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057 :// 商談 -2-

「ヒェーーーア!」


 突然の引き笑いに、クロアは身構えた。

 気ままに過ごしていたニャスタたちも、驚いて飛び上がると拳を構える。

 何度か聞いているが、この笑い方はなんとかならないのか。


「いい拾いものをした!」


 額を押さえて、ソルマンが笑いが収まらせていく。


「それなら専属の魔導具師として、俺が直接雇用しよう! 南魔国イチの最高待遇で迎えようとも」

「それは丁重にお断りします」

「な、何故だ!?」


 絶対に断られないという自信があったのだろう。

 衝撃で口を閉じるのを忘れているソルマン。


「実績次第では貴族位もやるし、高給を約束するぞ! 前払いしてもいい」

「待遇の問題ではなくて、」

「ま、まさか……オレがイタズラしすぎたからか!?」

「確かに一回ブン殴りたいですけど、そうじゃなくて」

「ぐっ……ならば仕方あるまい……。今後のイタズラは予定の10%程度に抑えよう」

「まだする気か、この!」


 話が脱線して大事故になりそうだ。

 クロアはツッコミかける自分の口を一度閉じ、冷静になれと自分を抑える。


「そうじゃなく、我々は不干渉地帯(ホワイトライン)に街を作っています。

 だから私ひとり雇われても、意味が無いということです」

不干渉地帯(ホワイトライン)に街を? 前例はかつて北の方でもあったと言うが……」

「追放や廃棄された人族や魔族、半獣族。全ての種族が住まう場所です」

「希有なことをする。全ての種族でともに生きようとは」


 ソルマンが平静さを取り戻し、お茶を口に運ぶ。


「私は不干渉地帯(ホワイトライン)に作った『ルミナディア』という地の者です。

 まだ国というほどではありませんが、いずれ国にもなりましょう。

 魔王サマには、南魔国とルミナディアの取引として考えて頂きたいんです」

「なるほどな」


 全種族のところに引っかかりでもあるのか、先程より考える素振りが強い。

 ここでテンションが下がってしまうのはよくない。

 慌ててクロアは持ってきていた袋を手にする。


「手始めにもってきた商品をお見せします。

 これに付随して、一つの提案も商材なのですが」


 袋から出して、ごとりとテーブルの上に置く。

 綺麗な正四角柱のルミナスは、クロアの太ももほどもある。

 そして冴え渡るような赤色であった。


「魔鉱石ではないか! よくぞこんな巨大なものを」

「もとは呪石ですよ」

「呪石?」


 ソルマンがクロアと真っ赤な石を見比べる。


「呪石は黒いだろう? これは間違いなく魔鉱石だ。しかも高純度の」

「そうです。呪石は魔鉱石ですよ」

「なんだと!? それは真か!?」


 衝撃の事実だったのだろう。

 ソルマンがひっくり返りそうな勢いで立ち上がった。


 今まで貴重品として高額取引されてきたものが、忌み嫌われてきた呪石だった。

 なかなか驚愕の事実に違いない。


「黒いものは直接触れると害になる。だから呪石と呼ばれるようになったようですが、私は精霊の加護によって、触れても問題ない魔鉱石に加工ができます」

「なんと……だとしたら……」

「魔鉱石は、ルミナディアで大量に作れます」


 ソルマンは無言でソファーに座り直すと、すっかり沈黙してしまった。

 このクロアの発言は、魔鉱石の価値を大幅に下げてしまう爆弾発言でもある。

 当然と言えば当然のことだ。


 一種の賭けになってしまったが、もうこれで南魔国はルミナディアと取引契約をするしかない。

しなければ、この需要高い品を手に入れる機会が失われるのはもちろゆのこと、他の魔国に独占契約をされてしまう可能性だってある。

 つまり多大な損失になるということだ。

 あと残る選択肢は、クロアとルミナディアを武力で従わせる、くらいになるだろう。


(私に勝てないってことを理解してもらうために、あんなデッカい魔術陣も出したし、ニャスタのことも教えたんだしね。

 予想通りにビビってくれるといいんだけど———)


 ちなみにベルガミュアの存在を隠しているのも、このためだった。

 戦闘能力がないベルガミュアを危険にさらすより、的をクロア1人に絞った方が対応しやすい。


 沈黙を維持するソルマンの前に、クロアは袋からさらにルミナスを取り出してみせる。


「これはサイズを揃えた魔鉱石です。もう一つの取引はこの『規格』作成の提案です」


 テーブルに1つ2つ、と置いていく赤いルミナス。

 正四角柱のソレは、全てが寸分違わない同じサイズのものだ。


「今の魔道具は、貴重な魔鉱石の一つ一つに合わせて作っているでしょう?

 それでは作成に時間が掛かります。

 なので、こうして魔鉱石のサイズを最初から固定すればいいんです」


 現在魔国でも人国でも、貴重な魔鉱石を少しでも無駄にしないために加工しない。

 しかしルミナディアでは違う。

 原石が大量にある上に、ベルガミュアのお陰で加工によるロス分も再結晶化させることが出来る。

 つまり、加工し放題ということだ。


「小さいものから大きいものまで、サイズを固定した規格をいくつか作ります。

 そうすれば、その規格に合わせていつでも魔道具が製作出来るし、量産も出来ます。

 使っている魔導具のマナが切れたら、また同じ規格の魔鉱石を入れれば再利用出来るでしょう?

 使い勝手が、一変しますよ」

「………………おお……」


 沈黙を貫いていたソルマンが、ややあって頭を抱えた。


「……なんということだ……」


 途方も無い大きな溜息。

 そして徐々に口元には不敵な笑みが戻ってきた。


「いいだろう……!

 南魔国、ソルマン・サウスロワは、貴殿たちルミナディアを準国家として認め、継続取引することを約束しよう。

 ベノア、契約書類を用意したまえ」

「かしこまりました、我が主」


 ベノアが恭しく礼をして、部屋を出て行く。

 すれ違いざまに、ドアの外にいたメイドたちにベノアが何か合図をすると、彼女たちは静かにワゴンと入ってきて茶菓子をテーブルに置いた。

 いつ準備したのか、熱々のお茶も入れ直してくれる。


 (勝った…………ってことでいいのかな。ふーーーーー)


 契約にたどり着けたなら、クロアの勝利だ。

 心の中で、過去最大級の溜息を吐く。


 長丁場ではなかったが、緊張が解けてきてかなりメンタルの疲労を感じる。

 クロアは素直に入れ直してもらったお茶を飲んだ。


(意外とちゃんとした磁器だし、茶は紅茶? こっち系もいずれ仕入れたいな……)


 何度かこの伯爵邸でお茶を貰っていたが、やっと日頃の感覚でお茶を飲むことが出来た。

 今まで気が気でない時間しか過ごせていなかったので、改めて邸宅内を観察したい気分だ。


 ソルマンも気分を入れ替えているのだろう、茶菓子をもぐもぐと頬張っている。


「ルミナディアは、いつ国として独立するのだ?」

「まだ未定です。駆け出しで色々と整ってないので、それを整えるために、魔国へ外貨を得に来たんですよ」


 なるほど、とソルマンが頷く。


「しかし国でなければ正式呼称は街か?」

「うーん……そうですね、こうしましょう」


 村、集落、街、と浮かんだワードの中で最も適しているものを選ぶ。


「ルミナディア自治区。人族の国とも魔族の国とも、異なる法律(ルール)を敷きますから」


 これなら他の、人族の国や魔族の国とも政治的に違うことがわかりやすいだろう。 


「ではクロア・ルミナディア。そなたが王ということだな」

「いえ。王なんて存在、作りませんよ」


 茶菓子を頬張りながら、露骨に『は?』という顔をされた。

 そんなに顔で語らなくてもいいだろうに。


「魔王サマの前で言うのも何ですが、王政は進化の阻害になると考えます。

 1人の意思と指示による進化より、民全てが自ら意思を持ち、自ら動き出すことが、進化の最も早い手段だと思うので。

 私たちの身分は一律です。全ての種族、性別、出身、あらゆる全ての者を平等にします」


 自分の故郷がそうだったから、という流れが大いにあるが。

 王になんてなりたくないし、貴族や平民などというしがらみも鬱陶しい。


「私はただの『代表者』ですよ。

 それも、住民に不信任とされれば、ただの住民の1人になる。そういう立場です」

「フヒェー! クッククク……ヒェーーー!!」

「……その笑い方、なんとかなりません?」

「なりません。私も何十年と言っているのですよ」


 書類を手にしたベノアが、悲哀に充ちた表情でテーブルに物を置いていく。

 その死んだ眼差し、本当に苦労したのだと思う。 


「海の向こうでは、そういった考えが普通なのか? 新しい……実に面白いぞ!」


 笑い過ぎて目に涙を浮かべたソルマンは、実に楽しそうにテーブルをバンバンと叩いた。


「俺はな、魔王の中でも年若く、最新鋭の政治を行っていることで知られている。

 過去の栄光にすがりつくしか能が無い、腐った貴族を廃したりな」


 突然自分のことを語り出したと思えば、絵に描いたようなドヤ顔をされた。


「魔王がどうやって選ばれているか、知っているか?」

「え、王って世襲制じゃ……あ、世襲制なら元商人ってのはおかしいか……」

「そうだ、違う。魔王が次の魔王を選ぶ。それは血縁であってもよいし、そうでなくてもよい。

 多くの魔王は血縁から選ぶのだがな。

 俺は血縁の父以上に父であった前魔王から引継いだこの国を、いかに効率よく豊かにするかを常々考えているのだ」


 何か思い出すところでもあるのか、ソルマンの目が遠くを見つめるように細くなる。


「しかと見させてもらうとしよう。我ら既存とは異なる作りをする国、ルミナディアの行く末。楽しみにしている」


 不敵な笑みが恐ろしい。

 これは、あらゆる圧力をかけられている気がする。


「なあなあ。今度そちらにあそ……視察に行ってもよいか?」

「……国賓級を歓待する余裕がまだないので、かなり先なら、まぁ、いいですけど……」

「よい、構うな。そのままの状態が見たいのだ。

 面白そうだからクロア嬢の家に宿泊させてもらおう」

「嫌です。完全に遊びたいだけですよね? さっき『遊びに』って言いかけましたよね?」

「我が主、さすがにレディーの家に上がり込むのは品位を問われますよ。

 そろそろその魔鉱石の価格設定の話をしたらどうです?」

「フム、仕方ないな」


 ベノアがいて助かった。

 こんな歩く爆弾男みたいな存在、絶対にルミナディアに迎え入れたくない。


 その後ルミナスの価格からその他に及ぶ商談は、それは長いこと続いた。 

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