↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/105

065 :// ルミナディア評議会

 ガタンっ!!


「何度言えばわかるんだ!!」


 クロアの叫びが、部屋に響き渡る。


「死活問題なんだよ!! もう後送りには出来ない!! 絶対に!!」


 全身から必死さが黒いモヤモヤ的な何かになって出ていく。

 クロアは気持ち的に何かを放ち続けているが、評議会メンバーには全く効いていない。


「だって別に困らないし」

「不満ねーし?」

「壺も買えたしな」

「それ以上ってあるのかしら?」


 口をそろえるメンバー。

 わかっていない。

 何もわかっていないのだ、彼らは。

 あまりの理解のなさに、再び怒りに任せて口を開こうとした時。


「いい加減にしてください!!」


 思わぬ人が叫んだ。


「え……」


 興奮していたクロアすら、引いた。


(今の、ベルガ?)


 ベルガミュアがこんな風に力を込めて発言したことがあっただろうか。

 いや、ない。


「どうせ! 私が作るんです!」


 本物の魔王より遥かに魔王じみている低い声。

 その声、人生で初めて出したのではないか。

 と勘繰るほどの、掠れ気味で出し慣れていない雰囲気の叫びだった。


「お、おう……」


 ただならぬ雰囲気に、ついに座っていた評議会メンバーが身を引いた。


「早く安心して用足しさせろ!!」


 ベルガミュアの悲痛な叫び。

 クロアだけがうむうむと頷いた。


 トイレ。

 これが文明人にとっての最大の死活問題、早急にクリアせねばならない使命なのだ。






 本日開かれた、ルミナディア意思決定評議会。

 自治区としてどう街づくりを進めるか、これが今回の議題だ。

 だがその議題にそって問題を挙げていくうちに、優先順位の違いに食い違いが出た。


 クロアはルミナディアの防衛を第一優先にしたいとした。

 だが賛同は得られなかった、というよりは優先順位は低いということになった。

 何故ならこのルミナディアには、廃棄地で自衛して生きてこられた強い者しかいないからだ。

 そこらの国の住民より、戦闘能力の平均値が圧倒的に高い。

 クロアを含むラーシスたちの集団だけが特殊な例であり、それくらいの非戦闘員は皆で守ればいいということになった。


 ということで、狩りで外へいかない戦闘要員を一定数ルミナディアへ残す調整を常にギルドで行い、住民が増えたらいずれ自警団のようなものを組織することにした。

 現在の住民人数で自警団まで作ると、街づくりの方が進まないので、将来的に。

 だがルミナディアの人口は増加傾向にあるので、そこまで遠い未来ではないだろう。

 ルミナディアの防衛についての話は、これで一度完結となった。


 それからクロアを中心に、街づくりの可能性の話をした。

 上水道、下水道、浴場、養殖など。

 魔導具に関する話が増えるので評議会に招いていた、ベルガミュアも交えて。


 話を聞いて、バリランとバーチェークは、上水道を第一優先にあげた。

 確かにそれも大事だ。

 現在は少し離れたエリアの地面に穴を掘って、クロアの原魔法で水を満たしている。

 それを樽に入れて食堂の他、街の至るところにある甕、個人の桶などに入れている。

 雨水もそのまま入っているので、衛生的にも改善は必要だ。


 地味にその補給が手間なので何とかしたい。

 と、魔導具の話をクロアとベルガミュアで将来図を含めて話したら、それは早めに行うべきという話になった。

 そこで上水より先に下水をなんとかしたいとクロアが主張したが、これが上手くいかない。

 オルウェンとシルフェアナは、評議会の流れに任せるという雰囲気だが、トイレと下水整備の重要さは理解していない様子。

 特に彼らはトイレについて全く改善の必要性を感じていないのだった。

 そこで始まったのが、この下水道VS上水道バトルだ。


「あのねー、まず場所が決まってるとはいえ、その辺に糞尿垂れ流すのが嫌なの!

 こう、他人を感じたくないし、開放的過ぎるの! 密室がいいの!」

「ええ~クロアの故郷だと密室でするの? 息も臭いも詰まりそう」

「逆だって! 守るべきプライベートなんだよ! 普通の家でどーしてるのさ!?」


 人族は家の中にトイレがあるだろうと聞いてみれば、便器は部屋の隅にあり、布で少し覆った程度なのだとか。

 つまり、音も臭いもダダ漏れ。


 ちなみに現在のルミナディアのトイレは、所定の森で用を足したら土を被せるという流れだ。

 実に最悪である。


「ムリムリムリムリ! 布なんて軟弱なもんで、私のプライベートを守れない!!」

「そんなに嫌なの?」

「そんなにイヤなの! それに糞尿なんて感染症の温床なの! 病気ヤダ絶対!!」

「かんせんしょお?」

「風邪とか、それ以上のなんかすごい病気のこと。死ぬヤツだってある。……あるでしょ?」

「感染症なぁ」


 バリランが大きく溜息を吐いて、退屈そうに説明を始める。


「感染症っていやぁ、ただの風邪って認識だぜ? オレぁ古い文献で読んだことあるから知ってるが、普通はそういうもんよ」

「ただの風邪だと!?」


 うんうんと皆が頷く。

 魔国では、どうやら感染症=風邪という認識らしく、それは人族も半獣族もそうらしい。

 感染症という言葉はあるが、多くは風土病であって、そういったものが出たら土地を離れるかポーションを買う。

 これが最適な解決法だと。


「確かにさー。ポーションとかさー。ズルいもんあればそーなるかもだけどさー」


 謎の悔しさに身もだえた。

 医療チート、ズルい。


「そうじゃない!

 考えてみてよ、ここってルジィがいなければ完全に孤島……誰も助けに来ないような場所なんだよ?

 ポーション尽きたらどーすんのさ!」

「……そりゃ全滅するんだろうな?」

「でも今までだって平気だったんだし、そんな急ぐ必要なくねーか?」

「それこそ上水道だって急ぐ必要ないじゃーん!」

「糞尿が風邪の原因ってのがしっくりこないわよね」

「そうね?」


 オルウェンが首をひねる。


「ぐ……ウイルス、病原菌というものがあってだね、目に見えないほど小さい生物なんだよ。

 そーゆーのが糞尿、くしゃみ、咳とかで人から人に感染していくの!」

「感染……」

「糞尿にネズミや虫がタカって、運んだりもするの! 見えないけど、そこら中に毒を撒いてくるよーなもんなの!」

「運ばれるのに見えないもの……?」

「クッソ―! 何故伝わらないんだ! 私の故郷じゃ1つの感染病が何百万人の命を奪ったりしたんだぞ!」

「でもそんなこと聞いたこともないし……」

「これから! 未知の! 病原菌が生まれて! パンデミックになるかもしれないでしょー!」

「う~ん?」


 パンデミックというワードが翻訳されているあたり、この世界の過去に存在したということだ。

 絶対に長い歴史の中で忘れられただけに違いない。

 あるいは気付かなかった、理解出来なかっただけだ。

 伝わらない歯がゆさと悔しさにハンカチを噛む気分だ。


 ガタンっ!!


「何度言えばわかるんだ!!」


 クロアの叫びが、部屋に響き渡る。


「死活問題なんだよ!! もう後送りには出来ない!! 絶対に!!」






 そしてベルガミュアがキレて、現在に至る。


「確かに作るのはベルガだしな……」

「そうね……」

「クロアじゃ無理らしいし……」

「どうせどれも優先順位高ぇんだから、やらせてやりゃあいい」


 もごもごするメンバー。

 日頃怒らない人が怒ると怖いシステムにより、下水第一優先の流れに変わった。


「魔導具構想はすでにあります。ニャスタ」

「にゃす~」


 ベルガミュアの後ろに魔導ディスプレイが出てきて、映像が流れる。

 なんとなくトイレは個室で糞尿は家の中に存在しないようにしたいという話で一致していたが、多忙だったので具体的なトイレ魔導具について聞くのはクロアも初めてになる。


「とりあえず製作する人員と素材が不足しているので、プロトタイプになります。

 現段階で生産可能かつ、最低限の快適さをもって使えるトイレがこれです」


 映像の中で、縦長の直方体の木箱が生まれる。

 クロアのイメージするトイレと同様、しっかりした囲いだ。

 その中に木製の椅子。

 全体は角張った板を組み立てただけのもののようで、座る部分が穴のある空箱状になっている。

 まさにクロアの思う洋式トイレが木箱になったもので間違いない。

 映像では人がそれに座り、用を足す。

 蓋を閉じると、汚物が中の魔術陣により消える。


「うん、大体私もこんなイメージだよ。ただこの汚物消えてったの、どういう仕組み?」

「有機質を全て原子レベルに分解します」

「原子レベル……」


 さらっと言うが、究極に恐ろしいことを言っていると思う。

 わかっていないメンバーに、目に見えないほど細かく砕くことだと補足しておく。


「一応怖いから聞くけど、ソレの安全性は?

 うっかりなんかこう……片足入っちゃった! って時に足も分解される?」

「お前すっごいグロいこと聞くんだな……」

「いやいやいや、当然の確認でしょー」

「それはご心配なく」


 バーチェークが何故かクロアの言葉にドン引きしたが、想定通りらしくベルガが答える。


「本来、私の使っていたトイレなら、分解すべきものとしないものを認識して分解するのですが、そこまで精緻なものは私には作れません。

 なので、スイッチを作ります」

「スイッチってなに?」

「押したら何かが起こる、ボタンとかレバーとかだよ。こういうこと」


 シルフェアナの疑問に、クロアは答える。

 手元にいたニャスタの腹をポチッと押すと、察してくれたニャスタが頭頂部に花を咲かせた。


「この椅子に開閉できる蓋をつけます。閉じて3秒後に分解を開始します。

 蓋側にルミナスをつけるので、閉じないと分解は始まりません。

 一応、緊急停止スイッチもつけましょう。簡単なので」

「なるほど。蓋を閉じれば洗浄する、ウチの故郷のヤツにかなり近いよ。

 分解後って、ニオイも消えたりするの?」

「残り香はさすがにまだ無理ですね。消臭・防音システムは次段階の課題です。

 本来ならそこに個人特定健康管理システムも入れてIDに連携したいのですが」


 はあ、と物憂げに溜息を吐くベルガミュア。

 そこまで行くとクロアから見て完全に未来のアイテムだ。

 テスカナ、恐ろしい文明。


「でも木で作るのォ? 腐っちゃうんじゃなーい?」


 オルウェンの言葉に、ベルガミュアが頷く。


「ええ、普通に木で作るだけでは腐ります。腐食耐性のある素材で作るのが一番ですが、職人がいないので。

 木で原型を作り、魔導樹脂でコーティングします」

「魔導樹脂とはなんだ?」

「私も聞いたことないや。普通の樹脂とは違うってこと?」


 樹脂とは自然や人工によって作られた原料で、その中でもプラスチックと言えば、故郷では日常的にありふれた素材だ。


「ポーションからマナを抜くと、強力なコーティング剤になります。それが魔導樹脂です」

「ポポポポーションってマナ抜くと固まっちゃうの!?」


 魔導樹脂がどうのこうのより、飲んだポーションが体内で固まったりしないのかの方が、強く興味をそそられる。

 怪我に掛けることもあるが、飲んで治すこともあると聞いた。


「ポーションの作り方ってご存知ですか?」

「イリ草と水だろ?」

「そうです。植物のみがもつハイグルというものがあり、自分のマナで誘導抽出し、水に溶かしこむ。

 これがポーション、治癒薬の作り方です」

「え。ベルガ……ポーションの作り方知ってたの……? 作れないって……言ってなかった……?」


 先日、南魔国で結構な金額を出して買って来たのに。

 下級、中級、上級、超上級、と色々な状況を想定してそれなりの数量揃えて購入してきた。

 超上級に至っては、1つで庶民の月給何年分という金額だったのに。


 悲しみに顔を引きつらせると、ベルガミュアは首を振る。


「作れませんよ。作り方は知ってますけど。

 マナ操作の技術と素材配分がシビアなので無理です。

 だからこの時代でもポーションを作れる人間が限られていて、値段も高いのかと」

「なんだー」


 金の無駄遣いをしていないことに、クロアはほっと胸をなでおろす。


「でもポーションが作れないんじゃ、その魔導樹脂ってのも作れないんじゃねーか?」

「治癒薬として機能しない、出来損ないのポーションでいいんです。

 ハイグルがある程度水に出ていれば、そこにマナが空っぽのルミナスを入れて、しばらく経てば完成です。

 出来上がった魔導樹脂は数時間放置すれば固まって、腐食耐性が生まれます。

 クロアに渡した着火ライターの木にも塗ってありますよ」

「そうだったのか」


 たしかに全然焦げないなとは思っていた。

 そういえばイリ草という植物を大量に集めるように、かなり前にベルガミュアに依頼されていたが、このためだったのかと理解した。

 南魔国出発前だったので慌ただしくルミナディアに残るメンバーに依頼して、すっかり忘れていた。


「とにかくこの魔導樹脂なら、木製でも使用に耐えられるでしょう。

 2~3年は持ちます。その間に腐食耐性のある素材と職人をなんとかしてください」

「やっぱり陶器?」

「そうですね。あとは合金でも問題ないかと」

「この件以外のとこでもよ、金属や武器、ガラス職人、色んな職人が欲しいとこだな。

 クロアよ、今度南魔国との商談の時に話をしてみたらどうだ?」

「そーだね。職人の誘致か、南魔国に弟子入りか……。誘致の方が現実的かな。タイミングみて聞いてみるよ」


 確かに現状、あらゆる職人が不足している。

 酒造の職人ゼーグリオのように、様々な職人を一時的にでも借りられたらルミナディアの発展に大きく貢献してくれることだろう。

 ただいい具合のタイミングで依頼しないと、弱みにされそうで怖い。


「ところでそのトイレって、ゴミ箱としても使えたりする?」


 するとベルガミュアが無表情のままピタリと止まった。

 アレは分かりづらいが、驚いた時の顔だ。


「その発想はなかったですね。

 確かに、ゴミ箱の魔導具を別で作ると時間も手間もかかるので、いいアイディアかもしれません」

「じゃあ今までやってきた、食べカスや使えない魔獣素材を燃やす必要もなくなるの?」


 シルフェアナがすごいと目を輝かせ、ベルガミュアがうーんと考える。


「金属、鉱石、魔導具、以外なら分解できるように設計しましょう」

「基本、無機質……ガラスも含むよね? 再利用が可能な資源は、出来るだけ使いまわしたいな」

「わかりました」

「じゃあ捨てたい金属や鉱石は集めるところが必要そうだな?

 そこらにポイポイ捨てられたら、あとで面倒なことになるってことなんだろ」

「そうだね。それらの収集場所の小屋をバーチャームに作ってもらおう。優先度は低めでいいね?」

「そんなに出ないしな、そんなゴミ」


 話しながら色々と考えが浮かんでいるようで、ベルガミュアはニャスタのディスプレイにメモを走り書きしている。


「食べカスなんて、オレぁそこらに捨ててたけどな」

「やだァ、腐るじゃない! もしかしてバリラン、野焼きに行かないで家に置いてたりなんかしないわよね?」


 オルウェンの目線に、バリランが顔を背ける。


「……たぶん、ねえと思うが」

「ダメだわこれェ! あとでバリランの家宅捜索させて貰うわよォ!」

「げえ! むさ苦しい男がオレの部屋に入るんじゃねえ! 入って良いのはキレイなネーちゃんだけだ」

「心は綺麗な淑女よォ!」

「うるさいわよ、あなたたち。評議会なんだから、雑談はあとにして」


 シルフェアナの一喝で、バリランとオルウェンの戦いが幕を閉じる。

 本人は選ばれた際に不安そうだったが、早くも評議会のメンバーに相応しい貫禄だ。


「はいはい、遊んでないでまとめるよ!

 魔導具の関係する街づくり優先順位は、トイレ・下水関係、次に上水道と災害対策に決定。

 その他は一度保留にして、他に必要なものがないか各自生活を改めて観察してみて。

 ベルガの製作の進行次第で、また評議会で打ち合わせしまーす。以上!」

「よーし終わったぜ~」

「残念、会議終了はベルガだけ。

 評議会メンバーは法律についての話題が残ってるんで、まだ残って」

「なんだよ、終わったと思ったのに」

「オレなんか計算教室で教えてきた後なんだぜ?」

「私だって怠けたいよ。早く怠けるために効率よく会議しようねー。ではニャスタ、例の画像を」


 疲れ気味のオトナたちによる会議は、まだまだ終わらない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。