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068 :// ユガとアストル

「バーチェーク、そろそろみんな帰ってくるってさー」

「やっとか。よっと!」


 ギルドのすぐ隣に建てた、簡易買取り所。

 今のところここは狩った魔獣の買取りをしつつ、解体所も兼ねている。

 バーチェークが乾燥のために吊していた獣皮をチェックしては、完成品を横に積み上げていく。


「オレも狩りいきてーよー」

「次の候補が見つかるまでだから頑張ってー」


 魔獣の知識、解体の技術、運搬の体力。

 それらを兼ね備えていたのが、唯一バーチェークだけだった。


 バーチィールは兄よりも脳筋で、あまり魔獣を見分けない。

 というか、バーチィールのみならず半獣族は大体そうらしい。

 魔獣は種類によっては色ですら細かく分類され価値も違うのだが、そこまで知っている半獣族はバーチェークくらいだった。

 そして逆に誰も知らないような魔獣知識すら持つアストルは解体がヘタクソで、実は経験が全くなく国追放後に勘でやってきただけらしい。

 2人雇えればベストだったが、アストルが拒否することは目に見えている上に人員不足なので、バーチェーク1人に頑張ってもらうことした。


 バーチェーク自身も買取所勤めはやるが狩りもしたいそうなので、彼の毎日の流れはこうなった。

 ギルドのオープンと共に狩猟依頼を受ける。

 そして1人だけ早めに帰ってきて、成果によってはギルド報告をして報酬をもらう。

 その後は買取り素材の解体や加工をしてもらいつつ、その後帰ってきた狩猟組から買取りする。


 忙しいだろうから狩りはしなくていいのでは、と進言したが、これだけは譲れないらしい。


 ちなみに休日は一日フルで狩りに行っているそうだ。

 もはやただの趣味。

 一日の労働時間が長いのが気になるが、本人は有り余るほど元気だし、前半の狩猟は趣味の時間としてカウントすることにした。


「じゃーん! オレ様が手伝いに来てやったぞー!」

「あ。今日もサボリ魔が来たぞー」

「手伝いだって言ってんだろ!」


 ドヤ顔で登場したのは、ラーシスだ。

 夕方、子供たちは縫製部門で石鹸作りや木の実の殻割りなど、子供でも出来る簡単な手伝いをしてくれている。

 今日は糸作りの手伝いだと聞いたので、間違いなくこの少年は手伝いをみんなに押しつけてここに来たサボリ魔だ。


「どーせ荷物運びしか出来ないくせに」

「だって解体やらせてくれねーじゃん!」

「あのね、解体練習場じゃないの。仕事なの。手ぬるい仕事は困るんだよ」


 言い返す言葉が見つからず、むうとむくれるラーシス。


「ちぇっ。全然コイツ使うところねーじゃねーか」

「まずは四則演算を身につけてから言いなー」


 剣と盾を構えるラーシスに、溜息を吐いた。

 別のものをあげた方がよかったかもしれない。


 最近は南魔国に行き来することが多いので、同じ家に住むメンバーに日頃のお礼として個人的にプレゼントをあげた。

 ベルガミュアには抱き枕に良さそうなクッション、オルウェンにはヒゲ剃りナイフ。

 ラーシスには子供用の剣と盾、リーシアには花の形の髪留め、シグには手帳と羽根ペン、インクのセット。


 日頃から欲していそうだな、と思うものをプレゼントした。

 思った通りに各々喜んでくれた。


 しかしラーシスはこれだ。

 自衛は必要なことなのでと考えた結果だったが、悪影響だったかもしれない。

 子供にゲーム、ラーシスに剣。

 上手く本人で管理してくれればいいのだが、なかなか上手くいかないものだ。


「聞けよクロア! オレ名前つけたんだ!」

「へ? 剣と盾に?」

「おう! 剣がフォルティスで、盾がエクエス! カッコイイだろ」

「ブボ」


 あふれる中二感に、クロアは噴き出した。


「なんだよ!?」

「いや……いい……と……思うよ……! うん……カッコイイよ……」

「だろ!? ベルガに昔の言葉で、なんか強いやつ教えて貰ったんだぜ。くらえバーチェーク!」


 誇らしげなラーシスに、クロアは笑いを堪えるのに必死だった。


(ラーシスよ……オトナになった暁には、隙あらばその黒歴史でイジってやろう……)


 ぶんぶんとラーシスが剣を振り下ろし、バーチェークが片手間にそれをナイフで受け止める。

 まだまだ子供だが、大人になるのが実に楽しみだ。


「おう、やってるな冒険者ラーシス」

「みんなおかえりー」


 狩猟メンバーが戻ってきた。


「バーチェーク、お前帰ったあとサイレントボア出たぜ」

「なんだと!? オレもやりたかった……!」

「うわー、竜? いや、ヘビ? コレ食える?」


 わいわいと騒ぎながら、10メートルは優に超える太いヘビが3人がかりで担ぎこまれた。

 買取り場へ置かれると、大木のような太さは恐ろしい存在感がある。

 これが死体でよかったとクロアは心から思った。


「ラミアは食べられますよ、クロアさん。身はちょっと固いですが、脂がのってて美味しいそうです」

「さすが魔獣オタk……いや魔獣賢人。固いなら“ハンバーグ”にでもしようかな」


 アストルによる解説を聞きながら、調理方法について考える。


「半生くらいが一番美味いぞ」

「ハンナマかぁ。うまそ……ん?」


 素晴らしいワードにヨダレを垂らしそうになるが、その声の主を見て驚いた。


「ユガ? なんだか久しぶりだねー!」

「ジジイ!」

「すぐそこで彼らに出会ってな。久方振りに様子を見に来た」


 狩猟チームに混じる久しぶりの老人の姿に、クロアとラーシスが集まる。

 ここのところ南魔国に行ったりと多忙だったので、直接会うのは久しぶりだ。

 特に心配していなかったが、相変わらずそうだ。


「もう他も見た? やっと街っぽくなってきたでしょー?」

「……ふむ。人々の住まう場になったな」

「でしょ?」


 クロアがフフフと誇らしく笑うと、ユガは何故か顔を顰めた。


「外からどう見えるか。気を抜くな」

「……うん?」

「おいジジイ見ろよ、オレ剣もらった! これでいいだろ? 剣教えろよー」


 何のことかと聞こうとすると、興奮したラーシスが間に入ってきた。


「何度言っても同じだ。剣は教えぬ」

「まだダメなのかよ、ケチ!」


 何度やるのか、といういつもの流れ。

 いい加減諦めればいいのに、というセリフを諦める程度に聞き飽きた流れだ。


「他の者に習え。他にも剣を扱う者はいるだろう」

「え~他ぁ~?」


 ユガが周りの狩猟組を見て、ラーシスとクロアもその目線を追う。

 半獣族のナイフ使いと、人族の騎士まがいに目が止まる。


「いやいや、ダメだろ! 半獣族なんて筋肉頼りで参考にならねーよ」

「そりゃそーだ」


 半獣族一同がどっと笑う。

 彼らにとって筋肉こそが最大の武器であり、防具なのだ。


「そっちのへなちょこ騎士は弱っちいしな」

「し、失礼な! 片腕がないご老体よりは僕の方が……!」

「アストル。ユガは強いよ?」

「そーだぞ、ザーコ!」


 アストルの額に青筋が見えた。

 思えばアストルも含めて最近ルミナディアに住み始めたメンバーは、ユガの強さを知らないのだった。


 というか、強いか弱いかは置いておいても、ラーシスとアストルの2人が犬猿の仲過ぎることが最大の問題なのだが。


「…………ユガさん。僕と手合わせしてくれませんか?」

「おっ、始まりそうだぞ?」

「オモロくなってきたな。やれやれェ!」

「煽らないの。ケガしたらどーすんの。アホらしいからやめなー」


 ユガは無言でアストルを見つめたのち、何を思ったのか愉快そうにふん、と笑った。


「…………たまにはよいだろう。小僧、広いところに行くぞ」

「よろしくお願いします」

「え、やるの?」

「うわズルイぞ! オレの方がずっといっぱい頼んでんのに!」


 沸騰したヤカンのように文句を言うラーシスを無視して、ユガとアストルは建物から離れて広さのある場所へ出ていく。

 野次馬たちもそれに続くので、クロアも一応ついていった。






「え~と。武器はその枝のみ、魔法・血統術なし。

 打撃を一度入れた時点で勝者を決定……だそーだ! 時間制限10分、それ以上はダメだってよー」


 審判役のバーチェークがユガとアストルの間に立つ。

 止めても聞きそうにないので、嫌々ながらルールはクロアが決めた。

 剣サイズの木の枝を持った両者が睨み合う。


「やれジジイー! 見せてやれー!」


 最初は不満たらたらだったラーシスは、すっかりユガの応援に忙しそうだ。


「始め!」


 バーチェークの声に、アストルが身を固めた。

 一方ユガは枝を片手にしたまま、ただ立っているだけに見える。


(すごく余裕そう……構えもしないんだ)


 アストルが両手構えに対し、ユガは本当に枝を手に持っただけ。

 素人のクロアから見ると、ただの隙だらけに見える。


 剣を構えてじっとユガを睨むアストル。

 沈黙が続いた。


(あ、やば。くしゃみ出そう)


 このタイミングは流石によくないと、我慢したものの。


「くしゅん!」


 クロアがくしゃみをした瞬間。

 アストルが動いた。


「ヒィアッ! 死に晒せぇええ!!」


 距離を詰め、上段から斬りかかる。


「!!」


 斬りかかった、と思ったのだが。

 それ以前にユガがアストルの足を蹴り、バランスを崩したアストルの枝はあらぬ方向へ振り落とされる。

 慌てたアストルが身を返した、が。

 アストルの額のほんの1センチほど手前で、枝の斬撃がピタリと止まった。


「……お主、師を持たぬな? 重心の動きがなっとらん。一度も正されたことがないのだろう」


 固まったまま、動けないアストル。

 信じれない様子で、目を大きく見開いている。


「すぐ死ぬぞ。精進しろ」


 枝がべちん、とアストルの額に当たる。


「……勝者ユガ! 早かったな」

「ユガのじーさん、つええ~!」

「だろ!? ジジイが一番つえーんだぞ!」

「なんでラーシスが偉そうにしてるんだよ」

「こんなに強かったんだな~。オレともやらねーか?」

「やらん」


 バーチェークの声で、周囲の緊張がほどける。

 ユガは枝を捨て、観衆の半獣族たちに囲まれた。


「………………」


 アストルは、大きく息を吐いて地面に座り込んだ。


「あの!」


 背を向けたユガに、アストルが声をあげた。


「なら……それなら、僕の師になってくれませんか!?」


 どこか悲痛そうな声色だ。


「断る。儂はもう、何者にも剣を教えぬ」


 ちらりと首だけで振り返ったユガは、それだけ言うと歩き出した。


「バーチェーク。ユガに食堂案内してあげてよ。金は私が後で払うってネェガに言っといて-」

「お~わかった」


 身振り手振りで、自分はアストルと、みたいなことを伝えると、バーチェークはなんとなく理解してくれたようだ。

 そのまましれっとユガを食堂にと誘導してくれている。

 ラーシスもちらりとこちらを見ると、すぐユガについていった。


「…………ダイジョブかい、アストルくん」

「………………」


 座り込んだアストルにクロアが声をかけるが、無言のまま。

 地面を見つめたまま、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


(思った以上にショック受けてる……)


 勝つどころか赤子の手を捻る如く、秒で決着がついてしまったことがかなりショックなのだろう。

 どう声をかけたものか、と悩んでいるとナイフ使いの半獣族ヒィースがアストルに歩みよった。


「ドンマイだぜ。アストルも弱かねーぞ? あのジーサンがマジ強すぎんだろ!

 オレもクッソビックリしたぜ」

「ユガ、キマイラ一撃だからね」

「嘘だろ? やっべ~……」


 最近人が増えて知った話だが、キマイラは最高ランクとは言えないが、狩るには多人数が大前提の魔獣だそうだ。

 歴戦の戦士でも油断すれば死ぬ、とても一撃で倒せるような魔獣ではないらしい。


 それを聞いたアストルも信じられない、という顔をするが胸中複雑そうだ。


「まぁ立てよ」

「………………」


 手を差し出されて、アストルは無言のまま立ち上がった。


「悔しいよなー。これから強くなろうぜ」


 ヒィースがアストルの背中を叩き、やがてアストルも小さく、はい、と呟いた。


「あれ?」


 ふと違和感を覚えて、クロアはアストルににじり寄った。

 立ち上がったアストルの方が背が高いので、背伸びしてじっと戸惑い気味の顔を見つめる。


「……く、くろあ……さん……?」


 アストルは固まってしまったが都合がいいので、そのまま距離を詰める。

 じっと見つめて、確信する。


「それダテなんだね?」


 しかしその瞬間、ボッと顔から火を噴いたように真っ赤になったアストル。


「え?」


 顔を両手で覆ったアストルは、サササと後方へ退いていった。


「…………近いです」


 蚊の鳴くような、細い声。


「え? ゴメン?」


 実際そこまで近くなかったのだが、そう言われると謝るしかない。

 隣でヒィースが噴き出しそうになったが、空気を読んで口を必死に抑えている。


「いやさ。ダテなら外しちゃった方が戦いやすいんじゃ? って思っただけなんだけどね?」

「…………このモノクル……父から貰ったもので……」

「あ。あーそういう? ゴメンゴメン」


 父のことを話すアストルが、あまりにやりきれないような顔をするので咄嗟に謝ってしまった。

 それからアストルも何も言うでもなく、微妙な沈黙が続く。


「……バーチェークおつかいに出しちゃったからさー。

 2人ともちょっと買取り品の作業手伝ってくれない?」

「ラミアの解体オモロそう! やるか~」

「…………はい」


 微妙な空気を誤魔化そうとしてクロアが言うと、アストルも吹っ切れはしないものの手伝ってくれるようで、テンション低いまま買取り部屋へと歩きだす。


(アストル青年よ……壁を乗り越えて頑張ってくれ……)


 なんとなく少年漫画っぽい。

 たぶん今、努力のターンへの入り口を見た気がする。

 いつか友情と勝利も得られるだろうと、勝手に心の中で応援した。


(しかし、そろそろ指導員が必要か)


 ここにいる者たちは現状各々が強いが、今後の防衛を考えると、戦闘を指導出来る人間が欲しいところだ。

 また新たに欲しい人手が増えた。

 本来ならユガに頼みたいところだが。


(ユガもユガでなんかなー。なんかあったんだろうなー)


 あの頑なな様子は、安易に聞いてはいけないような何かがある雰囲気がする。

 そして、これ以上踏み込んでもいけない気がする。


 一つ何かを得ると、また別の何か必要なものが生まれる。

 これが無限に繰り返される気がして、クロアは日暮れ近い空にそっと大きな息を吐いた。

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