余計なこと
長い。
まだ、終わらない。
こんなに苦しいのに——
自力で抜け出すなんて、無理なのに——
「……ぁ……」
力が、入らない。
振りほどけない。最大三トンの力で、隙がない。
指が、食い込む。喉が、潰れる。
息が——できない。
圧倒的な力。
どう足掻いても——無理だ。
理解してしまう。
勝てない、と。”絶望”だと。
(……もう、いいか)
「お師匠さん、助けなくていいんですか?」
僕の意識が消え変えてきた時——
ヒアリは、シャドさんに語りかけた。
「ぐ……っ!」
「このまま、可愛い弟子の指を一本ずつ切り取っていきますよ?」
シャドは少しの葛藤の末、小さく呟く。
「……約束は約束だ。”何”があっても、手出しは出来ない……っ!」
「し……し……ょ……!」
視界が、暗くなる。
音が、遠ざかる。
そりゃ——そうだよね。そういう場なんだ、この戦いは。
——彼の助けは望めない。”希望”がない。
「ゲ……hっ! ゴ……ぉェ!」
……終わりだ。
絶望。そう、思った。
その瞬間。
どこからか——光が、割り込んだ。
「「……⁉︎」」
「何です⁉︎」
「今助ける、カビ助!!」
聞き覚えのある声。
でも、師匠じゃない。彼が約束を破った訳じゃない。
じゃあ、一体誰が、何を……⁉︎
次の瞬間——
『王生穿』
ギュイィィン!
光と共に回転が走る。
僕の目の前を通り過ぎ、赤い蟻の腕を穿った!
——この技は、ギザンか。
赤い蟻の身体が、大きく揺らいだ。
「あああああああ! 私の、腕がぁ⁉︎」
拘束が、緩む。
身体が、落ちる。
地面に叩きつけられ——
「がっ……はっ……!」
空気を、貪るように吸い込む。
肺が、焼けるように痛い。
咳が、止まらない。
失いかけてた意識を、戻したくない。
それでも、顔を上げる。
——視界の端に、懐かしの顔。
「ギザン……!」
「汝が師より託されし避難誘導は、既に了せり。故に様子を見んと来たりしが……その怪物、何者ぞッ!?」
彼は古代の訛りを加速させ、焦り問うてきた。
だが……
思考が、追いつかないのはこっちだ。
今、助けられた?
助けてくれたのか、じゃない。助けられてしまったのか?
”一人前”を示すための戦いで、また他人に頼った……?
今から、絶命寸前で力が覚醒でもして、一人で勝てたかもしれないのに……
『余計なこと、しないでくれよ。』
ふと、そんな考えが浮かんだ。
いや……馬鹿すぎる。違う。
それは絶対に、違うだろ⁉︎
これは、修行の成果を出す場である以前に——
“街を守るための戦い”だろ!
胸の奥で、色んな感情が弾けた。
悔しさ。怒り。情けなさ。解放。安心。感謝。使命。
”絶望”から……”希望”まで。
全部が、混ざって——
決意のための、熱になる。
「この好機……使わせてもらおう」
小さく、呟く。
全身が、震えている。
それでも——
止まらない。いや、止まれない。
今が、目の前の脅威を消せる唯一のチャンスだ。これを逃せば、次はない。
僕の名誉なんて、今は考えちゃダメだ。
足に、力を込める。
その瞬間、頭に血が昇り……倒れそうになるが。
まだ——終わってはいけない。
赤い蟻は、フラフラと体勢を立て直していた。
「よくも……よくもぉ……!」
だが、その一瞬、ほんの僅かな隙。
それで十分だった。
「うぉぉぉおおお!」
手の甲に、力を集める。
『人魂シュート』……を打とうとする。
だが——今、繋がっているのは『ミツバ』だ。
呪文を詠唱しなければいけない……が、流石にその時間は無い。
「くっ……! なら、ダガーで……」
そう思って、目線をポケットに向けた時。
——手の甲に、熱が集まるのを感じた。
え、何で……⁉︎
「いや、考えてる暇はない」
人魂の炎は、以前より、はっきりと。
情けなさばかりの状況だが。
今は——迷わない。
「『人魂シュート』!!」
放つ。
光が、一直線に走る。
赤い蟻が、こちらを見る。
避けようとするが——遅い。
「「——オォォォォォォォオオオオ!!」」
直撃。
爆ぜる。
衝撃が、空気を裂く。
煙が、立ち込める。
そして、音が、消える。
静寂。
ギザンも師匠も、静かに見守っている。
やがて——
崩れ落ちる、赤い影が見えた。
「今度こそ、やったか」
師匠が呟いた。
僕はその場にがくりと崩れ込む。
「倒した……?」
ついに、終わらせられた。
確かに、倒した。
でも——
「……これで、良かったのか?」
力が、抜ける。うつ伏せに倒れる。
息が、乱れる。口の中に、土が入る。
勝ったのに、心から笑えない。
達成感も、ない。
あの戦いの記憶が、あまり思い出せないからだ。
ただ鮮明に、残っているものは———
あの瞬間、
首を掴まれて。動けなくて。
力の差を見せつけられて。何もできなくて。
——感じてしまった、絶望。
そして、結局人の助けを借りてしまった、己の未熟さ。
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