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056 :// 商談 -1-

 メタルリザードとの戦いの翌日。

 クロアは再び伯爵邸へと足を運んでいた。

 仲間を使って散々イタズラされたので、今日のお供は無し。

 孤独な戦いに挑む予定である。


「クロア様ですね、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 伯爵邸の門番に名乗ると、慇懃な態度で邸宅内へと案内された。

 昨日も失礼な態度は取られなかったが、ここまで丁寧ではなかったような。


(やな目立ちかただなー)


 現状を改めて認識して、クロアは大きな溜息をついた。

 クロアにまつわる噂話が広まっているのは街のみならず、この邸宅内も例外ではないようだ。


 今日になって突然、珍獣を見るような視線が増えた。

 今までもそれなりに目立ってはいたのだが、それは半獣族だから、というのが主だった理由だった。

 突然その視線の雰囲気がガラリと変わったのである。

 囁き声に耳をすませば、どうやら昨日の話が広まっているらしい。


 “黒い半獣族の娘は、南魔王様の賓客だ”。


 何故賓客なのかというごく自然な疑問から、愛人候補なのかという極めて世俗的な疑問までさまざま。

 疑問だけならいいものだが、謎の誇張を含む噂まで広まっている。

 黒い半獣族の娘がメタルリザードを大量虐殺して血塗れ凱旋してきたとか、全身黒い服なのは長年の返り血が染み込んだ故のものだとか、謎の妄想が尾ひれになっている。

 血は一滴も浴びてないし、黒い服はただの染料なので、勝手にバーサーカー扱いするのはやめて欲しい。

 街を歩くだけで、住民の好奇心の目線が集まり謎のストレスを感じている。


「クロア嬢。ここからは私がご案内致します」


 門番に連れられて邸宅に入ると、ベノアが待ち構えていた。

 相変わらず細い目の周りに疲れが滲んだ人だ。

 

「クロアでいいですよ。嬢って歳でもないので」

「そうですか? それではクロア様と。

 そういえば私についても、きちんと話せておりませんでしたね。

 名前はベノア・フォルヴォー。職務は南魔王一等補佐官、地位は侯爵です。私のことは気軽にベノアとお呼びください」


(このヒトも貴族なんかい)


 主が魔王であれば、補佐官も貴族なのは当たり前か。

 しかもしれっと名乗ったが、侯爵とはなかなか高位である。


「貴族の方が私を様付けで呼ぶのはよろしくないのでは……?」

「お気になさらず。我が主から丁重に扱うよう言われていますので」

「そう……ですか?」


 知り合いに様を付けられるのも違和感があるが、今までの人生で聞いた事のない嬢扱いよりはマシか、とむずむずしながら納得した。


「私が呼ぶのもベノア様?がいいんですかね?貴族のことに疎くて」

「別に『さん』でも『くん』でも構いませんよ。呼び捨てが一番具合いいです」

「……ベノアさんで」


 具合がいいとは、一体。

 深堀りしてはならない危険な臭いを察知して、クロアはさっと視線を逸らした。


「では参りましょう」


 ベノアについて、邸宅を進んだ。

 この人も大概変な人だが、それよりも鬱陶しい例のあの男にこれから会わなければいけないと思ってクロアは今日何度目と知れぬ深いため息を吐いた。






 昨日メタルリザード討伐後にやってきたエゼルスターが、魔王と知って驚くクロアの顔で散々笑いこけた後、その場で当然問いただした。

 例のあの男は、本当に南の魔王だった。


 エゼルスターという名も偽名ではなく本名で、正式名はソルマン・エゼルスター・サウスロワというらしい。

 魔王になる前の苗字がエゼルスターで、魔王になると誰でも名前と敬称で呼ばれるのが一般的だとのこと。

 だからソルマン・サウスロワが通称だそうだ。


 では何故エゼルスターと名乗っていたのか。

 このパルマファムの領主が不祥事で平民落ちしたが、代わりの領主に適任がおらず、仕方なく一時的に魔王直下においた。

 ミスリルを産出する鉱床があるので、この街の管理者となる領主選定が難しいのだとか。


 領主代理が魔王だと知られると、訪問するたびに街が祭りになって金の浪費になる上に視察もままならない。

 それで領主代理としてエゼルスターを名乗り、ただの貴族のフリをして運用していたのだそうだ。


 クロアが人族なのに魔国と商売したがる特殊な存在でなければ、魔王だと明かすこともなかったとのこと。


 手段は教えて貰えなかったが、なんとかなり前からクロアが人族であり、パルマファムで商売をしていることを知っていたらしい。

 つまりあの食事会での、半獣族なら食えるだろう的なムーブも“あえて”だった。

 苦しいだろうに一生懸命食べる健気さが面白かった、と笑われ、思わず殴りかけた。

 一応殴らなかったけれど、いつかは本当に殴りたい。


 ちなみにビリヤノにもクロアが人族であることは、とうに伝えられていたそうだ。


 ビリヤノ自身は、金稼ぎに繋がるのならクロアが何族でも構わないとの言い分。

 あのドッキリに加担したのも、例のあの男の話しぶりからして、叙爵をチラつかせられたかららしい。

 ビリヤノが欲望に忠実なお陰で、ある意味助かった。

 昨日のお茶会から会えていないので、このあとまた会いにいかなければと思う。


 その後の魔王たちはメタルリザードの処理等で忙しいらしいのと、クロアも準備が必要ということで、日を改めて商談することになったのだった。






「失礼致します。クロア様をお連れしました」


 昨日とは別の部屋に案内され、入れば例のあの男が優雅にお茶を飲みながら待っていた。

 部屋は一般的な応接室の間取りで、促されるままにクロアはソファーに腰かけた。


「よく会いに来てくれたな、クロア嬢」

「あんまり来たくなかったんですけど、仕方なく……」

「ククッ、嫌われたものだ」


 言う割には、嬉しそうである。

 これまでで既に、この魔王は割と雑に扱っても問題ないことがわかっている。


「魔王サマ、今日は」

「待て。ソルマンでいいぞ」

「は?」

「お前は我が民ではないからな。特別に許してやろう」

「遠慮します。それで魔王サマ。今日は具体的な商談の前に、私について話しておきたいことがあります」

「……ほう、聞いてやろう」


 さらっとスルーしたクロアに、むうと口を曲げるソルマン。

 30代後半くらいと思しきいい歳のくせに、妙に子供っぽいところがある。

 鬱陶しいのでそれもスルーして、クロアは話を始める。


「色々と齟齬が生まれる前に、前提として理解して頂きたいことが二つあります。

 まず私は人族の国とは、何の関係もありません。

 アナタ方からすれば人族にしか見えないと思いますが、実際は海を越えた遙か遠い地から流れ着いた者です」

「海の先に国があるのかね? 聞いたこともないな」

「そうでしょうね。私もこんなところに、こんな世界が広がっているなんて知りませんでした。

 魔族も半獣族も、空想の存在でしかありませんでしたよ」


 海を越えた先の国生まれ。

 これはバリランと考えた、筋の通る方便だ。

 異世界なんて真実を伝えても、逆に不信感を買うだけだからだ。


 実際、異世界なんて海を越えてさらに宇宙も遙か越えたみたいなものなので、あながち嘘でもないだろう。


「まあ、奇跡的な一方通行が偶然にも実現してしまったようなものでして。

 私はもう二度と故郷に戻ることも出来ないし、連絡も取れないんです。幻の国だとでも思って頂ければ」


 ほう、とソルマンはクロアの上から下まで見る。


「その話、証明する物はあるか?」

「居住地に戻ればありますよ。人族の国にも、魔族の国にも存在しない、私の故郷にしかない物が。

 私も魔王サマとの対話がこんなにも早く実現するとは思ってないなかったので、今は持ってきていません。

 また後日、次にお会いする際にはお見せしましょう」

「ふむ……」


 ソルマンの口数が少ないのは、思考を巡らせているからだろう。


(南魔王はキレ者って、バリランが言ってたけど……)


 薄い笑みの中で、どこまで考えているかわからないのが怖い。

 クロアは故郷で営業職でも無ければ、当然心理戦もしたことがない。

 こう見えて内心、ガクブルと震えている。


「即座には信じがたいが、興味深い」

「とにかく知ってもらいたいことは、私が“規格外”の存在だということです」


 内心の緊張を顔に出さないようにしつつ、右のケモミミを指でつつく。


「ニャスタ、出ておいで」


 ぴょこぴょこと両耳、尻尾が反応する。


「にゃす~」


 獣耳と尻尾に化けていたニャスタ3体が、ぽんと元の姿に戻る。

 ふわふわと宙を漂い、1体は怯えるようにクロアの側頭部に抱きつき、もう1体はテーブルに乗って挨拶するように片手をあげる。こいつが本体のニャスタだ。

 最後の個体は、何故かソルマンに向けてファイティングポーズをしている。


 ソルマンの傍に控えていたベノアが腰にさげた剣に手をかけるが、ソルマン自身が手でそれを制する。


「魔獣か? いや———」


 テーブルの上のニャスタに、ソルマンが白い手袋をした人差し指を差し出す。

 ニャスタは一度不思議そうにきょとんとしたあと、右手でソルマンの指先にちょんと触れた。

 見ていて、人の指先に鼻をくっつけてくる猫の挨拶をなんとなく思い出した。


「知能が高い。そして大人しすぎるな。ベノア、知っているか?」

「いえ、私も存じません」

「おそらく知られていない存在ですよ。この子たちは精霊です」


 クロアは自分の側頭部に張り付いたままのニャスタをベリっと剥がし、テーブルの上に置いた。


「これがもう一つの知って頂きたい前提、私が“規格外”である意味の一つ。

 彼らは故郷から連れてきたのではなく、この地の精霊です。私はニャスタと呼んでいます。

 私は彼らの加護を受けているので、人族が本来持たないような特別な魔法を行使出来ます」


 これもまた、事前に考えておいた方便である。

 ニャスタがAIなどと言っても伝わる気がしないし、ニャスタがいるから魔術が使える。

 微妙に事実ではないが嘘ではない。


「あの雷の巨大魔法か」

「あれ? 見てました?」


 色々終わったあとに登場したと思っていたが、どこかで観察でもしていたのだろうか。


「ああ。伝え聞く人族の魔法にしては、巨大過ぎるとは思っていた」

「巨大なのは私のマナがとても多いからですね。

 精霊の加護はああいった、複数の特殊な魔法が扱えるといったものです」

「ほう」


 魔術のサイズが生身の人間として異常。

 と、対魔獣魔術を見てもらった際に、ベルガミュアに言われた。

 それだけ人間としてありえない膨大なマナの保有量があると。


 昨日はベルガミュアに見せた時よりも大きな魔術陣だったので、これは自分の才能(チート)と言って差し支えないだろう。

 どこまでのサイズで扱えるのか確認したいものだが、天変地異騒ぎになる、というか既になったので、まだ限界は試しきれていない。


「つまりこの2つの前提により、私はどこにも流通していない高度な魔導具が作れます。

 その魔導具の継続的な売買。それが私の求めるものです」


 クロアは服のポケットに手を入れて、中にあったものを出す。


「例えばコレ。わかりやすい例として持ってきた魔導具です」


 手に握りやすい、L字サイズの木製の魔道具。

 クロアはライターと呼んでいる、お試しでベルガミュアに作ってもらったものだ。

 先端と内部の一部がミスリルで、グリップには小さなルミナスを内蔵している。


「見た通り、魔国にある火付け魔道具より小さいのに、火の強弱や火力の調整ができます」


 それを握ってスイッチを押すと、先端から火が噴出する。

 スイッチをさらに左右させると、火が強くなったり弱くなったりした。 

 別のスイッチを何度か押してやれば、火の色が赤、黄、白、青と変化していく。


 それを見てソルマンがおお、と感嘆の声を漏らす。


「触ってみてもよいか?」

「どーぞ」

「ほおおおお」

「引火にご注意ください、我が主」


 ソルマンは新しい玩具を買ってもらった子供のごとく、ライターをカチカチと弄りまくる。

 それをハラハラと心配そうに見守るベノア。

 なんとなく日頃の行いが見えてくる気がした。


「えーと。他にも例えば、この伯爵邸で昨日見た、廊下の魔道具で話をしましょう」


 カチカチカチ。


「あのランプか?」


 カチカチカチカチ。


「そうです」


 カチカチカチカチカチ。


「……ちょっとそのライター、とりあえず返して頂いても?」


 無限にライターで遊び続けそうなソルマンに、危ないから早く取り上げろと言わんばかりのベノアの顔が煩わしいので、嫌そうな顔をされたが返して貰った。

 クロアは咳払いして次の話題を始めた。


「おそらくアレの仕組みは、レバー付近にルミ……魔鉱石があって、スイッチのオンオフが出来る。

 ミスリルの線を壁の中に通して、複数の明かりをともしている、というような仕組みでは?」

「そうだ」

「では私が魔導具として、廊下に灯すランプを作るなら、こうなります。

 まず10年は連続で使えます。ま、この数字は好みで、増やすも減らすも自由に出来るんですけど。

 壁の中にコードは必要ないので、ランプの数や位置も任意で変更出来ます。なんなら階違いでもいいです。

 おまけで機能をつけるなら、ランプの色や明度を何段階かで設定できて、その日の気分で変えられる。なんてあってもいいですね」


 これはもちろん、昨晩ベルガミュアに連絡して聞いておいたことである。

 今はどんな危険が及ぶかわからないので、非戦闘員であるベルガミュアの存在は隠しておくべきだと判断し、さも自分のアイディアという口振りで説明する。


 ふんふんと素直に聞いているソルマン。

 クロアはここぞとばかりに用意しておいた決め台詞を口にする。


「今は邸宅に合わせて、一つずつ手作りされてるのでは?

 私なら、事前に作っておけばどこの邸宅にも設置出来る商品が作れます」

「事前に?」

「量産が可能ってことです」


 ソルマンのピンと来た顔に、クロアはさらに追撃する。 


「つまり、私の魔導具は今よりずっと簡単に普及出来るってわけです」


 元商人であった南の魔王には絶対に効く。


「ヒェーーーア!」

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