し出した。
「限界に挑戦してますので、こちらでどうかお許しください……」
「………………」
差し出された書類をすっと受け取る。
そこには前回、販売を要求したものの名前が並び、個数と金額が示されている。
(———【認識魔術】起動。ニャスタ、パルマファムのデータと比較して)
網膜ディスプレイが視界を覆う。
書類の金額の隣に、プラスマイナスと数値が表示されていく。
「……ベノアさん、ペン貸してくれます?」
ベノアは脇の棚から羽根ペンとインクを出して、クロアの前に置いた。
不慣れなペンで、書類に数字を書き加えていく。
パルマファムより高額なものが2つあったので、パルマファム価格に。
さらに、問題ない価格だがいくつかの商品には値引いた価格を。
「———ヨシ。こんなところかな」
紙をくるりと回転させて、向かいに腰掛けるソルマンに指で差し出した。
ソルマンは無言で受け取り、数字を見ていく。
「———この2つは、記載違いがあったようだな。失礼した。そちらの提示価格で問題ない」
「……そーですか」
「おや? 何か不満でも?」
「別にー」
口元にうっすら笑みを浮かべるソルマン。
(絶対わざとだな、このヤロー)
この胡散臭い笑い方、間違いない。
間違った数値を入れて、気付くかどうかを見ていたに違いない。
念のためにニャスタに計算して貰ってよかった。
これを逃したら、今後もさりげなく値上げした商品を売られるところだっただろう。
「しかし、その他のものは適性価格だが?」
「建材の一部、紙、調味料、その他モロモロ。
つまり安定して消費するモノなので、これらは今回だけでなく、向こう2年は定期購入します」
「ほう?」
「支払いは都度払いにさせて貰うけど、ある程度大きい収益が安定して入るのは、そっちにもメリットあるんじゃないですか?」
「なるほどな。ベノア」
ソルマンがベノアに書類を渡す。
ベノアは書類に目を通し、ソルマンとひそひそと会話する。
苦しそうな顔をして首を振っているが、ソルマンに何かを言われると渋々頷いた。
「よかろう。これで取引成立だ」
「どーも。それじゃ運搬はルジィに頼むとして……こちらからは納品ですね」
持ってきた革製のバッグを開く。
「サイズSのNO.1から3が5セット、MのNO.1から3が5セット、LのNO.1から3が1セット。確認してください」
「これが……。確かに最高級の朱色だな」
鮮やかな赤色の直方体を並べていく。
ソルマンがその一つを手にとって、光を透かしてみたり、爪でこんこんと叩いてみたりしている。
これは最初にソルマンに提案した、規格化魔鉱石の現物だ。
作り方はこうだ。
ルミナディア自治区に生えている手頃なルミナスを持ってくる。
黒い状態のルミナスはベルガミュアが触れないので、ニャスタがベルガミュアの手となって固定し、あらかじめマニピュレーターで設定した形にカットする。
カット後はニャスタが不要なマナを抽出する。
不要と言っても魔族に使えないだけで、ルミナディア自治区にとってはエネルギー。
もったいないので、ニャスタには吸い取ったマナはイニティムスのマナプールに入れて貰っている。
つまり具体的には、ニャスタがもにょもにょとルミナスを抱えながらイニティムス地下に向かい、注入口に数分座る。
これだけで完成だ。
1本作るのに、10分程度。
本当に素晴らしい金の成る木である。
ちなみにあの鎧の手のような、ベルガミュアのマニピュレーター。
今までに見たのは、ミスリル片に対して指からレーザーのようなものが出て魔術式を刻印する姿だけだったが、今回すごいものを見た。
ルミナスの上にマニピュレーターをかざすと、手の甲からディスプレイが出て、ベルガミュアがそれを操作する。
すると手の下にあるルミナスが、一気に目的の形に切断された。
ものの1秒で。
縦に切って横に切って、をイメージしていたクロアは、目玉が飛び出してどこかに行ってしまうかと思った。
ベルガミュアが言うにはマニピュレーターは骨董品らしいが、超絶未来技術である。
そもそも鎧の手みたいなものなのに、どこに記憶領域があるのかも謎だし、どういう理屈で日頃は腕輪になるのかもわからない。
質問したら、とてつもなく面倒くさくて難解な解説が返ってきそうなので諦めた。
魔導具技師を増やすためにマニピュレーターの解析と複製を頼んでいるが、時間が掛かるのも頷ける。
そんなくだりを経て加工して貰った規格ルミナスは、9種類。
サイズSが携帯するタイプの魔導具向け、サイズMが設置型の魔導具向け、サイズLが邸宅設備などに使用する大型魔導具向け、といったところだ。
マナ純度と含侵率が高いので、サイズSのルミナスを使用したライターの魔導具を毎日数回使ったとしても、3年は持つらしい。
故郷の100円ライターは毎日使えば頑張っても数カ月しか持たないと思われるので、脅威の長持ちと言える。
「確かに受け取った。ベノア、明日魔道具師たちを王城に呼べ」
「承知しました」
「ちなみに、このルミナスの流通計画はどんなです?」
「魔導具師を8人選定した。その魔導具師たちと私の部下で南魔国直属の商会を立ち上げる。
ルミナス使用の魔導具の作成と商品展開は、王家主導で進めるつもりだ」
「なるほど……」
そうなると、規格ルミナス使用魔導具の普及速度は王家商会次第ということだ。
王家の商会ともなればブランド化され、ある程度値段は張るだろう。
それよりも王家にはルミナス単体で販売してもらい、民間魔導具師に自由に作らせた方が低価格で速やかにルミナスが浸透するので助かるのだが。
その方がルミナスの価値も安定するし、こちらも儲かる。
(……いや、こっちの手が足りないうちはいいか……)
「何かあるか?」
「いや、なんでも」
ルミナス量産態勢が出来たら、でいいだろう。
すっと出かけた言葉をひっこめた。




