101 :// 激嵐の日 -4-
『クロアああああああああああ!!』
氷室から移動して中央広場へ出た途端、上空からの爆音に思わず体が飛び上がった。
強い風が吹き抜け、空を見上げれば見知ったドラゴンの姿はなく、塊がいくつか落ちてくる。
「うわああああああああ!!」
情けない悲鳴が響いたかと思えば、ドスンドスンといくつもの塊が着地する。
「アストルか」
悲鳴をあげていたのは、トゥルエルに抱えられたアストルだった。
この世の終わりを見たかのような真っ青な顔から、ルジィからの飛び降りが初体験であることが窺える。
本来なら同じ苦しみを味わった仲として茶化したいところだが、今は他にツッコミどころがある。
「ってかルジィ、街中に着地するの禁止って言ったでしょ! 危ない!」
「それどころじゃないよぉ!」
クロアが言うと、半泣きのルジィがクロアに迫った。
「ルミナディアに向かって、スタンピードが来てるよぉ!!」
「スタンピード……!?」
ルジィの言葉を反芻する。
どこかで聞いたことあるような。
「———ってなんだっけ……?」
聞いたことあるような気がしたが、全然思い出せなかった。
クロアが質問すると、後ろのヒィースやトゥルエルも信じられないという顔をして迫ってきた。
「バカかクロア!」
「スタンピードは魔獣のおっきな群れだよぉ!?」
「迎撃しなきゃルミナディアが壊されちゃうよ! 危険危険~!」
「わかった、わかったから落ち着け!」
ずいっと3人が乗り出してきたのでのけぞる姿勢になったクロアは、どうどうと手のひらで3人を押し返す。
おぼろげなアニメの記憶の中に、スタンピードを思い出した。
スタンピードと言えば、ファンタジーで大量のモンスターが大暴走をするイベントのようなものだった気がする。
「ったく嵐の対策で忙しいのに、魔獣が来るって? 数と方角、大体でいいからわかる?」
「あっち! 数はたぶん……300は超えてると思う」
「さ、さんびゃくう……?」
あまりに多い。
ただの雑兵ならまだしも、ここは非干渉地帯。
駆除されない強い魔獣が大量に跋扈しているこの地での300は、想像を絶する。
「……スタンピード……呪石も私も、効果ないってことだよね」
「小さい頃に見たことがありますが、スタンピードは魔獣が特殊な興奮、酩酊状態に陥っています。
クロアさんがここにいても、僕たち……大量の餌の匂いにつられて、ルミナディアにまっすぐ向かってくると思いますよ」
ルミナディアでは日頃、膨大なマナを持つ呪石群とイニティムスのマナプール、そしてクロアとニャスタ本体がいるため、自動的に魔獣除け状態になっている。
魔獣除けについて知っているアストルも、深刻な表情で首を振る。
であれば、迎撃の一択しかないということだ。
「うーん……」
今後について考えること、5秒。
「ニャスタ、全住民に通信してくれる?」
「にゃす」
魔導ディスプレイが出てきて、様々な場所にいる住民たちの姿が分割画面で小さく表示される。
「緊急通信。戦闘が出来るヒトは、全員ルミナディア中央広場に集合!
嵐の他にスタンピードが来るとの目撃情報あり。嵐対策は放棄で問題ないので、戦闘員は大至急、1秒でも速く中央広場へ!」
時間が惜しいので、驚いた顔が並ぶ通信を早々に切る。
「ルジィ、ちょっとお願いしてもいい?」
「もち!」
「ニャスタを連れて、スタンピードを上空から確認してきてくれる?」
「アイサー!」
「ニャスタ、ホントにごめん……ルジィの足にくくりつけていい?ていうか、するね?」
「にゃす!?」
まるで漫画のようにガーン、という文字がニャスタのうしろに見える気がした。
しかしこれは不可抗力だ。
通常時ならば誰かがニャスタを持ってルジィの足に乗るという形にするが、時間に余裕がない今、そうすると戦闘員が減ってしまう可能性がある。
一人でも多くの人員を確保しておくには、ニャスタをルジィの足にくくりつけてスタンピードを見てきてもらうしかない。
「……にゃす……」
嫌そうだが渋々頷いて、いつもクロアについて周る3匹のうちの1匹が片手をあげて前に出た。
ちょっとした市中引き回しの刑のようになってしまうので可哀想だが、あとでマナ飴をたくさんあげることで許して貰おう。
時間がないので、トゥルエルに市中引き回し予定のニャスタを渡して後を頼んだ。
「ニャスタ、嵐の範囲と速度はわかった?」
「にゃす~」
クロアの前に地図が現れる。
地図はルミナディアを中央として、西側に丸く範囲表示されたエリアがある。
この範囲表示が嵐の場所ということだ。
「大きくはない……」
範囲は直径、約10キロほど。
故郷で言えば、台風というよりはやはりゲリラ豪雨に近い。
「ニャスタ、速度は測れた?」
別のウィンドウが出て、時速18キロと表示される。
「距離10.7キロ。速度時速18キロなら、時間は0.5ちょい……。
嵐の目がルミナディアに直撃するのが約30分後。ニャスタの調査だと範囲的に……15分で雨が降り出す」
「クロアすげえ……そんなことまでわかんの?」
「ヒィース。これがキミの嫌いな算数のチカラだよ」
「ゲェ、マジでか」
数字を眺めながら、微妙な違和感を覚える。
(時速18キロ……随分遅いな……)
故郷の天気予報の記憶をたどる。
かつてテレビを見ながら、台風って意外と車より速いんだなと思ったような記憶がある。
その記憶が確かなら、この嵐はとんでもなく鈍行だ。
(遅い……こんなに遅いのに、急激に天気が変わった……?)
遅い嵐がじわじわと来ていたなら、もっと徐々に、時間をかけて空模様が変化するのではないだろうか。
聞いた話では20分でガラリと空が変わったという。
それではまるで、突然嵐が生まれたような———。
どこか引っかかるが、ルジィのところにいるニャスタから通信が来たので一度考えることをやめた。
新たなウィンドウが開き、上空からの映像が表示される。
土煙と、倒れる木々。
見るだけでも大地が響いている様子が見てわかる。
「これがスタンピード……」
ルジィの言う通り、本当に数が多くて血の気が引いた。
正直、今でも1体の魔獣を相手にするだけでも怖いのに、この数は本当に恐ろしい。
拡大で魔獣たちを見ると、見たことのない魔獣ばかりだ。
知らない魔獣だが、たしかに興奮状態らしく視線や動きがどこかおかしいように見える。
(これじゃメタルリザードの時みたいな壁作戦やっても、すぐに壊されるな)
なりふり構わないといった様子で進む魔獣たちは、木をなぎ倒し、岩をも砕き進んでいる。
クロアの土壁も柔いわけではないが、手足の短いメタルリザードの集団限定だから使えた手段とも言える。
作戦はともかく、とクロアはディスプレイの数値を確認する。
ルミナディアから42kmほど東に先にいるが、ニャスタによると速度は時速65から72キロ。
「ニャスタ、計算して。コレの迎撃は雨までに間に合う?」
「にゃす!」
地図のルミナディアの場所にクロアと書かれたアイコンが表示される。
嵐の範囲、スタンピードの範囲が時間経過の表示とともに移動する。
今から走れば、雨が来る前にスタンピードに接敵出来るようだ。
「……ヨシ」
動きは決まった。
「全員集まってても集まってなくても、時間がないので作戦を開始する!」
クロアが大きく宣言すると、中央広場に集まっていた者たちが一斉に注目する。
オルウェンやバリランなどの戦闘員ではない者も、一応集まってくれたようで遠巻きにこちらを見守っていた。
「ルミナディアから東地点にスタンピードが来るので、今すぐ出発して迎撃する!
嵐は想定よりも強いので、対策として私の魔術でルミナディア丸ごと覆う!」
「覆うって……」
「巨大な傘みたいなもん作る!」
「傘ぁ?」
色々と疑問の声が聞こえてくる。
当然の疑問だが、今はもう時間がない。
「ごめん、説明する時間が惜しい!
東西南北に小さな出入り口を作るけど、真っ暗になっちゃうから残るニャスタはライトをお願い!
オルウェン、バリラン! 色々と頼んだ! あと戦闘員、誰か私のこと乗せて!」
「クロア、来な!」
バーチィールが背を向けてくれたので、クロアはもう慣れたもので思い切り飛びついた。
格好つかないが仕方ない、安心安全お馴染みのバーチィールの背中。
おんぶしてもらう形で、バーチィールがクロアを固定する。
「戦闘員、総員出発!」
クロアの言葉で、集まった戦闘員19名が一斉に駆け出した。
ニャスタたちも何匹かが彼らの背中や肩に掴まって、ついてきてくれるようだ。
「【建設魔術環境】有効化」
バーチィールの背中で、クロアは魔術を展開する。
氷室の前で、すでにルミナディア丸ごと覆う魔術式を作っておいて、本当によかった。
あとは少しだけ変更を加えれば問題ない。
「【氷壁】・【土壁】魔術式変更。座標を相対値から絶対値に。起点位置をルミナディア・パレスに設定」
まもなくルミナディアの市街地を出る。
背負われたまま振り返り、戦闘員全員が市街地エリアから出たことを確認する。
「———実行!」
青いマナ閃光が走った瞬間。
ルミナディア上空の何もない空間から氷が生まれ広がり、大地からは土がせり上がって伸びる。
あっという間に氷のドームがルミナディアを包み、さらにそのドームを土が覆い尽くした。
「クッソでけぇ……」
「クロアさん、規格外過ぎます……」
何名かが轟音に振り返り、クロアの魔術を見て引いていた。
「ヨシ。これでルミナディアはたぶんダイジョーブ」
ルミナディアに残ったニャスタたちから、魔術が問題なく実行された旨の通信が飛んできて一安心する。
今回の魔術はこうである。
まず、氷の傘状ドーム。
ドームの自重による崩壊を防ぐために、傘のように支柱を立てた。
そのドームをさらに土の壁で覆うという二重構造だ。
クロアの土壁では強度が弱いことと、氷では雨に弱いことの両方をカバーするための構造である。
中の酸素が薄くなることが心配だが、まずくなったらベルガミュアがミスリル片に酸素発生の魔術式くらい描いてくれるだろう。
「クロア、なんでこんなに急ぐんだい?」
バーチィールが走る速度を弱めることもなく話しかけてきた。
「雨が降ったら、私の【雷線砲】が使えなくなるから」
「テイザーって、いつも魔獣に使ってるー……ビカッとする?」
「そー。アレは電気だから、雨の中で使ったら全員に当たる」
「そうなのかい!?」
バーチィールの顔が驚きに歪んだ。
対魔獣戦によく使用する魔術、【雷線砲】。
電気による攻撃なので素早く強力だが、雨の日には自分含む周囲が感電する可能性があるので使えないというデメリットがある。
魔獣を狩る上で大事なことは、最初に核であるベスティルを感知して目標を固定すること。
これによりあらゆる攻撃を的確に魔獣へ当てることが出来る。
そのあとの攻撃は、電気以外の炎でも氷でもなんでもいい。
あえて電気にしているのは、電気が圧倒的に速いからだ。
目標を固定しても、炎や氷では素早い魔獣に回避されてしまう上に、魔獣が逃げ回れば攻撃が燃え広がったりと二次被害が出てしまう。
だからこその雷撃だ。
ベスティル感知後にその付近の電荷を操作する魔術を挟むことでまっすぐ電気を目標へ飛ばしているのだが、その一工程を余計に増やしても炎などより速いのだ。
「【雷線砲】が使えても、数が多いとどーしよーもない……がんばろーね……」
「震えちまってるじゃないかい、クロア……」




