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孫の顔が見たい親


「……あたし、は……」


 ミツバの言葉は、続かない。

 一人の看守が吐き捨てる。


「色目使って油断させやがって……気づいたら牢は開いてるわ、囚人は逃げてるわ……!」


 そして、一人の不潔な看守が息を荒げる。


「その責任、とってくださぃねぇぇえええ……!」


「ひっ……」

 彼女は、思わず一歩後ずさった。


「ミツバ……!」


 それと同時に、ジャックが肩をすくめる。


「お前ら、感謝しろよ? 普通は死刑に値する罪だが、俺は使()()()やってるんだからな」


「ご配慮感謝しております! ジャック様!」

「ありがとうございます!(こんな変な身体にしやがって。クソガキが)」

「はぁ、はぁ……。オデ、もう我慢できねぇ……」


「全部、覚えてる。俺たちを破滅させた女を……ぶっ殺すぞ!」



 空気が、凍る。



 攻撃が——来る!!


「ミツバ!」

「分かってる、マスター!」


 次の瞬間、彼女の手がふわりと舞う。


 淡い光を帯びた粉が、空間に広がった。

「『鈍化の花粉』!」


 林檎の花粉が、舞う。


 それを浴びた看守たちは——

 動きが、一瞬鈍った。


「ちっ……“眠気”以外もあるのかよ!」


「だが——!」

 一人が突っ込んできた。


 剣が振り下ろされる。


 ガキィン!!

 僕は即座にダガーで受ける。


「ぐっ……!」


 重い。これが『ダークスター団』。

 ……侮っちゃ駄目か。


「マスター、下がって!」


「いや、ここは……! 『ツルピカフラッシュ』!!」


 頭から、閃光。

 至近距離で食らった相手は、握力に気が回らなくなる。


「この瞬間に……押し返す!」


 ズバッ!

 僕はダガーで、相手の心臓部を突き刺した。


 するとジャックが口角を釣り上げて言った。


「おいおいおい、心は傷まないのかぁ?」

「傷むさ。でも——」


 ——道徳とか、言ってる場合じゃない。

 相手は悪の組織だ。やらなきゃ、こっちが死ぬ。


「マスター……効いてきたよ!」

 その間に、ミツバの花粉がさらに濃くなっていた。


 一人、また一人と、足取りが崩れる。

 さすがはミツバだ。戦わずとも無力化するなんて。



 ——だが、その時。



「お名前、ミツバたんって言うんだねぇぇええ!?」


 不潔な看守が、鞭を後方から振り抜いた。

 シュバッ!!


 不意打ちだ。

 彼女が振り向く瞬間には、もう遅い。


 鞭が振り下ろされる——ならば!


「やめろぉぉお!」

 僕は、決死の覚悟でその間に割り込んだ。


 ビシィィ!!

 鞭が直撃。それは……僕の腕に、だ。


「彼女に手を出すなら、まず僕を通してもらいます」


 腕が痺れる、重い一撃だ……けど。

 彼女のためと思えば、不思議と耐えられる。


「チッ……!」

 その看守が距離を取る。


 その隙に、ミツバが小さく息を吐いた。

「ありがと、マスター」


「お互い様でしょ」

 僕は軽く笑う。


 けど——

 次の瞬間、空気が変わった。


「くらったなぁぁぁああああ!?」

「……っ⁉︎」


 くらった? 何を……?

 と、考えていると……先程の腕に、鋭い痛みが走っていく。


「マスター!?」


「大丈夫……じゃないかも」


 言い切る前に、異変に気づく。

 じわりと。傷口から広がる、嫌な感覚。


「……毒か」

 視界が、わずかに揺れる。


 不潔な看守が、歪んだ笑みを浮かべた。


「そうだ……! オデの愛の鞭は、ただの鞭じゃねぇ……!」


 その声と共に、僕が殺したはずの看守がよろよろと立ち上がる。

「よくも、やってくれたな……」


「な、なんで……⁉︎」


「俺達は、痛みを伴わない。使い捨てのゾンビ兵だ(寿命はあと数日になったらしいが)!」

「オデとミツバたんの愛を邪魔する男はぁぁ……毒でくたばれぇぇ!」

「お前も苦しめよ……俺たちみたいに!!」


「ゾンビ兵……? ゲホっゴホッ!!」


 ——絶望だ。

 毒も、だんだんと回ってきたし……。相手は不死身!?



 だが、その時。


 苦しむ僕を見て、ミツバの表情が変わる。


「マスターに当たるのは……違うでしょ」


 静かな声。

 だが、その怒りは明らかだった。


「ミツバ……何を……?」


 彼女は、僕の腕に、手をかざす。


「『浄化の花粉』」


 ふぁさり、と。

 今までより濃い花粉が、僕を包んだ。


 すると——

 さっきまで広がっていた毒の感覚が、すっと消えていく。


 痛みも、引いていく。

「すご……」


 思わず呟くと、ミツバは少しだけ得意げに笑った。


「言ったでしょ? “情報”ってすごいんだよ」

 そして、すぐに表情を戻す。


「マスター。もう終わらせるよ」

 花粉が、一気に広がる。


「これが、今できる……最大出力。『眠って』」


 静かな宣告。


「この粉は!?(あの時の眠り粉か!)」

「何だか……良い匂いダァ……」

「あ、何だか、疲れが……とれ……そ……」


 看守たちの動きが止まり——

 ドサッ、ドサッ、ドシンと倒れていく。


 最後に、剣の男が膝をついた。


「くそ……なんでだよ……俺たちは……ただ……」


 そのまま、崩れ落ちる。



 静寂。



 残るのは、眠った看守たちと——重たい空気。

 ミツバは、俯いていた。


「……ごめんね」

 小さく、呟く。

「あたし、こんなつもりじゃ、なかった……」


 僕は少し迷ってから、口を開く。


「……ミツバは、優しいんだね」


「え?」


「僕と違って、傷つけずに倒した。それに、彼らはあの身体に苦しんでた……」


 ミツバが顔を上げる。

 僕はぎこちなく笑った。


「あれで、よかったと思う」


 ミツバも少しだけ、笑う。


「ありがと、マスター……っ」


 彼女の目が、わずかに揺れた。


 その時だった。


「——茶番は、終わりか?」


 ジャックの声。


 振り向くと、奴はつまらなそうにため息をついていた。


「期待して損したぜ。”人殺し”で精神が壊れるかと思ったのによ」


「どうやってゾンビにしたのか知らないけど……」

「彼らのことを、何とも思ってないのか……?」


「ああ。所詮は俺より能力の低いゴミだろ」


 ジャックはゆっくりと帽子に手をかけた。


「綺麗事好きのカビ助君よぉ。次が“本物の絶望”だぜ?」


 嫌な予感が、走る。


 空間が、少しだけ歪んだ。


 また増援でも来るのか?

 だが、雑兵ならミツバの前では関係ないし——

 幹部クラスが来たら来たで、博士たちが脱獄できる隙が増えるだけだ。


 ……僕らの勝ちは、”常識”では揺るがない。


 しかし、奴の顔には不気味な笑みが浮かび続ける。


「さっき言ったよな。『孫の顔が見たい』なんて言う親はいねぇ、って」


 再び、嫌な予感が、背筋を走る。


「……っ。それがどうした」


 ジャックは、ゆっくりと帽子を持ち上げる。


「喜べよ、カビ助。いるじゃねぇか」


 そして、帽子が巨大化して——

 空間の歪みも大きくなる。


「まさか……!」


「『空間転移(ディメンジョン)』」


 その中から現れた、“一人の男”。


 かつて、ゴハートが見せようとしてくれた——

 懐かしさを感じる、大きくて優しい背中。


 何者かに遺骨が盗まれたことによって——“それ”を拝むことは叶わない。

 犯人を……見つけ出すまでは。



 “それ”をまさか、こんなところで拝むことになるとは……。

 

 


「行け。歴戦の探検家『おっ3』の複製体(クローン)よ」


 喉が、震える。

「父さん……!?」


「さあ、敵を叩きのめせ!!」


 常識では起こり得ない現実。忘れられない過去の記憶。


 “それ”が、今。

 目の前に立っていた。


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