067 :// 縫製部門
「進みはどう?」
「クロアいらっしゃい~」
「見に来てくれたの? 順調に進んでるわよ」
株式会社シロネ商会本社に隣接して建てて貰った建物、ここが縫製部門である。
ちなみにそのシロネの建物はまだ建設中だ。
シロネ本拠地は実際に稼働する場所としては優先度が低いので、先に実働する場として縫製部門を優先させた。
縫製部門の建物は簡素な作りだが、半獣族の皆が持ってきた道具類が配置されている。
機織り道具や針に染料など、一箇所に集めればなかなか壮観だ。
一応素材は買取り、道具はレンタルという体で給与に計算を入れている。
正規雇用をしたのはシルフェアナとミリファのみなので、本来ならこんなに道具も人も集まらないのだが、縫製する者は出入り自由にしている。
つまり狩りに行かない半獣族の女は、家事などを済ませた後はほとんどがここに集まっている。
刺繍布を縫いながら、互いにデザインや編み方を話し合ったり、世間話をすることは、半獣族にとってかけがえのない社交場だそうだ。
いくら街にするからと言って、奪う必要のないこととして、要望に応えた結果このような形になった。
お喋りが過ぎて手元が疎かにならないかと心配したが、意外と手元はきっちり動いている様子で安心した。
バリランの手習いが終わったあとの子供たちが入りびたる場にもなっていて、予定外だが学童も兼ねているような状態になった。
ラーシスたちには石鹸作りなどを手伝ってもらっているので、それらの作業をする子供たちを見ながら皆が作業してくれている。
特にミリファがよき母のようになって子供たちを見てくれているようだ。
ミリファはバーチィールたちの亡き長兄の嫁。
子供がいないうちに夫を亡くした身だからか、子供たちの相手を積極的に買ってくれている。
心境として複雑なのではないかと心配していたが、本人も楽しそうでいて、実際に助かるので自然の成行きに任せている。
そしてこの学童兼井戸端会議の職場で出来上がった刺繍布は、シロネが買い取るという仕組みだ。
「困ったこととか、足りないものとかある?」
縫製部門のリーダーに任命したシルフェアナに訊ねる。
「問題はないけれど、針のストックをもう少し持っておきたいから、素材が欲しいわ」
「ゴブリンの骨だっけ? あとで買取り部門から持ってくるね」
半獣族たちは、有り余るゴブリンの骨で針を作る。
ゴブリンの骨は結構丈夫な上に加工しやすいので、使い捨て素材として使用頻度が高い。
あとで買取り部門から持ってこなくては、と思いつつふと考える。
どうせ毎日、どの部門にも足を運んでいるのだが、これくらいの小間使いが出来る人が欲しい。
部門に属さない、クロア直属の部下をいずれ雇いたいものだ。
街としての動きが落ち着いて、人が増えたら考えよう、とクロアはニャスタにやることメモの記録を頼む。
「あれ? これは……?」
ふと目に止まった、小さな木製の台とその上に乗せてある小さな像らしきもの。
「なあに? 祭壇のこと?」
「祭壇」
クロアが立ち止まって見ているとシルフェアナが答えてくれた。
言われてみれば飾り気のない神棚と神像のように見えなくもない。
像は3つ。
白い骨か何かで作られているようで、雑に人のような形をしているようだ。
「半獣族にも宗教ってあったんだねー」
「北の方だけで、あんまり長い歴史はないわ。私は北の生まれだから」
「へー。神は3体いるんだ?」
「いえ、神は一人よ。その像3つとも、全て同じ神様なの。
魔族だと7人くらい神がいるんだったかしら?
私たちの神は世界を創り、世界を支え、世界の終わりを告げる存在。ただ唯一のものよ」
「一神教なんだ」
勝手に半獣族=遊牧民=自然崇拝の方程式が成り上がっていて、意外だった。
「クロアも善くあらないと、審判の日に罰がくだっちゃうわよ」
「それなりにいい人だよ、私」
万引きもしたことないもんね、と胸を張るとシルフェアナがふふと笑う。
「ねえクロア! ちょうど私の布も出来上がったの。見てくれるとうれしい!」
「ミリファの? どれどれー?」
話していると、ミリファが楽しげにクロアの袖を引っ張ってきた。
そのまま導かれ、部屋の奥へと進むと丸く巻かれた幅40センチほどの布をミリファが開いていく。
「おおー。青いのは初めて見るよ。キレイだねー」
「うふふ。私、青い布が好きだから、作るのはいつも青なのよ」
ミリファが広げた、鮮やかな青い刺繍布。
シルフェアナや他の半獣族の刺繍布よりも厚みがあり、大柄と小柄が入れ食う不思議な模様が縫われている。
「……なんかミリファのって、分厚めだね?」
「やだ、わかる? 一族によって縫い方が違うんだけど、私のって厚いのよ~」
ほんのり照れを隠して笑うミリファ。
半獣族の刺繍布、と一言でまとめても作り手によって様々な顔を見せる。
シルフェアナは透かしも混ざるレースのような繊細な装飾だが、ミリファのは真逆のデザインと言えた。
「ドレスに使いづらいからって、あんまり売れないのよね~」
「コレはコレでいいと思うんだけど……うーん……?」
クロアはミリファの布をじっくりと眺める。
どこかで見たことがあるような。
何かを思い出しそうな。
「…………“ペルシャ”絨毯だ!」
「え? ペウ……シウータン?」
ピン、とひらめいた。
そうだ。
柄が複雑に編まれている厚めの布といえば、絨毯だ。
「絨毯、って知ってる? こういう布の大きいものを、部屋に敷いてオシャレとして楽しむものなんだけど」
「床に敷いたらってこと? ひどくない?」
「あー、いやごめん。出来が悪いから足蹴にしようって意味じゃないよ?
金持ちはお金有り余ってるから、綺麗ないい布で部屋を飾ったりするんだよ。
お部屋がオシャレなのも立派な自慢になるでしょ?」
「部屋がオシャレねぇ……。別に敷物に柄はいらないと思うけれど。そういうものなの?」
「そういうものなの。いらないものに金を払う。それが贅沢ってヤツなのだよ」
南魔国で刺繍布は、アクセントとしてドレスの一部に使用されたり、羽織にしたり、薄いものならレースのように重ねて使用されていた。
当然、厚みがある大柄は使いづらいだろう。
ならば逆に、絨毯として売り出したらどうか。
確か南魔国の伯爵邸には、単一色の絨毯が敷かれていた記憶がある。
つまり絨毯という文化自体は存在するということだ。
そして既に半獣族の刺繍布は、希少性と美術性の評価は折り紙付き。
貴族相手にブランド化して売り出せば、いける気がする。
「……コレはいい商売になる予感……」
「クロア、かなりヤバい顔してるわよ」
おっと。
ミリファが引いているので、悪いにんまり顔をさっと消す。
「ミリファ。テストとして絨毯にする刺繍を頼んでもいい?
まずは厚みと素材の選定用に、小さいサイズでいいから何種類か作ってみてくれないかな?」
「構わないけれど」
はてな、という顔をするミリファ。
クロアはめくるめく金のニオイに、フフフと口から笑いが漏れた。
「うまくいけば……ドレス用の刺繍布の、倍の稼ぎになると思うよ?」
「そんなに売れる!? 急いでやるわ!!」
ミリファの目が輝いたと思ったら、広げていた刺繍布をひったくるようにまとめて抱え、奥へと駆けていった。
ドタバタと糸やら針やら、悲鳴が聞こえる。
「また悪い顔してるわね、クロア」
「いやあ、まだ上手くいくかはわからないけどね?」
「クロアが言い出すものは大体面白いもの。期待してるわ!」
シルフェアナは楽しそうにクロアの顔を覗き込んでくる。
「どうせ、まだ考えがいっぱいあるんでしょう?」
さあ白状しろと言わんばかりに、じっと熱い視線を送るシルフェアナ。
クロアはうーん、と今までぼんやり考えていたことを思い返す。
「んー。プランってほどじゃないけど……住民が増えてきたら、既製服とセミオーダー製の事業を展開する予定だよ」
「きせい服?」
「そう。今はフルオーダー、服が欲しい人に対して、その人に合わせて作ってるでしょ?
既製服はその逆で、小さいサイズから大きいサイズ、複数の固定サイズで服を展開して売るの。
注文待ちのタイムロスもないし、量産できるようにすれば服の価格も落ちてみんなが手に入れやすくなるのさ」
「新品をたくさん作って売るってこと?」
「そーゆーこと」
魔国では服飾店といえば、フルオーダーの店か中古服の店ばかりだった。
フルオーダーの服など貴族だけだと思っていたが、庶民も簡易な服を何枚、などと雑に注文して作ってもらったものを購入するらしい。
それを家庭で手直ししたり、友人間で交換したりするのだとか。
「客としては自分のサイズを知っておけば、サイズから好きな服を選んでその場で買って帰れる。
私の故郷はそんな服屋が基本でさ。その方が楽じゃない?」
「買ってすぐ着れるのね? それはいいわ!
普通、新品なら何日も待たなくちゃいけないもの。
でも売れなかった服がもったいないんじゃない?」
「それは半額とか安くして売っちゃえばいいよ。それか魔国の中古屋に売るとかね。安けりゃ買う人はいくらでもいるだろうし」
「ポンポンと色んなアイディアが出るものね~」
想像しているのか、シルフェアナがわくわくした顔で遠くを見つめている。
街が豊かになれば、セミオーダーの事業も展開する予定だ。
服のサイズと形と色を選んで、オプションでデザインを追加する。
複雑なデザインを選ぶほど値段があがる、っというシステムだ。
フルオーダーより価格が抑えられて、住民たちにもファッションという楽しみが生まれる。
「やる気出てきたわ! 私も頑張る!」
「よろしく頼むよ、シルフェアナ」
シルフェアナも鼻息荒く作業へと戻っていく。
縫製部門も順調だ。




