蛇の道は虚
【前回の登場人物】
「シルヴァ」
(種族)ドラゴン
(年齢)1824
(能力)悪感情を見通す
(概要)ジェムの体内で療養中。仮面を通じて言葉を発する。
静寂が落ちた。
誰もが、シルヴァの言葉の続きを待っている。
「儂が示す道は、二つ」
低く、重い声。
「一つ目……『メドゥーサ』を人質とし、ボスと交渉する道」
空気が、ざわりと揺れた。
「……人質、ですって?」
隊長が眉をひそめる。
僕も、突然出てきた物騒な単語に困惑した。
——その時。
「うっし、連れてきたぞ」
どこか間延びした声と共に——
ズルッ、と。
何かが引きずられてくる音がした。
「シルヴァ殿、これでいいんですね?」
声の主は、モグドンさんだった。
その手には——
目を鉢巻で塞がれた件の女が、乱暴に引かれている。
「……っ!」
思わず、息を呑む。
蛇のような髪。冷たい瞳。メディ先生と同じ姿。
——忘れるはずがない。
「メドゥーサ……!!」
かつての敵。
かつての戦いの記憶が、一瞬で蘇る。
だが——
「おやおや。そんな風に嫌わないで下さい」
彼女は、笑っていた。
拘束されているはずなのに。まるで、余裕を崩さない。
「お前は! 街の人々を石化し……故郷の人々を洗脳させた!!!」
僕は怒りのまま、奴を怒鳴りつける。
だが奴は、笑みを崩さない。それどころか口角が上がる一方だ。
「しかし今は……石化光線は塞いで、息子も……殺したではありませんか? もう私に同じことを繰り返せるような脅威はないはずです」
「………っ、お前なぁ!!」
怒りが沸点に達した。
やはりこいつは、性根が腐っている。被害に遭った人々の時間は、帰ってこないと言うのに。
僕の拳が出そうになった時。
シルヴァが咳払いをして、話を戻す。
「あ……すみません」
「フン、その感情は分かるが後にしろ。醜い感情を人前で晒すべきでない」
「はい……」
僕は彼の言葉を受け、反省に耽ろうとした。
だが、スライム博士が間髪を入れずに話を進める。
うう……。悪いのは此方だから、言い返せない……。
「ではシルヴァさん。作戦の概要について、説明を願います」
「うむ。この道だが……確実性は高いと踏んでいる。奴にとっても重要な存在であろうからな。交渉材料としては申し分あるまい」
「だが……その場合ですと」
博士が腕を組む。
「こちらも“交渉に応じる余地”を与えることになりますね。時間を稼がれれば、こちらの戦力配置を分析され、不利になる可能性もある」
「それに——」
フウロウさんが割り込む。
「相手が応じる保証はない。交渉に向かったメンバー……突入班が、罠にかかる可能性もある」
「うっ……!」
確かに……。交渉ってことは、直接対面するということ。
隊長や師匠をも凌ぐと推定される、敵のボスを前に、僕らは為す術もなくやられてしまうだろう。
安全そうに見えて、かなり危うい作戦だ。
それに——人質、か。
胸の奥が、少しだけ引っかかった。
「どちらにせよ……汚い手だ。気は進まないですね」
隊長が静かに言う。
良かった、彼も、同じ気持ちだった。
「それに……」
彼は目を瞑って、続ける。
今まで被害に遭ってきた者たちの姿を、思い浮かべているようだった。
「相手は……あの『ダークスター団』ですよ?」
一同が眉をひそめる。
モグドンさんが低く呟く。
「確かにな。シルヴァ殿、躊躇なく複製体を量産するような連中が、人質なんて気にするのか?」
「うん……」
その通りだと思った。
あいつらに、“仲間”なんて概念があるとは思えない。
僕らが静かに彼の言葉に頷いていると……
「おい、メドゥーサ」
シルヴァが、奴へと視線を向ける。
「お前はどう思う?」
沈黙。
冷静に考えて——敵がそんな質問に、答えるはずがないでしょ?
シルヴァは、しばらく何も言わなかった。
ただ、じっと——奴を見ているだけ。
まるで、言葉ではなく“何か”を測っているように。
そして、次の瞬間。
「……さぁ?」
彼女は、ゆっくりと口角を上げた。
やはりと言うべきか。とぼけた返答だ。
その反応を受け、モグドンさんが前に出る。
「真面目に答えろ。また指を減らされたいのか?」
小声で何かメドゥーサに囁いた彼。
僕らにその声は聞こえなかったが……メドゥーサは、表情を変えてスラスラと語り出す。
一体、何があったんだ?
「ボスは慈悲深いお方です。それに、私の力を重宝しています。交渉の余地は十二分にあるでしょう」
「「「おお!!」」」
僕とホゲさん、そして隊長が感嘆の声をあげる。
だが、他のメンバーはどこか怪しんでいたし……
次の瞬間……シルヴァが重く宣言した。
「——四割、虚偽だな。つまり『慈悲深い』『石化の力を重宝』『交渉の余地あり』の内、いずれかが間違った情報である」
「………」
一瞬、空気が張り詰めた。
誰も、何も言っていないのに——何かが“見抜かれた”感覚だけが残る。
メドゥーサは無言を貫いた。
博士が彼に、感動したように尋ねる。
「へぇ……機械も使わず……何故分かったんです?」
「儂の能力だ。『真理審眼』は会話の悪意……嘘を見抜くことができる」
「便利な能力ですねえ……」
本当に凄い力だ。彼の勘が鋭い理由の一つには、この力も含まれているのだろう。
それにしても——
「その力なら、質問を分離させて行い、確実に確かめた方が良いのではないか?」
僕の考えを、フウロウさんが代弁してくれた。
シルヴァが答え、隊長も補足する。
「すまぬな。儂の力は未だ完全ではない。いざ決戦という現状で、無闇に能力を多用したくはないのだ」
「彼の使える力には、限度があるんだ。私の体内のエネルギーを吸収しないと、回復しない」
「成程……。隊長の『武蔵』戦のため、という訳ですか」
フウロウさんは納得したように頷く。
そして、隊長はシルヴァを額に装着する。
「『二つ目の道』に関しては、ジェムに伝えておく。兎も角、今はメドゥーサの言葉の詳細な真偽について、考えるのだ」
最後にそう告げた後——
彼は再び、静かな仮面(それが普通だけど)へと戻っていった。
本当に……少しも妥協できないんだな。
「とはいえ——」
次の瞬間、しばらく黙っていたギザンが口を開く。
彼の声色は珍しく、明るかった。
「先程の三つの内、一つが虚偽ということは……二つが真実であるということ。ならばこの作戦、うまく行きそうであるな」
「ですねぇ」
博士も納得したように呟く。
潮風が、わずかに強くなった。
濡れた空気が頬を撫で、遠くで波が砕ける音が、低く響いている。
モグドンさんが、ゴキリと肩を鳴らす。
その重たい音が、静まりかけた場にやけに大きく響いた。
フウロウさんは、わずかに目を細める。
風を読むように、空を見上げて——静かに微笑んだ。
そして。
メドゥーサだけは——違った。
夕焼けの光が、彼女の頬を赤く染める。だがその表情は、暖かさとは程遠い。
笑っているようで。苛立っているようで。
——何かを“計算している”ようにも見えた。
布越しの見えない瞳が、一瞬だけこちらをなぞるように見えた。
「よっしゃ! じゃあ俺はコイツから、詳しい話を聞き出してくるぜ!」
場の空気を振り払うように、モグドンさんが声を張った。
彼がメドゥーサの腕を掴むと、
布を引きずる音とともに、その体が乱暴に動かされる。
「いつも汚れ仕事を任せてすまないな、モグドン。頼んだぞ」
「気にすんな、フウロウ。俺の力は人を救う作業に向かない。“適材適所”ってやつさ」
低く笑う声。
だがその奥にある重みは、冗談じゃ済まされないものだった。
引きずられていくメドゥーサの影が、夕陽に長く、歪んで伸びる。
汚れ仕事……? 一体、何をするのだろう。
——その時。
潮騒に混じって、よく通る声が響いた。
「では、『第二の道』についてはまた翌朝! 今日は解散だ!!」
一瞬の静寂の後——
「「「「了解‼︎‼︎」」」」
声が、重なった。
張り詰めていた糸が、ふっと緩む。
誰かが息を吐き、誰かがその場に腰を下ろす。
見上げると——
空は、すでに茜色に染まり始めていた。
水平線の向こうへ沈みかけた太陽が、海一面に、揺れる光の道を描いている。
その上を——
ホゲさんの巨体が、静かに、しかし確実に進んでいた。
——ドン……ドン……
水を押しのける、重い鼓動のような音。
波が左右に割れ、白い飛沫が夕焼けに染まる。
日が傾いても、止まることはない。
その背で、僕たちは休んでいるのだ。
温もりの残る甲羅のような背面。かすかに伝わる、生命の鼓動。
守られているようで——同時に、“運ばれている”感覚。
ゆっくりと、確実に。
戦いの中心へと。




