希望した未来
【前回の登場人物】
「ホゲ・エール」
(種族)スシ
(年齢)31
(能力)自身のサイズを変更
(概要)探検隊の水中班長。陽気な性格。
潮の匂いが、風に乗って届いた。
「……これが、海か」
思わず、足が止まる。
視界の先——
そこには、果てがなかった。
地平線まで続く、青。
いや、青というにはあまりにも深くて、暗くて、どこか底知れない色。
ゴハートとの箱庭で、僕が端に追いやった"未来”。
光を反射して、きらきらと揺れているのに。
近づけば近づくほど、その奥に“何か”が潜んでいるような気がした。
「……綺麗、だけど」
小さく呟く。
というか、大人数での行進が普通に疲れた。
「ちょっと、怖いね」
「分かるぜ、それ」
隣でゴハートが笑った。
「海ってのは、広すぎるんだよ。だからこそ……自分がちっぽけに感じる」
「……うん」
その通りだと思った。
僕は、今まで狭い場所で生きてきた。
散らかった家。田舎村。監獄。クレーター。
空を見上げることはあっても、
こんな“どこまでも続くもの”を目の前にしたことはない。
本でしか見たことがない世界……!
一歩、踏み出す。
波が、足元で弾けた。
「冷たっ……」
思わず笑ってしまう。
決戦前という状況なのに、少しだけ楽しいと思っている自分がいた。
……こんな状況なのに。
僕らは、ラッシャイタウンから並んで歩き続けた。
その距離は……まあ、ざっと20km。頑張れば半日で到着できる距離だ。『フルーツの森』の時よりはまだマシだが……それでも、キツかった。
総勢800人の『探検隊連合軍』も、ほとんどのメンバーが肩で息をしている。汗だくの体を、海水浴でもして流したいところだが。
——その時。
「おおおおおおおおお!!」
背後から、場違いなほどの大声が響いた。
振り向くと……水中班と思われる男たちが、砂浜に集まっていた。
魚の血を引くスシ族。頭にバンダナ。荒々しい格好。
そして何より、無駄にテンションが高い。
——正直、今来られると、暑苦しい。
「行くぞォォ!! 野郎ども!!」
「「おうともよォ!!」」
「今日ァ!! 俺たちの班長がァァァ!! 海を割る日だァァァ!!」
「いや割らねぇよ! 渡るんだよ!!」
「「細けぇことはいいんだよォ!!」」
……うるさい。
が、不思議と嫌いになれない陽気さだ。
「何が始まるんだ?」
彼らの中心には——
腕を組んで立つ、一人の男。
「……へっ」
水中班長ホゲ・エールが、ニヤリと笑う。
「やっと出番かよ」
「「班長! 準備ァいいかァ!?」」
「当たり前だろうがァ!!!!」
肩を回す。
骨が鳴る音が、やけに重く響いた。
「てめぇらの“想い”、ちゃんと溜まってるぜェ」
彼がニヤリと笑った。
……その瞬間。
「「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」」
水中班による応援が、爆発した。
叫び。笑い声。足踏み。
全部が混ざって、空気を震わせる。
それはまるで——
一つの“熱”の塊みたいだった。
ホゲ・エールが、海の中へと飛び込む。
「チャージ全開……!! 見とけよ?」
低く、呟いた。
——なんで水中で言葉がはっきり出るのかは謎だが。
次の瞬間……!
彼の周囲の海面が、大きく沈んだ。
「「……え?」」
彼の影が、膨れ上がる。
骨格が軋む音。筋肉が膨張する音。空気が押しのけられる圧。
ぐん、ぐん、と。
常識を無視する速度で、身体が巨大化していく。
「で、でっけぇなやぁ……!」
ピクコノさんが呟いた。
「いや、そんなレベルじゃないですよ……」
誰もがその大きさに、思わず一歩引いた。
人の形は、もう保っていない。
背中が盛り上がり、滑らかな曲線を描く。
皮膚は黒く、艶やかに変質し——
やがてそれは、完全なる“海の生き物”へと姿を変えた。
巨大な、シロナガスクジラってやつ?
いや……それよりも、巨大な、あまりにも巨大な鯨。
その体表には、無数の傷跡。
長い年月、海を渡ってきた証。歴戦の探検家の証。
背中には苔のようなものが付着し、
ところどころに小さな貝が張り付いている。
「今からこれに、乗るのか……?」
呼吸と共に、潮が噴き上がる。
——ブォォォォォォン……
低く、重く、世界そのものが鳴っているような音。
その存在だけで、
海面が本来の場所に戻ったような錯覚すら覚えた。実際は前より溢れているのに。
「……これが」
言葉が、出ない。
さっきまで“広大”と思っていた海が。
今は——
この存在の、一部みたいに見えた。
「どうよォ」
鯨の上から、声が降ってくる。
本当、一体どういう仕組みで声を出してるんだ?
「乗れるもんなら、乗ってみなァ!!」
「「「うおおおおおおお!!!」」」
隊員たちが、一斉に動き出す。
ロープをかける者。
慌てて飛び乗る者。慣れた様子で配置につく者。
僕も、仲間たちと一緒に背へと登る。
その少し後に、隊長や班長たち……そして師匠の主力組が乗り込んだ。
足元が、わずかに揺れる。
丸いし、滑し、なんか常に動いてる。
……生きている。
その感覚が、はっきりと伝わってきた。
海中班長……! この人は、移動のための装置なんかじゃない。
一体、どのような戦い方をするのだろう?
「マスター、大丈夫か?」
「うん……なんとか」
ゴハートの心配の声で前を見ると、土台モンが嬉しそうな顔をしていた。
「ホゲ班長は……陽気さの裏に、大きな思いやりを持ったお方ですねぇ」
「どういうこと?」
優しい人っていうのは何となく読み取れるけど……
何で、今の状況だけで確信を持ったんだ?
「この背中……本来の鯨であれば、あり得ません。平たくて、硬い。しかも水を弾く膜まである……! 細部まで乗る者を考えて作り込まれています」
「流石は土台の匠であるな。何かの参考になったか?」
「ええ、ギザン殿。また一つ、マスターのお役に立てそうです」
「そうか……。楽しみにしてるね、土台モン!」
僕は笑って、遠くを見る。
さっきまでいた陸が——
もう、少し小さくなっていた。
「……行くぞ」
ホゲさんが呟いた。
その瞬間。
——ドンッ!
大きな推進力。
ホゲさんの身体が、水を蹴る。
景色が、一気に動いた。
風が強くなる。潮が舞う。音が、変わる。
気づけば——
陸が、薄くなっていた。
「「…………!!」」
振り返る。
もう、戻れない距離。
「……すごい」
前を見る。
どこまでも続く、青。
さっきよりも、ずっと怖いはずなのに。
それでも。
胸の奥で、何かが確かに動いていた。
恐怖でも、不安でもない。
——初めて見る世界への、“希望”だった。
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