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064 :// 食堂

 息が苦しい。

 顔に触れる柔らくほんのり温かなソレをベチベチと叩けばやっと解放され、クロアは大きく息を吸った。


(なんで毎回この起こし方……)


 まだ日が昇らない頃、まだ眠りの世界に魂が半分入ったような状態で起床した。

 確かに朝起こすようにニャスタにお願いしているのだが、なぜか毎回こうなのだ。

 ニャスタの腹で呼吸を止められて起こされる。

 ヤツなりに考えて周りに気を遣った起こし方なのかもしれないが、いつかうっかり死ぬのではないかと思う。


 暗い上に寝起きで頭もフラフラするので、慎重に歩く。

 相変わらず最初のメンバーで作った家に住んでおり、布を敷いてほぼ雑魚寝状態だ。

 なんとなく個人個人で定位置が決まっていて、オルウェンだけイビキが喧しいので、最初から脇に追いやられている。

 ベルガミュアはいつの間にか部屋の隅に作られていたハンモックで寝ている。


 つまり今のクロアにとっての問題は子供たち。

 ラーシスがよく転がるのでそれに伴ってリーシアも転がるせいで思わぬところに居たりするし、突然転がってきて激突するパターンもある。

 慎重に歩かないと踏んづけてしまうという、謎の毎朝恒例試練なのである。

 落ち着いたらバーチャームにベッドを作ってもらおう、と思うまでが毎回のテンプレだ。


 皆を起こさないように家を出て、外にある桶で顔を洗う。

 冷たい水で目が覚めるのが普通だが、全然覚めないのがクロア。

 ぶるぶると水を払い、置いてある固めの布で顔を拭くと、半目で暗闇を歩き出す。






 クロアは朝に弱い。

 だがこうして誰よりも早く起きて動くのは、一番にしなければならない仕事があるからだ。


「おはようクロア。今日も眠そうね」

「うん。おはよ。眠くて死にそう」


 道すがらネェガと合流し、共に同じ場所に向かって歩く。


 ネェガはバーチャームの嫁だ。

 バーチィールたちはリスのような半獣族だが、ネェガは犬っぽい耳と尻尾を持っている。

 三つ子を生んだとは思えないほど若くて別嬪で、料理が上手だ。


(バーチィールとバーチェークは晩婚派なんだな)


 バーチャームだけ妙に婚姻と出産が早いという不思議。

 残りの2人は大丈夫なのかと他人事ながら少し心配した。


「着いたわね」


 2人で見上げるのは、食堂。

 クロアが南魔国に行っている間に建築を頼み、バーチャームがしっかり仕上げてくれた。

 1階建てで天井を高めにしてあるので、開放感がある。

 中には長テーブルと椅子が大量に並べてある。

 そのうち、天気がいい日には外でも食べられるように、テーブルセットの追加発注をしたいものだ。


「ネェガ、こっちの準備任せていいー? 私、食料取ってくる」

「わかったわ」


 昨晩のうちにネェガには流れを説明しているので、早々に準備に取りかかってくれている。


 クロアは食堂の裏へと足を運ぶ。

 そこには巨大な氷の建物が聳え立っている。


 入り口は獣の毛皮を何枚も重ねてドアにしてある。

 機密性がよくないが、しかしだからと言って氷でドアを作れるほど器用でなかったので仕方ない。


 この冷蔵庫代わりの氷室は、クロアと他パワー系メンバーの加工による賜である。

 メタルリザードの肉を腐らせたくないがために、南魔国帰国後の最初の仕事として作ったものだ。


 まずクロアが氷の原魔法を使って巨大な氷の城が出来たら、パワー系のメンバーが掘る、削る。

 という雑に作った氷室。

 だから綺麗な四角形ではなく、トゲトゲした頂点を複数持つ厳ついシルエットだ。

 今はこれで済ませているが、いずれはベルガミュアに頼んで魔導具冷蔵庫と冷凍庫にしたい。


 ちなみにこの氷室は、氷魔法が得意なアストルが時折補強してくれているらしい。

 先日静かに両手を氷室にぺったりとくっつけて補強するアストルを見かけて、あまりのシュールさに笑ってしまった。

 頼まれてないことを進んでやってくれる、意外と常識のある青年だ。


 よく冷えた氷室の中を進むと、中にいたニャスタ3匹がこちらに気付いてふわふわと寄ってくる。

 全員鼻水を垂らしているが、いつもの演出なので気にしない。


「今日の在庫見せてー」

「にゃす~」


 言うと、ディスプレイが現れて氷室の食材リストが表示される。

 これは事前に管理者権限で、ニャスタにはここに常駐して在庫管理するよう指示を出した。

 入ってきた住民の質問に答えること、推定消費期限が近いものがあれば警告を出すことなど、色々と指示をしている。


 クロアの会社、シロネの買い取りで手に入った食材は、特別な指示がない限りここに運び込まれることになっている。


「んー。魚がすごいあるな。今日はこのサルモピアと……バイコーン肉を主食にしようかねー」


 在庫数はゲージで大から小と視覚的にわかりやすく、重さも数字で表示するという素晴らしい管理状態だ。


 しっかりと凍って鈍器となっている魚の切り身、肉の塊、野菜を種類別にカゴへ入れていく。

 半獣族も多い住民の朝ごはんを賄う分なのでかなりの量だ。

 収集し終えると、出入口のすぐ近くに置いてある魔導具ボックスに入れた。


 これは解凍の魔導具。

 魔導科学の術式により、状態変化はさほど難しいものではないということで、さくっとベルガミュアが作ってくれた。

 ベルガミュアの時代の解凍魔導具なら、仕分けせずに箱に入れれば全部いい具合に解凍されるらしい。

 すごくうらやましいと熱い視線を送ったところ、いつか暇になったら作ってくれると雑な約束をしてくれた。


 今は素材の種類別にボックスに入れることで解凍させている。

 クロアからすれば、これだけでも充分オーバーテクノロジー。

 10秒で綺麗に解凍してくれるなんて、素晴らし過ぎる。


 食材を解凍し終えて、食堂のキッチンへと運ぶ。

 カウンター式のキッチンでは、ネェガが米とキルルの実を大鍋で炊いてくれている。


「食材ありがとう、クロア」

「今日はサルモピアとバイコーンにしたよ」

「そうね、キルルの実はバイコーンによく合うから、野菜と煮込んでスープにしたらどうかしら?」

「いいねー。バイコーンだと結構濃いめのドロドロスープだよね?

 じゃあ私はサルモピアをさっぱり香草焼きにしようかな。副菜も作っちゃうねー」

「頑張りましょ!」


 各々作業に取り掛かり始める。


 食堂のシステムは、すばり学食や社員食堂のものだ。

 好きなメニューを選んで好きに食べるレストランとは異なり、固定のセットメニューから選んでもらうことでコストを下げ、安く素早く提供できる。

 セットメニューも仕入れという名の素材買取り状況とそれに伴う在庫内容により、こちらで都合のいいものを選択して作れるのもメリットだ。


 この食堂は営利目的というよりは、福祉の一環である。

 このルミナディアは独特な環境で、単身者が多く一般的な核家族が少ない。

 家にキッチンがあったところで、まともな自炊が出来ない人の方が多い。


 そこで福祉としてシロネ商会を介し、住民にはキッチンなど自炊環境がない低コストな単身者向けの住宅と、低価格の食堂を提供する。

 代わりにルミナディア行政側は所得税と単身者向け住宅の賃金をもらう。

 これなら廃棄地を彷徨う人間が住民として加わりやすく、馴染みやすいはずだ。

 ちなみに一時滞在の場合は、労働でそれらの住宅賃金や食費を返却してもらう。

 IDには住民用と客用があるので、管理は問題ない。

 いずれ他に税収は増やすかもしれないが、現段階はこれで回していく予定である。


「サルモピアには塩しか振らないの?」

「これは臭み抜きだよ。下味の香草はあと。

 塩を振って少し置いておくと、臭みと水分が出てくるんだ。それをとってやった方が美味しくできるのさ」

「へえ、そうなの! これから私もそうするわ!」


 ネェガが興味津々でクロアの調理を覗き込む。

 クロアの調理方法は珍しいものが多いらしく、度々質問をしてくれる。

 大体が故郷で過去の偉人たちが発見した裏付けのある調理方法なので、学んでくれるのは大変うれしい。

 ゆくゆくは故郷の料理とこの世界の料理を合体させ、最高に美味しいものを生む、または生んでもらうのがクロアの夢だ。


 魚の下処理の間に、野菜を炒めてと副菜と汁物も作る。


 南魔国から買ってきたので、あらかたの材料が揃ってきた。

 油、塩、砂糖、胡椒、その他ハーブやスパイス、そして米。

 野菜や果実だけは日持ちの問題でまだ輸入出来ないので、栽培出来ないか色々と試している。


「えっと、これが炭水化物で、メインのお肉かお魚と、野菜と果物の副菜……っと。

 このセットでよかったのよね?」

「バッチリ」


 セットは栄養も考慮して、その3つは必ず用意するように伝えている。

 南魔国で行き倒れたように道で眠る鉱夫たちを見て、栄養バランスの大事さを学んだ。


「おはようございます!」


 元気な挨拶と共に食堂へ入ってきたのは、アストルだ。


「あら、早いわね」

「鍛錬の時間があるので。ええと、セット1が肉のシチューで、セット2が魚か……」


 食堂入ってすぐ、ニャスタがメニューの映像を出してくれている。

 ずっと看板持ちさせているようで可哀想だが、とても便利だ。

 アストルがじっくりとメニューを眺め、やがてこちらへやってきた。


「セット1でお願いします。中盛で」

「はいよー」


 ネェガが出来上がったシチューと副菜たちをトレイに載せてアストルに渡す。

 そしてIDで支払いをしてもらう。


 本日のセット1。

 バイコーンとキルルの実の濃厚ブラウンシチュー。

 副菜はリーリー草のペッパーソテーと、アレイン。


 バイコーンは一般受けする牛もも肉のような、しっかりした歯ごたえと甘みが特徴だ。

 野菜を煮込んで作るブラウンシチューには、キヌアのような小さな木の実のキルルがたっぷり入っている。

 濃厚なシチューに、プチプチする軽い舌触りがするだろう。

 さっぱりした葉物のペッパーソテーで口直しして、最後にアレイン。

 とても美味しそうだ。


「おはよーさん」

「おはよー」

「ふわぁ」


 気付けばもう日が昇っていて、続々と住民たちがやってきた。


「香草焼きって珍しいよな。オレこのセット2の大盛にする」

「こんくらい?」

「おう」


 本日のセット2。

 サルモピアの香草焼き。

 副菜にはリモ掛けサラダと、メルノン茸と野菜のスープ。


 サルモピアは川魚の癖に大きく、脂ののったいい魚だ。

 身が赤くて、鮭に似ている。

 香草は表現しづらいが、ツンと心地よい程度の刺激があり、ほんのり花のような香りがする。

 片栗粉をまぶしたので、サルモピアの身はしっとりとした仕上がりだ。

 リモ掛けサラダはシンプルだが、しゃっきりした生の葉野菜とよく合う。

 メルノン茸の出汁がよく効いた汁物は、野菜の甘みも混じってホッとする味付け。

 これもまた美味しそうだ。


「……おなかすいたー」

「クロア、私も食べ終わったわ。どうぞ食べてきて?」

「やったー!」


 住民の多くが食べ終わった頃、ネェガと交代で朝食をとる。

 ネェガが戻ってきたので、クロアは自分の分のセット2を持って食べ始めた。


 これがここ数日の、朝の流れである。


 ルミナディア自治区が発足して3日。

 意外と皆が勤勉にIDの使い方を学んでくれたり、ギルドで上手く仕事を分け合ってくれているお陰で、順調である。


「あー……“納豆”……食べた……い……」

「クロア、寝ないで! 食べてから寝て!」


 睡眠不足が深刻なことだけが、問題である。


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