061 :// ルミナディア自治区発足 -1-
7話ほど、新・ルミナディアご案内ストーリーが続きます。地味ですみません。
天気は快晴。風は和やか。
時折白いデブ鳥が空を往く、過ごしやすい良い日だ。
南魔国からクロアたちが戻って二ヶ月ほど。
ルジィに頼んで何度かパルマファムの街を往復したり、街づくりのための準備をして慌ただしく過ごしてきた。
今日は記念日。
ちょっとだけ緊張するような、楽しみなような、心配なような、複雑な気持ちでクロアがやってきたのは仮称、中央広場。
聳え立つ巨大な城のようなルミナスの前に位置するところだ。
黒いルミナスに触れても問題がない半獣族に頼んで、持ち運べるサイズのルミナスは掘り起こして別の場所に集めて貰った。
お陰で人族にも魔族にも安全なエリアが広がりつつあり、そして日頃から憩いの場として使っている場所が、この中央広場である。
クロアが到着すると、すでに周知していた通りにルミナディアに住む全員が集まってきている。
広場に来た面々は、草むらに適当に腰掛けたり、立っていたりする。
ニャスタが住民全員が集まっていると丸マークを出したので、広場の中央でクロアは気合を入れて頷いた。
「ヨシ、やろっか。ニャスタよろしくー」
「にゃす~」
周囲のそこら中で思い思いに過ごしていたニャスタたちが、ふわふわと浮かんで集まってくる。
住民たちの前に立つクロアを囲むと。
「にゃっす~!」
一匹のニャスタが穴の開いた風船のように上空へと弾け飛ぶ。
それを皮切りに、他のニャスタたちも空へと弾け飛んでいく。
「なにか出てる!」
住民の誰かが、空を飛ぶニャスタを指差した。
ニャスタたちが並んでキラキラを出しながら、螺旋を描いて空に花を描く。
一匹ずつ異なる色のキラキラが、さながら点描画のように立体的な花を空に咲かせていく。
ほのかに風もあるのに寸分のズレもない描写は、さすが魔導AIだ。
「おおー……」
提案者であるクロアも、美しい空の絵画に声を漏らした。
複雑な花びらを描ききると、全てのニャスタたちが花々の中央に集まり、波状の光を放つ。
そしてパァン、と弾けるように四方に飛んでいった。
「キレイ……」
「すげえ~……」
初めて見る空のアートに、皆で感嘆の声を漏らした。
ニャスタによるショー。
今日が特別な日であることを印象づけるために、クロアが何か演出したいと考えた結果生まれたもの。
最初は花火をあげたいと考えたが、昼だからあまりに映えない。
そこで故郷の航空ショーのイメージでニャスタにお願いしたのだった。
ショーの目的と曖昧なイメージを伝えたところ、ニャスタがいい感じの演出にまとめてくれた。
想像以上の出来にクロアがパチパチと手を叩くと、住民たちも手を叩いて喜んだ。
やがて弾けて散ったニャスタたちが、住民ひとりひとりの元に降りてくる。
「ヨシ! それじゃ意思決定評議会の投票を始めるよー!」
ルミナディア意思決定評議会。
つまりルミナディアの方針を決める議会であり、行政を行う政治中枢である。
故郷で言えば国会兼内閣だ。
いずれは形態を変える必要があるが、人数も少ない上に治政や経済の知識もない人が多い現状において、ベストな形を考えた結果だ。
クロアは食事の時を中心に、ずっと共和と民主制について説明してきた。
もちろんルミナディアを王不在の民主制の街にするためである。
別にクロアとしては政治にこだわりがあるわけでもないし、王政が普通の世界なのでそれでもよかったが、そうなると自然と王がクロアになってしまう。
それだけはダメだ。
王になったら簡単に引退出来なくなってしまう。
そして何よりも政治云々、権力がああだこうだに巻き込まれるのは、面倒くさい。
ということで、自分の欲望に忠実に考えた結果でもあるが、実際のところはやはり自分の生まれ育った世界のイメージが最大の要因である。
典型的な絶対君主制のもとに生きてきた人族に、4つの魔王を議会として実権を握る特殊君主制のもとに生きてきた魔族。
そして政治的組織を持たない遊牧の民、半獣族。
どの部族にとっても新しい感覚を説明するのには骨が折れたが、興味がない人もある人も、それなりに理解を示してくれている。
「事前に説明した通り、代表者は現段階で5名。
今回は発足者として私が入るのは決定させてもらうので、残り4人を投票で決めてもらうよ。
自分たちを引っ張ってくれると思う人をニャスタに耳打ちしてねー」
まだ紙が貴重なので、ニャスタを投票用紙代わりにした。
そのため、ショーのあと空に散ったニャスタたちには一人一人のもとに降りてきてもらったのだった。
不足から生まれたシステムだが、なんならこちらの方が集計も素早く終わる画期的な手法で、実に魔術様々である。
「自分への投票は無効だよー。誰が誰に投票したのかはわからないようにするので、安心してねー」
「オレたちのとこ、ニャスタ来てないぞ!」
不意に広場の中から怒り声があがった。
不機嫌そうなこの声は、ラーシスだ。
「言ったでしょー。投票権は成人のみって」
「んだよケチケチすんなよな!」
「ラーシスはニャスタ投票がやってみたいだけ、でしょ」
「静かにしてよね、お兄ちゃん」
シグとリーシアに窘められて、ぴょこりと飛び出したラーシスの頭が引っ込んだ。
最近シグの喋りが滑らかになってきて、前よりラーシスの兄感が増したように思う。
宥める様を一通り見て、ほっこりした。
「今回は初回だからこうだけど、2年後には全メンバー投票し直したりするよー。
その時には立候補制にしたりするよー。
投票した人があとになって信頼出来ない行動し始めた、なんてことになっても不信任……解決法はあるからねー」
皆が投票している間に、注釈を垂れ流しておく。
住民に耳打ちされたニャスタはわかったという顔で頷き、空へと浮かんでいった。
やがて白いふわふわで空がいっぱいになる。
「にゃすにゃす」
「全員投票出来たってさ-! 開票するよ!」
クロアの隣にいるニャスタがちょんちょんとクロアをつついて丸マークを出したので、開票を頼む。
空にぷかぷかと浮かんでいだニャスタたちが散開して、空間が開ける。
そこに広場に集まる人々によく見える、巨大な魔導ディスプレイが出現した。
『ルミナディア意思決定評議会 メンバー投票結果』
パパーン、と安易なSEと文字が流れた。
『4位 キィ・チルア・バーチェーク』
「オレ!?」
空にバーチェークの生中継と名前が浮かぶと、驚愕したバーチェークが飛び上がった。
「ウソだろ? チィールじゃなくて!?」
バーチェークが信じられないときょろきょろする。
隣のバーチィールがやったな、と愉快そうにバーチェークを叩いた。
『3位』
続けざまに発表される結果に、住民はまた空へと視線を投げた。
『シュ・シルフェアナ』
「……私? 政治なんてわからないのだけど、いいのかしら……?」
シルフェアナは不安そうに手で頬を覆うと、周囲にいる半獣族の女たちが口々に大丈夫よ、と励ました。
女性らしさがありつつもどこか強い軸を持つシルフェアナは、女性たちから強い支持がありそうだ。
『2位』
発表に慣れてきたが、緊張して見守る。
『オルウェン』
「んなぁあああああああんですってぇえええ!?」
「うるせーよ!」
ちょっと嬉しそうに頬を紅潮させて叫んだオルウェンは、即座にラーシスに後頭部を殴られた。
皆そうなると思ってたので、最早ツッコミはなく笑われている。
オルウェンはこういうアレな言動はするが、中身は極めて真っ当な人間であることは周知の事実だ。
ルミナディアの人口が増えてきた今でもみんなの母、あるいはお世話役のような存在で、困ったことがあればとりあえずオルウェンに相談という空気になりつつある。
『1位』
ここまで来るとすでに結果はわかっているが、なんとなく皆ごくりと息を飲んだようだった。
『———バリラン』
「やっぱオレしかないだろ。わかってるわかってる」
堂々とドヤ顔で周りに手を振るバリラン。
クロアとしても想定通りだが、自信満々過ぎてなんだかムカつく。
「決定! 私含めて、この5名をルミナディア意思決定評議会のメンバーとする!」
わあわあとざわめく住民たち。
祝福ムードな空気に、クロアは内心ほっと胸をなで下ろした。
どの種族でもあまり多数決に慣れていないようなので、反対や文句を言う人が出るのではないかと実は結構ひやひやしていた。
バリランがドヤ顔で自称格好いいポーズをするので野次が飛ぶが、あれは茶化しているだけだ。
「ハイハイ、静かに~」
投票結果について話し合う皆に、手を叩いて注目を集める。
ちょっとした教師のような気分だ。
あれからクロア不在の時期も含めて、住民はかなり増えて現在約60人ほど。
新たな住民は半獣族が多いが、人族と魔族も着実に増えてきている。
彼らの多くが最初は他種族の存在に恐怖したり驚いたりするが、すでに仲良くやっている住民たちを見て、少しずつ慣れようと各々努力してくれているらしい。
種族間の差別や暴言など断固として許さないとクロアが口を酸っぱくして言っていることもある。
ドギマギしているメンバーはいるが、想像よりも揉め事は少なく済んでいる現状だ。
「そういやぁ、お前さんの肩書きは何にすんだ。クロア」
「肩書き?」
バリランに言われてみて気付いた。
考えてなかった。
「…………評議会だから議長かな」
「なんか格好つかねぇなぁ」
「んーそう言われてもなー」
個人的には大統領がワード的に一番カッコイイと思うが、何か違う気がする。
色々な言葉を思い浮かべては逡巡したが、まだ国でもないので議長でいいという結論に至る。
「まあいい。それで議長よ。ルミナディア自治区発足に当たって、一言挨拶とかしたらどうだ?」
「挨拶」
クロアがオウム返しすると、バリランが呆れ顔で耳元に口を寄せた。
「考えてなかったのかよ、んったく。抱負とか展望とか、なんかあんだろ」
「ぐえっ」
脇腹をどつかれて変な声が出たが、咳払いして誤魔化した。
「えーと。では議長をしばらくやらせて頂くクロアです。
整ったら早期引退する予定だけど、改めてよろしく。
今日よりこの土地をルミナディア自治区とするよ。
聞いたことある人もいると思うけど、一応どんなところにするかって話をしとこうか」
クロアが話し出すと、住民たちが耳を傾ける。
こうして人前で話すことは久々で少しそわそわするが、言い出しっぺとしてもじもじする訳にはいかないので、久しぶりに仕事気分で顔をきりっと整えた。
「ルミナディア自治区は、永遠に王を作らない。
政治は自分たちで行い、自分たちの意思で未来を決める。
王や貴族はもちろん、奴隷も存在しないし、作らない。
種族、性別、生まれ、全部関係なく、住民全てを平等とし、それらの違いをもって他者を差別する者を、ここでは悪とする。
それが私たちのこの地、ルミナディア自治区だよ」
「あの……!」
誰かが遠慮がちな声をあげ、皆が振り向いた。
「ここには、罪を犯した人もいるのに、全員が平等なんですか?」
震えそうな声をあげたのは、最近入ってきた新メンバーの魔族の男だ。
(おお、ついにこの質問が)
男は気まずそうにしているが当然の疑問で、むしろ何故今までその話題が大きくならなかったのかとすら思う。
「結論を言えば、そうだよ。犯罪者もそうでない者も平等になる」
「オレが言うのも何だが、いずれ不満が出るんじゃないか? 不浄だしよ」
別の人族の男が言う。
こっちの男は本人が言う通り殺人罪で追放された、暗殺奴隷だった人族だ。
同族殺しが禁じられている人族と魔族では、このような人間を殺させるための奴隷が少なからずいるものだと聞いている。
貧困に苦しみ困り果てた人間が暗殺奴隷となり、貴族に雇われ人を殺すらしい。
彼もまたやむを得ない事情で、暗殺奴隷落ちしたそうだ。
「そうだね。難しい問題だけど、追放されたことで罰は受けたって判断にするしかない。
どこの国でも冤罪が蔓延っているのに、誰が本当の犯罪者で誰がそうでないか、調べる方法も証明する方法もないからね。
犯罪者が追放印をつけられる前に廃棄地へ逃げ出しているケースもあるわけだし、そもそも国によって法も罰も違うわけだしね」
確かに、と言いつつ魔族の男はまだ不満の残るをしている。
いずれクリアにしなくてはいけない問題なので、クロアも随分前に考えたことだったが、どうしようもないというのが結論だった。
追放された者は、追放印によって見分けることが出来る。
人族では、右手の甲に入れ墨のような、消えないバツ印の烙印が押される。
魔族では、耳の先端を切り落とされ、欠けた耳となる。
オルウェンやアストルは右手の甲に消えない烙印を持ち、バリランは耳の先端が不自然に欠けている。
これが追放印だ。
しかしこの印によってわかることは、国を追放された、という事実だけ。
「例えば殺人者はルミナディア自治区に入れない、ってルールを作ったとして、判断する方法は追放印と自己申告だけ。
いくらでも嘘をつけちゃうし、それじゃあ意味ない」
不満そうだった魔族の男は、唸って黙り込んでしまった。
なんだか責めているようで申し訳ない。
「だからさ、こう思って欲しい。
このルミナディア自治区は、第二の人生を始める場所だ、ってさ」
「第二の人生?」
「そう。ただし、第一の人生が消えたわけじゃない。
犯した罪は帳消しにならないけど、ルミナディアで過去の行いについて再度罪に問うことはない、っていう意味。
罪を犯した者でも、このルミナディアで法を守るなら歓迎する。
もしこのことで困ったら、また皆で考えよう」
クロアとしても、やってみないとわからない。
現状、こうするしかなかった。
「……本当に、困った時にはまた考えてくれるんですね……?」
「もちろん。それが民主制ってやつだよ」
「……わかりました」
渋々といった風だが、不満そうだった魔族の男も納得はしてくれた様子だ。
「それに当然、ルミナディアで新たに罪を犯したなら厳しい罰を受けて貰うよ。
過去の罪は調べようがないけど、今後については調べようがあるからさ。ウチは精霊がみんなを見てるからね」
「にゃす!」
隣に浮かぶニャスタたちが任せろ、とでも言うように返事をする。
それぞれ何かのポーズを取っているのはおそらく、各々の考えるカッコイイポーズを決めているのだと思う。
「言うまでもないだろうけど。
殺人、窃盗、傷害、詐欺、強姦、侮辱。他人と他人の財を害するものは全て罪となる。
つまりはさ、『他人の嫌がることはするな』。これを守って欲しい」
膨大な時間を要しそうだが、法律をきちんと纏めるつもりだ。
完成次第、誰でも見られるようにして報告する旨も宣言しておく。
「シンプルに考えて欲しいんだ。
この廃棄地に生まれたルミナディア自治区を、いかに便利で安全な場所に出来るか。
いかに楽しく幸せになれる場所に出来るか。いかに豊かで住みやすい場所に出来るか。
それが私たちの目指すもの。
ルミナディアを進歩させることが正義で、それが最も良いこと、尊いことだと思って欲しい。
そしてルミナディアを進歩させるためには、私ひとりじゃ何ともならない。
みんなにとって素晴らしい住処を作るために、みんなの力を貸して欲しい。みんなで私たちのルミナディア自治区を作ろう!」
———ドンッ!!
地面を突く低い音がして見ると、バーチィールが槍斧を持って立ち上がっている。
その手にある槍斧の石突が、地面を震わせたようだ。
突然のことに、皆ぎょっとしてその姿を見つめた。
「我らキィ一族はクロアへの恩義のために、ルミナディアへの貢献を約束する!」
声高らかに宣言したバーチィール。
驚いた面々は一拍おいて、その言葉に触発されたのか拳をあげたり、手を叩いたりし始めた。
「ああ、オレも! いい街にしようぜ」
「住みやすくなるの、楽しみにしてるわ!」
「頑張ろう、みんなで!」
「オレらを棄てた奴らを見返してやろう!」
想像以上の盛り上がりに驚き、クロアは目を丸くした。
「フン、よかったじゃねーか。決起は成功、と言っていいだろう。小娘にしちゃあ上出来だ」
「もうちょっといい感じに褒めてくれない?」
クロアの近くであぐらをかいているバリランが悪戯っぽく笑う。
嫌味っぽく言うが、実に楽しそうだ。
知見が広く、多くの助言をくれるが、いつもどこかおちゃらけたジジイである。
クロアは咳払いした。
「———では、現時点をもって、ルミナディア自治区の始動とする!」




