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069 :// 進む街と人

 ピロピロピロ~ピロピロピロ~ン シャラ~ン


(※表現してはならない音声が発生しているため

 演出上、可愛い魔法音声にてお送りしております)


 ギィ。

 木製のドアが開く。


「オイ……どう……なってんだ…………」

「だ、大丈夫か?」

「どうした!?」


 木製のドアから出てきたのは今にも腰が抜けそうな、何故か息も絶え絶えのラーシス。

 出てくるのを待ち構えていたみんなが、慌てて駆け寄る。


「オレの……」


 ラーシスの言葉を聞く皆が、ごくりと息を呑む。


「オレのうんこが消えちまったぞ!!」


 一拍おいて、囲んでいた人々が歓声と共に拍手した。

 まるでフルマラソンでも完走したかの如く、ラーシスも何故か誇らしそうである。


(なんだこの光景)


 クロアは少し離れたところで、ベルガミュアとその様子を見ていた。

 試作第1号のトイレが入った狭い個室を囲む人々が、ラーシスに感想を聞いたり、結果を直接見に行ったりと騒いでいる。

 人のトイレ後に歓声が湧いたり喜んだりと、事情を知らねばただの珍妙な光景である。


 ベルガミュア製作、魔導トイレ。

 見た目はクロアの世界のトイレを木で作ったようなものだが、タンクがない。

 木製の蓋付きの箱のような感じだ。

 時間も人手も足りないので、見た目に洗練さはカケラもなく、本当に角張った箱である。


 蓋をあけると見える、丸く開いた穴に座って用を足す。

 その下に排泄物が落ち、蓋をとじれば、魔術式が発動して3秒後に排泄物が分解される、という仕組み。


 排泄物が落ちる箱には、魔術式が印字されたミスリルに、例の規格化したルミナスを接続したものが設置してある。

 ルミナスは電池のような仕組みで魔術式を動かしてくれるので、中のマナがなくなったら新品と交換する。


(ベルガの時代は、マナ充填が有料で転送されるってんだから、ホントやばいよなー技術)


 いずれルミナスも有料化したり、充填スポットを追加作成したりする必要があるので、仕事は山積みだ。


「そーいえば。クロアミンの時はすぐ出来たけど、今回は結構かかったねー」

「魔術式はすぐ出来ましたよ。分解だけならシンプルなので。

 時間がかかったのは外側(ケース)。木に塗った魔導樹脂の乾燥です」

「あーそっかー」


 使用後のトイレに入った者が、くさいと騒いでいるのを見て、ベルガミュアが深い溜息をつく。


「脱臭も消音も洗浄もないトイレなんて……」

「さすがにそこまでは難しいでしょー」

「本当は最低限、放屁したら尻を殴る機能をつけたかったんですが……」

「一番いらない機能だね」


 ベルガミュアはそっぽを向いたまま無言だ。


「……やめてね? その機能、絶対につけないでね?」

「チッ」


 舌打ちが聞こえた気がしたが、気のせいだろう。


 とにかくトイレの使い方、マナーについて住民へ説明が済んだ。

 予定外だったが、タイミングよく便意を催したラーシスのお陰で、実演まで。

 これでもうトイレに問題はないだろう。


「ここに持ってきてないですが、予定数完成してます。あとで配置人員を寄越してください」

「ヨシ。じゃ明日ギルドに出すかねー」

「なぁクロア! アタシん家にもこれ欲しい!」

「ずりぃ! オレも共用のやつじゃなくて、家の中に欲しい」

「僕も僕も~」


 事務的な会話をしていると、トイレ観衆の一部がこちらへ寄ってきた。


「バーチィールたちは購入してもいいけど、キミらのトコは自分所有の家じゃないからダメだぞ」

「え~~~」

「バーチィール、価格はまだ計算してないからあとで伝えるねー」

「楽しみにしてるよ!」


 バーチィールは最初にクロアたちの家の隣に半獣族の家を建てて住んでいたが、最近自分たちで木製の家を建てたので、トイレ購入に問題はない。

 だが、他のメンバーは新規居住者用の賃貸物件に住んでいる。

 そこはトイレや水道を共用部につくる予定なので、個人宅にそれらを入れるようなスペースはない。

 入ったとしても、ニオイや痕やら気になるところがあるので、NGだ。


「金稼いで、自分の家買ったら専用トイレ買いなー」

「そっか-! 今んトコじゃなくて、そのうちちゃんとした家を買えってそういうことなのか」

「金だな、金。よーし仕事がんばろ!」

「仕事仕事~」


 納得した各々の、やる気スイッチに繋がった様子。

 何やら気合いを入れて仕事へと向かって行った。


「いいねー。量産できるようにして、南魔国に売りつけたいね。もちろん高値で」

「ルミナディアの分だけで手一杯ですよ」

「量産には課題が山盛りだねー。量産体制さえ出来れば価格もさがるし、ハッピーライフがすぐそこなのに」

「マニピュレーターはまだしばらく、複製出来ませんよ。本当に難しいので」

「仕方ないね、そればっかりは。数量限定で値段を吊り上げて、少量売るか……ん?」


 ふと視線を感じて振り向くと、いつの間にかシグが近くにいて、じっとクロアたちを見ていた。

 声をかけようとすると、すっと顔をそらしてどこかへ行ってしまった。


「なんだ?」

「どうしました?」

「いやー。別に」



          ■□



「なんでだ……うーん……」


 魔導ディスプレイに描いた魔術式のエラー表示を前に、唸る。

 ほぼ毎晩、仕事が終わったら家の近くの草むらでこうして魔術式と睨めっこしている。

 早朝には食堂の準備のために早起きしなければいけないし、毎日くたくたで、早く寝たいのだがしかし。

 自分と皆を護るための魔術式は、早くストックしておかなければ。


 魔術を使った戦闘の最大のデメリット。

 それは“事前準備がなければ何も出来ない”ことだ。


 魔法よりも複雑で強力、規格外のものを扱う代償である。


 魔術式をその場で組み上げて使うなど、敵が待ってくれる訳でもないので事実上不可能だ。

 何かしらの理由で時間稼ぎが出来たとしても、数分で組めるようなものでもない。

 そんな安易に組んで使ったところで、制御が効かない。


 魔術戦闘で一番重要でいて、最も組み上げに時間がかかるのは、その制御の部分だ。

 例えば火を放つだけなら、簡単だ。

 だが制御なくては、放つ方向も威力も時間も火力も、制御出来ない。

 それでは敵どころか味方にも危険が及ぶ。


 だから今のうちに、しっかりした魔術式を組み上げ、手札を増やしておかなければ。


 魔術式を組み、魔術文字のライブラリを眺め。

 労働後の体に鞭を打ちすぎて、なんとなく寿命が縮まっている気がしなくもないが、やるしかない。

 そして今日も今日でエラーに悩んでいる。

 横で積み重なってすやすやと眠るニャスタ3匹が憎らしい。


「クロア」

「ん? ……シグ?」


 夜闇から声をかけられ、目をこらす。

 遠慮がちなシグが歩いてきて、クロアの隣に座った。


「寝れないの?」

「ううん。別に……そういうわけじゃないよ」


 なんだかモジモジしている。

 昼も何か言いたげにこちらを見ていたことを思い出した。


「クロア、明日も朝早いんでしょ? まだ魔術やるの?」

「コレ? コレはまぁ、いいよー」


 魔導ディスプレイを消した。


「……なにか話したいことでもあるのかな? 少年」


 クロアがシグに向き合うと、シグは目線を外してもじもじする。

 ややあってから、何かを決心したのか頷いて、クロアを見つめた。


「僕にも、仕事をさせて欲しい」


 思わぬ言葉に、少し目を丸くした。


「コドモは働かなくていいんだよ?」

「その……それでも、働きたい」


(私なんか、働かなくて済むなら絶対働かないのに……この子ったら……)


 謎の罪悪感に涙が出そうになったが、悟られないように心の内に隠しておく。


「今は学んで自分の可能性を広げて欲しいんだけどなー」

「僕は、文字も計算もできるよ」

「シグはバリランから、社会についても学んでるでしょ?

 それが簡単過ぎるからって話なら、他に学んだ方がいいことあるし、バリランと話……」


 クロアの言葉を遮って、シグは首を振った。


「ううん。学びたいもの、あるんだ」

「学びたいもの?」

「クロアのやってる、会社」


 そうきたか。

 クロアはうーむと顎に手を当てた。


「僕も会社、出来るようになりたい。

 商売のこと、考え方、人をまとめるってこと、クロアから学びたい。

 クロアの知識、すごいもの」

「それは私の知識がすごいんじゃなくて、私の故郷がすごいってだけなんだけどねー。

 器用貧乏だから、専門知識は全然ないし。結構勘でやってるとこもあるし」

「それでもいい」


 シグは立ち上がって、腕を広げてみせた。


「僕、大きくなったでしょう?」

「うん。ずいぶん」

「ずっと……早く死んじゃえば楽になれるのに、って思ってた。

 生きててもいいことなんてない、って。

 でも、クロアのつくる街を見てて。そんなことないなって、思えるようになったんだ」


 確かに、最近のシグはどこかスッキリした様子だった。

 出会った頃はあまり喋らず、どこかぼんやりして自分の意思もないような印象だったのに。


「人次第で、世界は変わる。それがわかったんだ。

 何が人にとって幸せな生活なのか。どんな国が幸せなのか。学びながら、知りたいだけ。だから、お願い」


 じっとクロアを見つめるシグ。


「う……」


 とてもズルイと思った。

 そんな風に言われたら、断れない。


 もうすっかり家族になったシグが、前を向いていることを嬉しく思わないはずがない。


「…………シグ、何歳だっけ?」

「35歳」


 改めて、シグの全身を見る。

 今の見た目は、高校生くらいだ。


「仕方ない……34歳から、見習いはOKってことにしようか」


 アルバイトくらいは、させてもいいだろう。

 ぐっと緊張していたシグの顔が綻んだ。


「ただし、次の評議会でOK貰えたらだからねー」

「うん! ありがとうクロア!」

「わかったから、もう早く寝なー」

「はーい。おやすみなさい、クロア」

「おやすみー」


 こんなにるんるんと歩くシグは、初めて見るかもしれない。

 家へと向かうシグの背中を見送る。


「……すっかり親の気分だなー……」


 苦労少年には幸せになって欲しいと、心から思う。

 これからのルミナディアにはもっと楽しいことがあることを、教えてやらなくては。

 感慨深くなって、クロアは草むらに寝転んだ。






 ちなみにその後瞬時に意識を失って、翌朝全身がバキバキでとても後悔した。


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