人生の転機・Ⅲ
……死にたく、なかった。……生きれば、よかった。
この二つは全く同じ意味のように見えて、実際は大きく違う。前者は外部の原因によって命が奪われようとしている時。それに対して後者は……自ら命を断とうとして、実行に移した後に悔いが湧き出た時。
だが、僕の能力で呼び出されるのは同じ、「生きたい」という感情を肯定してくれる幽霊。
……いや、幽霊ではなく「ゴースト族」だ。この二つも全く同じようで、大きく違う。
青白い光はやがて真っ赤な心臓になり、その周りを真っ白な布が包み込んでいった。
「何やってんだよ……、マスターっ‼︎」
この声はまさか……いや、間違いなく、ゴハートだ。
先ほどの強い後悔で、僕の能力が発動したのか……? まさか、異界からじゃなくても召喚できるとは……
って、そんなこと考えてる場合じゃない! ……ゴハート、この状況、どうするの⁉︎
投身自殺は、落ちれば落ちるほど落下速度が増していく。一般男性が2階から飛び降りるだけでも、車に轢かれるのと同程度の衝撃になるそうだ。
今こうして僕が考えている間も…………あ…………うわぁあああああああもう着く‼︎
ゴハートの力では、間に合わない。彼の能力の限界なら僕も分かっている。
……死んだ。ゴハート、ミツバ、ごめん……!
「頼んだぞ、土台モン‼︎」
落下する寸前、ゴハートの叫びが聞こえた。……土台? モン? 何それ。
だが僕の疑問はすぐに晴れることとなる。
グニョォン……
確かに、僕は死を覚悟した。地面に衝突したはずだった。
だが、生きている! 地面に何か仕込んでいるように見えなかったが……ただの荒野の固そうな地面が、あたかも巨大なスポンジのように、変化したのだ。
そのおかげか、痛みを全く感じずに着地できた。一体どういう仕組みだ?
僕が心の中でそう思っていると、隣から突然声がした。
「ボクの能力で、この一体の地面を、空気抵抗を加味した……あの崖の高さでも耐えられるよう……30m以上の深さを、0の極限を取った反発係数のスポンジ素材に置換しました。一時的なものですが……痛い程度で済んだでしょう」
え、この声、助けてくれた人? さっきのは説明か? 難しすぎる言葉が並んでて……1mmしか分からない。「痛い程度」とか言ってたけど何も感じなかったし……謙遜か? あと、えっと……反発係数って何すか? それに、0の極限を取る? あの……もうちょっと噛み砕いて……いや、助けてもらった相手にどうこう言う気はないけど……。
僕が理解できたのは、ゴハートが凄く優秀な仲間を連れてきてくれたということだけだ。おそらく先ほどの「土台モン」というのが彼の名前だろう。
「えっと……ゴハート、土台モンさん。助けてくれてありがとう……」
「マスター……」
ゴハートは、気付けば僕の目の前に来ていた。彼は手を僕の方に差し出す。
握手か? そうだな、久しぶりの再会だ……。
バチィン!
だが違った。彼の手は僕の頬を強く叩きつけた。
「俺の使命は、あんたの精神を守ることだった! なのに、こんな事になるまで一人で抱え込みやがって‼︎ 自殺なんて考える前にまず……俺を頼ってくれよ! 自殺なんて……本当に……っ!」
平手を通じて、彼の想いがひしひしと伝わってきた。
怒り口調だったが……彼は本気で、僕を心配していたんだ。突然召喚されたのではなく……どうやら召喚される瞬間に、僕の気持ちが伝わるようだ。使い魔ではなく「仲間」だと……最高の相棒だと……石化しても信じて逃げてくれと……そう言った僕。そんな仲間と久しぶりに繋がった時、精神がここまで病んでいたら……そうなってしまうのも当然だ。本当に申し訳ないことをした。
「ごめん……。本気で落ちるまで、目の前のことしか考えられていなかったんだ……」
「マスター……俺がいない間に一体、何があったんだよ……?」
僕らの間にしばしの沈黙が訪れる。
当事者たちも気まずいが……この状況で最も気まずいのは、除け者にされている土台モンさんだろう。
「「ええと……」」
僕が何か言葉を捻り出そうとすると、ゴハートも同時だった。うう……。
そうして再び何とも言えない空気が流れようとした時、背後から声が聞こえた。
「……カビ助くん。気が変わったようだね」
ジェム・カブリ……いや「ドラゴンマスクさん」だった。
彼の台詞ではこうなることが分かっていたかのようだったが……声色からは、焦燥と安堵が漏れ出ていた。
思えば、彼にも申し訳ないことをしてしまったな。正直、合わせる顔がないほどに。でも……ミツバを助けに行くことを決めた以上、探検隊という組織の協力は不可欠だ。叶うのならば……僕は、まだ貴方と関わりを持っていたい。
「ドラゴンマスクさん……。僕を、もう一度『探検隊』に入れてもらえますか?」
僕が思い切ってそう言うと、彼は首を横に振る。ああ…………。
そうか……、そりゃそうだよね。
勝手に縁を切っておいて何を言ってるんだ、と僕は思った。
「わかりました……。では、今までありがとうございました……」
僕がそう言って背を向けて別れようとした、その時。ドラゴンマスクさんはニコリと笑って言う。
まるで……こうなることが、分かっていたかのように。
「何を勘違いしているのかい? 私は、君の退職希望を許した覚えはないよ」
「あ…………!」
つまり……僕は…………? いいんですか!
そして、そうでした。その節は本当に……
「ご迷惑をおかけしましたぁ!」
悪の組織の幹部を追い詰めはしたが……まだまだ僕は未熟者だ。精神が壊れてしまうと、周りの大切なものに気づくことができなくなってしまう。本物というのは、この人やお父さんのように……大切なものを広く持ち、それら全てに常に気を配れる……そんな「馬鹿げた理想」をこなすことのできる実力を持った人だ。
ゴハートと土台モンは僕に向けて強くうなずき、歩き出す。
……こうして、僕の「一人前の探検家」を目指す旅が、再び始まった。
土台モン。彼は都合よい展開のために作られたキャラではありません。意味があります。
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