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055 :// メタルリザード掃討 -2-

「援軍はまだか!?」


 その騎士は額から流れる汗もそのままに、剣を振るい続けていた。

 もうどれだけの時間そうしていただろうか。


 メタルリザードの繁殖期は、領土に鉱床を多く所有する南魔国の恒例行事である。

 自分が鉱床警備の経験がなくとも、誰かしらにやれ今年はどうだっただのという話を聞く程度には。


 今回初めてあたった鉱床警備は、ハズレ年と言えた。


 あまりに数が多すぎる。

 首都の騎士でありながらこうして戦っているのは、パルマファム街の前領主とその騎士含む部下多数が不正で粛正されたせいだ。

 派遣騎士団にまで不足が出て、こうして近衛騎士団である自分まで地方に来る羽目になった。

 今、前領主を心から恨んでいた。


「しっかりしろ! また団体が来るぞ!」

「お、おう……!」


 騎士団の何人もが手負い、交代した。

 この騎士団もまともに動けるのは残りわずかだ。


 だがメタルリザードはひっきりなしにやってくる。


 メタルリザードは背中にいくつも生えた鉱石が硬く、刃が全く通らない。

 しかしその背中を何度も叩くようにして斬りつけ、ひっくり返し、弱点の柔らかい腹部にトドメを入れなければならない。

 剣を振るっても即座にダメージを与えられないのは、大変なストレスだ。

 メタルリザードもひっくり返ってなるものかと強く踏ん張るので、1体ごとに大幅な時間を奪われていた。


 軽快さを失う足、重さを増していく腕。


 そろそろ自分もマズい、と思った時だった。


「ギュー!」

「ギィー!」

「ギュウ!」


 前から聞こえる音に、違和感を覚えた。

 メタルリザードの苦しげな声が、何度もする。


 疲労のあまりに注意力が疎かになっていたことに気付く。

 前方で1つ、どの個体よりも激しく暴れる影があった。


「まさか上位種か!?」


 メタルリザードの上位種など、聞いたことなかったが。

 暴れる影が大きく、そう思った。


 先程も大地が震えて、遠く鉱床付近の地形に見たこともない変化があった。

 まるで巨大な壁でも出来たかのように見えたが、遠い上にメタルリザードの相手をしている最中のことなので、確認出来ていない。

 ただこのあたりで何かおかしなことが起きている、そんな気がしてならなかった。


「オラアアアア!!」


 ドォン!!


 地面が衝撃で震える。

 土煙が舞う。


「———!?」


 今のは確かに、人の声だった。

 メタルリザードの群れの中に、人がいる。


 騎士は驚きで目を見張った。


 向こうから、人の上半身もあろうサイズの巨大斧を振り回し、こちらにやってくる人間がいる。


「おーい、危ないぜ! っと」


 大斧を薙ぎ払い、メタルリザードがこちらへ飛んでくる。

 さらにもうひと薙ぎが、晒された腹部を切り裂き、その体を二つに分かつ。


 騎士は噴き出す血を、唖然として眺めることしか出来なかった。


「メタルリザードはひっくり返すと楽だぜ~」


 そんなことは知っている。

 それが難しいから苦戦しているのだ。


 血にまみれてこちらへ来るそれは、半獣族の男だった。

 騎士よりも二回り以上大きな巨躯で、大斧を振り回してこちらへやってくる。

 残りのメタルリザードも、赤子の手をひねるのかのごとく、あっさりとトドメを刺されていった。


 自分たちがあんなに苦労したメタルリザードが、あっけなく。


「これでこの辺のは最後か? ふあー、久しぶりに狩りしたって感じだ」

「まさか……これで終わったのか?」


 周囲の騎士たち皆が動揺した。

 この半獣族はどこからやってきたのか。

 とりあえず味方のようではあるが。


 半獣族は首を左右に伸ばしてストレッチすると、大斧を肩に背負った。


「ああ、あっちも終わったんじゃねーか? クロアなら1発だろうしな」

「1発?」


 ———バァアアアン!!


 見たことのない衝撃音と光。

 騎士はついにこの世の終わりが来たのだと、茫然と立ち尽くした。



          ■□



 ルジィがゆっくりと着地して、足に掴まっていたクロアも地上に降り立った。

 【空歩(ホバリング)】では自分で地上に戻れないので、ルジィが忘れずに迎えに来てくれて本当によかった。

 目標を撃破して時間が経ち興奮が冷めきると、急に小さな足場で立っているのが怖くなり、漏らしたらどうしようと思っていたところだった。


 ルジィが街の城門前へと降り立った。

 メタルリザードの死体が大量に転がる付近を見れば、思っていたより前線が後退させられていたようで、街はすぐ近くだった。

 街に入られていたら、もっと面倒なことになっていたに違いない。

 無事に終わった、とクロアはほっと胸をなでおろした。


 ルジィは獣化を解除して、クロアの隣を歩く。


「クロアの魔法ってカッケーよね~! もっと見たかったぁ!」

「また今度ねー」

「アタシ、もうクロアの街に住んじゃおうかなー。クロアといると楽しいことばっか起こるし」

「ルジィならいつでも歓迎するよー」


 城門には人が多くいて、がやがやと騒いでいる。

 疲弊した騎士たちと、たった今駆けつけてきた様子の騎士たち、城門の衛兵とがいるようだ。

 ルジィが雑に救助した鉱夫たちもここへ逃げてきたようで、疲れた素振りで話をしている。


「クロア、今日のは一段とすごかったな~」

「お、バーチェーク。ケガしてない?」

「あんな程度でするわけねーだろ! 数多いだけじゃねーか」


 豪快に笑うバーチェーク。

 悪気はないのだろうが、騎士たちに聞こえないようにしてほしい。

 なんだあいつという、僻んだような恨めしい視線がこっちに来ていて辛い。


「あの土壁の外に、まだいるかもしれねーんだろ? オレ行ってくらぁ」

「行ってらっしゃーい」


 楽しそうに斧を背負って歩いていくので、クロアは手を振って見送った。


「さてと」


 残党処理はバーチェークだけで充分だろう。

 むしろ一際輝いているので、放っておいた方がよさそうだ。


 クロアが城門を見れば、一人の騎士が気付いて歩み寄ってきた。


「えー、その。我々はアナタがたに助けられた、ということなのか?」

「そーなるね。あのクソや……あーいや、領主代理サマのとこで、メタルリザードが大量発生したって聞いてね。

 領主代理サマに貸しを作るために来たんだよ」


 騎士は戸惑った様子でクロアとルジィをじろじろと眺める。


「ではあの地形の変化は……?」

「それは私がやったヤツ。鉱床丸ごと囲んで、中にいたメタルリザードを全部焼き殺したの」


 正確には感電死なのだが、話がややこしくなるので焼殺ということにする。


「つまり……あの、天の怒りも……?」

「天の怒り?」


 何のことかと思ったが、思い当たるとすればクロアの雷撃のことだろう。


「あー。まぁ、それも私がやったヤツかなー」

「半獣族が?」

「獣化術って、あんなのだっけか?」

「血統術じゃないのか」

「バカ、半獣族は血統術使えないんだぞ」


 クロアの話を聞いている、騎士のうしろの人々が口々に言っている。

 いくら領主代理に正体がバレているとはいえ、色んな人の耳があるこの場であまり深堀りされると困りそうだ。

 住民に反感や不信感を抱かれると、今後動きづらくなる。


「じゃ、とりあえずお疲れー! あと処理は任せる、騎士の皆さん、ガンバレー」


 騎士の肩を叩いて、爽やかに脇を通り過ぎた。

 語らぬが一番だ。


 ルジィを促して、そそくさと城門に入る。


「待ちな」


 街に入ると、屈強な男に肩を掴まれた。

 服装からして騎士ではないようだが、鎧を着こんでいる。


「アンタ、何者なんだ?

 血統術持ちでBランク冒険者のオレでも、メタルリザードを一掃なんて無理だ。おかしいだろ」

「そう言われてもなー」

「ちょっとぉ。女子の肩をつかむなんて、失礼じゃないかにゃー」


 ルジィがすごむが、見た目はただの可愛い女の子なので威力が低い。

 クロアは返答に困って頭をかいた。


「野放しにしておいていいのか?」

「冒険者でもないんだろ?不気味だな」

「一度騎士団に引き渡した方が……」


 何やら不穏な空気になってきた。

 どうしたものか。


「クロア、どうする? 飛んじゃう?」


 じり、と身を引くが、掴まれた肩にさらに強く力が加えられる。

 バーチェークを連れてくるべきだったか、と内心舌打ちした。


「おい、アンタ。なんとか言ったら———」

「待ちたまえ」


 突然、凛とした声が不穏な喧騒を遮る。


「その者は南の魔王が認めた特別な存在である。不敬は許さんぞ」

「領主代理……サマ?」


 街の方から現れたのは、ベノアと別の騎士たちを侍らせたエゼルスターだった。

 妙に存在感のあるエゼルスターに、自然と人々が身を引いて道が生まれた。


 エゼルスターは薄汚れた騎士や庶民の間を優雅に歩いてきて、クロアの前で立ち止まる。

 薄く笑みを浮かべると、恭しく胸に手を当てて見せた。


「よくぞメタルリザードを排除してくれた、クロア嬢。改めて名乗りと礼を言おう。

 我が名はソルマン・サウスロワ。この南魔国の民を守ったこと、感謝する」


 急に改まって気味が悪い、と思ってからクロアの思考が停止した。

 本日、何度目の思考停止と知れない。

 今、自分の耳が確かであれば、おかしなワードが聞こえた。


「ソルマン……サ、サウスロワ?」


 この街に来る前にしっかり記憶してきた名前だ。

 ピクピクと頬が引き攣らせていると、目の前の男はさらに笑みを深めた。


「いかにも。この南魔国を統べる王である」

「はああああああ゛!?」


 魔術よりもすごい音と光の雷が、クロアの中に落ちた。

 エゼルスターという名は何だったのか。

 魔王という、この国に4人しかいない人間が、何故こんなところを普通に歩いているのか。 


 様々な思考がぐるぐるして、クロアの口はぱくぱくと開閉を繰り返した。


「クヒェー! み、見たかベノア、この顔!! ヒヒャヒャヒャヒャア!!」

「女性の顔を笑うのはよくありませんよ、我が主。

 あとその笑い方を街中でするとイメージダウンになります。お控えください」


 しばらく気味の悪い大きな引き笑いが、パルマファムの城門に響いていた。

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