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病み堕ち

【前回の登場人物】

「ミツバ」

(種族)フルーティア

(年齢)13

(能力)浄化効果のあるクラブアップル

(概要)カビ助の気持ちが増幅して召喚され“恋人”。ジャックに体を奪われる。


「ジャック」

(種族)ゴースト

(年齢)10 ※転生してからの歳

(能力)憑依

(概要)「ダークスター団」の幹部。子熊からミツバの肉体に乗り換えた。

********************************************




 ………………はっ!


 目覚めると、知らない天井だった。この展開、何度目だろう。

 流石に今回は死んだか……? 


 だが、身体を起こすと全身が悲鳴をあげた。

 骨が軋む。筋肉が裂けそうになる。呼吸が荒く、苦しい。


 と、いうことは……


「なんだ…………死んでないのか」


 自分の口から、その言葉が出たことに、自身で驚いた。

 まさか、()()()()()()と思える日が来るとはな。

 前までの引きこもり生活は……まだ、希望があることを信じられていた。

 我ながら、あの境遇でそれができたのは凄いと思っていた。


 だけど今は…………!


「あああ……ミツバ…………」

 声が震える。

「あれは、夢…………? そうであってくれ……」


 周りの状況が把握できていないのに、僕は大粒の涙を流す。


 あの一日が……夢だったら、どれほど良かっただろうか。

 だが全身の痛みが「そうではない」と物語っており、僕は泣き叫ぶ。


「ううう……あああああ…………」

 喉が引き攣り、声にならない嗚咽。


 そして、感情が漏れ出す。


「なんで、僕ばかり……なんで、なんで‼︎ うああああああ……‼︎‼︎」



◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎



「ゲホっ、ゴホッ」

 咳き込んだ拍子に、ようやく僕は冷静になる。


 先ほどの情けない姿、誰かに見られていたなら……恥ずかしいとかいうレベルじゃない。


 そう思って周囲を見渡すと……この場所はテントの中のようで——


 案の定、()()いた。

 視界の端に、人影。……あの時の、強そうな男性。


 でも……彼は何も言わず、目を瞑って座り込んでいる。

 そのおかげか……もしくは、羞恥心とは比べ物にならないほどの絶望を経験したからか……不思議と、感情の変化はなかった。


 もう、全てがどうでもいい——

 心の奥の自分が、そう言っていた。


「あなたが……僕を助けたのですか? 見捨ててくれて良かったのに」


 あの場所、あの状況。……相当な危険だったはずだ。

 それをこんな場所まで連れてくるなんて……やはりこの人、只者ではない。


 彼は目を瞑ったまま、静かに答えた。

「それはできなかった」


 低く、落ち着いた声。

「お前に死なれては困るからな……。『約束』があるんだ」


 僕に、死なれては困る?

 こんな、父親の姿だけで戸惑い、恋人一人も救えない馬鹿が?


 …………買いかぶりすぎだろう。


 会ったばかりの他人に、僕の何が分かる?




「腹が減ったろう。飯でも食うか?」


 黙り込んだ僕に、彼は気まずそうに言った。

 ありがたいが……今は、食欲もないんだ。


「すみません……」

 力なく、首を横に振る。


「しばらく寝させてください……まだ、気持ちの整理が……」


 そう言って、布団に身をくるめようとした時——

 テントの入り口から見知った顔が入って来た。


「お前は……!」


 変な仮面をつけたムシ族。一応僕の上司。元憧れの人。

 ——お父さんを死に追いやった弟子。


 ジェム・カブリ……! 

 メドゥーサと武蔵を相手に、生き延びていたのか。


「カビ助くん……目が覚めたようだね。君の身に何があったのか、教えてくれないか?」


 ()()()()()だと?

 お前は、本名を隠していたくせに。


 そんな奴が、僕の仮名を呼ぶな。妬ましい。

 

 ——騙されない。こいつは詐欺師だ。


 胸の奥が、じわりと濁る。

 僕は彼の言葉を無視し、布団に潜り込もうとした。


 ——だが。このまま何も言わなければ、こいつらは“善意”の顔で、どこまでも踏み込んでくる。


 それが、たまらなく気持ち悪かった。


 ……これは良い機会かもな。


「分かりましたよ……」


 自分でも驚くほど、声は冷えていた。


 僕はゆっくりと身体を起こし、語り始める。


 敵のアジトに連れ去られたこと。

 ミツバのこと。

 博士を解放したこと。

 父のクローンのこと。

 ジャックのこと。


 ——淡々と。

 感情を削ぎ落とすように。


 まるで、他人の話をしているかのように。

 

 全て? いや…………違うか。

 ——()()()()だけは除いた。思い出したくなかったから。



 ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎



「——分かったか?」

 最後にそう言い捨てる。


 喉の奥が、焼けるように痛い。


「僕はもう貴方の全てを知った。これ以上、関わらないで欲しい」



 沈黙。

 誰も、すぐには言葉を返さなかった。



 やがて——

 ジェムが、ゆっくりと仮面に手をかける。


 カチ、と小さな音。

 現れた素顔は……ひどく疲れていた。


「……そうか」


 それだけだった。

 責めもしない。慰めもしない。


 ただ、事実を受け取っただけの声。


 ……なんだよ、それ。

 もっとこう……何かあるだろ。


 怒るとか。否定するとか?


 勝手に期待して、勝手に裏切られたような気分になる。


 

 

「——儂の言った通りになったな、ジェムよ」


 不意に、低い声が割り込んだ。

 それは驚くことに、ジェムの仮面……だった。


 外されたはずのそれが、机の上で口を開く。


「……は?」

 思わず、間抜けな声が漏れる。


「いや……『尊敬の眼差し』とか言ったのはシルヴァさんの方でしょう?」

「フン。それは事実だ。お前は他人の感情に鈍感すぎる」


「おい、お前ら……。カビ助の話の途中だろうが……!」


 敬語を使いつつも仮面をいじる虫男に、絶対に自らの非を認めない謎の仮面に、気まずそうに両者の仲裁に入るスシ男。そんな三人の会話。


 珍妙な光景だ……。

 だが——さっきまでと違って、笑えなかった。


 軽口のはずなのに、どこか噛み合っていない。


 誰も、本当に余裕があるわけじゃない。

 ただ——どう接していいか分からず、言葉が空回りしているだけだ。


 その空気が、妙に生々しくて。

 余計に、息苦しい。


「……で? それで終わりですか?」


 僕は、わざとらしく割り込む。

 視線が、集まる。


「慰めも、説教もなし? ……楽でいいですね」


 自分でも分かる。

 言い方が、ひどく歪んでいる。


 でも、止める気にはなれなかった。



「期待した僕が馬鹿みたいだ」



 沈黙が、落ちる。

 今度は——さっきよりも、ずっと重い沈黙だった。


 僕は呆れて再び布団に潜ろうとする。

 だが次の瞬間、彼らは突然、同時に口を開いた。


「そういえばお前……!」

「たった一人で敵幹部を追い詰めたんだって⁉︎」

「大した小僧だ……」



 は?

 ……今、褒められたの?


「はい…………?」


 急な褒め言葉に、僕は戸惑う。

 いや……別に、この程度で感動したわけではない。これで泣く程、チョロい男じゃない。

 ただ、事前に僕を慰めようと打ち合わせしたのか知らないけど……3人揃ってクオリティが低いのが笑えただけ。


 普通、こういう時は「辛かったね」とか「君が必要だ」とかじゃないのか?

 ……まあ、僕がそんな言葉を欲しがっていたかと問われると、NOなのだが。


 だとすると……本当に、この「ジェム・カブリ」という男が人を騙せるような性格なのか、怪しくなってきた。


 もう、あのような絶望は味わいたくない。

 それなら……死にたい。


 その気持ちに変わりはないのだが、最後に話くらいは聞いてやってもいいかもしれない。


「僕がジャックを、追い詰めた……?」


 この悲惨な結果から、その発言に至った理由とは。





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