062 :// ルミナディア自治区発足 -2-
ルミナディア自治区発足イベントは、まだまだ終わらない。
「んじゃ、次のイベントは———IDの配布だよー」
「にゃーす」
クロアが言うと、横にいたニャスタが再び上空に大きなディスプレイを出し、事前に作っておいた説明用の映像が流れ始める。
「IDっていうのは、1人に1つ配布するルミナディア住民の証みたいなもの。
この小っさい黄色の粒が本体で、持ち歩きしやすいようにバングルにしてあるよー」
ID。
これはかつて栄え滅びた文明であるベルガミュアの時代、テスカナの産物をもとにしたもの。
イニティムスが生産・連携する個人チップで、住民票や銀行機能を備えている。
本来は健康管理やスケジュール管理などのパーソナル機能をもっと大量に有しているが、現在の住民にそのまま配布しても混乱を来しそうなので、機能は最低限にそぎ落とした。
ベルガミュアによると本来はIDを手の甲に埋め込んで使うらしい。
2ミリほどの小さなチップなのでその使用方法も不可能ではないが、医療用魔導具もないことと皆の精神的抵抗も考えて、このバングル型にした。
細い輪状に加工した木の輪っかにIDを埋め込んでコーティング加工したものは、特に飾り気もなくシンプルなデザイン。
とりあえずバングル型にしたが指輪やネックレスなどにも出来るので、外部装着の種類やアイテムについてはこれから改善していく予定だ。
「基本的な機能は、身分証と銀行機能———つまりみんなにとって、コレが財布兼ギルド証や通行手形みたいなものだから失くさないようにね」
クロアが実際のIDバングルを掲げて、皆の注目が集まる。
「どこの国でも街では金銭をやり取りして物を購入したりすることは皆知っているよね?
ルミナディアでは金貨や銀貨を使わずに、このIDによってお金のやり取りをするよ。
現実には存在しないけど、仮想的に存在する通貨ってこと」
街という経済圏を作る上で、一番困ったのがこのお金に関することだった。
南魔国との繋がりが出来たので、魔国の通貨と貨幣の導入を検討したが、結果的にテスカナの仮想通貨“ディル”の導入を決めた。
魔国の通貨導入では、魔国の属国と見なされる可能性や人族からの拒絶、価値の安定性など、懸念が色々とある。
テスカナの仮想通貨もまた懸念があり、果たして住民に浸透するのか、裏付け資産なしで経済破綻しないか、などが気になるところだ。
クロアとしてはデータが吹き飛んだりしないかが最大の心配だったが、ベルガミュアによると問題ないらしい。
例えイニティムス本体が壊れても、独立したバックアップ端末が複数あるので大丈夫だそうだ。
しかしクロアとしてはリスク分散しておきたいので、ルミナディア自治区の国庫としてある程度は実物資産を保管する予定である。
とりあえず、ラーシスたち子供組に『お店屋さんごっこ』と称してテスト使用させてみたところ、一度調整はしたものの、機能さえ絞れば問題なく使えて理解も出来ているようだったので、思い切ってこのテスカナ仮想通貨を流通させることに決定した。
運用開始できるだけの資産があり、住民がまだ少ないため制御しやすいというのも理由として大きい。
将来的にはセキュリティーがダントツに強いことが利点になると信じている。
「存在しないお金ってどういうこと?」
「このニャスタの説明を見て。実際にはこんな風になるよ」
上空でニャスタの説明映像が流れる。
お店での支払いの流れや、預金の確認方法などの説明を事前にまとめて、ニャスタにわかりやすい映像にしてもらった。
バングルを使ったIDでの支払いは、ID所有者同士の相互許可のもとに支払いが行われる。
企業には企業用のIDが配布される。
もちろん個人間でも金銭のやり取りは可能だ。
例えばお店で食事をした場合。
口頭で『ID』と言えば声紋と魔力紋により魔術認証され、IDが起動して使用者の視界にコマンドが見えるようになる。
そこで銀行システムを選び、店側が提示した支払い要求を承認する。
こういう流れだ。
コマンドは一見認識魔術のように見えるが、分かりやすさと疲労を考慮して認識による認証ではなく、視線と音声入力にしてある。
「金額は自分にしか見えないからね。
声紋、つまり声とマナで個人を認証するから、他人のIDは盗んでも使えないよ。
自分にしか見られない、使えないお財布ってわけ」
説明する側ながら、クロアも超技術にビビっている。
認識魔術を習いはじめた時点で思っていたが、まず網膜に直接魔術式が飛ぶって何、と今でも思っている。
故郷では絶対に実現不能なものだと思う。
超未来的お財布に実はクロアもわくわくで、実際に使用するのをとても楽しみにしていた。
「預金機能、使い過ぎ防止機能、計画積立機能、犯罪防止抑制機能……
色々機能があるけど、さっきの映像にあった基本的な使い方が出来れば大丈夫。
あとお金を使うことに不慣れな人も多いから、心配な人はニャスタに相談してみて。
『今週使い過ぎ?』とか『今の生活だと、3か月後にどれくらいお金貯まる?』
とか。聞いてみれば、教えてくれるよ」
「にゃっすっす」
「精霊様すごーい」
「なんでも出来るんだな」
クロアの隣で、ニャスタがドヤ顔をする。
ニャスタは元々イニティムスと連携する魔導AIなので、これは最初から備わっている機能なのである。
本来のカーバンクルの用途通り、住民全員がユーザー登録すればもっと色々と楽なのだが。
幅広い機能を有するので、理解の浅い住民にユーザー登録するのも怖いし、そもそもニャスタはユーザー登録に後ろ向きのようで、諦めざるを得なかった。
ちなみに、試しに住民のユーザー登録しないかと聞いてみたら拒否された。
挙句の果てに何故かぷにぷにハンドで殴られまくる始末。
個人サポート魔導AIのくせに、何故か誰も登録したがらないのである。
「そうだ、これは充電が必要でね。1週間に1ほど、充電スポットで充電してねー」
IDにはどの種族にも無害なように、黄色のルミナスを内蔵させている。
ニャスタと違って自家発電できないので、充電式だ。
今後街のあらゆるところに充電スポットを設置する予定である。
「これから一人ずつ並んでもらって配るよ。渡す時に住民登録をするから、姓名を申告してねー」
「待てよ、クロア。貰ってもそのIDに登録? する金はどうすんだよ?」
「お金も配布するよー」
「「「え!?」」」
聞いていた住民たちが、驚きで固まってしまった。
そういえば、IDについては度々機会があるごとに説明していたが、その中のお金については何も言っていなかった気がしなくもない。
「ベルガと私で作ったルミナス魔鉱石を南魔国で売ってきたお金を、ルミナディア自治区の国庫と、みんなのスタート用の金銭にするよ」
「いや……それは……」
「うーん」
住民たちが各々で困った顔を見合わせた。
「それって2人の稼いだお金じゃ」
「オレら何もしてねーのに貰えねーよ」
「ベルガも私も納得してるから大丈夫。
個人の資産にしたってさー。ここじゃ使うとこないのよ。
それより皆に配って、街として栄えてくれないと、私もベルガもやりたいことが達成出来ないのさー」
みんなで経済を回して貰って、商業が発達しなければ、クロアは便利で楽ちんな文明でぬくぬくと怠惰な余生を過ごせない。
ベルガミュアは自分好みの魔導具を作っても売る先がない。
本当に利害が一致しているので、ベルガミュアも迷うことなく納得してくれた。
ベルガミュアは魔国でこのお金を使ったり商売することも可能だが、魔国に行って誰かとコミュニケーションを取らねばならないのが嫌だそうだ。
それよりは魔導具の販売はクロアに委任して、自分はひたすら製作に打ち込みたいとも。
いくらコミュ障にしたって、だいぶ酷い理由である。
ということで、稼ぎの国庫行きが決定した。
住民たちがこっそりベルガミュアを見る。
相変わらず無表情のままなのでクロアが顔で何か言えとアピールすると、ベルガミュアも仕方なさそうに頷いて見せた。
「配布するIDには、明日3か月分程度の稼ぎを入金するよ。
云わばアレだ。ルミナディア独立記念配布的なヤツ。もう二度と配布しないから、使い切って困るようなことは絶対にしないよーにね」
「これからどうやって稼げばいいの?」
「それについてはまた後で説明するよ。
とりあえず先にIDの配布するから、並んで並んでー」
「オルウェンね。苗字決めた? 例のシュクージョはマジでダメだからね」
「オルウェン・レディアンにしたわ。今朝、ピーンって来たのよ!」
「にゃす」
「なんか……いや、まぁ、いっかー。はい完了、次ー」
「キィ・チルア・バーチィール。ってか、アタシの小家族はみんなそのままのつもりだよ。
小家族の名もそのままでいいんだってね?」
「うん、小家族ってシステムをルミナディアに丸っと採用するよ。今後は人族や魔族も、小家族になれるってことにする」
「ああ、いいと思うよ! ひとりでいるより、小家族でいた方がいいってもんよ」
「バリラン・ゲゼルだ」
「元からの苗字?」
「おう。オレぁ別に悪いことなんかしてねーからな。変えなくていいんだ」
「ちなみに今後、痴漢行為は犯罪だからね。はい完了」
「え゛ッ」
「…………」
「どーした? 決められなかった?」
「お兄ちゃんと一緒のだから、なかなか決まらなくて」
「なんかいいのねーかな?」
「じゃあこんなのどう? ニャスタが候補をランダム生成してくれるよ」
「わあ~いっぱいある」
「これよくねーか? アレイル。カッコイイぞ」
「いいね! アレインっぽくてカワイイ。お兄ちゃんこれにしよう!」
「カワイイんじゃなくてカッコイイんだよ!」
「ハイハイ、ラーシス・アレイルとリーシア・アレイル。はい完了」
「ボクは、シグ・リオルにする」
「ちゃんとニャスタに相談してくれてたもんね。シグは偉い子ー」
「これくらい当たり前、だよ」
「ん? また背のびた? お姉さんはうれしいよー」
「……はぁ……。やはりランダム生成にします……」
「テスカナにすれば? 出身地なんだし」
「嫌です。ニャスタ、ランダム生成を」
「まぁそっかー。よく考えたら私もクロア・“ジャパン”とか、クロア・“トーキョー”とか嫌だわ」
「ベルガミュア・マシェロ。忘れずに済みそうなのでこれにします」
「ん? それってマシュマ……いや、いいや。ほい次」
苗字必須となり、元の名を継続する者も、自分の意思で変えた者もいた。
全員の住民登録は、各々微妙に迷ったり困ったりする人もいたが、無事に完了した。
登録を待つ人々は新たな名で名乗り合う、謎の時間を過ごした。




