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058 :// 謝鉱祭

「ふあー、つっかれた-」


 ソルマンとの長い商談を終え、伯爵邸を後にしたクロア。

 商談は上手いこと纏まり、あとは必要なものを購入すれば今回の南魔国への旅は目標達成と言える。

 こんなにも早く魔王と接触できて急速に話が進み嬉しい反面、とんでもなく疲れた。

 馬車で送ると言われたが、色々な意味で体が重いので気分転換がてら徒歩で宿屋に向かっている。


 もう日暮れ間近で、すっかり腹も減った。

 残りわずかな魔国生活。

 今晩は何を食べようかと考えながら歩いていると、ふと違和感を覚える。


 何か騒がしい。


 確かに黒い半獣族の噂のせいで、行きもいつもと違う雰囲気だったけれど、そうではない。

 皆が浮き足立っている感じがする。


「あら、アンタこんなところに」


 肩を叩かれて振り返れば、驚いた顔で宿屋の女将が立っていた。


「宿屋のおかみさん」

「みんな探してたんだよ! ここにいたよー! 今日の主役!」

「へ、主役?」


 女将が向こうへと声を張り上げると、どこからともなく男たちが集まってきた。


「おお、いたいた!」

「神輿こっちだぞー」

「なになになに!?」


 男たちに囲まれたと思えば、神輿というよりは公開型の駕籠のような、謎の乗り物らしきものに放り入れられてしまった。

 状況が飲み込めないまま男4人に乗り物ごと担ぎ上げられると、彼らは愉快そうに歌いながら歩き始める。


「ちょっと何コレ!? どこ行くの!?」


 聞こえているのかいないのか、男たちは歌うばかり。

 周囲を見れば道行く人々も微笑ましくクロアを見ていた。

 どうやら悪いことではなさそうだし、誰も答えを貰えないので、居心地の悪さにそわそわしながら大人しく運ばれた。


 祭りの神輿状態になって運ばれていくと、向かう先はどうやら街の中央のようだ。


「私これから処刑でもされるの?」

「ハッハッハ、んなワケないだろ。行きゃあわかるさ」


 西の空が夜の暗闇に包まれはじめ、花蜜のランプが煌々と光り出す。

 街の中央へ進むにつれ、ランプの明かりが増えていった。


「主役の到着だぞ!」

「ん? ……おお?」


 やっと下ろして貰えた。

 街の中央、酒売り商人たちも多く並ぶ広場の噴水前。

 いつもと違って花蜜のランプと花がこれでもかと言うほど飾り付けられ、幻想的な雰囲気になっている。


「今日はなんかのお祭り?」

「謝鉱祭だよ!」

「しゃこうさい?」


 近くにいた女性が嬉しそうにクロアに寄ってくる。

 手に持っているのはメタルリザードの背中の鉱石が連なり、隙間に花が飾られた輪っか。

 それが冠のようにクロアの頭に乗せられた。


「鉱床がある街で、大量発生したメタルリザードを無事に討伐出来たら行う恒例行事さ!」

「8柱の神様に感謝を捧げ、これからの安全を祈るんだよ」

「君がメタルリザードを一番倒してくれたんだろう? 本当にありがとう」

「メタルリザードを最も多く倒した者は、この祭りの主役(ヒーロー)さ。さあ、こっちへ」


 促されるままに進むと、広場には大きなテーブルや椅子があり、沢山の人々が座って食事をしていた。

 一番騒がしいエリアを見れば、見覚えのある獣耳が並んでいる。


「おうクロア! 腹減ったから先に始めちまったぜ!今日は祭りなんだとよ~」

「まだ前菜だけらしーから、心配しないで平気だよお!」

「みんな」


 もぐもぐと口いっぱいに頬張るバーチェークとルジィ。

 連日かなり食べているが、今日も美味しそうにあれこれ食べている。


「おかえり。商談は上手くいったのかしら?」

「うん、バッチリ。それにしてもすごい騒ぎだねー」


 シルフェアナの隣の席に腰掛けると、クロアの前にエールとサラダが置かれる。

 配膳してくれた女性が、パチリとウインクした。


「領主代理様が特別に、って貴族邸の料理人たちを集めてくれたの。そこのお店で今、料理してくれてるわ」

「あのク———エゼルスターサマが?」


 危ない、うっかりクソ野郎と言うところだった。


「そうよ。このサラダも主役に、ってね」

「私に?」

「ええ。主役は半獣族だけど体が小さいから、普通の魔族みたいな食事を出すように、ってご指示でね」


 意外な指示に、きょとんとしてしまう。

 ここぞとばかりにまたイタズラでもしてきそうなものだが。


「こんなに豪華な謝鉱祭は初めてよ」

「領主代理様々だぜえ!」


 向こうの席の男たちがテンション高くエールをがぶ飲みする。


 意外といいことも出来るんだな、と見直しかけたが。

 どうだ、これがポジティブなイタズラだ、と言いながらドヤ顔を見せるソルマンを想像してげんなりした。


 この程度で許してなるものか。

 これは今までのマイナスの補填の一部、あるいはささやかな謝意だと思うことにする。

 悔しいのでまだクロアの中のソルマンは、マイナス評価のままにしておく。


「さあメインディッシュだよ!」

「待ってました!」

「メタルリザードだ!」


 喝采とともに、男たちが例の乗り物を担ぎあげて練り歩いてきた。

 先にやってきた女たちがササッとテーブルに巨大な葉っぱを広げていく。


「そらよ!」


 ドンッ!


 男たちが乗り物に乗っていた巨大な何かを、葉っぱの上にどんと移動させた。

 テーブルの振動と音で、いかに重いかが窺える。


「メタルリザードの姿焼き……?」


 尻尾も含めるとクロアの2倍はあろう体長が丸ごとテーブルに乗ると圧巻である。

 メタルリザードの頭と尾はそのままに、背中の鉱石と皮が剥がされ、切れ目を入れた上にソースをかけて焼いたようだ。

 てらてらと光を反射するソースは照り焼きのように見える。


 男がかけ声とともに、ノコギリのような刃物で肉をゴリゴリと豪快に切っていく。

 切り分けられた肉は女が受け取って皿にのせ、皆に配る。


「わああ……」


 目の前に置かれた肉から、もわりと香ばしい湯気が出てくる。


「さあ、食べる前に感謝を捧げましょう! 『8柱に感謝をハーディアーナ・グラーテア』」

8柱に感謝をハーディアーナ・グラーテア』!」

「『8柱に(ハーディアーナ)……感謝を(グラーテア)』?」


 皆がナイフを天に掲げる。

 魔国では人族と異なった宗教があるので、その教義に沿った食前の挨拶のようだ。

 クロアも近くの人を見て倣っておく。


「では食べよう!」 


 皆がナイフを肉に突き立て始める。

 クロアも肉を切り分けて、一口サイズにして口へ放り込む。


「んふ……!」


 噛めばじゅわっと熱い肉汁が飛び出してくる。

 普通の肉よりも、どろりとした肉汁で量も多い。

 まるでハリのある小籠包だ。

 脂があるのにサッパリした肉汁と、ぷりぷりとエビのように弾ける肉。

 そこにまろやかな甘みのある濃厚ソースが絡み合い、美味しい。


(醤油じゃないのに、テリヤキソースみたい!)


 複数の素材を滅茶苦茶煮込んだような、ウスターソースの別バージョンのような、不思議な味わいだ。


「何匹か持って帰れないかな!? ソースも欲しい!」

「肉なら腐るほどあるぜ。あとこいつも忘れんなよ」


 気怠げなオッサンがやってきて、クロアの前に袋を置いた。

 どこかで見たことのある顔だ。


「あー、素材買取りの?」

「そうだ」


 確か、ヤンダーンの店と言ったか。

 この街に来た直後に行った店の親父だ。


「メタルリザードの素材買取り分だ。

 オレはギルドの人間じゃないから討伐代は出せないが、領主代理様の依頼で買取り金を持ってきたぞ」

「……こんなに?」

「メタルリザードの鉱石は他の魔国に高く売れるからな。ほとんど領主代理様が買い取ってくれたぜ」


 袋の中を覗いてみると、白金貨が30枚はあるように見えた。

 つまり200万ゴーズは超えているのではないだろうか。


「言っとくが、今度は抜いてないからな」

「それは嬉しいねー」


 ばつの悪そうなオッサン。

 クロアミンの原料仕入れの時に仄めかしたが、その後クロアの商売の噂を聞いて色々と思うところがあったのだろう。

 これはあとでバーチェークとルジィとで山分けしよう。


「もう一つのメインディッシュ、メタルリザード煮よ~」


 コトリとテーブルに置かれたのは、煮込み料理のようだ。

 ホワイトにほんのりブラウンを混ぜたような色味。

 クロアはスプーンですくって、そっと口に入れてみた。


「———ッ!!」


 ミルクに何かを混ぜたようで、まろやかな甘みの中に凝縮トマトのような酸味が感じられる。

 ペッパーのような香辛料が味を締め、食欲がそそられる味だ。


 煮込みの中にある刻まれた肉が、メタルリザードなのだろう。


 クロアはスプーンで肉と煮込み汁を一緒にたっぷり拾い上げて、口に入れた。


「……なんだコレ…うまぁ!!」


 先程のメタルリザードはエビのようにプリプリしていたが、今度は別の部位なのか、とろける。 

 故郷ではとろける肉といえば牛頬肉などをイメージするが、質感だけで言えばそれらよりも溶けかけたチョコレートに近い。

 歯が必要無い柔らかさと、食欲そそる煮込み汁。

 不思議な一体感が、喉を通っていく幸せ。


「バケット欲しい……無限に食えそう……」


 はあ、と溜息が自然と出た。

 最近は食事に関して謎の苦労が多かったが、やっと最高の食事に舌鼓をうつことが出来て嬉しい。


 隣の半獣族メンバーはガツガツと勢いよく食べていくが、クロアは自分のペースで食べていく。

 時折追加の新料理が来たり、人がクロアのもとに来ては討伐のお礼を言って去る。




「よぉ、嬢ちゃん!」

「あ、いつものオッサン」

「聞いたぜ、オレらの仲間を助けてくれたんだってな! ありがとよ!」




「あの時は出撃出来ず……面目ない」

「あ、騎士の。私の針、痛かったでしょ? ダイジョーブ?」

「半日で動けるようになったので、問題ない」

「お陰で被害が少なく、本当に感謝しています」




「おねーちゃん! パパ助けてくれてありがとね!」




「息子がカッコよかったって言ってたよ。ありがとうねぇ」




 知っている人も知らない人も、クロアに声を掛けては去って行く。

 気恥ずかしいが、感謝されるというのは嬉しい。


 酒と、美味しい料理。

 最高の幸せを噛みしめた。


「フォッフォッ。楽しんでおるようじゃの」

「ビリヤノ親方」


 腹も膨れてきてほろ酔いのクロアの元に、ビリヤノがやってきた。

 弟子も連れてきて祭りを楽しんでいるようで、片手にエールを持っている。


「例の件は悪かったのう。ワシも断れんくてな」

「いーや。アレはどう考えてもアイツが何もかも悪いから、親方は気にしないで」


 周りに人もいるので具体的なところは伏せるが、ドッキリの件だろう。

 クロアは問題ないと手を振った。


「詫びと言ってはなんじゃがのう。クロアミンやメタルリザード討伐の礼に、良いもん持ってきたぞい」

「良いモン?」

「さあ挨拶せんかい」

「ビリヤノ親方の弟子で、ゼーグリオと言います。よろしくお願いします」

「……? よろしく?」


 ニコニコと笑顔の青年。


「コイツをやろう」

「ブッ!!」


 飲んでいたエールを吹き出した。


「いやいやいや、何の話!?」

「聞いたぞい、ルミナディア自治区の話。大きな街にするならば、酒がいるじゃろう?

 コイツがいれば原料の麦作りから酒造まで、全部出来るじゃろうて」

「えっ……?」

「ワシの自慢の弟子を貸してやると言っとるんじゃ」

「い……いいの?」


 無償の技術提供のようなもの。

 本当にいいのだろうか。

 ゼーグリオという弟子を見れば、変わらずの笑顔で何度も頷いてくれた。


「ただし、レンタルじゃからの。5年じゃ。

 5年後にコイツが帰りたいと言えば、ウチに返してもらうからの。

 ……コイツがそこにいたいと言うなら、それは構わんがの」

「独立はずっと夢でした。嬉しいです!」

「わあ……」


 思わぬプレゼントに、目が丸くなるクロア。


 5年。酒造り職人の時間としては短いかもしれないが、長くないだろうか。

 寿命が違うから、クロアの故郷で言えば2年ほどの単身赴任か。


(いいのかな……)


 しかし弟子の目はキラキラと輝いている。

 少々気が引けるが、有り難く受け取ることにした。


「ありがとうございます、親方」

「フォッフォッ。これからも小まめにパルマファムに顔を出すんじゃぞ。クロアミンの新作も待ってるからのう」

「もちろん。問題なさそうであれば、こっちに来る時は彼も連れてくるよ」


「おーい、踊りの時間だぞー!」

「踊り?」

「謝鉱祭のひとつ、感謝の踊りの時間じゃよ。主役として早く行ってやれい」

「わわわわ、踊りなんて出来ないよ! アアアアアア」






 楽しい祭りの時は続き、長い夜を過ごした。

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