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ズレる英雄

【前回の登場人物】

「カビ助」

(種族)ヒト

(年齢)14

(能力)感情を巨大化させる

(概要)この物語の主人公。仲間と繋がり、技を借りて戦う。


「ヒアリ店長のクローン」

(種族)ムシ・スシ

(年齢)43

(能力)毒粉を操る

(概要)街を襲撃している。謎の黒い塊を取り込み、嗜虐的な性格へと変化。

************************************************



 あの戦いから一夜が過ぎた。

 ——歓声が、耳に刺さる。


「すげぇぞ! 本当に一人でやったのか!?」

「シャド殿も……手を出さなかったらしい!」

「たった一人で街を救ったんだ!」


 城内。『探検隊』の拠点。

 気づけば、周りは人だかりになっていた。


 見知らぬ顔ばかりだ。

 それなのに、全員が——僕を見ている。


「まさに“英雄”だな!」

「若いのに、たいしたもんだ……!」


 肩を叩かれる。背中を押される。知らない隊員さんに、手を握られる。

 笑顔。称賛。安堵。——全部、僕に向けられていた。


「……あ、はは……」


 うまく、笑えない。

 ずっと夢に見ていた、“英雄”と持て囃されたのに。


 胸の奥は、ズキりと傷んでいた。

(ここにいては、駄目だ。)

 僕は思わず、その場からふらりと逃げ出す。


「どうした? 疲れてんのか?」

「おい!」

「……無理もねぇよ、あれだけ戦ったんだ」


 知らない人たちから、心配される。

 優しい言葉が、次々と投げられる。


 ——これが、“英雄”。

 昔の僕からは、想像もできない。


 でも、違う。そうじゃないんだ。


 僕が、倒した。僕が、守る判断をした。ちゃんと——戦った。

 でも……“英雄”じゃない。違うんです。皆さん。


 喉の奥に、何かが引っかかる。

 こんなの——僕が受け取っていいものじゃない。


 視線を逸らす。


 人の波の向こう。戦いの跡が、まだ残っている。

 抉れた地面。焦げた匂い。崩れた建物。


 そして——脳裏に焼き付いて離れない、あの瞬間。


 黒くて小さい、“何か”。


 あれが。あの一瞬が……全部を、狂わせやがった。

「……っ」


 無意識に、拳を握る。

 震えていた。息が、浅くなる。


「おい、大丈夫か?」

「まだ疲れてるの?」


 声をかけられて、我に返る。


「あ……大丈夫です」

 反射的に、そう答える。


 違うのに。全然、大丈夫じゃないのに。

 でも——そう言うしかなかった。


 だって、今の僕は“街を救った英雄”だから。


「すみません、ちょっと……」


 人混みを抜け、城の外に出る。

 引き止める声が聞こえても、振り返らなかった。


 遠ざかる歓声。

 代わりに——静寂が、戻ってくる。


「はぁ……」


 深く、息を吐く。

 誰もいない場所で、ようやく顔を上げる。


 空は、やけに綺麗だった。昨日、何もなかったみたいに。


「……違うだろ」


 ぽつりと、零れる。誰にも、聞こえてない。

 ——そう思ったが。

 その時、背後から声がした。


「違わない。あの魔物は、汝が倒したではないか」


 ギザンだった。

 彼は、心配そうに僕を見ていた。


「いや、違う! 僕の力じゃない!!」

「カビ助……。我は、余計なことをしたか?」

「いえ、これは僕の問題ですから」

「ならば、良いのだが……」


「貴方と師匠が、僕が『一人で倒した』と話を進めてくれたけど……!」


 そう。あの戦いでは——僕は、“英雄”と呼ばれるに値しない。


 目を閉じる。


 浮かぶのは、赤い外殻が軋む音。黒い“何か”が入り込んだ瞬間。

 そして——絶望してしまった、自分。


 あの時の記憶が、ゆっくりと蘇る。




 ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎



 ——あの時。

 僕は、死をも覚悟して怪物に立ち向かった。


「っ……!」


 赤い蟻の脚が、地面を抉る。

 速い……! さっきまでとは、まるで別物だった。


 踏み込みが、見えない。


「くっ……!」


 横に跳ぶ。直後、さっきまでいた場所が——爆ぜた。

 遅れれば、終わっていた。


「なんだよ、これ……!?」


 呼吸が、乱れる。必死に距離を取る。

 だが——奴は。


「……遅いですね」

 次の瞬間には、目の前にいた。


「——っ!?」


 毒の粉が降りかかる。

 ミツバの『浄化の粉』で相殺を——!


「ひとつの声は風に——」


 いや……駄目だ。

 呪文を唱える暇がない。避けきれない。


 咄嗟に腕でガードする。


「うわああああああ!」


 衝撃。肌が焼けそうになる。

 全身に痺れが走った。


「がっ……!」


 その隙に、地面に叩きつけられる。

 息が、止まる。


 視界が白く弾けた。


 立て、僕……!

 この程度で、死ぬ訳には……!!


 無理やり身体を起こす。


 だが、足が震える。“次”に、間に合わない。

 赤い蟻が——動いてしまう。


 地を蹴る音は、ほとんどしない。

 気づいた時には、もう目の前だった。


 振り下ろされる脚を、ギリギリで横に転がって避ける。

 地面が……抉れる。


「ほう。避けますか」


 低く、余裕のある丁寧な声。

 ぞわり、と背筋が粟立つ。


 ——こいつ、本当によく喋るようになったな?

 僕は試しに、対話を試みる。


「さっきまでとは、動きが違うな。何があったんだ?」


 すると、奴は少し笑って首を振った。


「いやあ……それが、自分でもよく分からないのですよ」

「そうかよ」


 答えは、“沈黙”か。

 それとも本当に知らないのか。


 ならば——質問の追加はしない。毒が回るから、あまり時間をかけたくない。

 すぐに間合いを取り、手の甲に意識を集中させる。


 僕の能力は、繋がる対象を切り替える時にのみ呪文を必要とする。

 だから、直近で使ったこの力なら——!


「頼む、ゴハート!」


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