知の道は蛇
今回はピクコノさん視点のお話です。
朝露が、まだ土に残ってるうちが一番いい。
おらは畑の端に、耕運機を停めて、手袋をぎゅっと締め直した。
エンジンは昨日のうちに点検してある。燃料、オイル、冷却口。どれも問題なし。
「……よし」
スターターロープを引く。
ぶるん、と低い振動が腹に伝わって、遅れてエンジン音が安定する。
この耕運機は、ドドリ村じゃ少し珍しい型だ。
回転刃が前後二列に組まれていて、表土を細かく砕きながら、下の固い層を無理に引っ張り出さない構造になっている。だから、根を傷めにくいし、水はけも保てる。
「地球じゃ、こういうのが当たり前らしいが……な!」
村じゃ、まだ鍬一本でやる人も多い。
でも、おらは知っちまった。
ーー作物は、気合じゃ育たねぇってことを。
ハンドルを軽く傾けて、刃の角度を調整する。
この畑は赤土が強い。深く入れすぎると、栄養の少ない層まで掘り返しちまう。
「今日は……三寸。これで十分だべ」
振動を腕で感じながら、畝に沿って進む。機械の癖も、土の癖も、今じゃ体で分かる。
ーーふと、耕運機の回転を止めた瞬間だった。
外が、妙にざわついている。
「……?」
音の種類が違う。
騒ぎじゃない。だが、落ち着いた日常の音でもない。
おらは、手袋を外しながら畑の外へ出る。
ーーそして、村の入り口に立つ姿を見つけた。
「……カビ助くん?」
胸が、嫌な音を立てた。
ーー無事で良かった。それが、最初の感情だったはずなのに。
湧いたのは……「遅かった」という思いだった。
「もう……戻ってきちまったのか。あの探検隊さんは結局……」
ーーいや、違う。
おらはそう呟きかけて、止めた。あれは「戻ってきた」という感覚じゃない。
あの子は、前に進んだ人間の立ち方をしている。
弱点を分析できる、ドリル族のおらには分かる。彼はあの後、深い絶望を味わったんだ。
「世界を……見ちまった顔だ」
ドドリ村は、優しい。
だがそれは、知らずにいられる優しさだ。外に出れば、理不尽も、喪失も、選択の重さもある。
そしてあの子は、それを背負って戻ってきた。
「……おらが保護する立場だったのにな」
悔しさとも、罪悪感とも違う。責任を果たせなかった者の、遅れ。
おらは、カビ助くんの背中を見つめながら、歯を食いしばった。
「もう、同じ目線では話せない」
それを悟ってしまったその時だった。
「お困りでしょうか?」
ーー背中から、声が聞こえた。
「……ん?」
振り向くと、畑の入り口に二人。
一人は、少年。
歳は……そうだな……カビ助くんと同じくらいか?
顔は見えねぇが、陽気な雰囲気ってわけじゃなさそうだ。
もう一人は、大人の女。
背筋がすっと伸びて、髪を帽子でまとめている。白衣みてぇな上着が風に揺れて……その笑顔は、柔らかい。おらがもう少し若ければ、恋をしていそうだ。
そして、いつぞやに聞き覚えがある声……確かドドリ学園の……旅立つ前にカビ助くんが話してた……
「ええと……『メディ先生』……? だったべか?」
すると女は不気味な笑いを浮かべた。
「いいえ……。わたくし『メドゥーサ・レイブン』と申します」
畑シーンは、もちろん調べました。
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