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070 :// 首都バイエルド -1-

 ルミナディア自治区発足から、あっという間に時間が過ぎた。

 特に大きな問題もなく、最近のルミナディアは安定している。


 株式会社シロネ商会として雇用したメンバーも仕事に慣れてきたし、住民もルミナディアの経済システムに慣れてきた。

 すぐに破産状態になって泣きついてくる者が1人くらい出るかと思っていたが、なんと1人もいない。


 よく考えると、散財するようなものがルミナディアになかった。

 破産者ゼロは当然だ。


 南魔国から少しずつ必要なものを仕入れているが、まだまだ嗜好品には手が伸びていないのが現状である。

 酒だけは定期的に仕入れているが、運搬出来る量の問題で、ルミナディアで一日あたりの消費量を制限している。

 なので、酒で散財も出来ないようになっている。


 そんな状態なので、逆に貯金が増えることがゲームのような存在になりつつあるようだった。

 予想に反して特に半獣族の多くが、毎日のように稼ぎと消費具合をニャスタに聞いているらしい。

 増える金額を見るのが楽しいようだ。


 半獣族は慣れない文化でストレスを溜めると予想していたが、今のところ大丈夫そうだ。

 相変わらず四則演算は苦手そうだが、それは追々でいいだろう。






 そんなこんなで、ルミナディアは数日くらい放っておいても大丈夫そうだ。

 良いタイミングなので、ルジィに乗って南魔国の首都バイエルドに向かっている。

 ちなみにもちろん、天然強力魔獣避けであるクロアが不在になるので、ルミナディア防衛に人員も割いておいた。


「シグ、緊張してる?」

「……ううん。大丈夫」


 あれから評議会により承認がおり、シグは無事にシロネの見習いアルバイトになった。

 日頃からクロアについて回ってもらい、物の運搬や補充など、簡単なところから手伝って貰っている。

 本人の希望もあって、今回の商談にもつれてきた。


 ルジィの腹袋の中。

 シグは芳しくない表情だ。


(自分が迫害された一因、魔族の住む国……思うところでもあるのかなー。あるだろーなー)


 シグから魔族への思いを聞いたことはない。

 ルミナディアで見ている限り、魔族にも半獣族にも同様に接しているので露骨な恨みなどはないと思うが、少し心配だ。


『そろそろ降りるよーん! 準備してねー!』


 ルジィの声が響く。


「はいよー。あ」


 返事をしてふと気付いた。


「シグ、すごいマズイこと思い出した」


 今日はキャッチャー(バーチェーク)がいない。

 みんな仕事で忙しいので、クロアとシグの二人で出てきたのだった。

さっと血の気が引いた。


「……いい? ルジィの壁はふわふわだが、顔面で受けるとかなりヤバイ。背中で受けるんだ」

「なんのこと?」

「そうだ! 背中で受けるとき、壁を叩けば衝撃を逃して? 受け身になるかもしれない!」

「受け身って?」

「すごい高速で飛んでるから、慣性の法則でででででええええええええええええ」






 青い顔で、クロアとシグは降り立った。


「2人ともへたっぴ~!」

「…………クロア……ああいうのは、次からはもっと早く言ってね……」

「うん……ソウダヨネ……」


 申し開きはない。

 誠に申し訳なさでいっぱいだ。

 ルジィ着地対応用の魔術を早急に組もうと思った。


「ようこそクロア様。お待ちしておりました」

「ベノアさん。お待たせしちゃいましたかね」

「いえ、お気になさらず」


 地上へ降り立ったばかりのクロアたちの元へ、南魔王補佐官のベノアが騎士数名を連れ立ってやってきた。

 クロアたちは首都へ入る許可証を持っていないので、首都から少々離れた場所で待ち合わせをしていた。

 空を飛ぶドラゴンを見つけて、着地地点まであちらから来てくれたようだ。


「にゃす~う!!」

「ぶべ」


 ベノアの後ろの騎士の腕から白いふわふわが飛び出してきて、クロアの顔面にびたーんと当たった。

 顔面に張り付くソレをベリベリと剥がす。

 さも“寂しかった”と言わんばかりに涙を流すニャスタ。


「ハイハイ。よく頑張ったね」

「にゃすぅ」


 クロアが指先から出したマナアメを泣きながら頬張るニャスタ。

 どうやら満足らしく、涙が止まった。

 いつもクロアについている3匹のニャスタが、そのマナアメで頬が膨らんだニャスタを囲んで会話しはじめた。

 うち1匹と頬が膨らむニャスタがハイタッチしたかと思うと、ハイタッチしたニャスタ1匹がベノアの後ろの騎士へと飛んでいき、腕に収まった。


「なんだ? 交代するの?」

「にゃす~」


 肯定するニャスタ。

 どちらも投影複製体なので、常に同じように情報同期されているし、マナ供給もされている。

 ちなみにどんなに距離が離れても、本体から転送の魔術式によってマナが供給されているので、単独かつ長期で南魔国にいるからと言ってマナ切れを起こしたりしないそうだ。

 違うところと言えば謎のキャラ設定だけで、交代は意味がないはずだが。


「……まぁ、いいけどさー」


 頬が膨らんだままのニャスタが満足そうにごくん、とマナアメを飲み込んだ。


 パルマファムにいたソルマンとは何度か会談しているのだが、その中で連絡ツールがないのが不便なのでニャスタを一匹、ソルマンに貸し出した。

 これによりソルマンとは適宜連絡が取れるようになった。


 今回、ソルマンがパルマファムから首都に戻るということで会談場所がここになったのも、初めてくる場所なのに難なく待ち合わせが出来たのも、ニャスタ通信のお陰である。


「……ん?」


 戻ってきたニャスタに、違和感を覚える。


「なんか太った?」


 違和感を確かめようと、ぷにぷにの体を触りまくる。

 くすぐったそうに身をよじるニャスタは、毛並みもなんだかよくなった気がする。


「クロア様が機密は漏れないように扱えとおっしゃったので、それはもう丁重にお世話させて頂きました」

「にゃ~す~ぅ」

「えっ」


 満足そうにふう、と息を漏らすニャスタ。

 たしかに、ニャスタが見たものはクロアに筒抜けになると思って扱って欲しい、とは伝えたけれども。

 丁重なお世話とは、おそらく超いい食事とお風呂に入れて貰って、ブラシとマッサージまでしてもらったような雰囲気だ。

 投影体なので、外部変化は関係ないくせに。


(コイツ、セレブライフを満喫してやがったな?)


 クロアの意図とは異なる扱いをされていたようだ。


「にゃす?」


 クロアの心を読んだかのような反応を見せる。

 少しムカついたので、ほっぺを思い切り伸ばしておいた。


 よく見れば、ベノアの後ろの騎士が抱えているニャスタは、妙に立派なクッションに乗っている。


(……まぁ、いっか)


 投影体だからいいお世話しても意味ないよ、と教える必要も無い。

 たぶん、ニャスタが学習を深める為にやっているのだろう。

 そうでなくとも、単独で魔国にいてもらっているのだから好きに過ごさせておこうと思う。


「クロア様、そちらは?」

「ああ、ゴメン」


 ベノアが脇に立つシグに視線をやる。


「こっちは新しく私の助手になった、シグ。こちらはベノアさんだよ」

「シグ・リオルです。よろしくお願いします」

「よろし……」


 ぺこりと頭を下げたシグを見て、爽やかなベノアの笑顔が、急激に固まる。


「……君、だっだだ大丈夫ですか!? 出血は!? 誰か医者の手配を!!」

「待て待て!」


 突然叫び出すベノア。

 度肝を抜かれたクロアとシグは、目を丸くする。

 聞いていた騎士が1人、走り出してしまったのでクロアは慌てて止める。


「誰もケガしてないけど!?」

「シグ君、角が片方ありませんよ!? 重傷です!!」

「いや、これは……! 生まれつきで……!」

「生まれつき?」


 ベノアがしげしげとシグの無い方の角を眺める。

 ただならぬ空気に冷や汗を垂らすシグも、見やすいように頭を差し出す。


「そういうことも、あるのですね……。騒いでしまい、申し訳ありません」

「いえ、私も知らなくて……。魔族の角が折れるって、重傷なんだ……」

「ええ。命に関わります」

(今まで誰も言わなかったのは、“呪いの地”だからか)


 新事実発覚だ。

 言われてみれば、初めてシグと出会ったバリランや他の魔族も、シグの頭を見ていたような。

 てっきり片方しかないから不思議に思って見ているのだと思っていたが、こっちが原因な気がしてきた。

 ルミナディア、すなわち呪いの地では、半獣族以外は何かしらを抱え込んでいる可能性が高いので、皆何も言わなかったのだろう。


「……騒がれるとアレだから、片方つけとこっか。ニャスタ」

「にゃす~」


 細かく指示する前に、ニャスタの1匹がシグの角に合わせた形になって、角の無い方にくっついた。


(おお)


 ニャスタが進化している。

 今まではもっと細かく言わなければ、動いてくれなかったのに。

 学習が進んでいるのか、心を開いたのかわからないが助かる。


 シグは不思議そうにニャスタ角をペタペタと触り、ニャスタにお礼を言った。

 クロアも不審がられないように、ニャスタによる魔族の角を装着する。


「それでは参りましょう」


 ベノアに促され、後方に控えていた馬車に乗り込んだ。






 クロアとシグ、ルジィ、そしてベノアの乗る馬車。

 他愛ない世間話をしつつ、揺れで尻が痛い上に腹筋がつらいと思いつつ進み、10分ほど乗っていると目的地である首都バイエルドが見えてきた。


(すごー! ファンタジーの街だ!)


 パルマファムも中規模ながら大きい街と聞いていたが、それ以上だ。

 ザ・ファンタジーといった体で、街を囲む高い壁が見える。

 弧をえがくその壁面は、間違いなくファンタジーならではの円形の街だ。

 そして壁の上で、人々が動くのが見える。


 ベノアがいるので、即座にスンと顔を冷静に保った。

 危うく目を輝かせてしまうところだった。

 と、思ったら。


(シグ……)


 横に座るシグが、それはもうすごく目をキラキラさせて外を見ていた。


(まぁ、助手だからいいよね)


 我ながら身内に甘い。


 クロアはクロアで食事の話を振ってくるルジィに適当に相槌しつつ、南魔国の建築様式について思いを馳せていた。

 街を囲う壁は4、5階建てはありそうな高さだ。

 ファンタジーと言えば文明が低いイメージだったが、意外としっかりした建築に見える。


「許可証を」

「こちらです」


 あっという間に城門へつき、ベノアが許可証を門番に見せている。


「他の方々は?」


 訝しげに門番が馬車を覗き見る。

 全身が黒いせいか、クロアのことを一番怪しんで見ている。


「南魔王様のお客様です。身元は保証します」

「えーとねー。うんとねー。コレコレ! ルジィちゃん許可証あるよ! 見る?」

「拝見します」


 ルジィが鞄から許可証を出して、衛兵に渡す。


「持ってたんだ?」

「うん! バイエルドはうちの一族をヒーキにしてくれるお客さんが結構いるんだ!」

「へえ、ルジィの家って顔広いんだねー」

「ルジィちゃんのじーちゃんが、魔王センゾク契約? ってのしてるからね~。

 人は乗せないけど、小さい頃から荷物運びしに結構よく来るよぉ」

(あれ? 思ったより大物だぞ)


 代々荷運びを担うドラゴン一族とは聞いていたが、想像以上に権力者っぽい。

 ルジィの気さくさからすると意外で、少し驚いた。

 やがて衛兵のチェックが終わり、馬車が再び走り出す。


 街中は、また違う光景に驚いた。

 パルマファムよりも高い建物が多く、人通りが多い。

 デザインと色の豊富な服装からも、豊かさが窺えた。

 行き交う馬車はクロアたちが乗るような立派なものもあるが、馬のような野獣に引かせた荷運び用も多い。


(石畳がかなり整えられてる……揺れなくなった……。馬車が多いからか。

 パルマファムと違って、木造の建物が見えないな……思ったよりレベル高いかも)


 馬車の中から街中をチェックする。

 ニャスタやベルガミュアの力がなくても、ここまでなら発展可能ということなので、非常に参考になる。


「ねーねークロアってばーぁ。聞いてる?」

「ちょっと待って。今いろいろ考えてるから」

「ちぇー」


 ずいずいと顔を近付けてくるルジィの額を押さえつけ、クロアは街の観察に勤しんだ。


「そろそろ南魔王城が見えますよ」

「どれどれ?」

「あちらです」


 ベノアの指差す方を見ると、建物の合間に巨大な城が見える。


「おわー……」


 今回ばかりは、声が出てしまった。

 故郷でも見たことがない、本物の洋風の巨大な城。

 珍しくなかなかのファンタジー感があって、感動的だ。

 まだ遠いので建物と建物の合間からしか見えず、クロアとシグは首を捻ったり伸びたりして、城を見ようと頑張った。


「超楽しんでるじゃーん」


 ルジィにちょっと引かれた。


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