ズレる英雄
【前回の登場人物】
「カビ助」
(種族)ヒト
(年齢)14
(能力)感情を巨大化させる
(概要)この物語の主人公。仲間と繋がり、技を借りて戦う。
「ヒアリ店長のクローン」
(種族)ムシ・スシ
(年齢)43
(能力)毒粉を操る
(概要)街を襲撃している。謎の黒い塊を取り込み、嗜虐的な性格へと変化。
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あの戦いから一夜が過ぎた。
——歓声が、耳に刺さる。
「すげぇぞ! 本当に一人でやったのか!?」
「シャド殿も……手を出さなかったらしい!」
「たった一人で街を救ったんだ!」
城内。『探検隊』の拠点。
気づけば、周りは人だかりになっていた。
見知らぬ顔ばかりだ。
それなのに、全員が——僕を見ている。
「まさに“英雄”だな!」
「若いのに、たいしたもんだ……!」
肩を叩かれる。背中を押される。知らない隊員さんに、手を握られる。
笑顔。称賛。安堵。——全部、僕に向けられていた。
「……あ、はは……」
うまく、笑えない。
ずっと夢に見ていた、“英雄”と持て囃されたのに。
胸の奥は、ズキりと傷んでいた。
(ここにいては、駄目だ。)
僕は思わず、その場からふらりと逃げ出す。
「どうした? 疲れてんのか?」
「おい!」
「……無理もねぇよ、あれだけ戦ったんだ」
知らない人たちから、心配される。
優しい言葉が、次々と投げられる。
——これが、“英雄”。
昔の僕からは、想像もできない。
でも、違う。そうじゃないんだ。
僕が、倒した。僕が、守る判断をした。ちゃんと——戦った。
でも……“英雄”じゃない。違うんです。皆さん。
喉の奥に、何かが引っかかる。
こんなの——僕が受け取っていいものじゃない。
視線を逸らす。
人の波の向こう。戦いの跡が、まだ残っている。
抉れた地面。焦げた匂い。崩れた建物。
そして——脳裏に焼き付いて離れない、あの瞬間。
黒くて小さい、“何か”。
あれが。あの一瞬が……全部を、狂わせやがった。
「……っ」
無意識に、拳を握る。
震えていた。息が、浅くなる。
「おい、大丈夫か?」
「まだ疲れてるの?」
声をかけられて、我に返る。
「あ……大丈夫です」
反射的に、そう答える。
違うのに。全然、大丈夫じゃないのに。
でも——そう言うしかなかった。
だって、今の僕は“街を救った英雄”だから。
「すみません、ちょっと……」
人混みを抜け、城の外に出る。
引き止める声が聞こえても、振り返らなかった。
遠ざかる歓声。
代わりに——静寂が、戻ってくる。
「はぁ……」
深く、息を吐く。
誰もいない場所で、ようやく顔を上げる。
空は、やけに綺麗だった。昨日、何もなかったみたいに。
「……違うだろ」
ぽつりと、零れる。誰にも、聞こえてない。
——そう思ったが。
その時、背後から声がした。
「違わない。あの魔物は、汝が倒したではないか」
ギザンだった。
彼は、心配そうに僕を見ていた。
「いや、違う! 僕の力じゃない!!」
「カビ助……。我は、余計なことをしたか?」
「いえ、これは僕の問題ですから」
「ならば、良いのだが……」
「貴方と師匠が、僕が『一人で倒した』と話を進めてくれたけど……!」
そう。あの戦いでは——僕は、“英雄”と呼ばれるに値しない。
目を閉じる。
浮かぶのは、赤い外殻が軋む音。黒い“何か”が入り込んだ瞬間。
そして——絶望してしまった、自分。
あの時の記憶が、ゆっくりと蘇る。
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——あの時。
僕は、死をも覚悟して怪物に立ち向かった。
「っ……!」
赤い蟻の脚が、地面を抉る。
速い……! さっきまでとは、まるで別物だった。
踏み込みが、見えない。
「くっ……!」
横に跳ぶ。直後、さっきまでいた場所が——爆ぜた。
遅れれば、終わっていた。
「なんだよ、これ……!?」
呼吸が、乱れる。必死に距離を取る。
だが——奴は。
「……遅いですね」
次の瞬間には、目の前にいた。
「——っ!?」
毒の粉が降りかかる。
ミツバの『浄化の粉』で相殺を——!
「ひとつの声は風に——」
いや……駄目だ。
呪文を唱える暇がない。避けきれない。
咄嗟に腕でガードする。
「うわああああああ!」
衝撃。肌が焼けそうになる。
全身に痺れが走った。
「がっ……!」
その隙に、地面に叩きつけられる。
息が、止まる。
視界が白く弾けた。
立て、僕……!
この程度で、死ぬ訳には……!!
無理やり身体を起こす。
だが、足が震える。“次”に、間に合わない。
赤い蟻が——動いてしまう。
地を蹴る音は、ほとんどしない。
気づいた時には、もう目の前だった。
振り下ろされる脚を、ギリギリで横に転がって避ける。
地面が……抉れる。
「ほう。避けますか」
低く、余裕のある丁寧な声。
ぞわり、と背筋が粟立つ。
——こいつ、本当によく喋るようになったな?
僕は試しに、対話を試みる。
「さっきまでとは、動きが違うな。何があったんだ?」
すると、奴は少し笑って首を振った。
「いやあ……それが、自分でもよく分からないのですよ」
「そうかよ」
答えは、“沈黙”か。
それとも本当に知らないのか。
ならば——質問の追加はしない。毒が回るから、あまり時間をかけたくない。
すぐに間合いを取り、手の甲に意識を集中させる。
僕の能力は、繋がる対象を切り替える時にのみ呪文を必要とする。
だから、直近で使ったこの力なら——!
「頼む、ゴハート!」




