病み堕ち
【前回の登場人物】
「ミツバ」
(種族)フルーティア
(年齢)13
(能力)浄化効果のあるクラブアップル
(概要)カビ助の気持ちが増幅して召喚され“恋人”。ジャックに体を奪われる。
「ジャック」
(種族)ゴースト
(年齢)10 ※転生してからの歳
(能力)憑依
(概要)「ダークスター団」の幹部。子熊からミツバの肉体に乗り換えた。
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………………はっ!
目覚めると、知らない天井だった。この展開、何度目だろう。
流石に今回は死んだか……?
だが、身体を起こすと全身が悲鳴をあげた。
骨が軋む。筋肉が裂けそうになる。呼吸が荒く、苦しい。
と、いうことは……
「なんだ…………死んでないのか」
自分の口から、その言葉が出たことに、自身で驚いた。
まさか、死んでも良いと思える日が来るとはな。
前までの引きこもり生活は……まだ、希望があることを信じられていた。
我ながら、あの境遇でそれができたのは凄いと思っていた。
だけど今は…………!
「あああ……ミツバ…………」
声が震える。
「あれは、夢…………? そうであってくれ……」
周りの状況が把握できていないのに、僕は大粒の涙を流す。
あの一日が……夢だったら、どれほど良かっただろうか。
だが全身の痛みが「そうではない」と物語っており、僕は泣き叫ぶ。
「ううう……あああああ…………」
喉が引き攣り、声にならない嗚咽。
そして、感情が漏れ出す。
「なんで、僕ばかり……なんで、なんで‼︎ うああああああ……‼︎‼︎」
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「ゲホっ、ゴホッ」
咳き込んだ拍子に、ようやく僕は冷静になる。
先ほどの情けない姿、誰かに見られていたなら……恥ずかしいとかいうレベルじゃない。
そう思って周囲を見渡すと……この場所はテントの中のようで——
案の定、誰かいた。
視界の端に、人影。……あの時の、強そうな男性。
でも……彼は何も言わず、目を瞑って座り込んでいる。
そのおかげか……もしくは、羞恥心とは比べ物にならないほどの絶望を経験したからか……不思議と、感情の変化はなかった。
もう、全てがどうでもいい——
心の奥の自分が、そう言っていた。
「あなたが……僕を助けたのですか? 見捨ててくれて良かったのに」
あの場所、あの状況。……相当な危険だったはずだ。
それをこんな場所まで連れてくるなんて……やはりこの人、只者ではない。
彼は目を瞑ったまま、静かに答えた。
「それはできなかった」
低く、落ち着いた声。
「お前に死なれては困るからな……。『約束』があるんだ」
僕に、死なれては困る?
こんな、父親の姿だけで戸惑い、恋人一人も救えない馬鹿が?
…………買いかぶりすぎだろう。
会ったばかりの他人に、僕の何が分かる?
「腹が減ったろう。飯でも食うか?」
黙り込んだ僕に、彼は気まずそうに言った。
ありがたいが……今は、食欲もないんだ。
「すみません……」
力なく、首を横に振る。
「しばらく寝させてください……まだ、気持ちの整理が……」
そう言って、布団に身をくるめようとした時——
テントの入り口から見知った顔が入って来た。
「お前は……!」
変な仮面をつけたムシ族。一応僕の上司。元憧れの人。
——お父さんを死に追いやった弟子。
ジェム・カブリ……!
メドゥーサと武蔵を相手に、生き延びていたのか。
「カビ助くん……目が覚めたようだね。君の身に何があったのか、教えてくれないか?」
カビ助くんだと?
お前は、本名を隠していたくせに。
そんな奴が、僕の仮名を呼ぶな。妬ましい。
——騙されない。こいつは詐欺師だ。
胸の奥が、じわりと濁る。
僕は彼の言葉を無視し、布団に潜り込もうとした。
——だが。このまま何も言わなければ、こいつらは“善意”の顔で、どこまでも踏み込んでくる。
それが、たまらなく気持ち悪かった。
……これは良い機会かもな。
「分かりましたよ……」
自分でも驚くほど、声は冷えていた。
僕はゆっくりと身体を起こし、語り始める。
敵のアジトに連れ去られたこと。
ミツバのこと。
博士を解放したこと。
父のクローンのこと。
ジャックのこと。
——淡々と。
感情を削ぎ落とすように。
まるで、他人の話をしているかのように。
全て? いや…………違うか。
——あの絶望だけは除いた。思い出したくなかったから。
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「——分かったか?」
最後にそう言い捨てる。
喉の奥が、焼けるように痛い。
「僕はもう貴方の全てを知った。これ以上、関わらないで欲しい」
沈黙。
誰も、すぐには言葉を返さなかった。
やがて——
ジェムが、ゆっくりと仮面に手をかける。
カチ、と小さな音。
現れた素顔は……ひどく疲れていた。
「……そうか」
それだけだった。
責めもしない。慰めもしない。
ただ、事実を受け取っただけの声。
……なんだよ、それ。
もっとこう……何かあるだろ。
怒るとか。否定するとか?
勝手に期待して、勝手に裏切られたような気分になる。
「——儂の言った通りになったな、ジェムよ」
不意に、低い声が割り込んだ。
それは驚くことに、ジェムの仮面……だった。
外されたはずのそれが、机の上で口を開く。
「……は?」
思わず、間抜けな声が漏れる。
「いや……『尊敬の眼差し』とか言ったのはシルヴァさんの方でしょう?」
「フン。それは事実だ。お前は他人の感情に鈍感すぎる」
「おい、お前ら……。カビ助の話の途中だろうが……!」
敬語を使いつつも仮面をいじる虫男に、絶対に自らの非を認めない謎の仮面に、気まずそうに両者の仲裁に入るスシ男。そんな三人の会話。
珍妙な光景だ……。
だが——さっきまでと違って、笑えなかった。
軽口のはずなのに、どこか噛み合っていない。
誰も、本当に余裕があるわけじゃない。
ただ——どう接していいか分からず、言葉が空回りしているだけだ。
その空気が、妙に生々しくて。
余計に、息苦しい。
「……で? それで終わりですか?」
僕は、わざとらしく割り込む。
視線が、集まる。
「慰めも、説教もなし? ……楽でいいですね」
自分でも分かる。
言い方が、ひどく歪んでいる。
でも、止める気にはなれなかった。
「期待した僕が馬鹿みたいだ」
沈黙が、落ちる。
今度は——さっきよりも、ずっと重い沈黙だった。
僕は呆れて再び布団に潜ろうとする。
だが次の瞬間、彼らは突然、同時に口を開いた。
「そういえばお前……!」
「たった一人で敵幹部を追い詰めたんだって⁉︎」
「大した小僧だ……」
は?
……今、褒められたの?
「はい…………?」
急な褒め言葉に、僕は戸惑う。
いや……別に、この程度で感動したわけではない。これで泣く程、チョロい男じゃない。
ただ、事前に僕を慰めようと打ち合わせしたのか知らないけど……3人揃ってクオリティが低いのが笑えただけ。
普通、こういう時は「辛かったね」とか「君が必要だ」とかじゃないのか?
……まあ、僕がそんな言葉を欲しがっていたかと問われると、NOなのだが。
だとすると……本当に、この「ジェム・カブリ」という男が人を騙せるような性格なのか、怪しくなってきた。
もう、あのような絶望は味わいたくない。
それなら……死にたい。
その気持ちに変わりはないのだが、最後に話くらいは聞いてやってもいいかもしれない。
「僕がジャックを、追い詰めた……?」
この悲惨な結果から、その発言に至った理由とは。




