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060 :// 時代さえ違えば

 この地下都市ルーン・イニティムスは今日も快晴だ。

 上空には青い空が広がり、白い雲が流れる。

 そして鳥の代わりとでも言うように、その下をニャスタたちが飛んでいく。


 ルミナディア自治区の街の中は、常に無数のニャスタたちがいる。

 地下都市にいたニャスタたちの多くが地上に移住したようで、現在の地下都市はかなり寂れてしまった。


 綺麗な建物たちが並び、建物ばかりで妙に物がない行政区。

 その中の一室、あの棺桶の部屋は現在ベルガミュアの魔道具工房になっていた。


 工房の奥で、クロアは荷車を傾けて荷を下ろす。

 ごん、がらがらと派手な音が出るが仕方ない。

 これを全て丁寧に運んでいたら、何日掛かるかわからない。


 これはクロアが買ってきたミスリル鉱。

 バーチィールたちの荷車を借りて、地上と地下を何度も往復して持ってきた。

 半獣族の誰かにやってもらいたい重労働だが、彼らも巨大な城のようにそびえるルミナディアの地下は不気味がって近寄らない。

 未だにこの地下都市に入るのは、クロアとベルガミュアの2人である。

 よって仕方なく他の仕事の合間を縫い、2日も掛かって全てをここに運び込んだのだった。


 貧弱代表2名は最後のミスリル鉱を運び終わり、痛む足腰を休めて、額に滲んだ汗を拭ったりしていた。

 何もしていない2人のお付きのニャスタたちも、荷車に乗っていただけのくせに何故か疲れた様子で地面に伸びている。


「それにしてもこの部屋、私が南魔国に行ってる間に随分変わったね?」

「ちゃんと仕事してたんですよ」

「これ……ワープするドア?」


 雑に積み上げたミスリル鉱の隣に、独立した扉が二つ。

 かつてイニティムスに向かう時に使った扉と同じようなデザインのものだ。


「いちいち歩くのも面倒ですから、イニティムス行きの魔扉(ゲート)を持ってきました。

 そっちの魔扉(ゲート)は魔術式を改変して、地上行きにする予定です」

「えっ、これが開通してれば、こんなに疲れる往復しなくてよかったってこと!?」

「開通はまだまだ先です。座標の変更だけとはいえ、これくらいの高度な術式の解読は本当に大変なんですから」

「だろーねー」


 故郷のパソコンを思い出す。

 ソフトウェアの中身のプログラムを見るような気分なのだろうな、と想像して吐き気がした。


「にしてもパワースタイルで持ってきたねー」

「見た目や仕上がりは二の次にしないと、時間が足りません」


 壁を壊して必要な部分だけ持ってきただろう、壁の一部らしき土の破片がまだところどころくっついている。


「これでミスリル鉱の運搬も完了ですし、予定通りイニティムスに向かいましょう。

 右の魔扉(ゲート)を使ってください」

「はーい、コレね」


 魔扉(ゲート)の前に立ち触れてみると、以前と同じように魔術陣が光って回転する。

 扉が消え、例の水銀が波打った。


「怖いからベルガ先行って」

「怖い?」

「先が見えないのがなんか怖いの」


 理解できないというような顔で、ベルガミュアが水銀に入っていった。

 その後をニャスタたちがふわふわとついていく。


 何度か通ったが、時間が経つとまた不慣れな状態に戻る。

 見た目が水銀という有害なイメージのものに近いせいだと思う。

 クロアも一瞬息を止めて通り抜けた。


 通り抜ければ、久々に巨大壁面に光る魔術式の帯。

 何も知らなかった頃には機械風の不思議な壁だったが、今見ると違って見える。

 巨大な柱であり丸みのある壁には、魔術式のラインがいくつも走るように光が流れて消え、明滅する。

 理解不能なほどの膨大な魔術式が組まれた巨大過ぎる魔導具、イニティムス。


「前から思ってたけど、なんでイニティムスのまわりって物が少ないの?」

「1万年前の設備ですよ。残ってるわけないじゃないですか」

「建物とかイニティムスとかは残ってるのに?」


 ベルガミュアが進み、イニティムスに触れると魔術陣が光る。

 すっと消えるようにイニティムス内部へ続く通路が開き、2人は話しながら進んだ。


「もしかして、万有物質(マルチマテリア)のようなものはクロアの世界にはなかったのですか?」

万有物質(マルチマテリア)?」

「あらゆる製品のベース原料です。

 例えば私たちが日頃使う紙の1枚から食器や家具、服や装飾品に至るまで全ての製品は、万有物質(マルチマテリア)に形状、色、硬度などをプリントすることで作られていました」

「え。なんだその反則級のやつ。

やだやだ、ベルガの時代ってホントすごいのばっか」

「すごいと言っても、進歩の代償のために創るしかなかったものですよ」

「進歩の代償?」

「魔導具の進歩によって、ゴミ処理過程におけるマナによる地上汚染、生態破壊が深刻だったんです。

 地上は生命の生まれない土地になり、地下都市への移住計画の準備段階でしたよ」

「その地下都市がここってわけかー」


 へえ、とクロアは相槌をうつ。

 どこの世界でも似たようなことが起こるものなのだな、と残念な気持ちになる。

 せめてファンタジー世界くらい、夢のある綺麗なものであってくれればいいのに。


万有物質(マルチマテリア)は、ある程度経年すれば時限崩壊で塵となり自然に返ります。

ゴミの処理も出来ない地下では必要不可欠なものです」

「じゃあそこら中にある灰みたいなのがソレ?」

「ええ。重要な都市機構や建築物、魔導具などの一部を除いて、多くが万有物質(マルチマテリア)でしたから」


 話しているうちに進む通路が開けた。

広がる空間には何もないかと思えば、下へ向かう大きな螺旋階段が大きな口を開けている。

 薄暗い螺旋階段の下を、ニャスタが腹から出す光で照らした。

 しかし照らした先も暗闇が広がっており、底が見えない。


「わあ、深い」

「安全装置が機能していないので、転んだりしないでくださいね」

「ハーイ」


 光るニャスタたちに囲まれ、その螺旋階段を下へと進んだ。


万有物質(マルチマテリア)ってさ、ベルガも作れる? あったら魔導具製作が楽になりそうだけど」

「……確かにあれば楽になりますが、かなり厳しいです。

 もともと超大型魔導AIによる工場のプリンターで作られていたものですから。

 たとえ構築式を組んで作れたとしても、実用出来るほどの大量生産は現実的ではありません」

「そっかー。残念」

「万有物質はかなり高等科学魔術ですから、構築式の理解だけでも何年も掛かる気がします」

「科学魔術」


 聞きなれない言葉を鸚鵡返しすると、ベルガミュアが不思議そうにクロアを見た。


「もう使っているじゃないですか、科学魔術」

「そ、そうだっけ?」


 いつそんな凄そうなものを使っていたかと、色々考えを巡らせるが思い当たる節がない。

 ベルガミュアが疑いの眼差しを向けては、やがて溜息を吐いた。


「クロアって、教材の実用的な部分しか読まないタイプでしょう?」

「うっ」


 おっしゃる通り。

 数学の教科書は公式部分しか読まないし、歴史は重要語句ばかり覚えて内容をよく知らなかったり、文書は最後の結論から読むタイプである。


「どうせ目的地まで暇ですし、説明しておきましょう」

「誠にありがとうございます」


 ベルガミュアはいつも無表情だが、呆れ顔は本当にわかりやすい。


「科学魔術は、人類の進化によって副次的に生まれた魔術文字と、それを使った魔術式のことです。

 前に魔法と魔術は、精神次元に接続(アクセス)することで具現化する、と説明しましたね。

 接続(アクセス)とは想起、イメージのことです。

 例えば今から100年前の人間と、今から100年後の人間では、想起に違いがあることは理解できますか?」

「んー……なんていうか……上手く言葉に出来ないな……」


 とても哲学的だ。

 分かるような気がするが、具体的にどういうことかと言うと分からない気がした。


「火、風、水など、遥か古来より変わらない自然に類するものは、どの時代でも想起に違いが起こりません。

 しかし人類によって魔術や科学が広まり、理解が深まれば、100年後にはそれらが当たり前の常識になるでしょう?」

「んーそっか。昔の人間は原子や分子も知らなかったけど、私の時代では誰でも知ってる常識レベル……」

「そういうことです。

 人類が知識を深め認知が広まれば、精神次元にも『存在』するようになる。

 そうなればその存在に結び付いた魔術文字が生まれ、高度な魔術式が組めるようになる。

 これが科学魔術です。クロアの使う、水蒸気の魔術なども科学魔術ですよ」

「ああ~そういうことか」


 言われてみれば、【水蒸気(ヴェイパー)】の魔術式を組んだ時、予想外にシンプルで驚いた記憶がある。

 あれは空気中の水素と酸素を結合し、気体化させる魔術式だ。

 構築した時には原子と分子の魔術文字があることを疑問なく受け入れていたが、よく考えれば不思議なことだ。


「じゃあ魔術文字って、時代に伴って増えてきた?」

「そうです。私が暮らした時代の……何百年も前だったら、クロアの水蒸気も最新魔術だったんじゃないですか?」

「へえー、魔術の世界って深いなー。

 てことはさ、例えば私が、意図的に何らかの新しい文字を作って、この文字は何それを意味します!

って広めまくって、皆がそう認知するようになれば、新しい魔術文字が作れる?」

「そうです。そうやって魔術文字が作られて来ました」

「ひょー! すごいけどロマンがないねー!」


 ふわっとした不思議な奇跡ではなく、意図的に作られた魔術文字に式。

 相変わらず夢のないファンタジー世界である。


「だから対魔獣の魔術が組めるようになったんですよ。ロマンなんて必要ありません」

「ああ、べスティルね。確かに同じ仕組みか」


 以前ユガのところで見せてもらった魔獣の核、べスティル。

 あれはその後ベルガミュアの研究で、新しい半物質であると見ている。

 そしてその研究の中で、人族や魔族が使う魔獣を示す記号がこのべスティルの魔術文字になることが判明した。

 だからクロアの攻撃魔術は、魔獣に対して自動照準をすることが出来る。


 べスティルはそれなりに強い魔獣でないと持たないが、べスティルに至る以前のスティルという状態の半物質があり、魔獣であればこのスティルを必ず持つらしい。

 スティルが結晶化するとべスティルになるようで、ルミナスに近い構造らしいことまでわかっている。

 ルミナスもミナスという半物質の結晶なのだそうだ。


 ニャスタの簡易スキャンと、このスティルの指定を組み合わせることで、魔獣自動照準と追尾機能の完成というわけだ。

 魔獣を示す記号を使っていた、この時代の人々に感謝である。


「やっと着きましたね。あれがマナプールです」

「タンクとか見えないんだね」

「地下に埋め込むことで保護してるんじゃないですかね」


 話が終わる頃、ちょうど螺旋階段も終わりが見えた。

 螺旋の中央は広場のようになっており、ガラス張りになっている。

 ガラスの中には薄っすらと黄色い光が見えた。


 マナプールとは、イニティムスのエネルギータンクである。

 かつてはテスカナの発力装置というものでマナを生み、このタンクに貯蔵したらしい。

 そしてこのタンクに貯蓄されたマナを使い、イニティムスのあらゆる都市機能を動かしていたのだそうだ。


 つまりクロアの故郷で言えば、大型の発電施設と言える。

 本日の目的地は、ここだ。


「少しチェックするので待っててください」


 ベルガミュアが壁面を触り、魔導ディスプレイがいくつも生まれる。

 クロアはニャスタと共に不思議空間を見て回った。


「確認出来ました。マナプールの現容量は8%。全て大地の自然マナで賄っています。

 計算によると、平均的なマナ保有量の人間が100万人で1%に達します」

「量えっぐ……」

「これだけ容量があるので、クロアの魔力量もどれだけあるか分かるはずです」


 そう、本日の目的。

 イニティムスのマナ供給と、ついでのクロアの魔力量調査である。


「さすがにそんなに何%も行かないんじゃないかなー」

「私たちが使う予定のイニティムス機能では10%も必要ありませんが、あればあるだけ安心なので絞り出してください」

「人を雑巾のように」


 広場の中央に、何かがにゅっとせりあがってきた。

 高さ1メートル、幅は30センチほどの円柱だ。


「あれが手動供給用の媒介です」


 腰ほどまでの円柱の上に、透明な丸い石のようなものが浮かんでいる。

 少しファンタジックで、クロアの胸が躍った。

 丸い石に触れてみると、ヒンヤリと冷たい。


「そのまま思い切りマナを放出してください。いいですか、眩暈がしたら手を離してくださいね」

「ハーイ」

「マナ不足で倒れたら、そのまま置いて行きますからね」

「冷たーい! その時は上まで背負って帰ってよ」

「嫌です」


 表情筋が全く動いていないので、おそらく本気だ。

 置き去りは怖いので、心の中で眩暈がしたらストップ、と何度も反芻する。


「ヨシ、やるぞ!」

「どうぞ」


 魔術を放つ時のイメージで、手のひらに、温かなマナを流す。

 すると丸い石が青く煌々と輝きだした。

 ニャスタが『おお~』とでも言いたげな雰囲気で、その丸い石を囲んで眺めている。


「入ってる? コレでいいの?」


 ベルガミュアはディスプレイを眺めたまま無言だ。


「ねーえー! コレでいいのー!?」

「あ、ええ、問題ありません……が……」


 クロアが声を張り上げるとハッと気付いたような仕草を見せる。

 視線は依然ディスプレイから離れない。


「まだ、出ます……?」

「え? 出るよー」


 普通に返答すると、ベルガミュアの顔が曇った。


「……もう……40%を超えてます……あの……死にそうな感じとか、しません?」

「えっうそ、40!?」


 自分の中のあれこれを感じ取るが、特に異常は感じられない。

 眩暈もしなければ頭痛もしない。


「これ青いマナだけだし、まだ赤いのも出そうです……けど?」

「人外……」


 珍しくベルガミュアの顔が歪んで、驚きの表情が生まれた。

 もしかして、初めて見るかもしれない。


「60%…………65%…………」

「あ、なんかそろそろ止まる気がする。赤いマナに切り替えるよ」

「や、やめましょう! そっちまで出して、何が起きるかわからないので!」

「わァ、ベルガが焦ってる」

「いいからもういいです! 止めてください!」


 手のひらを伝うマナの流れを止める。

 少し暑くなった気がして、額を手で冷やした。


「……ふう。ちょっと熱くなったよーな気がする」

「…………反応センサー異常なし…………蓄力容器……異常なし……」


 ベルガミュアはあれこれと魔導ディスプレイを引っ張ったりして、異常がないか調べているようだ。

 幾つもの項目を見たあと、緊張が解けたように大きく息を吐いた。


「……マナプールに異常はないようです」

「それはよかった。結果は?」

「81%です」

「うわあ、本当にそんな数値まで」


 主人公チートとして喜ぶべきところなのだろうか。

 あまり実感が伴わず、感動がない。


「ああ……」


 ディスプレイを切ったベルガミュアが、本当に哀れだというような顔で見つめてくる。


「可哀想に……」

「え、可哀想?」


 聞き返すが、後に聞き返したことを後悔した。


「召喚されたのが私の時代だったら、マナ売却だけで一生豪遊して暮らせましたね……」






 この日、イニティムスの地下にはクロアの絶望に満ちた悲鳴が響き渡った。

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